取り戻したいもの


セレス国へ戻る為に、ファイさんが対価としてと差し出すと言ったのは…「右目の視力」。


「だめ!絶対だめ!そんなことしたらファイ、何も見えなくなっちゃうよ!!」
「オレが渡せる対価は、それくらいしかもうないか…」


―――ガッ

静かだった空間に、何やら痛そうな音が響いた。
視線を巡らせてみれば、どうやら黒鋼さんがファイさんの頭を殴ったみたい。…彼らしい、行動だな。


「黒鋼!!」
「ぶん殴るっつっただろうが。何でお前だけが対価を払う。姫の体が、そのセレス国とやらにあるなら行くのはお前だけじゃねぇだろ」
「でも…」

―――グイッ

「これまで姫とお前と緋月の好きにさせたんだ。今度は俺の好きにする」
「……!」
「おい魔女」
『失礼極まりない上に、センスの欠片もない呼び方ね』
「うるせぇ。姫の魂の方はどうなんだ」
『追うとしても今は無理』
「夢の中には魂しか行けないから、ですね」
『ええ。それにもう一人の小狼が来るには、まだ時間がある』


たった一人で、私達を護る為に…夢の世界へと向かった姫様。
気掛かりなのは―――あの子が、辛い思いをしていないかどうか。
モコナも同じことを心配していたようで、侑子さんに問い掛けていた。

侑子さんからの答えは否、だった。姫様は独りじゃない。夢の中で出逢う者がまた、未来を変える切っ掛けになると。
シャオと私は、その人物に思い当たる節があった。きっと、四月一日くんだと思う。


『大丈夫よ。四月一日も消えていない。そして、あの子の未来も変わって来ている』


侑子さんの言葉に、私達は密かにホッとしたんだ。


『それで?』
「やっぱり急ぐのは体か」
「モコナも行く!」
「おう。…お前はどうする?」
「セレスへ行く。おれを閉じ込めていた者が、姫の次元の記憶が刻まれた体を欲しているなら何をするかわからない」
「緋月、お前は?」
「わた、しは……」


皆に全てを知られてしまうのは、怖い。
本来の自分に戻ってしまうことも、怖くて仕方がない。だけど―――――


「…行きます。あの子を護る為に」


護ると決めていたのに、護られてしまったから。
今度こそ、私があの子を護るんだ。必ず。


「ファイ、一緒に行こう。ファイと黒鋼と『小狼』と緋月とモコナ、皆で5分の1ずつ対価を払って一緒に行こう。サクラを助けに」
「けれど…」
「…おれが知っていたのに、何も言わなかったのはさくら…姫が、貴方を信じていたからだ」


ファイさんが嘘をついていたとしても、その嘘ごと…姫様は信じていたんだ。
そしてあの時…姫様はファイさんをお願い、って姫様が言ってたの。
だから、シャオもファイさんを信じようって思ったんでしょう。姫様が全てを理解した上での、「お願い」って言葉だろうから。


「ファイが独りだったら、サクラきっと悲しいよ。皆と一緒だったら、サクラきっとすごくすごく喜ぶよ」


…誰よりも、他人のことを優先する彼女だから。
ファイさんがたった独りで、辛い目に遭っていたら…またあの子は悲しんでしまう。
今までもずっと悲しくて、辛い思いをしていたのにこれ以上は、そんな思いをして欲しくないんだ。
きっとモコナは、そう思ってる。
モコナもね、誰よりも皆のことを思ってくれてて…誰よりも人の気持ちの変化に聡いんだ。
私達はきっと、モコナの存在に救われているんだと思う。…姫様の存在に救われているのと、同じように。


「その前にぶん殴るけどな」
「だからだめだってば!もー!黒鋼、野蛮人!!」
「ふふ…黒鋼さんらしいですけれどね」
「あ!緋月が久しぶりに、ちゃんと笑ったー!」
「貴方はこれを待っていたんですか?」


微かに聞こえたイーグルさんの声に、視線だけを向けてみれば。
スクリーンに綺麗に微笑んだ、侑子さんの姿が見えた。

1つだけ、どうしても気になることがある。
侑子さんならその疑問に答えてくれるような気がしたんだけど、今此処で聞いたらいけないんじゃないかと思ってしまって。


「(あとで…こっそり通信を繋いでみようか)」
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