嘘と真実
姫様の体と魂。白の女の子と黒の女の子にそれぞれ抱かれ、別々の世界へと消えた。
…もう、あの子の気配を感じることが出来ない。
どういう理由でこの状態を望んだのか、私にはわからないけれど…きっと、優しい姫様のことだ。私達のことを思っての、ことなんだと思う。
何かを失うことになっても、貴方は何かを護ろうとしたのね?
「自分が…傷付くことに、なっても」
ファイさんの魔法によって巻き起こっていた風は、彼が気を失ったことによって止まった。
そこら中で舞い上がっていた破片が、瓦礫が、重い音を立てて落ちている。
私はその中でただ…ボーッとその様子を眺めていた。
―――グイッ
「何してる。危ねぇだろうが」
「くろ、がねさん…」
「未来は?」
「…変わった。あの4人は死ななかった」
「え―――…?」
「どういう意味だ」
イーグルさん達の、意味深な言葉。何かを隠しているような気はしていたけど…この人達、この未来を知っていたの?
でも未来が変わったと言ったわよね?…どういう、ことなのかさっぱりわからなくなってきた。
隣に立つ黒鋼さんから発せられる鋭い殺気。それは目の前に立つイーグルさん達に向けられている。
「ご説明します。あの人と一緒に」
…説明してくれる、と言ったけど…簡単に信用していいのだろうか。
嘘をついているような気はしないけど、でも何となく…行きたくないのは何故だろうか。
「(……あぁ、そうか)」
私は―――怖いんだ。本当の"ワタシ"が知られてしまうことが。
今回の真相がわかることで、"ワタシ"のことが知られてしまうわけではないだろうけど、このまま続ければ…いずれ知られてしまう。
だって、この終焉は…飛王様へと繋がっているのだから。
案内された部屋のベッドにファイさんを寝かせたのと同時に、ジェオさんがモコナを部屋から連れて来てくれたみたい。
私達の姿を見て、とても心配そうに、とても痛そうな表情を浮かべた。
そして…すぐに姫様がいないことを問い質されて。
でも、私達も彼女が何処にいったのかがわからないんだ。次元移動したのは確かなのだけれど、何処に行ったのかまでは…全くわからないのが事実。
―――パァ
「侑子!」
『姫はこの中にいるわ』
「……!」
「その中は…」
「店がある所と違う」
『そう。店(ここ)とはまた別の場所』
―――『夢』の世界―――
「夢の、世界…ですか?」
『ええ。さくら姫の魂は今、夢の中にある。これは姫が望んだことよ』
姫様は、夢で未来を知ることが出来たらしい。
イーグルさんの側近、ランティスさんも同じく夢で未来を視れるとのこと。彼が視た未来は…あまりにも残酷だった。
チェスの最終戦。姫様がファイさんに刺されて死に、私達をも殺し…彼は壊れて―――
それ以上、聞きたくなくて思わず耳を塞ぐ。
その未来と、今の現実は異なっている。姫様は刺されてしまったけれど、生きているのは確かだ。私達も生きてる。
でも、でも―――
「そんな、酷い未来…!」
『その夢を姫は変えようとした。命を賭けて』
夢で未来を視た姫様は、ファイさんに自分を刺させたくなどなくて…彼を狂わせたくなかったから、悲しませたくなかったから。
だけど、彼にかけられている"呪い"というものは、回避出来ない強いものらしい。だったらその後の未来だけでも変えようと、姫様は決心したんだね。
己の強運を対価に、望む世界を目差して…私達が死なないように、もうひとつの対価を支払ってくれたんだ。
もうひとつの対価。それはきっと…
「あの…右足か」
「足は怪我で動かないんじゃなかったの?!」
「治る可能性はあったと思います。…でも、もう二度と足が動かなくても…」
『貴方達を、そしてファイ自身を死なせないように。かけられた呪いを解きたかった』
「…知ってたんですね、サクラちゃんは。オレが嘘をついていたことを。オレが元いた世界、セレス国にサクラちゃんの羽根があるのを知っていたことを」
「え?!」
ファイさんが語る、彼のついていた嘘。
セレスに落ちてきた羽根で創られた「チィ」。小狼くんがその羽根を探していたのを知りながら、彼は教えなかった。
