02
「―――綺麗な場所…」
主催者さんの側近だという、ランティスと名乗る男性に案内された…緑の多いテラス。
ガラス張りで作られているテラスは、昼間ならばきっと陽の光が入ってきて暖かいのだろう。
でも今は夜だ。入ってくる光は、優しく辺りを照らす月光。そしてテーブルの上に置かれた、間接照明代わりのランプ。
時々呟く私の独り言と、風に撫でられる木々の音以外…何も聞こえない静かな場所だ。
「(姫様…何か嫌なこと、されてないといいのだけれど)」
カチャリ、と金属音が静かな空間に響く。
「料理は、口に合いませんでしたか?」
「……貴方は」
「そうだ、自己紹介がまだでしたね。僕はビジョン家当主、イーグルと申します」
「そう、貴方が『チェストーナメント』の主催者ですか。そして私達を監視していたのも貴方達ですよね?…少し、趣味が悪くないですか?」
「さすがですね。何度か―――此処まで来られたこともありましたね。気配を辿って」
「―――…えぇ」
向かいの椅子に腰掛けた、イーグルと名乗った男性。
その脇にはさっきのランティスさんと、姫様を案内していた男性が控えていた。…名前は確か、ジェオさん…だったかしら。
3人が此処へやって来たということは、姫様との話は終わったってことなのでしょう。
無事にアパートまで帰れていると良いのだけど。右足を怪我しているから…心配だ。何も危険がないことを祈りたい。
「マスターのお嬢さんなら、ジェオがアパートまできちんと送っていきましたので心配ないですよ」
「そう、ですか…」
「…食事はもうよろしいのですか?」
「ええ、もう結構です。ごちそう様でした」
「ランティス。彼女に紅茶を」
「わかった」
てきぱきとお皿を下げ、次に紅茶の準備をしていくランティスさん。その姿はお屋敷の執事のようで。
あまりの手際の良さに、思わず感嘆の息を漏らしてしまった。
目の前に用意された、良い香りの紅茶とイチゴのタルト。
さっきまで食事をしていたけれど…甘い物となると、やっぱり手が伸びてしまって。
こんな人間っぽい所が自分にも残っていたのか、と―――可笑しくなった。
…皆で甘い物食べたり、笑いながら食事していた時が…少しだけ懐かしいな。
もうきっと、そんな幸せな時は訪れないのでしょうけど。
「美味しいですね。このタルト」
「お口に合ったのなら良かった。…聞かないのですか?」
「主語がない質問は、あまり感心しませんが」
「これは失礼。…マスターである彼女と、何を話していたのか聞かないのですか?」
タルトに向けていた視線を、目の前に座っているイーグルさんに向ける。
にっこりと笑っている瞳と口元。さっきからずっと思っていたけれど、この人の考えが読めない。
何を考えているのか、全くわからないんだ。予想もつけられないし。
今の質問の意図も…汲み取れないでいる。ただの興味本位なのか、何かを考えた上でのことなのか。
…考えても仕方のないことなんだろうけど、気になってしまう。
「…興味がないと言えば、嘘になりますが…さほど、気にはなりません。大体の予想がついているというのもありますけれど。それに―――聞いた所で、貴方が素直に教えてくれると思っていない」
「ほう…?」
「貴方が話してくれたことが真実とも限りませんしね」
これは、本音。本当に気になるのなら、姫様に直接聞いた方がまだ信憑性は高いと思う。
今の彼女も…隠し事をするように、なってしまったけれど。でもそれは、私も同じだから何も言わない。
―――茶番はここまでだ。
この人は私とこんな世間話をする為に、晩餐へ招いたわけではないはず。何かしら目的があって、呼んだはずなのだから。
いい加減に本題へ入ってもらわないと、困るのよね。色々と。
じとり、と視線を向ければ、こっちの意図を汲み取ってくれたようだ。眼差しが、真剣なものへと変わったから。
「今日、貴方を此処へ招いた理由ですが…少々、協力をして頂きたくて」
「協力…?」
―――カタンッ…
不意に立ち上がった、彼。
話を中途半端にしたままで、席を立つのかと思ったけれど、それは私の杞憂で。
真っ直ぐに私を見つめたままの状態で、ゆっくりと歩み寄ってくる。…何を、考えているの?
