最後の呪い
黒鋼さんが命を奪った、アシュラ王。
血の気が多くて、喧嘩っ早い彼だけど…命を奪うことだけはしなかった。
けれど、今回初めて―――命を、奪う結果になったんだ。
きっとファイさんには殺せない、と思ったから。
でも王を殺さなければ、ファイさんが殺されると思ったから…彼は進んでその責を負ったんだと思う。…自ら、重い責を。
―――パァッ
「姫様の、羽根の気配…」
ファイさんの片割れが持っていた石が割れ、その中から姫様の羽根が現れた。
さっき見た彼の過去。あの石は確か、王が共にと言って渡していた石だったはず。…ということは、あの羽根は―――王が持っていたの?
そしてその羽根は、最後の記憶を映し出し始める。
「選べ、お前かもう一人か」
「ユゥイを出して」
「下にいる方はファイ、お前を出せと言っていたぞ。さて、どうする」
「ファイは死んでいい。だからユゥイを出して」
「自らの命を差し出すか」
「約束して。必ずユゥイをこの谷から出して」
「では、塔の下の子供を外へ」
「一緒にいけなくてごめんね、ユゥイ。どうか自由になって」
交差した双子の記憶。
ファイさんは片割れを殺してなんかいない。彼の中にあった記憶は、片割れのものだったんだ。
「…あれは…ファイの…記憶……だった…?」
羽根があったから保っていられた、片割れの体。
それが姫様の体内に戻った今、片割れ―――ユゥイくんの体は、朽ち果てていくのみ。
涙を浮かべ、朽ちゆく彼に手を伸ばすファイさん。大好きだった、大切だった人だものね…気持ちはわかる気がするけど、でもね?
―――グッ
「眠らせてやれ」
「もう…眠らせてあげましょう?」
「…オレのせいで…ずっと……眠らせてあげられなかった…。ごめんなさい。……ファイ……」
―――オオオォオオ…
何…?この感じ。嫌な予感とか、そういうものじゃない…何かとんでもないことが始まる…そんな確信めいた感覚だ。
血を流していて、感覚が鈍っているけど…誰かの魔力が発動しかけてる?
「早くこの世界から……」
傍でシャオが呟いた瞬間、ファイさんの周りに魔法陣が出現した。
―――ザァッ
黒い…紋様のようなものが、私達を取り囲む。
まるで―――逃さない、と言わんばかりに。
「世界が閉じようとしてるの…?」
魔法の核は、ファイさん。
「―――あぁ、貴方が言っていたもうひとつの呪いとは…」
これのこと、だったのですか。飛王様。
姫様を連れてこの国へ戻って、王を自らの手で殺すことが出来なければ…ファイさんの意志とは関係なく発動する。
ファイさんにとってアシュラ王は大切で、かけがいのない人だったはず。その王を自らの手で殺すなら…彼はきっと後を追って死んでしまうだろうから。
この呪いは、それでは意味をなさない。だからきっとその呪いのこと自体を、ファイさんは忘れるように暗示を掛けられていたんだろう。
私とシャオが上手く動けなかったのも…あの人の張った罠。ファイさんと王以外に魔力を使った者に、害を成すように。
全ては、ふたつの呪いの成就を妨げぬように。
「(貴方の書いたシナリオ通りに、進んでいるのですね)」
「小狼くん。サクラちゃんとモコナを離さないで。黒鋼は緋月ちゃんを抱えてあげて。ひどい怪我をしてるから」
「何をするつもりだ!」
「ファイさん…?」
「此処から…出る」
―――バッ
空中に浮かび上がった呪文。それはシャオ達を囲んで、紋様の外へと移動させた。
私と黒鋼さんもその呪文に取り囲まれたけれど…それははじかれた。
ファイさんの魔力が足りていないんだ…!
両目が揃っていた頃の彼の魔力は、使えば使う程に強くなっていくものだった。
でも今の彼の魔力はその逆。使えば使う程に、術者の命を吸い上げていってしまう。
「姫の共はクロウの血縁のみか。緋月が取り残されているのは誤算だが…まぁ、後ほど回収すれば構わん。魔女の一手であるあの諏訪の若造と、魔力の残り少ない魔術師が始末出来ただけでも良しとするか」
このままこの世界に取り残されてたまるか…!黒鋼さんとファイさんを此処に閉じ込めてたまるか!
私の魔力はまだある。魔力が尽きようが何だろうが、そんなの知ったこっちゃない。
今使わないで、いつ使うって言うんだよ!!
―――パァアア
魔力を使う準備に入った時、上の空間が歪んだような気がした。よくわからないけど、ファイさんとは違う魔力が働いてる感覚だ。
…でもその相手を探している場合じゃない。この好機を逃しちゃダメだ。あの歪んだ空間から、外に出られる…!
今の状態では3人で出ることは出来ない…でも私の魔力を上乗せすれば……っ
―――グッ
「黒鋼さん…っファイさんの手、絶対に離さないでくださいね?!」
「言われなくてもわかってる!」
指先に魔力を込める。途切れたファイさんの魔法を繋ぎ合わせようとしたのに…胸に激痛が走って、意識が遠のいていく。
どうして…こんな大事な時に傷が痛むの?助けたいのに、ファイさんを置いていきたくないのに…どうして。
「っ緋月?!!」
「緋月ちゃんっ…!」
黒鋼さんに抱えられていたはずの体が傾いで、トプンと…閉じていく世界の中へと舞い戻る。
暖かくてふわふわしたものに包まれた気がするのは、ファイさんが捕まえてくれたから…?
もう一度、魔力を使おうと力を込めてみるけれど。どう足掻いても、今の状態の私には魔力が使えないらしい。
流し過ぎてしまった血(マリョク)は、しばらく元には戻らないだろう。
それはつまり―――この世界から、出られないということ。
「(私の旅路は此処まで…なの?まだ願いが叶えられていないのに)」
薄れゆく意識の中、黒鋼さんが自らの左手を斬り落とす姿が見えた。