紅の想い、
僕って人間は、他人の気持ちに疎い。
特別鈍いってわけではないし、もちろん空気が読めないわけでもない。淋しいとか悲しいとか、そういうのがわからないってわけでもないんです。
それじゃあ、何に疎いのかって言いますと…他人からの、好意の気持ち。
言われるまでわからない。言われないとわからない。…言われてもきっと、理解出来ない。
だって僕は誰かを愛することも、誰かに愛されることも必要ないことだって思っていたから。僕なんかを愛してくれる人なんて、いるはずないと思っていたから。
だけど、今なら誰かを愛する幸せを理解することは…出来ると思うんだ。
黒鋼くんに出会って、苦しいけど彼の傍にいるだけで嬉しかったから。温かかったから。
愛される幸せは今でも―――わからないけれど。
だから、だからね?まさかあんなこと言われるだなんて、思いもしなかったんだよ。
ある日の昼下がり。僕は黒鋼くんに城内を案内してもらっていた。散歩も兼ねてね。
…というか、実はこれ…黒鋼くんの方から誘って来たんですよ。
びっくりでしょう?何か見せたいものがあるから、って。
「怪我の具合はどうだ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ふらつかないし、大分良くなってる。黒鋼くんの方こそ大丈夫なの?」
「あぁ。何ともねぇ」
「それなら良かったけど…無理、してない?」
「してねぇよ。お前こそ心配し過ぎだろ」
「だって無理するじゃないか、キミ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
そんなやり取りをしながら歩く。こんな風に彼と言葉を交わすのは、すごく久しぶりだなぁ。…まぁ、それを避けてきていたのは他の誰でもない僕なのですが。
でもやっぱり、黒鋼くんと話しているのは心地良い。ただ隣にいるだけでも安心できる。
まだ出会って間もないはずなのに、こんな風に思えるなんてねー。人の心ってわからないものです。
しばらく歩いた先に、大きな木が見えた。
はらはらと風で舞い散るピンクの花弁は、桜都国で見たものと一緒で。
そしてようやく、僕は黒鋼くんが「日本国に連れて行って見せてやる」って約束してくれていたことを思い出したんだ。
「これ…」
「いつだったか約束しただろ。見せてやるって。もっとでかい木もあるんだが、そっちは今見に行けねぇみたいだから…こっちで我慢してくれ」
「これでも十分大きいよ!…すごく綺麗…」
確か桜、という花だと教えてもらったっけ。
「ありがとね、黒鋼くん。本当に見れるとは思わなかったよ」
まさか旅の途中で彼の故郷、日本国に来るだなんて思ってもいなかったし。
約束してくれたのは嬉しかったけど、きっと叶うことはないと思っていたから―――今、泣きそうな程に嬉しいんだ。
あぁ、僕はこの思い出だけで…十分過ぎる。これ以上、何も望まない。
「俺ァ約束は守るって決めてる。反故にしたりしねぇよ」
「何て言うか…キミらしいねぇ、黒鋼くん」
クスクス笑っていると、不意に彼と目が合った。
見慣れた深紅の瞳。赤は嫌いだけど、宝石みたいで好きだと思った。
この瞳に見つめられるとドキドキして、逸らすことが出来なくて、眩暈がする。
スッと伏せられる瞳。頬に触れる無骨で、大きな手。額に、頬に、こめかみに、鼻筋に優しく落ちる唇。
「―――…緋月」
耳に馴染む、心地良い声。
その声で名前を呼ばれると、何も考えられなくなる。
「緋月、好きだ」
―――ドクンッ
「…お前の本音を知ったあの日から、ずっと好きだった」
心臓が、うるさい。心臓がドキドキして、体中を血液が異常な早さで巡ってる気がする。
そんなはずないんだけど、そう錯覚してしまうくらいに…鼓動が速いんだ。
だって、だって…黒鋼くんが、僕のことを好き?
ついさっき言われたばかりの言葉が頭の中をグルグル回る。
反芻される度に体温急上昇で、ちょっと心臓がもちそうにないんですけど…!!!
でも素直に嬉しいと思う自分と、ダメだと思う自分がいる。
彼はまだ気が付いていないけど、僕は彼のお母様の命を奪った仇だから。好きになってもらえるような価値のない人間。
そのことに改めて気がついた瞬間、体の熱さがスーッと引いていった。
「―――…ごめん、なさい」
「僕はキミの気持ちには、」
「応えられない」
嬉しかった。同じ気持ちだったんだってわかって、すごく嬉しかった。
僕もだよ、って伝えて…幸せになりたいって思ったんだよ。キミと一緒に生きていきたいって思ったんだ。
それは嘘じゃない。キミのことが大好きなのも本当。
でも。でもね?黒鋼くん。この先―――そう遠くない未来で、キミはきっと真実を知るから。
その真実を知った時、キミは僕のことを嫌いになる。好きな相手がお母様の仇だと、知れば。そうしたらきっと、僕はキミの敵になる。
優しかった眼差しも、温かい手も、何もかも…離れていってしまう。その未来はどう足掻いても変わらない。変えることも出来ない。
だから、お互いの傷が大きくなる前に―――今の線を越えないと決めていた。
「応えられなくてごめん…けど、嬉しかった。ありがとう」
―――…好き。
「…いや。急に悪かったな」
―――好きだよ、大好きなんだよ。
「少し冷えてきたね…中に戻ろっか」
―――僕もキミのことが……
「あぁ」
「本当は大好きだよ…っ!」