終ワリ


全てを、知られてしまった。いずれはわかることだと、覚悟してたんだ。隠しきれないことだって、わかっていたの。
…だけど、それが怖かった。
皆に僕の過去が、僕の正体を知られてしまうことが…何よりも怖かったんだ。
大好きで、大切で、護りたい彼らに嫌われたくなくて。

けれど、それももう…無に帰した。隠しきれないとわかっていながら、今まで隠し通そうと必死になっていたのに。
飛王様の手にかかれば、それは造作もないこと。あの方は僕の全てを知っているから。


「(…もう、僕には何も残っていない)」


意識が黒くて、深い所に沈んでいく感覚。全てがどうでもいい、と思えてしまう程…どんどん落ちていく。
いっそのこと、手離してしまおうか。

"僕"も、黒鋼くんも、ファイくんも、シャオも、モコも、姫さんも、記憶も、思い出も―――この感情さえ、も。


「緋月!!!」
「ッ!」


伏せていた瞳をもう一度閉じようとした瞬間。愛しい、愛しいキミの声が聞こえた。
怒っているような、切羽詰まっているような…少し焦った声音。
それでも僕の鼓膜を優しく揺らす。
射るような鋭い、紅の双眸の瞳が僕をこの世に繋ぎ止めるんだ。


「てめぇの過去なんざ、俺には関係ねぇ。"此処"にいるてめぇが全てだろう」

―――あぁ、そうだ…

「お前もいい加減、今の自分に腹括れ」

―――キミは、そういう人だ

「全部終わったら、お前の口から全部聞かせろ。…いいな、緋月」


語りたくない事実。語らなければならない事実。
逃げてばっかりはいられないね。その鋭くも、優しい瞳から。失いたくない存在なら、尚更。
キミが聞いてくれるのなら、聞きたいと望んでくれるのなら…僕もそれに応えるよ。
その結果、突き放されてしまうとしても。


「―――…わかったよ。黒鋼くん」
「ふん…どんな約束を交わそうと、それが叶えられることはない。お前には―――我が願いを、叶えてもらう」


飛王様の声に呼応するかのように、姫さんの躯がふわりと浮いた。

そして止まっていたはずの時間が動き出した。流れることを忘れていた水も、囚われる寸前だった幼きさくらも―――時間を取り戻した。

…始まるんだ。あの方の願いを叶える為の、儀式が。

―――ゴゴゴゴゴ…

地響きと共に、水の底から光が漏れ出した。
この感覚は…まさか、姫さんの記憶の羽根なの?でも此処は侑子さんの力によって、切り取られた時間の玖楼国のはずだ。
昔の玖楼国で、記憶の羽根を失ったのはもう1人の姫さんで…此処には姫さんの羽根なんて、存在していないはずなのに。


「お前達の旅で世の理は崩れ始めている。お前達がそれぞれの世界で起こした出来事が、未来だけではない。過去をも変えた様をその目にしただろう」


砂の国
人々の名前の響き
守られた貴重な水
そして―――ふたつにそびえる、塔のような建物


「まさか此処は…東京……?!」
「そうだ。此処はかつて『東京』と呼ばれていた所」


あぁ、それでようやく合点がいった。
そうだ。あの時、この地下には…姫さん自らが残していく、と決めた羽根が存在している。
…けど、彼女が羽根を残したのは…東京の人達の為。
この羽根があれば水を、皆を護ることが出来るからって。あの子は本当に、優しい子だったから。
誰かを悲しませる為に、羽根を残していったんじゃない…!!


