偽れ、心


「ふう…」


アパートまで送る、というランティスさんのご厚意を丁重に断り、1人で闇に包まれた街を歩いていた。
溜息を1つ、全身を覆う倦怠感と共に。
…ただ話をしただけなのに、異様に疲れた。まぁ、その原因はわかり過ぎるほどにわかっているのだけれど。

久しぶりに聞いた、自分の二つ名。忘れてしまいたい、自分の罪の名。
その名で…呼ばれた。もう二度と、呼ばれることはないだろうと思っていたのに。
やっぱりあのイーグルって人…食えないな。いけ好かない。
何を考えているのか、企んでいるのか、真意は何処にあるのか…どれも読み取ることが出来なくて。


「観客を喜ばす為の余興っていうのも…本心かどうか怪しい所かもね」


主催者として、当然の思いかもしれない。
それがハナッから本心ではない、と決め付ける気はないけれど…全てを鵜呑みにして、信用する気もないのが本音。
だって、胡散臭すぎるものね。あの人自身が。

それなのに―――信用、だなんて。
まず、私はああいう人は苦手だし、出来れば関わりたくもない。


「(今日は疲れたし、明日は最終戦。負けるわけにも、倒れるわけにもいかない…しっかり休んでおかないとな)」


もう時間も遅い。姫様はとっくに帰って来ているはずだから、部屋で休んでいるだろう。
皆もきっと、もう休んでいるはず。明日の試合は、今まで以上に負けるわけにいかない試合だと…全員が理解しているから。
だからきっと、起きている人なんて…1人もいないはずなんだ。…というよりは。寝ていてほしい、リビングにいないでほしい…というのが本音で。
誰かに会って、何を話したのか聞かれるのが嫌。
どうせ明日には知られてしまう事実であれども、きっと…悲しい顔をさせてしまうから。


「隠していても…同じ結果なんだけどね」


事後報告である方がまだ、強行突破出来るような気がしているから。だから私は、話したくない。…話さない。


「窓の鍵は開けっぱなしにしてあるから、そっちから入っちゃいたいけど…とりあえず、玄関から入るべきだよね」


1人で自問自答して、借りているアパートのドアを開けた。
ドアを開けた先には、闇が広がっているものだと思っていた。リビングにはもう、誰もいないものだと…けど、私の瞳に映った現実は―――全くの逆だった。


「黒、鋼さん…?」
「…帰ったか」
「待っていなくていいと、言ったじゃないですか」
「俺は頷いたつもりはねぇ」


何て屁理屈…!!!確かにあの時、「わかった」とか「ああ」とか言っていなかったけれど。
でもだからって、大事な最終戦の前日にこんな遅くまで起きているなんてこと…。…この人がそれで何かドジを踏むとか、そういうことは心配していないけれどね。

だけど…少しだけ、嬉しいと思ってしまった心。
偽ろうとすればするほどに、逆の方へと気持ちは走っていってしまう。


「お前も、姫も、魔術師も…好き勝手やってんだ。俺が好き勝手やろうが、何だろうが文句は言えねぇだろ」
「そ、れは……」
「それに、んな顔してるお前を放っておけるほど…出来てねぇんだよ」


スルリ、と頬を滑る指。
距離を置く前にされていた時と同じ、温かい手。優しい表情。でもその中に滲む、悲しみ。
彼が時々見せる、この表情に…私は胸が痛くなるんだ。そうさせているのが私、だから尚更。


「…待たせてごめんなさい。もう休んでください」
「何があった」
「ッ!」
「ずっと瞳が揺れてる。何もなかった時の反応じゃねぇ…何に、怯えてる?」


真っ直ぐに見つめてくる、真摯な瞳。逸らすことが出来ない、偽ることも、隠すことも出来ない。
隠そうとしても聡い彼は、それすらも感知して、こじ開けてきてしまうから。
…私はずっと、この瞳に弱い。逆らえない。口に出してしまいたくなる…この不安を。

"紅の死神"と呼ばれた動揺。思い出した記憶の中で繰り返された、殺戮の光景。
…聞きたくなかった罪の二つ名が、心を雁字搦めにする。締め付けるんだ。
どんどん強くなる自分の魔力に、恐怖さえ覚えるから。

黒鋼さんの服の裾を握り、閉じていた口を開きかけた。
言ってしまえば―――楽になるかもしれない。


「あ、の―――――」
「何だ」
「私、わ…たし……」


―――ダメ、だ。
ここで言ってしまってどうするの?楽になったとして…私はどうしたいというの?
私の覚悟は―ー―そんなに甘いものじゃなかったはずでしょう。もう…頼らないと、距離を置くと、決めたんじゃないか。

ぐっと唇を噛んで、握ったままだった手を…離した。


「ごめんなさい…疲れてるみたいなので、休みます」
「おい…」
「僕にはもう…関わらない方がいい。それがキミの為だよ、黒鋼くん」
「っ緋月―――」
「じゃあ…おやすみなさい。黒鋼さん」


きっと貴方の前では最後の、本当の"僕"の姿。
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