そしてもうひとつ…これは私が彼らと出会う前。
玖楼国で飛び散った姫様の羽根。飛び散った後、もうその世界には羽根がないと…神官と呼ばれる方が言っていたそうだ。
なのに、阪神共和国でファイさんは―――小狼くんに引っかかっていた、と羽根を渡したらしい。
もしそれが本当ならば…
「神官がわからないはずがない」
「そう。オレは最初から羽根を持っていた」
ああ…やっぱり、そういうことなのね。
でも冷静に考えればわかること。だって…姫様の記憶の羽根は、とても強い力を発しているから。
魔力を持っている者なら、その波動を感じることは容易い。だから、小狼くんに引っかかっていたのならばその神官さんが、気がつくはず。
気がつかなかったということは、彼らの世界には羽根がなかったということ。
「…その時、羽根の波動を感じ取ることが出来たのは…モコナとファイさんだけ。だから、今まで誰も疑問に思わなかったんですね」
「緋月ちゃんがいたら、知られていたかもね。
…貴方も知っていましたよね、オレがついていたいくつかの嘘を。初めてオレが貴方の店に現れた時、雨が降っていて、貴方だけは雨に濡れていなかった。あの時、貴方の魔力は両目が揃ったオレより強かった。だから、オレと別の空間にいたんですよね」
自分より強い魔力を持つ者を殺すというオレに掛かった呪いを知っていたから。
「知っていたのに…何故、オレを一緒に行かせたんですか?」
『それが貴方の願いだからよ』
「それが仕組まれていたことでも?」
『そうだとしても、出逢って、一緒にいて、そしてどうするか…選ぶのは貴方自身よ』
選ぶのは、自分自身……。
今思えば、私にも侑子さんは「自分で選びなさい」と言い続けていたっけ。
この人は全てを知っていて、仕組まれていることもわかっていて…それでもこの旅に同行させたんだ。
ファイさんも、私のことも…全部わかっていたことなのに。誰の差し金なのか。
仕組まれていたとしても、その全てが思い通りに進むわけではないと…思っていたから?
出逢ったことで、一緒にいることで…どのように思うようになるかは、きっと侑子さん自身にもわからない。
当人にだってわからないことなんだ。先読みすることなんて、到底無理。
それをわかっていて、とのことなら…侑子さんは賭けたんだ。私が、ファイさんが…彼らを大事に思うことを。
「(敵わない、本当に―――――)」
「…姫は何の為にその中に行きやがった」
『サクラ姫の羽根があるの、夢の中に。夢もまたひとつの世界だから』
「それもサクラが夢で?」
『ええ。それを得る為に、もう一人の小狼が夢の中に来ると』
「……だから姫様は、どんなことをしてでも…体と魂を分けなくてはいけなかったんですね」
「サクラ一人で小狼と会うなんて無茶だよ!」
「……会ったらぶん殴ってやる」
「え?!」
「黒鋼さん…」
「ダメだよ!黒鋼が殴ったりしたら、サクラ大怪我しちゃうよ!!」
『…そうしなさい』
「侑子!!」
確かに黒鋼さんが姫様を殴ったりなんかしたら、姫様は大怪我を負うのが目に見えてるわね。
女性にそこまで乱暴はしないとは思うけど…でも心配をしているのは本当だろうから、やりかねないかもと思ってしまうのも本当。
…ま、それはともかく。これからどうするのか…決めなくてはいけないわね。
体と魂に分かれている今、急がなくてはいけないのは…体。でも追いかけるにしてもモコナは、次の世界を選ぶことは出来なかったはず。
今の私の魔力を総動員すれば…一度くらい、次元移動をすることは可能かもしれない。封印が解かれ、魔力が上がっている…今の私なら。
「…お願いがあります。オレが今使える魔力では足りないだろうから」
『対価がいるわ』
「オレの右目を」
「「?!」」
「……っ!!」
「ファイ!」
「本当は眼球ごと抉って渡せればいいんですが」
「それは貴方の魔力そのものです!両目をなくしてしまったら…っ」
「うん。さすがに死ぬだろうね。でもまだ、今は死ねない」
ファイさんが差し出す、と言った対価は…右目の視力。
右目に見える全てを対価にして、望むものは―――
「セレス国へ戻ります」