幻の御伽


 side:小狼


―――翌朝。姫と緋月さんが部屋から出てくる様子がない。
何度扉をノックしても、返ってくるのは沈黙ばかりで。


「寝ちゃってるのかな?」
「緋月さんも反応を示さないなんて、珍しいですね」
「覗いてみようかー、心配だし。サクラちゃーん、緋月ちゃーん開けるよー」


ただ、寝ているだけだと思っていた。
もしかしたら昨夜、話に花が咲いて寝るのが遅くなったんだと。だからまだ起きていないんだと…思っていたんだ。
―――いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。嫌な予感がしていたから。

ファイさんが開けた扉の先には、望んでいた姿がなかった。
開け放たれた窓。夜の間に舞い込んだのであろう雪。そして…床に放り出されている2枚の毛布。
驚くほど冷え切った部屋の中に、2人の姿はない。消えていた。


「サクラと緋月いない!!」


一体、何処に―――!

部屋の中に入って、何か手掛かりがないか探そうとした時、バタバタと階段を上がってくる音と怒号が聞こえた。…あの自警団の人か。


「また子供達が消えた!7人もだ!」
「待ってください!その方達は昨夜も外には出てらっしゃいません!」
「もう2人はどうした?!」
「部屋にいないんです」
「なんですって?!」
「いなくなったのに気付かなかったじゃないか!先生!」
「まさか…サクラさんと緋月さんまで…」


自警団の人は、2人が子供達を連れて行ったのだと言った。
その一言がどうしても許せなかった…2人のことを知っているからこそ、尚更。
向けられた銃を蹴り上げれば、それをキャッチした黒鋼さんが自警団の人の頭に突きつける。


「武器(えもの)向けんなら、死んでも文句ねぇんだろうな」
「ひゅー♪黒様、素敵すぎー」
「放せ!くそーーー!!」
「おれ達は子供達が消えたことには無関係です」
「って言ってもー信じられないかなぁ」
「当たり前だ!子供達が見つかるまで、お前達が一番怪しいことに変わりはない」


この人が言うことは正しいと思う。
突然、子供達と一緒に消えた姫と緋月さん。普通に考えれば、この2人…いや、おれ達が犯人だと誰もが思うことだけれど。
けれど、そもそもおれ達には子供達をさらう理由がないんだ。…でもそれだけじゃ、この人はきっと納得しない。


「探します。子供達が何故、そして何処へ消えたのか。それに、おれの大事な人も緋月さんも、必ず―――」


サクラは絶対に死なせない。必ず…緋月さんと一緒に取り戻す。
だから…だからどうか、それまで無事でいてくれ―――サクラ!





「この窓から出ちゃったのかなぁ、サクラちゃんと緋月ちゃん」


姫達が入り口から出て行っていないことは、カイル先生が証明していた。
それに窓が開け放たれたまま…毛布も窓のすぐ近くに、投げ捨てられるように落ちていたのもそれを裏付けてくれている。
おれ達も姫と緋月さんが出て行ったことはわからなかったし…バタバタと騒いでいなかったということだろう。

―――と、すれば…


「伝説みたいに金の髪の姫とやらにさらわれたのか…それとも子供達をつれていった誰かを見たか」
「小狼くんは本当に300年前の伝説のお姫様が、子供をさらったと思ってるのー?」
「まだどちらとも言えません。けど、カイル先生に聞いたんですが、この国には『魔法』や『秘術』を使える人間は認知されていないようです」
「此処には魔力を使える人間は、公然とは存在していない?」


公然と存在していない、というだけで密やかに存在しているということも考えられるけど…歴史書を見ていても、300年前のエメロード姫のこと以外はそれらしい不思議な現象も記されていなかった。
つまり、昔も現在も存在していないと考えても、間違いではないと思う。
もし本当に、エメロード姫が何らかの方法で蘇って起こしている事件だとすれば。この窓から視認出来るくらいの距離に金の髪の姫が来たということになる。
それなのに、モコナは何も感じていない。前回も、今回も。
金の髪の姫は、不思議な力で蘇ったとかではない―――ということではないのかな。


「家の鍵も壊されていない、子供達が騒いだ様子もない。それに不思議な力じゃないなら、サクラちゃんと緋月ちゃんが見たっていうお姫様は?」


何か…何かが引っ掛かる。
とりあえず、姫達の部屋にずっといても仕方がない。少しでも…どんな些細なことでもいい、2人の行方の手掛かりになるものを探さないと。
階段を降りれば、カイル先生に声をかけられた。


「本当にすみません。町の人達が失礼を…」
「いいえー。皆、いなくなった子供達が心配なんでしょう」
「でもサクラさんと緋月さんもいなくなってしまって…」
「…診察ですか?」
「残った子供達の様子を見てこようと思って」


そのまま往診へと出かけていったカイル先生を見送り、おれ達も出かける準備を始めた。


「…向かうのは城か」
「はい。そこが一番可能性が高いかと…途中に手掛かりがあればいいんですが」
「とにかく行ってみようかー」


扉を開けて外に出れば、自警団のリーダーの人に呼び止められ、一緒に行くことに。
おれ達だけでは何をしでかすかわからないから…ということらしい。
今、一番怪しいのはおれ達らしいから、仕方ないのかもしれないけれど。…ちょうどいい。聞きたいこともあったから。


「聞きたいことがあるんです。ここ数年、凶作だと町長に伺いました」
「ああ。自分達が食うので精一杯だ!」
「この町の土地って、ほとんどグロサムさんのものなんですってー?」
「借りた土地代はどうしてんだよ」
「…待ってもらってる!カイル先生がグロサムさんが掛け合ってくれたんだ!先生が言ってくれなかったら、今頃俺達はこの町を出なきゃいけなかったかもしれないんだ!」


カイル先生がグロサムさんに掛け合った…?町長ではなく?
一体、何故あの先生が掛け合ったのだろうか。

…でもグロサムさんはここ数年、あんまり収入的にイイ感じじゃない、ということになるのか。


「お前達、馬を持ってただろう。何で乗らないんだ?!」
「馬からだと見逃しちゃうでしょうー」
「だめだな。夜通し降った雪で足跡は消えてる。あったのは…―――コレだけだ」


黒鋼さんが雪の中から引っ張り出したのは、薄いピンクのストール。緋月さんが大事そうに、ずっと身につけていた物。
それが雪に埋もれていた。この先にあるのは、昨日行った城だけ。
やっぱり、姫と緋月さんはこの先の城にいる可能性が高いことになる。此処を通ったのは確かなのだから。


「あのバカ女…何処に行きやがった…」


緋月さんのストールを握り締め、黒鋼さんが顔を歪ませて何か呟いたように見えた―――。
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