02
「ふわー…木ばっかりだねぇ」
「此処は町の外れらしいからな。おら、捕まってねぇと落ちるぞ」
「はーい」
「この先です」
「あ…」
「う、わぁ…」
「あれが北の城かあ」
現れたのは大きな城。…正しくは廃墟なんだけど。
朽ちてはいるけど、所々はまだしっかりと形が残っている。ってことは、本当はもーっと大きな城だったってことになるんだよね。きっと。
確かに城はあったけど…城に行くまでの術がない。
間にはかなり流れの早い川があるのに、橋とかが見当たらないの。これじゃ向こう岸に渡れないし、城まで行くなんて以ての外。
「黒鋼、緋月、渡れない?」
「無理だろう。特に子供をつれてじゃあな」
「この流れの早さと水かさじゃ、大人が泳いで渡るのも無理じゃないかなぁ」
「この川は300年前にもあったようですね」
「え、そうなの?」
「昔はどうやって城に入ったんだろー」
「此処に橋があったんでしょう」
「…あ、本当だ。何かが朽ちた後だね、これ」
うーん…すると、やっぱり子供達を城へ連れ去るのは無理ってことか。
城の手前まで来てみたものの、結局手掛かりとなるものは何も見つからなかった。向こう側には渡れなかったし…渡る術も見つけることが出来なかったし。
モコも強い力は感じなかったらしいから、あの城に羽根があるのかもわからない。…そもそも、この国にあるのかすら怪しくなってきた状態。
「あ…」
「姫さん?」
「あそこにいるのって…」
「えっと…確か、グロサムさんだっけ?」
「んな所で何してんだ?」
「あっち何もないのにねぇ」
「あるのはお城くらいだけど、渡れないもんね」
グロサムさんの行動に首を捻りながらも、僕達はそのまま『スピリット』へと戻って来た。
町の中は以前、閑散としてる…。今日もまた朝からずっと子供達の行方を探してるからか、町の人達の顔には疲れの色が濃く出ていて。
何だか胸が痛くなったんだ。早く、皆見つかるといいんだけど。子供達もきっと、怖い思いをしているだろうから。
カイルさんの診療所へと戻る途中、何処かの家から出てくるカイルさんと出くわした。泣いている子供に「お大事に」って言ってるし、往診でもしていたのかな?
「往診ですか?」
「ええ。今朝いなくなった子と仲が良かった子供達が、随分ショックを受けているので…本は借りられましたか?」
「はい、町長さんに」
「貴方方が見たという姫のことでもいいんです。何かわかったら些細なことでも教えてください。子供達が一日でも早く戻ってくるように」
僕達はそこでカイルさんと別れて、借りている部屋へと戻って来た。
もう大分暗くなってきていたし、カイルさんはまだ往診が残ってるみたいだったから。
そのまま小狼くん達、3人が寝泊りしている部屋に僕は再びお邪魔することに。(姫さんは疲れちゃったのか、隣室でお休み中)
歴史書に何が書かれているのか気になったし、この後どう動くのか…しっかりと認識しておきたい。
「紅茶淹れたよー。はい、小狼くん」
「あ、ありがとうございます」
「黒鋼くんとファイくんもどうぞ」
「おう」
「ありがとー。何か書いてあったー?」
「300年前のエメロード姫の統治時代が少し」
その歴史書によれば、300年前もこの国は異常気象で作物が育たなくて大変だったみたい。子供が消えていくことだけでなく、そんなとこまで似てるんだな…その時と。
伝説で語られていた、鳥がくれたという羽根…それについては記述なし。
だけど、王様とお后様が亡くなって、城下の子供達が消えたーっていうのは本当みたいだよ。歴史書に書かれてる。
それはただの伝説とか、御伽噺ではないっぽいねー。
「ってことは、やっぱりお姫様がさらっちゃったってこと?」
「わかりません」
「本や歴史が真実のみを語ってるとは限らない。特に歴史なんて、曖昧なものだし…都合良く書き替えられてるなんてこともざらだからねー」
「だから、コレ全てが真実とは言い切れない」
どの国の歴史もそんなものだ。書き手によって、自分の国に有利なように書くこともあるし?