私の背に回り、肩に手を置かれ、耳元に唇が寄せられ―――…聞きたくない 単語 が、私の耳を掠めていく。
「そう。協力をして頂きたいのです、他でもない…"紅の死神”である、貴方に」
―――ガタンッ
「な、ぜ…知ってる、の。貴方が―――その二つ名を」
どうして?どうして、イーグルさんがその名前を知っているの?
思い出した記憶の中には、此処の国は入っていなかった。それが意味するのは、この国に…私を知っている人間がいないということだ。
だって、私はこの国に危害を加えていない。"紅の死神"であった頃の私は、この国を訪れていない。
だから…知るはずがないんだ。異なる次元で暮らしていたはずの、この人が。
「…驚いている顔も、綺麗ですね。死神さん?」
「その名を…呼ばないで……っ」
腹の底からせり上がってくるのは、熱いモノ。ここしばらくは、感じていなかった感情。
そう…怒り。
私は珍しく、腹が立っているらしい。笑顔を崩すことなく、軽々しく触れてくる…この男に。
「何故、貴方がその名を知っている?!私はっ…この国に来たのは初めてだ!」
「だから、僕が知っているはずがない…そう言いたいんですよね?けれど、情報というモノは回りが早いんですよ。
貴方は―――とても有名、なんです。どの次元でもね」
またにっこりと笑みを浮かべ、短くなってしまった髪に彼が触れる。
「噂を聞いてから、僕はずっと貴方に会ってみたかった」
「私、に…?」
「ええ。どんな人物なのか、とても興味があったので。そして今日、ようやく会うことが出来ました。麗しの女王(クイーン)」
「……」
「想像以上に妖艶で、ミステリアスで、綺麗で…とても素敵な方だ」
一房持ち上げられた髪に、口付けをひとつ。
紗羅ノ国で黒鋼さんにされた行為と何ら変わりないのに、スッと心が冷えていく感じがする。
触らないでと、これ以上彼との思い出を汚さないで、と心が叫ぶ。
忘れようと思えば、思うほどに…思い出してしまう。離れようと、距離を置こうと決めたのは私自身のはずだったのに、それなのに一番離れられないのは―――私、だ。
いまだ触れたままの手をパシン、と叩き落した。
「…それで協力して欲しい、というのは?」
「ふふっつれないですね?では、本題にうつりましょうか。明日が最終戦なのは、貴方もご存知ですよね?」
「ええ。それはもちろん」
「僕はトーナメントの主催者として、観客が楽しめる場を作りたいんです。
そのまま最終戦を行っても、もちろん楽しんでは頂けると思っていますが…どうせなら、もっと面白くしたいと思いましてね」
「それで私に協力しろ、と」
「はい。貴方に―――前座のショーを行って頂きたいのです」
「余興、ということですか」
意図を謀りかねる、不敵な笑み。やっぱりこの人は…食えない人だな、と再認識した。
余興だと、前座のショーだと…イーグルさんは言った。
それは拒否することも出来る、という意味にも取れるよね。
だって、トーナメントの勝負には何の関係もないってことだから。何を思ってそんなことを考えているのかは知らないけど、協力なんて…する義理もない。
「ああ…もちろん、断って頂いても構いません。ですが、最終戦への切符はなくなってしまいますよ?」
「!何、を…」
「このことは対戦相手の方々にも、お話させて頂いてます。向こうは…承諾する、とのことでしたよ」
にっこりと笑ってはいるけれど、瞳だけは―――決して笑っていなかった。
鋭い光を宿した、冷たい双眸の瞳。拒否権なんて最初から私には、存在していないんだ。
膝の上に置いていた両手を、ギュッと握る。
せっかくここまで来たんだ…姫様の頑張りを、願いを無下にしたくはない。
あの子の願いを必ず叶えると、私はあの時決めた。それを邪魔するような真似だけは、したくない。裏切りたくなんてないから。
彼女の願いが、誰かを傷つけるようなものだとしても。
「(本当はそんな願い…叶えさせたくないけれど、全てを承知の上で望んでいるのならば―――私はあの子の為に、何でもする)」
伏せていた瞳を、私はイーグルさんに向けて…言葉を音に乗せた。