不幸の魔術師
―――シュル…
「着いた?」
「ええ、恐らくは」
「此処が…」
「セレス……」
辿り着いたのは、ファイさんが望んだ国。彼の故郷。
きっと…二度と戻るつもりのなかった、国。
降り立ったその地は真っ白で、寒くて…でもとても綺麗だと思った。
「あの城は…」
「オレがいたルヴァル城」
「駄目!サクラの体が何処にあるかわからない!」
「モコナが感知していたのは姫の羽根の気配。羽根は姫の記憶、心だから魂がない体はわからないんだろう。緋月は?」
「羽根の気配はない…でもあのお城じゃないかな」
確かに姫様の魂と体は分かれた。でもそれは決して、彼女が死んでしまったということではない。
だから…あの子はまだ、生きてる。
簡単に気配を探ってみたけれど、生きているものの気配は…あのお城からしかしないの。
これだけ大きな国なのに、その他からは…何も感じることができなかった。
それはファイさんも同じだったみたい。僕が考えてたことと、まったく同じことをシャオ達に話しているから。
でもここで最大の疑問が残る。他の人達はどうしたのか、ってことだ。
モコナも疑問に思っていたらしく、同じ質問をファイさんに投げかけていたけれど、彼は答えることなく顔を俯いた。
何を考えているかまではわからなかったけれど、それでも…言いたくない"何か"があったことだけは確かだろうと思う。
「どうやってあのお城まで行けばいいのかな。あの階段登るの?」
「多分違うと思うわ」
「うん。あれは本当にあるわけじゃないんだ」
「幻か」
ファイさんが、指に魔力を込めた。
魔力を使ってあのお城に入ろうとしてくれているんだろうけど、私はそれを止めた。
「緋月ちゃん…?」
「もう…いいですよ、ファイさん。魔力なら私が使います」
「いや、俺が使う。緋月も極力、使わないでいた方がいい」
「でもシャオ…」
「大丈夫だ。…風華招来」
ふわり、と私達の体が舞い上がった。
「『小狼』、こんな魔法も使えるんだね」
お城までの距離はそこまでではなかった。まぁ、魔力を使って飛んだから…そう感じただけだと思うけれどね。
実際にお城に降り立ってみると、その大きさを改めて感じる。何だか圧倒されている気がするわ。
一歩踏み出してみれば、至る所に転がっている血濡れた人の山。どの人ももう、絶命している。
その人達は皆…ファイさんと同じ服を着ているように思えた。同じというより、似ているが正しいか。
もしかして、このお城に仕えていた人達…?
「緋月、行くぞ」
「はい。今行きます」
そうして私達は、お城の中へと足を踏み入れた。
―――グラッ
「…シャオ?」
「どうした」
「頭、痛いの?」
「…いや」
一歩、お城の中へ足を踏み入れた時。シャオの体がグラリ、と傾いだような気がした。
少し心配になって声をかけてみるけれど、何でもないという顔をされる。
そう言われてしまうと深くにまで突っ込むことも出来ず、でも離れることも出来ずに…私は彼の隣りを歩く。
長い、長い階段。それを降りていく度に、シャオの呼吸が乱れて、顔色も悪くなっていく。
大丈夫なわけがない。こんな風になったシャオを、私は今までに見たことがなくて。
だから尚更、心配になってしまうんだ。
「……ッ」
どんどん増えていく死体の数。どんどん深くなる血の臭い。
いくら血の臭いにも、腐臭にも、死臭にも慣れている身だとは言え…この短時間で一気に浴びるのはさすがにキツイ。
これは少しマズイなぁ…気分が、悪くなりそうだ。シャオの心配をしていたクセに情けないったらありゃしない。
「おい大丈夫か」
「くろ、がねさん……ええ、大丈夫です。行きましょう」
―――スルッ…
「やばくなったら言え」
「…考えておきます」
一瞬だけ触れて、すぐに離れていった温もり。
求めたくて、求めたくて…でも自分から離してしまった、愛しい温もり。
だから心の中で、ありがとうと呟くんだ。
「(ごめんなさい、ありがとう…)」
―――コツーン…
どうやら、目的の場所へと着いたみたいだ。
扉を開けようとしたファイさんの手が触れるより先に、重そうな扉が勝手に開いた。
まるで私達が来るのを待っていたかのように。まるで私達が来るのを知っていたかのように。
「おかえりファイ」
そこには、綺麗な黒髪をした男性が…穏やかな微笑みを湛えて、立っていた。
「……出来れば、帰らずにいられればと思っていました。アシュラ王」
「!(この人が…)」
「約束したのに。わたしの願いを叶えてくれると。待っていたよ、君を…この子も、待っていた。君をずっと」
王のマントの中から出てきたのは、1人の子供。
ボロボロになってしまっている服、カサカサに乾きひび割れてしまった唇、ただ伸びているだけのボサボサになってしまっている金糸の髪。
どこか―――ファイさんに雰囲気が似ているような、気がした。
その子供の手が、ファイさんに向かって伸びる。人差し指が彼を真っ直ぐに指し、真っ直ぐな瞳で見据え…ひび割れた唇が、何かを紡いだ。
「っう……?!」
瞬間、脳内に直接言葉が、映像が入り込んできた。
オ マ エ ガ コ ロ シ タ
頭が割れるように痛い。負の感情が全て、自分の感情のように、痛みのように流れ込んできて。
涙が―――勝手に溢れてくる。
白い、白い世界に生まれ落ちた双子。
でもそれは誰にも望まれない生命で、誰にも…受け入れられなかった。
"双子は凶兆"。
そんな声が至る所から聞こえてくる。
思わず耳を塞いで、違うんだと怒鳴り散らしたくなるほどにうるさくて、厭わしい勝手な声。
塔の一番上と谷底にそれぞれ幽閉された双子は、更に残酷な運命を辿る。
たくさんの、人が死んでいく。何故殺されたのかわからないまま…数え切れないほどの死体が谷に投げ落とされていく。
そして―――皇までも、自ら命を絶った。双子の片割れ、ユゥイの目の前で。
「…産まれただけで罪なのか
双子としてただ、一緒に産まれただけなのに ただ産まれただけなのに
違う国に行っても同じことが起こるのか
何の関わりもない人達が…死ぬのか ただ、双り一緒にいるだけで 生きているだけで!またみんな死ぬのか ただ生きているだけで」
イキテイル ダケデ ツミ ナノカ
真っ白な世界に、音もない静かな世界に双子にとっての救世主―――飛王が、現れた。
彼はそれぞれに提案を持ちかけた。
"外に出られるのは1人きり。だから選べ。お前か、もう1人か"
そして…選択は為された。
外に出られたのは―――自らをファイと偽った、ユゥイ。
「そう。その子の記憶を受け取った君なら知っている筈だ。あの時、この子は塔の中で同じ質問をされて君を選んだ。
ファイ…いや、本当の名前はユゥイだったね。君は死んだこの子のファイという名を名乗り、自分のユゥイという名前はこの世から消した。けれど、それでも君の罪は消えないよ。
大丈夫。君と一緒に来た3人にも視てもらっているから、君の過去を」
ファイさんの瞳が、揺れているような気が…した。
「ふ―――…ッ」
「さあ、本当の君を視てもらおうファイ。過去に君がした約束を、君が知っていたことを」
そしてまた…脳内へと勝手に映像が流れ込んでくる。