護りの蒼


撃たれた1発の弾丸。

真っ赤で、生温い液体が飛び散る。

その液体は―――全てを真っ赤に染めていく。

真っ白な、孤独な女王ですら。



 side:黒鋼



直感で、マズイと思った。今のアイツは狂ってしまう一歩手前にいる。
早くどうにかしてやらないと、"あの時"みてぇに……っ!!!


―――ガチャンッ!

「っくそ…!」


…そうだった。俺は今、緋月のマスターとやらだ。此処から動くことが許されねぇ。
無理矢理鎖を引きちぎることも可能だろうが、それを実行すりゃあ確実に失格にされる。何も出来ないもどかしさに、苛立ちばかりが募っていく。

―――ザシュッ!!!

肉を斬る、音が耳に届く。それも一度だけじゃねぇ。何度も、何度も…肉を斬る音だけが。
まさか、と思った…嘘じゃねぇかと思った。
だが、目の前にあるのは冗談でも、ましてや嘘でもない。紛れもない事実、現実の光景。


「緋月……っ?!」
「………」


この高さじゃあ、緋月の表情を確認することは出来ねぇ。それでもわかることは、いくらでもある。
アイツが纏う空気が、さっきとガラリと変わっていること。アイツの手には、しっかりと血塗れた刀が握られていること。…一度だけ見た"あの姿"と空気が同じだということ。

ユラリ、と…緋月の体が動いた。
だが、次の瞬間にはもう肉を斬る音と、血飛沫が舞う音が聞こえてきて。
これは本格的にマズイ、と本能が警鐘を鳴らす。


「緋月ちゃんっ…!」
「彼女だけど、彼女じゃない気配だ…一体、何が―――」
「…緋月の魔力が、どんどん上がっている…」

「ふふっ…くくく…っあははははははっ」

「あのバカ女…正気、失いやがった…!!!」


血に塗れ、狂ったように笑い、人を斬り続ける。その姿はあの時と全く同じだ。
月の城で垣間見た、緋月。


「これが…彼女の本来の姿…?」
「クスクス…さすが"紅の死神"ですね。素晴らしい力だ」


あいつら…!後で必ず、ぶん殴ってやる。
確かにこの余興に参加すると承諾したのは、緋月自身だ。誰かが無理矢理にやらせてるわけじゃない。あいつの意思であることは、重々承知してる。

だが…やり方が悪い。
緋月の奥底に眠ってる、本能と言うべき人格。あいつがずっと…恐れていた、本来の自分。
「もうあの頃には戻りたくなんてない」と、泣きながら俺に告げた日のことは…よく覚えてる。


「(その時に決めたんじゃねぇか……っ!)」


俺が、引きずり戻してやるって。それをやらなきゃなんねぇのはっ…今、だろうが!


―――ガチャンッ

「っおい!バカ女!!!何やってんだ、てめぇはっ」
「黒鋼さん…っ」
「ダメだ。今の彼女には、言葉すら届かない」
「…緋月は、そう簡単に負けない。そう簡単に―――飲まれない」



…ス、ケテ…

―――タ スケ テ―――

誰カ ワタシ、ヲ 止メテ―――



不意に声が聞こえた気がした。無機質だが、でもどこか哀しく、今にも泣き出しそうな…誰かの声だ。

…緋月、お前…なんだな?
答えが返ってきたわけじゃない。でも、それでも俺には確信できた。この声はあのバカ女だ。
あいつはまだ…"心"を失っちゃいねぇ。―――まだ、戻れる可能性があるってことだ。


「聞こえてんだろ?バカ女…俺は、俺達は此処だっ!さっさと戻ってきやがれ…っ緋月っ!!!」


―――カッ!!!

"何か"が青い光を放ち、目を開けてることが出来ねぇ…っ!発光源は、緋月の右腕…?
青い光はどんどん広がって、盤上全てを覆いつくす。徐々に光が薄れて、ようやく視界がハッキリし始めた時。

服を真っ赤に染めて立ち尽くす、緋月の背中が見えた。


「……緋月?」


名前を呼んだ。振り返って欲しい、と…願いながら。


「黒、鋼…くん…」
「!」


か細い声で返ってきた、俺の名前。
ゆっくりと振り返るあいつの顔には、さっきまでなかった表情が…戻っていた。
纏う空気もさっきの禍々しいものから、いつもの空気に戻っていて密かに安堵する。…意識を、正気を…取り戻したか。


「おい」
「ッ!あ、は…はいっ!」
「説教も何もかも、全部済ませた後だ。残り…片付けるぞ」
「!……はい。魔力、使いますよ?」
「好きにしろ」


残るはあと10人。それが一斉に緋月へと向かっていく。
持っていた刀を投げ捨てたと思えば、次の瞬間にはあいつの髪が黒から赤へと変わっていた。緋月が…魔力を使う時の、特徴だ。


「モード、攻撃。…"サンダー・ランス"」


放たれた雷は、胸元の石だけを器用に壊していく。…もう誰も殺したくない、というあいつの心の表れなんだろう。
此処からじゃ表情が見えねぇが、泣いてなけりゃいい…と思ってしまう。

ともかく、これで100人分の石を壊したはずだ。余興とやらは終了か。


「さすがは女王(クイーン)ですね…この余興は、貴方達の勝ちです」
「お、わった……?」

―――フラッ…

「緋月っ!」


鎖が外れたと同時に飛び出せば、何とか倒れこんだ緋月の体を抱き止めることが出来た。…どうやら、気を失っただけみてぇだな。
だが、顔色が良くねぇ。青白く血の気がねぇし、額にはいくつもの汗の粒が浮かんでいる。
呼吸も少し乱れてやがるな。…それだけ、体力を消耗したってことか?
そのまま抱き上げて、階段を降りていけば。下で待っていた姫達が駆け寄ってきた。


「あのっ…緋月ちゃん、は…!」
「気を失ってるだけだ。傷もほとんど負ってねぇ」
「そう、ですか…」
「…このまま最終戦に入るらしい。行ってこい」
「はい。緋月ちゃんを…お願いします」
「気をつけろ。戦った後もな」
「ああ」


最終戦後に、何かある気がしてる。
ただの勘でしかねぇが、警戒しておくに越したことはねぇ。…特に姫に関してはな。姫は明らかに、何かを隠してやがる。
魔術師の隣に立ち、階段を上っていく2人の背中を見送った。


「(わたしが見た未来と、結末が変わった…。あともう1つ、変えなければいけない未来がある。それは…わたしが変える)」
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