暴走する力
吹き出る赤い液体。
傾いでいく体。
そのまま、倒れ込んだ愛しい彼。
「黒鋼、さん……?」
じわり、じわりと床に広がっていく黒鋼さんの血。
早く止血しないと、治療しないと危ないのに。彼を失いたくないのに、助けたいのに―――カッと頭に血が昇った瞬間、遥か奥深くから何かがせり上がって来る感覚。
それが怒りによって膨れ上がった自分の魔力だとわかった時には、もう…アシュラ王に向かって攻撃魔法として放出されていた。
我を失ってはいない。言うならば、至って冷静だ。腹の底が冷えている気もする。
夜魔ノ国のように、インフィニティのように…意識がなくなっているわけでもない。でも今の私は―――私ではない、ような気もしていて。
自分でもよくわからない。けれど、1つだけ。たった1つだけ、わかっていることがある。
ワタシは あノ王を 許さなイとイウコト―――!
「緋月ちゃんっ…?!」
「許さない、許さない、許さない…!!!黒鋼くんの命を奪った貴方を、私は絶対に許さないっ!」
―――カッ!!
「素晴らしい魔力だね。それに、まさか君が動けるなんて…けれど」
ゆらり、と王の指が動いたような気がした。
何をしてくるか、なんて…今の私には考える余裕なんてなくて、そのまま突っ込もうとしていたんだ。
押し込めれば王を倒せる、姫様のことも救えるって思ったから。
その時点で、私の負けだったのにね。怒りと憎しみに飲まれた者は、潰しやすい。
「私には、敵わない」
―――ドスッ…!
「っあ…は……ッ」
「緋月…っ!!」
「緋月ちゃん!!!」
伸びてきた氷の刃。それは真っ直ぐに私に向かい、胸を貫いた。
ズルリ、と刃が抜ける感覚…おびただしい量の血が、床へと流れていく。咳き込めば、床に舞い散る緋の華。
痛みは、ほとんど感じない。きっと麻痺しているんだと思う。力も上手く込められないし。
ガクンと崩れ落ちた私の体を、温かい何かが受け止めてくれた。
瞬時に感じるこの魔力は、ファイさんのモノだ…彼が、受け止めてくれたのかしら。
「サクラちゃんと緋月ちゃんを…」
―――ガッ
「だめ…だ」
落ちそうになる意識を必死に繋ぎ止める。でも体はいうことをきいてはくれなくて、離れていくファイさんの気配を追うことしか出来ない。
シャオもきっと、気が付いている。彼の覚悟に。
彼は、王と一緒に死ぬつもりでいる。2人の死で全てを、終わらせるつもりでいるんだ。
「ファ、イさ―――…」
彼の気持ちがわからないわけではないけど、でも…
「だ、めだよ……しなな、いで」
「オレは優しくなんかない。ただ弱いだけだ。そのオレの弱さが今の、この現実を招いた」
……終わらせましょう、王。貴方の願いを。
「そして……オレの願いも」
―――フォン
―――ドォン!!!
2つの大きな魔力が、真正面からぶつかり合う。
確かにファイさんの魔力はすごいと思う。でも今の彼は、今までの半分しか魔力がない。
その状態では、勝つことも…ましてや、道連れにすることも―――難しいはずだ。
だって王には全て、防がれてしまうはずだから。よくて相殺。
…それではきっと意味がないんだ。ファイさんにとって。
「言っただろう、私の魔力は人を殺めえれば殺める程、強くなると。それに君は魔力の源である眼を片方、失っているようだね」
王の片手がファイさんの首にかけられていた。
絞め殺す、つもりだ…!そんなことさせない…ファイさんは絶対に―――
「殺させない…っ!モード、攻撃…」
「雷帝……」
私とシャオが魔力を発動させようとした時、腕を、足を…氷の刃が貫く。
ただでさえ動けない状態なのに、シャオは瓦礫の壁に。私はそのまま床に、体を縫い止められる。
ジワジワと蝕む痛みに、自然と眉間にシワが寄ってしまう。
悔しい…何も出来ない。黒鋼さんの為にも、シャオの為にも、ファイさんの為にも…姫様の為にも。
私は何もしてあげることが出来ないのか。
「私と一緒に死のうとしたんだね。たとえ、両の眼が揃っていてもそれでは私には勝てないよ」
ミシリと…骨が軋む音が、静かな空間に響き渡る。
「君はいつも終わりを願っていた。大事な兄弟を死に追いやった自分の生の終わりを。私の願いを知ってからは更に。
けれど、君は死ねない。ファイを生き返らせなければならないから」
―――ゴキ
嫌な音が、聞こえた。口から血を吐きだすファイさんの姿が見えた。
頭の中が怒りで、憎しみで真っ白になりそうになる。
「それなのに私と共に自ら終わりを迎えようとしたのは、彼らの為かな。ならば、彼らを殺せばその怒りで私に勝てるかもしれないね」
魔力が発動した気配がした。それも、すぐ傍で。
力を振り絞って顔を上げてみれば、私とシャオの前に…いくつもの氷の刃が出現していた。この至近距離からでは、私達の命はなくなるだろう。
せめて、シャオだけでも―――!
「ッモード、攻撃…"カラム・フレイム"!!」
火柱が上がったと同時に、目の前に人影が現れた。
―――…誰?
―――ザンッ
人影の正体は、脇腹を貫かれたはずの黒鋼さん。
いまだに血は流れ続けているし、呼吸は乱れて動くのも辛そうなのに…私達を助けてくれた。護ってくれた。
彼の額には知世姫が施したであろう守護印が光っていて。
氷の刃が飛んでくる中、王に突っ込んでいくことが出来ているのは…その守護印が黒鋼さんを護っているから。
「生きて、た……」
死んだと思っていた。
でもそうじゃなかった。生きてる。彼は確かに重症だけれど、生きて、目の前に立っている。
幻でも、幽霊でもなくて…そこに存在してるんだ。
―――良かった…心からそう思って、安堵からか一筋の涙が零れ落ちた。
どんなに振り払おうとしても、離れようと思ってもダメだった。
離れようと思えば思う程、奥深くにしまい込んだ想いは溢れ出しそうになるから。
きっと無理なんだ。しまい込むことも、忘れることも…私には出来ない。
ううん、出来るわけが…ないんだよね。それくらい、彼のことが好きだから。彼のことも、彼らのことも―――大切、だから。
もう、誤魔化しきれない。逃げることも、目を逸らすことも出来ない。
―――ドッ!
肉に何かが刺さる鈍い音。黒鋼さんの刀が、王の胸を真っ直ぐに貫いているのが見える。
ゆっくりと刀が抜かれ、そこから血が流れ出して…王はゆっくりと倒れていく。
彼に―――ファイさんに、言葉を遺して。
「…お…う……!!」
私などの為に泣いてはいけないよ。
出来れば君に殺されて、最後の呪いは消してあげたかったのだけれど…彼らとなら、呪いを超えられる。