空っぽのココロ
―――なにも キ こえない
―――なにも ミ えない
―――なにも イ ない
僕はどれくらいの時間を此処で過ごしているんだろう。
真っ暗で、静かで、時間が進んでいるのか…それとも止まっているのか。それすらも感じ取れない空間の中で、1人。僕はぼんやりと佇んでいたんだ。
記憶は、ある。今までのことは全部覚えてるから。だから、自分がどうしてこんな所に…っていう疑問は、一切ない。
此処に来たのは確かにあの方からの命だったけど、決断したのは僕自身だったから。
理由も告げず、一方的に別離した彼ら。あの後、彼らは―――どうしているのだろうか?
さよなら、と告げた時。3人と1匹の顔が辛そうに、悲しそうに歪んでいた。
そんな顔をしてほしくないのに、笑ってほしいのに…けれど、そんな顔をさせた原因は…他の誰でもない僕だ。
「護りたいと願えば願う程…僕は皆を傷つける」
誰も失いたくないだけなのに、笑っていてほしいだけなのに、どうして…そんな簡単な願いさえ、叶わないのかな。
多くは望まないから。彼らを生かしてくれさえいれば、僕はそれで良いのだから。
いずれ来る終焉の時に―――僕の姿が、存在しなくとも。
―――ゴゥン…ッ
「飛王、様……?」
「…来い、緋月」
時は満ちた。力を解放する時ぞ―――
「御意。…貴方様の、御心のままに」
「クク…良い瞳だ。何も映さない虚無の瞳。期待しているぞ?お前の素晴らしい働きを…な」
こうして再び、僕は―――心を持たない"殺戮人形(ワタシ)"に戻る。
喜びも、哀しみも、怒りも、何もかもを捨て…ただ真っ赤な雨が降る中を、舞うのみだ。
あの方の願いを叶える、その瞬間まで。
飛王様に連れられ、着いたのは―――黒鋼くん、ファイくん、シャオが戦っている場所だった。
…とは言っても、向こうからはこっちの姿を確認することは出来ないけれど。
だって…今、彼らが見ている飛王様は。
「カイル……あの方の身代わりの為の、偽者(つくりモノ)―――」
だけど、こっちからはあっちの様子がよく見える。
集めた魂で創り上げられた人形達に襲われる、黒鋼くんとファイくんの姿。小狼くんと対峙するシャオの姿。
傷つけ、傷つけられる姿が目の前に広がって。何も感じてはいけない心が、声なき悲鳴を上げる。
やめて、と…もう誰も傷つかないで、と―――響き渡る悲痛な、僕自身の声。無意識に握りしめた拳が、血の涙を流した。
「やめて…小狼くん―――!」
ボソリ、と呟いた瞬間。
シャオの体に突き刺さる、緋炎。そして強大な魔法が人形と共に、黒鋼くんとファイくんさえも吹き飛ばした。
息絶えたように見えるシャオ。
ピクリ、とも動く気配がなく…ズルズルと引きずられていくその姿は、生きているようには思えなかった。
けれど、魂の気配は消えていない。
…あの2人はもしかして、何か企んでいるのか…?それが事実であるとすれば、今のこの状態も頷けるから。
―――ドッ
シャオの体を受け取ろうとした瞬間、カイルの体が剣で貫かれた。
その剣を手にしていたのは、死んだと思われていたシャオ。
あぁ、やっぱりそうだったのね。キミ達2人は―――
「謀った、のね…」
シャオを刺す振りをして、自分の足の甲を貫いた。
望んではいけない希望が…そして願いが奥底からせり上がって来る。失われた小狼くんの心が、戻ってきているんじゃないかって。
「(…そんなこと…僕が期待しても仕方ないのに。思っては…いけないのに)」
どうしても捨てられない。切り離せない。
心を失くそうとしても、忘れようとしても、どれだけ足掻いても…付き纏う彼らへの感情。
「まだこんなにも―――追い求めてる。焦がれてる」
届かない太陽に、星に、月に…必死に手を伸ばす愚か者。
貫かれた体。傀儡の分際で、と小狼くんに対する怒り。
その激情は、握られた剣に籠められ―――真っ直ぐに、シャオへと伸びていく。
「シャオッ…!!!」
思わず、僕は名前を呼んでいた。
届くはずがないのに、聞こえるはずがないのに…それでも僕はシャオの名を呼んだ。
隣に裏切ることの出来ない、裏切ることを許されない主がいるのに、いつの間にか僕の心は彼らに向いていて。
彼らの危険に、心が壊れそうになる。
助けたいのに体が動かない。確かに心は彼らに向いているのに、それでも体は"ダメだ"と拒む。
助けた瞬間にきっと、僕の命も尽きてしまうから。だから、無意識に警告信号を打ち鳴らすんだ。
そして、伸びた剣は…シャオではなく、小狼くんの体を貫いた。
同時に魔法が発動した。攻撃魔法でも、護りの魔法でもない。それは…こっちとあっちの空間を繋ごうとする魔法。
あぁ、小狼くん…キミは、キミの心は―――――
「奥底に、残っていたんだね…っ」
もしかしたら、ただの無意識かもしれない。
それでも僕は信じたかったんだ。彼の心が、完全には失われていないことを。姫さんの最期の想いが、彼に届いていたんだと。
それを思うと嬉しくて仕方なかった。今まで以上に彼らを護りたい、って思ったんだ。もう…誰一人失いたくない。
僕は彼らの元に戻ることは出来ないと、わかったいたはずなのに…気が付いたら、体が勝手に動いていた。
放たれた魔法から、彼らを助けたかったんだよ。
「モード、攻撃!"サンダー・ボルト"!!」
「っ緋月、ちゃん…?!」
「あいつ、何で…」
きっと無事では済まない。姿の見えない今でも、その恐怖に震えそうになる。
けれど、もう後悔だけはしたくないの。何もしないまま、後悔するようなことだけは…二度と。
「小狼くんっ…!」
「何故…おれを……」
「…続きが知りたかったからだ。あの時、聞けなかった言葉の続きを……」
ゆっくりと倒れていく小狼くんの体。
口から吐き出される大量の血、傷口から流れ出る大量の血。その中で彼は、必死に何かを伝えようとしていた。
「羽根を……さくら…に……」
「ッ…!」
「黒鋼さん…ファイさん…緋月さん…モコナ…さくら…」
「小狼くん、もういいからっ…!もう、喋らないで!!」
「小狼……」
「!!」
「ごめんな…さい…ありがと……」
最期にその言葉を遺して、心優しき少年は砕け散った。