綻びの過去
―――お前には旅に出てもらう。砂漠の姫とこちらが用意した写身と人形と共に。
―――我が夢見の更に先を読み、あの子供をこの手が及ぶ前に日本国の夢見姫に預けた。あの子供と出会うことがあれば、魔女の一手だ。
私だけではない。お前の願いの妨げにもなる。
生き返らせたいのだろう 双子の片割れを。
―――忘れるな、お前は我が一手だ。願いが叶うまで。そしてもうひとつの呪いが解けるまで。
ああ…そうか。ファイさんの願いも、あの方と一緒なんだ。
死んでしまった人に、もう一度会いたいんだね。…自分の片割れに。大切な、人だから。
だから貴方は、死ぬわけにいかなかったんだ。その願いを叶えるまではどうしても。
―――ドサッ
「?!シャオッ」
「…緋月、こいつらを見てろ」
「え?黒鋼さん…っ?」
彼の…黒鋼さんの瞳に怒りの炎が、見えた気がした。
その怒りが向いているのはファイくん?それとも王様?…どちらにしろ、放っておいたらどちらかを殺してしまいそうだ。
けれど…シャオとモコナを此処に置いていくわけにもいかない。
私がそんなことを考えている間に、怒りを秘めた黒鋼さんはファイさんの元に近づき…無言で、剣を抜いた。
剣の切っ先は、真っ直ぐにファイさんへと向いていて。
「死ねない。ファイを生き返らせるまでは、この名を命を返すまでは」
「では殺さなければならないね、彼を。そして私の願いを叶えて貰わなければ」
ファイさんに向けられた切っ先。黒鋼さんに向けられた魔力を溜めた指先。
その後ろで不気味なほどに、綺麗な笑みを浮かべている…セレス国の王様。貴方は一体、何を考えているの?
王様の手によって見せられるファイさんの過去。
それは止まることなく、次々と流れ込んでくる…私達の意思とは関係なく。
―――成長していくファイさん
―――姫様の記憶の羽根を人の姿に変え、片割れの傍に置くファイさん
―――笑うことを、覚えていくファイさん
―――王様にこの国の人々に害をもたらす者は、何者であっても滅してほしいと頼まれるファイさん
「君は約束してくれたんだ。この国に、人々に害をもたらす者は…」
「殺す」
空中に描かれた呪文。真っ直ぐに黒鋼さんへと向かうはずだったソレは、彼の剣によって砕かれた。
砕け散った魔法は王様が描き出したファイさんの過去に―――ひびをいれる。
ひびが入った過去は、ガラスのように割れ…宙へと散っていく。
その1枚、1枚にファイさんの過去が映っていたんだ。
どんどん進んでいく過去。…でも何かがおかしいような気がした。
ファイさんの過去だ、というのには間違いはないと思う。けれど―――違和感を感じる。王様の様子に、言葉に。
「王―――――!!」
響くファイさんの咆哮。それに呼応するかのように、彼の魔力が膨れ上がる。
風を巻き起こした魔法は、そのまま黒鋼さんに向かっていった。直撃すると思ったけれど、持っていた剣で防いでいたんだ。
普通ならそんなこと出来ないと思う。でも彼が戦い慣れてるから、抜群の反射神経を持っていたから防げた。
本当に―――とんでもない人だね。黒鋼さんって
ファイさんの魔法を切り裂いた黒鋼さんは、抱えられていた片割れに容赦なく―――剣を振り下ろした。
「あれ―――…創り出された、偽物?」
切り裂かれた片割れは砕け散り、周りにはその破片が散っている。
幻、ではない…でも本物でもない。きっと王様が魔法で創り出したものだ。何の意味があるのかまではわからないけれど。
―――ガッ
「言ったはずだ、お前の過去は関係ねぇとな。それに俺達にそいつが見せたのがお前の過去だというなら、辻褄が合ってねぇだろう」
「な…に」
「お前の魔力が使えば使う程強くなるものなら、使いたいだけ使って更に強くなれば『自分より魔力が強い者を殺す』とかいう呪いは発動し辛くなる。だが、さっき視た過去であいつは言ってた」
『君の魔力は使えば使う程強くなるものだが、これを身に写せば文様が消えるまで君の力が、これ以上強くなることを抑えてくれる』
「あ……!」
「強くなるのを抑えてどうするんだ。あれがお前の過去なら何故、お前はそんな紋章を負った」
黒鋼さんの言う通りだ…私がおかしい、と感じたのもきっとそこだろう。
本当なら強くなるのを抑える必要なんてない。抑えてしまえば、危険が増すだけなのに…どうして?
