傷ついたトキ


護る為に何かを捨て、傷つけてきたけれど…でもやっぱり何一つ、捨てられずに。
ただ悪戯に時間が過ぎ、大切なモノを傷つけただけだったんだ。それがどんなに辛いことなのか、わからないわけではなかったのに。

でもそれでも 私 は―――全てを、護りたかったの。


 side:黒鋼


―――ハッ

「何処だ、此処は…あいつらは……」
「此処は日本国。貴方と一緒に旅をしてきた方達も、この白鷺城にいらっしゃいます」


鈴を転がしたような、それでいて凛とした声音。ずっと、ずっと聞いていた声。昔から耳に馴染んでいる声。
間違えねぇ。…間違えるわけが、ねぇ。この声は―――――


「知世姫……だな」
「はい。おかえりなさい、黒鋼」


俺の中では久しぶりの再会、帰国だった。…この世界の時間の流れと同じなのかはわからねぇが。
それでも目の前にいる知世姫は、記憶の中にあるのと何ら変わりがない。少しだけ、安堵した。その事実に。
自分がいる場所を理解し、あいつらもこの城にいるとわかり…頭ん中が冷静になってきた。
それと同時にあの時聞いた声の主を、確かめたくなったんだ。


「あの時の声は…」
「私ですわ」


―――共に行きたいと、
心から願うなら

その方と同じ魔の力を持つものを
引き替えに


「あの時、私の『守』でも守りきれなかった傷で貴方は死の一歩手前でした。死ぬ前にも人は夢を見ます」
「夢を渡って俺にあいつを連れ出す方法を告げたのか」
「あの術はそれを使った術者を『核』としていました。だから、閉じていく法円の中から術者は出ることが出来ない。けれど、貴方達を逃がす為に力を使い果たしていましたから」


だから、術がかけられていた俺の腕で身代りになったわけか。


「……真の強さはわかりましたか」
「…さあな。しかし強さは減ったようだ。一人殺した」


日本国からあの魔女の元へ飛ばされた時は、何も知らなかった。わからなかった。
何故、知世姫が『呪』なんぞを俺にかけたのか。

けれど、今なら…わかる。この姫は夢見だから、知っていたんだろう。俺が奴を殺したら、こうなることを。
そうならなければ良い、と思って…あの術をかけた。『呪』と偽って。
誰も殺めることがないように。あの国に―――閉じ込められないように。


「「先に告げろ」と言わないのですか?」


…確かに昔の俺ならば、そう怒鳴っていただろう。
だが、旅をしてきてわかったことがある。


「知っていて言えない苦しさは、知らない者にはわからねぇ。わからんもんを責めても詮ねぇだろ」
「…黒鋼…」


先に知っていれば、この腕を失うことはなかったのかもしれねぇ。でも。


「あの時、腕を落としたことを悔いる気持ちはねぇ。俺は…ずっと力が欲しかった。大事なものをもう誰にも奪われないように」


父上を、母上を、諏訪の民を、強くなれば護れると思っていた。奪われないと思っていた。

『黒鋼くん』

それに…知世姫以外に、護りたいと思える奴が出来た。初めて愛しい、と思える奴が出来た。
もっと強くなれば、人を殺めて力を得れば―――何一つ、零さずにいられると思っていた。だが


「力があることが災いを呼ぶこともある。そして…力だけでは、守れないものも」


力があるからといって、全てを護れるわけでもねぇ。失わないで、奪われないでいられるわけでもなかった。
それ故に…失うモノの方が、断然多い。姫も、小僧も、魔術師も―――緋月も。
あいつらは強い力を持っていたから、『何か』を背負って生きている。
それは力を持つ宿命なのか、否かはわからねぇが…俺はそう思った。護りたくても、護れねぇもんもあるんだと。


「……真の強さ、わかって下さったようですね」


―――あぁ…そうか。知世姫が俺に知って欲しかったのは、こういうことだったのか。


「お待たせしました。どうぞお入り下さいな」


知世姫が離れ、襖がカラリと開いた。その先に立っていたのは、日本国の着物に着替えた魔術師。
前髪で瞳が隠れて表情が全く読めねぇ。何を考えているのかも、今までと同じでわからねぇな。
魔術師は何も喋らずに歩み寄ってきて、俺の傍に立つ。それでも一言も発しない。
ユラリ、と気配が動いたと思った瞬間…

―――ゴッ

鈍い音と、鈍い痛みが響いた。一瞬呆けたが、魔術師が自らの拳で俺の額を殴ったのだと理解する。
そして上げられた顔には―――今までに見たことねぇくらいに、清々しくも不敵な笑みが浮かべられていて。


「お返しだよ、『黒様』」
「…ぶっ飛ばすぞ、てめぇ」


魔術師の中で、何かが吹っ切れた。そんな風に感じる笑みだ。
知世姫が出て行って、俺と魔術師の2人だけになった。小僧と白まんじゅうと緋月はまだ眠ってるんだろう。
…そういやコイツとちゃんと言葉を交わすのは、ほぼ初めてだな。
嘘も、偽りもない本来のコイツとは。


「緋月ちゃんのこと、知世姫に聞いた?」
「いや…酷ェのか?」
「彼女ね、自分も怪我してるのに…君の容体が落ち着くまで此処を離れなかったんだよ?」


あの国を出る前、アイツは胸から大量の血を流していた。その状態で魔力を使おうとして…気を失うように落ちていったのを覚えてる。
手を伸ばそうにも届かなくて、魔術師が受け止めたんだったか。

…左腕を斬りおとした後は、俺も全く記憶がねぇ。
そこからついさっきの記憶に繋がってるからな。だから、緋月が此処にいた、ということも…初耳だ。


「ち…何してやがんだ、あのバカ女」
「それだけ心配だったんだよ、黒様のことが。…妬けちゃうよね本当」
「―――…お前、やっぱり…」
「あはは。黒様にはバレてたかー、まぁそんな気はしてたけどね。うん…オレ、緋月ちゃんのこと好きだよ。ずーっと自分の気持ちに目を逸らしてたけど」
「…そうか」
「君も、でしょ?黒様」
「ああ」


何でこんな話を振っちまったのか、自分でもわからねぇが…誤魔化す必要も、隠す必要もねぇよな。同じ相手を好いているのなら尚更。
アイツが誰かに愛されるのを、誰かを愛するのを必要のないことだと思っているのは、薄々気がついてはいた。だから、この想いを押し付けるつもりは毛頭ねぇ。
けど、緋月を違う奴に渡すのかと言われりゃあ…それは違う。
渡したくねぇに決まってんだろうが。


「(まぁ…通じ合わなきゃ、それも意味がねぇことなんだがな)」
「ねぇ、緋月ちゃんの顔見てきたら?」
「あ?」
「心配なんでしょ?彼女のこと。顔に出てるよー。容体は安定してるから問題ないけど…でも顔見れば、もっと安心できると思うけど?」


今までと違う笑みを浮かべ、そうのたまった魔術師。
…言ってることは正論だ。間違ってねぇし、顔を見れば安心できるとは思う。経験上。
それでもコイツの言葉で動くのは、何か癪だ。腹が立つ。


「ほら、ごちゃごちゃ考えてる暇があるんなら行くよー。部屋まで案内してあげるから」
「…お前、変わったな」
「んー?変わったんじゃなくて、これが本来のオレなんだよ」
「そうかよ」


でもまぁ…嘘の笑みを浮かべているよりは、ずっといいんじゃねぇか。
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