「お前ならわかるだろう?この躯に羽根が戻った時…どうなるか」
「……様々な次元を刻んだ躯。そしてこの遺跡深く眠り続け、比類なき力を蓄え続けた羽根。その力でそれぞれの次元を繋ぐ鎖が千切れ、世界の最も強固な理が崩れる…」


そう。この人が…ずっと望んでいたもの。
何を犠牲にしても叶えたい願い。


「死者は生き返らないという理」


世界が歪む。刻まれた記憶が、世界が割れていく。壊れていく。
そして少しずつ、少しずつ…綻びていくんだ。
シャオが、さくらの手を取った時―――最後の鎖が切れる。

死の間際のものを取り戻そうとしたから。シャオの想いが、最後の選択が、同じように死の淵へと歩を進め、その刹那に時を止められたものを…呼び戻す。
でもね、飛王様?


「『…そう、夢は夢のまま。始めたものは終わらせなければ。飛王、そしてクロウ』」


醒めない夢は何処にもないの。…夢を現実にすることも、出来ないんだよ。


ずっと一緒にいた姫さん。切り取られた時間の中にいたさくら。
その2人が一緒になった。


「次元を刻んだ器、長きに渡って水底で蓄えられた魔力とそのどちらも受け継げる資質を持つ真の存在。そして呼び戻したものを受け入れるべく創った、最上の器。その全てが揃った!」


かつて、クロウと呼ばれた最強の魔術師が試みたけれど、叶わなかったもの。
さくらと同じく時間ごと、存在ごと切り取られ…その為に全ての次元からも切り離された者。僕達も―――よく知る存在。


「次元の魔女よ!!」
「侑子?!」


―――スゥ…

姫さんの躯が、僕の体が透け始めた。
始まったから。願いを成就させる為の、禁忌が。僕と姫さんの光が1つに重なった時、僕達の存在はなくなってしまう。
僕達の体と力は、侑子さんを生き返らせる為に存在しているのだから。


「サクラの光も、緋月の光も消えちゃう!!」
「緋月っ!!!」

―――バッ

「邪魔はさせんぞ!」


…飛王様の魔力は強大だ。更に今は、願いが成就する一歩手前。今まで以上に容赦しない。
助けようとしてくれるキミ達の気持ちは嬉しいけれど、これ以上―――傷つかないで…っ!


「お前が成し得なかった夢!今、我が手で叶うぞ!クロウ!!」


ぐらり、と意識が霞む。
頭の中で綺麗な澄んでいる、けれど落ち着いた声が…響く。…あぁ、貴方なんですね?

―――力を貸してちょうだい。緋月…

僕の体が役に立つのなら、いくらでもお貸ししますよ…侑子さん。
だって、僕は貴方で、貴方は僕なのだから。


「『いいえ。その夢は誰にも叶えることは出来ない』」
「…緋月ちゃん?」
「いや…声音が、アイツのものと違う。別人の声と混じってやがるのか?」

「『それぞれが、それぞれの場所で、それぞれの想いで、この時を待っていた。あたしはこの店で様々なモノ達の中に隠して、あの2人が存在(い)る世界を守ってきた。
あれはあの2人の肉親達から託されたものだから。
あの2人に直接会ったことはない…けれど、2人は自らの力で時を戻し、子供達と離れ、そして最愛の人と触れ合えず、何も出来ず、ただ…待つという対価を支払った。
この時を待ち続けていた。愛する者達の為に。ふたつの未来を、どちらも消さない為に。そしてあたしも、あたしの時が動き出した今だからこそ、生と死の狭間に在る今だからこそ、夢を通じて渡すことが出来る。待ち続けた2人の力を』」


足元に侑子さんの魔法陣が現れた。彼女が守り通した、大切なもの。力。…この時の為に。
それは"小狼"と"サクラ"。シャオにとって…とっても大切な人達。自分を産んで、育ててくれた両親だものね。
彼ら2人が、壊れかけた世界を、そして理を…戻そうとしている。持てる力の全てをかけて。


「愛する者を守りたい…それが彼らの願いだから」





これであたしの役目は…終わる そして、夢も終わる あたしの止まっていた時間も動き出す

…死へ 貴方の……元へ

けれど、あの子達の夢はこれから始まる…全ての子供達に幸多からんことを
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