都合の悪いことは全て、隠してしまっている歴史書だって存在しないわけではない。このエメロード姫のことだってそうだと思う。
歴史書に載っている事柄だけが全てだとも、真実だとも判断出来ない。
だって、もういないんだもの。エメロード姫も、その時のことを知っている人も…皆。
本当かどうかも、間違っているかどうかも、僕達には判断することができないのが事実なの。
だからと言って…全てを鵜呑みにするのも危険なんだけれど。
「それで小狼くん。明日からどう動く?」
「とにかく手掛かりがないことには…」
「だよねぇ。まずは手掛かりを見つけないと、だね」
「はい。何か糸口を見つけない限りは、どうにも出来ないので」
「あのお城が一番怪しいとは思うんだけど、渡れないんじゃ意味ないもんねー」
「…渡れないわけじゃないと、思うけど…」
「あ?どうやってだよ」
「魔法。風の魔法が使えれば、体を浮かせることができる」
―――フワッ…
「あーそっかー」
「考えてもいませんでした…後でカイル先生に確認してみます、魔力などを使える人がいるかどうか」
「んー!僕もそろそろ休もうかな。姫さんを1人にしちゃってるのも気になるし」
「そうだねー。そろそろ休んだ方がいいかも」
「そうですね、遅くまですみません緋月さん」
「別にいいよー。僕が来たくて、来てたんだし。じゃあおやすみぃー」
「おやすみなさい」
「おやすみー」
「……」
―――パタン…
…そうだよ、魔法があったんだ。あの時は全く気づいてなかったけど、それがあったんだよね。
橋がなくても、どのくらい川の流れが早くても、どのくらいの水かさでも…僕なら渡ることが出来る。お城まで行って、中の様子を確認することも出来るんじゃないか。
そこに子供達がいるのだとすれば―――行動は早い方がいいに決まっている。
肩にかけているストールをギュッと握って、下へ降りる階段へと足を向けた時。
「おい」
「わぁっ!?」
ドッキーン!!!
とても、とても低い声で…呼び止められました。
「こんな時間に何処へ行くつもりだ?」
「えっと、あのー…」
「…やっぱり城か」
「……へ?」
どう、して…?僕は一言も言っていないし、下へ行くのもカイルさんに用事があって…とか、色々あるはずなのに。
どうして「城に行く」っていう選択肢がすんなり出てきたの?
「何でわかったの?」
「魔法とやらの話をした時、お前の顔色が変わったような気がしてな。見に来てみりゃあ、案の定だった」
「あははー、すごいなぁ黒鋼くんは。それで止めに来たんだ?」
「この時間に動くのは得策とは言えねぇからな。それに子供を見つけたとしても、てめぇが疑われるのがオチだ」
「あ…そっか…」
そこまで考えてなかった。
冷静に考えれば、すぐにわかることだったのに…黒鋼くんに言われるまで、気づいてもいなかったよ。
何の手掛かりもない今、僕が「子供達は城にいます」なーんて言っちゃったら、確かに僕が犯人としか思えない。どうして知っている、とか言われちゃう。
知らないうちに、焦ってたのかな?こんな簡単なことに気づきもしなかったなんて。
「ありがとう…危うく、考えなしに行動する所だったよ」
「別に礼を言われるようなことはしてねぇ」
「ふふっそう言うと思ったけど…僕が言いたかっただけだから。ありがとね、黒鋼くん」
「…ふん」
ぶっきらぼうで、無愛想で、無口で、強面の彼だけど…何気に皆のこと見てるんだよねぇ、黒鋼くんって。
時々、とても優しいから―――甘えてしまいそうになるんだ。
何もかも話して、全てを委ねてしまいたいような気持ちになるのは…何でなんだろうね?その優しさが痛いと思うのに、もっと欲しいと思うなんて。
「(馬鹿げてるな、こんな気持ち)」
ふ、と自嘲的な笑みが零れる。
…バカ、だな。本当に僕はバカだ、呆れ返ってしまう程に。
優しさも、温かさも、甘えも…僕には必要のないものなのだから。欲しいと思うだけ、無駄な感情でしかない。
そんな馬鹿げた感情は捨ててしまえばいいんだ。奥深くに封印して、鍵をかけてしまえばいい。
「また下らねぇこと考えてやがんな、お前は」
「さあ?どうだろうね〜」