その答えは、ファイさんが掴んだ欠片が教えてくれた。
「もう少し君が大人になって、『その時』が来たら私の魔力は君を超える。それまでに君の魔力があまり強くなっては困るんだ。
君にかけられた『君より魔力が強い者を殺す』という呪いは、一度きりで解けてしまう。その時殺してもらうのは、私でなくては」
もしかして、王様の願いって―――――…
「茶番はいい加減にしろよ。こんなすぐ綻びがわかる過去を見せて、何を企んでやがる」
「願いを叶えて欲しいだけだよ、ファイ。
約束したね、ファイ。この国の人々に害をもたらす者は滅する…それが何者であっても」
…また映し出される、ファイさんの過去。
王様の魔力は、人を殺めれば殺める程に…強くなるものらしい。その為に国中の人々を殺めた、魔力を強くする為に。
こうなってしまう自分を殺させる為に、ファイさんをあそこから連れ出した。
でもファイさんは王様を殺せなかった。魔法で彼を眠らせて、セレス国を出たんだね。
「…出来ない。貴方は…あの谷からオレと…ファイを連れ出してくれた。例え貴方にどんな思惑があったとしても、貴方はオレ達に初めて…優しくしてくれた人だった。だから…殺せない」
「ファイさん…」
「では」
―――ザァッ
「!!」
「続けよう」
「サクラちゃん!」
「姫様っ…!」
「さくら…」
水の中から現れたのは、姫様の躯。私達がセレス国へ来た、目的。
この国に、この城の中に姫様の躯があるのは元々わかっていた…生きている者の気配も、この部屋以外からはしていなかった。だから、此処以外の場所にはないだろうと思っていたけれど…!
まさか王様が彼女の躯を捉えていたなんて、思ってもいなかった事態だわ。
それもこんな脅しに使われるなんて。
「不思議だね、この躯に魂はないのに、まだ生きてる。君が人の姿に変えた羽根とやらの力か。あの子はすでにこの躯に戻ってしまったようだけれど。
そう、あの子は君の母上に似せて創ったんだと教えてくれたねファイ」
ゆっくりと持ち上げられた王様の手。
それは―――姫様に向けられていて。
「っやめて!!!」
私が叫んだと同時に、黒鋼さんとファイさんが動いた。
ファイさんが放った魔法は王様が作り出した防護壁に阻まれたけど、一閃だけ…防護壁をも破り王様の腕を掠っていく。…でもこれくらいではきっと、怯んでなどくれない。
姫様へと向いていた手は、次に私達へと向けられて、何もないはずの空間から…氷の結晶が飛び出して来たんだ。
―――ガガガガッ
王様が放った氷の結晶はファイさんが咄嗟に作り出してくれた防護壁によって、防がれた…はず、だったのに。
一瞬強められた魔法に、私とシャオとモコナを護ってくれていた防護壁が破られる。
「小狼くん!緋月ちゃん!モコナ!」
「ッモード、攻撃!”ファイア”!!!」
―――ゴォッ
間一髪っ…!防護壁を突き破った氷の結晶は、ギリギリでそれらを溶かしてくれたらしい。
何とかシャオとモコナを傷つけずに済んだみたいね…良かった。
ホッとした瞬間…体が傾いで、頭がグラリと揺れる。傷を負ったわけでもないのに、立っていられない。
そこでようやく気がついたんだ、この国に張り巡らされていた罠に。
シャオが私に魔法を使わせなかったのは…この罠に気が付いていたから?
気がつかなかったことを悔いても仕方ない。…けど、今此処で倒れるわけにはいかない。
今にも倒れこみそうなのを堪え、前に顔を向ければファイさんが氷の棘に貫かれそうになっていた。
「雷帝…招来!!」
「モード、攻撃!”サンダー”!!」
―――ガガッ
砕けた氷の欠片の合間をぬって、黒鋼さんが飛び込んでいく。誰もが決着がつくと思っていたんだ。
でも待っていたのは、残酷な結末。
―――ス
空中に描かれた呪文。それは大きな氷の棘と化し―――
「!!」
―――ドッ!!!
黒鋼さんの脇腹を、抉るように貫いた。