写身の心
―――ビシッ
桜の木に衝撃が走った。
夢の世界への入り口となった木。それに衝撃と亀裂が入った…ということは、夢で何かあったということだ。
姫さんの身に、シャオの身に何かあったということ。
…それでも、僕達には何も出来ない。夢を渡ることの出来ない者達に出来るのは、ただ信じて待つことのみ。
こんなに近くにいて何も出来ないのは悔しいけど、それが抗うことの出来ない現実だ。
―――ゴゴゴゴ…
「どんどん…禍々しくなっていく―――」
ドクン、とまた桜の木が脈打った時。亀裂の中から黒いモノが飛び出してきて、僕達の体に纏わりつく。
そして―――その中から、何かが飛び出してきたのが見えた。
「小僧!!!」
「ッシャオ!小狼くん!!」
そうその正体は、シャオと小狼くんだった。彼らの手に握られているのは、キラキラと輝く姫さんの羽根。
取り戻したい気持ちは同じはずなのに、真逆の方へと進んでしまった彼ら。同じであって、同じではない2人。
フワリ、と浮かび上がった羽根。
それを手にしようと、大きく跳躍した2人。
「小狼―――――!!」
空中で交わった剣の1つは、
―――ドシュッ
1人の少女の胸を、貫いた。
「さくら!!」
シャオの悲痛な叫びが耳に届く。
その叫びに少女―――姫さんは悲しそうな瞳で、静かに首を振った。
「貴方のさくらは、わたしじゃない」
飛王様が創ったのは、シャオの写身だけじゃなかった。彼女の写身も創り、その写身を旅に出させることにしたんだ。
万が一にも、彼女が命を落とさない為に。確実に、自分の願いを叶える為の力を…手に入れる為に。
その事実を―――自分が写身である、と…貴方は知っていたんだね。姫さん。
「わたしも同じだから。…貴方も知っていたでしょう。わたしが本当のさくらではないと。だから、あの時わたしに言った」
あのさくらを一番大事だと思ったのは『おれの心』じゃない!お前だろう!!
「貴方のさくらが―――待ってる。
だからどうか……これからは…貴方の、本当の大切な人の為に…自由に…」
姫さんの魂が、はらはらと桜となり散っていく。
「わたし達は創りものでも…同じ…だから。あの2人が生きていてくれれば…終わり…じゃないから……貴方が………す……」
最後まで紡がれなかった言葉。彼女がずっと、ずっと伝えたかったただ1つの言葉。
その想いは彼の心に届けられることなく、桜の花は―――散った。
「姫、さん…っ!」
はらはらと舞う花弁。かつて、彼女だったものが…心の欠片が舞い降りる。
手の平に舞い落ちてきた1枚の花弁を、ギュッと握りしめた。
たくさん―――たくさん、キミには助けられたのに。癒されたのに。
大切だったんだ。護りたいって思ったんだ。
幸せに…なってほしかったのに。キミには、誰よりも幸せに笑っていてほしかったのに。
「何も…返せなかった。ありがとうも、ごめんねも何も伝えられなかったよ…姫さん」
ひらひら舞う花弁。喪われた太陽の少女。
残ったのは声なき咆哮。心を失くしてしまったはずの、少年の悲しみの声だった。
その声に呼応するかのように、黒いモノが再び動き出したんだ。
黒いモノを動かしているのは、作り出しているのは…姫さんの羽根。
「…次元が、開く…?」
魔力を感じる。姫さんの躯のすぐ近くの空間に切れ目が入る。そこから何者かが出てきた。
ある人物に僕達は全員、驚いたんだ。
忘れるわけがない。見間違うわけがない。違う人物であるわけが…ない。
―――キイイイィイイン
空間の切れ目から現れたのは、カイル。
ジェイド国とピッフル国で散々、僕達を痛めつけてくれた張本人。
「あいつは!!」
「カイル…ッ!!!」
この時、僕はまだ気が付いていなかったんだ。最後の審判が下されたことに。
"僕"の途が―――終わりを迎えようとしていることに。
あと少しで、全てが暴かれることに。
"ワタシ"の過去が、罪が、願いが…全て陽の下に晒される。
どう足掻こうとも、覆すことは出来ない。
逆らうことも、出来ないんだ。