「てめぇの事情に首突っ込む気はねぇが…笑っても、いいんじゃねぇか?お前も」
「…笑ってるよ、いつも」
にっこりと笑って告げれば、黒鋼くんは眉間に思いっきりシワを寄せた。
わかってる、わかってるんだよ本当は。キミが言いたいのはそういうことじゃないって。
だけど―――悟らせるわけにはいかないのよ、僕の本心は。誰であろうと、絶対に。
あの後、黒鋼くんは黙ったまま部屋へと戻っていった。眉間にシワを寄せたまま、きっと最高に不機嫌な状態で。
悪いな、とは思っているけど…踏み込んでこないで。これ以上は。
―――ガチャ…
「っ寒!!」
「あ、ごめんなさい!」
「何してるの、姫さん。寒いのに窓全開にしちゃって…」
「姫を見たのってわたし達だけでしょう?だからまた何か起こるかも、って思って…」
「それで窓を開けて起きていようと思ったわけか」
ちゃんと自分が使っていた毛布を羽織ってるし、防寒対策はしてるみたいね。
「でも緋月ちゃん寒いよね!これじゃ寝れないし…」
「だーいじょうぶ、僕も一緒に起きてるから。今、何か温かい飲み物淹れるね」
この寒さで目はバッチリ覚めたし、僕にもお姫様の姿は見える。
何が出来るかはわからないけど、それでも1人よりは2人の方がいい。もしかしたら手掛かりが見つかるかもだしね。
2人分のココアを用意して、姫さんの隣に椅子を置いて座った。
もっちろん、毛布もあります。これで僕も防寒対策バッチリ!
「はい、ココア。温まるよ?」
「ありがとう」
「…姫さんは雪見るの初めて?」
「ファイさんはきっと見たことないだろうって言ってたけど、わたしの記憶はまだ全て戻ってないから…初めてのことかわからないの」
「そっかー…そうだよね」
砂漠のお姫様だから、きっとそこには雪は降らないだろうけど。
本人の記憶の中にはあるのかもしれない。雪の記憶が。
だから、全てが揃っていない今では、肯定も否定も出来ないっていうのが正しいのかも。
空から舞い降りる雪を眺めながらココアを飲んで、姫さんと他愛のない話をして。
どれくらいの時間が経ったのだろう…毛布で包んでいる体が少しずつ寒さを訴え始めた頃。何か変な気配がした。
「金の髪の姫!!」
「見て、姫さん!子供達が…っ」
すぐに小狼くん達に知らせなきゃ、と思ったんだけど…それじゃお姫様と子供達の姿を見失ってしまう。
…一度追いかけて、連れて行かれる場所の推測が出来たら彼らに知らせよう。
毛布をその場に放り投げて、木を伝って下まで下りた。
走って追いかければまだ間に合う…僕は姫さんの手を握って、走り始めた。
―――タタタタタッ
走りながらあることに気がついた。今走っているこの道、昼間に通った道だ。覚えてる。
この道の先にあるのは―――――
「お城!」
「やっぱり、お城に連れて行ってるのか」
でも、お城の前には川があって渡れないのに…
―――スッ
お姫様がおもむろに両手を、天高く上げた。
すると、今まで流れの早かった川の水がピタリと止まったんだ。一体どうなってるの…?!
「どうやって止めたのかは気になるけど、とりあえず子供達がいるのはお城(ココ)だってことがわかったわ。姫さん、一度戻って小狼くん達に知らせよう」
反応が、ない。
下から覗いてみれば、額に手を当てて何かに耐えてるみたい。…もしかして、眠気に襲われてるの?
「…だめ。今…眠っちゃ…」
―――グラッ…
「っ!姫さん…っ?」
間一髪の所で抱きとめることは出来たけど、完全に眠っちゃってる…。
さぁ、どうする?担いで戻るのも1つの選択肢だけど、あまりにも距離があり過ぎる。
僕1人で姫さんをあそこまで運ぶのは、恐らく無理。
かと言って、此処に彼女を置いたまま…助けを呼びにいくなんてこと出来ないし。起きてもらえないかと、体を軽く揺すってみるけれど目を覚ます気配はない。
「あーっくそ!安易に行動しすぎたかも…!」
「そうですね。追って来なければ、もう少し長生きできたのに…」
「っ?!」
突如聞こえた声に振り向こうとした時、頭に激痛が走った。
―――痛みで視界が揺らぐ…意識を保っていられない。
意識が途切れる瞬間に見たのは、怪しい笑みを浮かべるカイルさんの姿だった。
「あ、んたが―――」