不思議な国


―――ぽんっ
―――ゴバァッ

―――トンッ

「大丈夫か」
「うん、平気。黒鋼くんが抱えてくれてたし…ありがと」
「さーて、今度はどんな国かなー」


辺りを見回して、ファイくんの声が聞こえた直後。ザッと人影が姿を現した。
敵襲かと思って身を構えたんだけど…


「ようこそ!桜都国へー!!」


そこにいたのは、ミニのワンピースに花の模様が刻まれたエプロンをつけた女性達。
腕には『歓迎する課』って書かれた腕章をつけてて。…てか、何だ。歓迎する課って。
そして、抱きつかれました。


「わー、可愛い女の子いっぱいだー」
「そんなこと言ってる場合ですか!わわっ…!」
「まとわりつくな!」


突然抱きつかれたことに驚いたり、照れたりしてるのは小狼くんと姫さんと僕だけ。
ファイくんは何だか喜んでいるっぽいし、黒鋼くんも口ではああ言ってるけど…本気で嫌がってはいないんじゃないかな?引き剥がしたりしてないし。
…それか、女性には優しいから乱暴をしないのか。

―――ズキンッ…

あれ…何で今、胸が痛くなったんだろ?怪我なんかしてないのに。
疑問に思ったのも束の間、モコに頬ずりしていた女性が発した言葉に全てが吹っ飛んだ。


「あらあら、皆さん変わった御衣裳ですね。異世界からいらしたんですか?」
「え…っ?!」
「異世界から人が来ることがあるんですか?この国では」
「もちろん。この国を楽しむ為にいろんな国からいらっしゃいますわ」


んな簡単に告げられると…僕達がしてる移動がいやに普通のことに思えてしまうんだけれど。


「まだ住民登録されてないんですか?」
「ジューミントーロク?」
「カタカナで話すな」
「えと…はい」
「それはいけないわ!早速、市役所へお連れしなければ!!」
「ささ、参りましょ!参りましょ!」


あれよあれよという間に、僕達はその女性達に引き摺られた。
市役所って何?此処はどんな国なの?異世界からこの国を楽しむ為に色んな国から来るってどういうこと?
疑問は次から次へと、泉のようにどんどん溢れてくるけれど。声なき問いに答えてくれる人は誰もいない。
…というか、実際に声に出して問いかけてもきっと…だーれも答えてはくれないだろうけどね。


「どーなってんのかなぁ、この国は」
「今から行く市役所という所で、少しでも情報を得られるといいんですが…」
「まぁねー…」


でも何となく、平和な空気が流れてる感じ。
ふわふわとした……緊迫感が少しもないっていうのかな?前の世界が緊迫しすぎたから、そんな風に感じるだけかもしれないけど。

そんなこんなで、市役所とやらに着きました。住民登録がどーのって言ってたけど、何なんだろ?
桜都国中央市役所……此処がさっきの女性陣が言ってた市役所、ね。
中に入って案内されたのが、「すぐやる課」。
…だから、どーなのさ。そのネーミング。…まぁ、どうでもいいや。そういう細かいことは。
とりあえず、此処で住民登録すればいいわけね。きっと。


「桜都国へようこそ!こちらにお名前をどうぞ」
「ファイくん、この国の文字書けるの?」
「んー、わかんないなぁ。絵で描いても大丈夫かなー」
「…それはどうだろ」
「今まで使われていたのと違っても大丈夫ですよ」


え、偽名でいい…ってこと?住民登録なのに?
しかも登録してる市役所側がそれを促すって…ますますワケわからない国だなぁ、此処。


「ファイさん…それは……」
「へ?ファイくん、どんな名前書いたの?」
「はい、承りました。では職業はどうなさいますか?」
「この国は旅人も働かなきゃだめなのー?」
「構いませんが、働かないとお金がなくて何も出来ませんよ?」


ふむ。確かにねー。働かなきゃお金は入ってこない。
食べたり、寝泊りする所を探したり…何をするにもお金は必要だものね。
この人の言う通り、働かなければ何も出来ないわ。…でもこの国ってどんな仕事があるのかなぁ?退屈しないものがあるといいんだけどな。


「とりあえず住む所をお決めになりますか?良い物件をご紹介しますよ」
「あ、それは有り難いかも」
「あの、この国の通貨は」
「園です」
「持ってないよねぇ」
「はい」
「ないね」
「何かお持ちの物があったら換金できますよ」


へー。他国から…っていうか、異世界から持ち込んだ物でも買い取ってくれるんだ。
来たばかりだと、仕事もすぐには見つからないだろうし…こういうシステムがあるって結構便利かも。
とりあえず、住む場所のお金が払えるから路頭に迷わなくて済むもん。
確か、あの大きい袋に今までの服をいれてあったよね。


「僕持ってくるよ。取っておいた服」
「いいよー、緋月ちゃんはまだ怪我治ってないんだから。黒わんわーん!袋持ってきてー!」
「人を犬みてぇに呼ぶなー!!」
「(びくぅっ)」
「あー…姫さんがびっくりしてる」


市役所内ででかい声を出すなっての。あと、出来ればドタドタ歩かないでほしいなー。人に迷惑かけるから。でかい声も、でかい足音も。
まぁ、今の黒鋼くんには何を言っても聞かないだろうけど?
それにしても…ファイくんがつけるあだ名って、何でこうおかしなものばっかりなんだろ?黒わんわんって……!


「…おい、女。何笑ってやがる」
「くっ…くくく…っ!ご、ごめん…だってわんわんって……!」
「笑いすぎだろっ」
「だ、だって…!あははははっもーダメ!笑い堪えるのしんどいー!」


わんわんってガラじゃないんだもん、黒鋼くんって。
動物に例えるならね、黒鋼くんは犬だろうなとは思うんだけどー…わんわんなんて可愛く呼ばれる犬種じゃないし。
どっちかって言うと、大型犬!強面で、強そうな感じの犬のイメージよね。
ファイくんのさっきの呼び方のイメージだと、小型犬なんだもん。どうしても。


「はー!笑った、笑った!もーお腹痛いー」
「笑いすぎにも程があんだろ!」
「はいはい、イチャイチャしてる所悪いんだけどーそろそろ移動するよー」
「「いちゃついてないっ!!!」」


ほらー、息ぴったりー♪だなんて、ファイくんとモコにからかわれて。
黒鋼くんと2人で抗議すれば、また更にからかわれるという悪循環に陥りました。…勘弁してよー…。


「んー!ジェイド国と高麗国の服、買ってくれて良かったね」
「他国の衣装が貴重な国もあるので」
「それもお父さんと旅してた時の知恵ー?」
「はい」


その小狼くんの知恵のおかげで、僕達はそこそこ大きい一軒家を借りることが出来た。
2階もある家で、1階は大きなホール…というか、お店とかに使える造りになってるんだよねー。
広い…んだよね、すごく。んで、ものすごく綺麗。
カフェとか雑貨屋とかやったらいいかもね。例えば、だけど。


「……(うとうと)」
「姫さん、眠いならこっちおいで」
「んー…」


ずっと眠そうに船を漕いだり、しきりに目を擦っている姫さんの姿に苦笑して。手を引いてソファに座らせれば、すぐさまポテッと倒れこんで寝息を立て始めた。
その姿にクスリと笑みを浮かべて窓の方を見れば、険しい顔で外を眺めてる黒鋼くん。何か見つけたのかな?


「黒鋼くん、何かあったの?」
「いや。……くつろいでていいのかよ。見張られてるかもしれねぇんだろ、誰かに」
「んー。でもずーっと緊張してるのは無理だしねぇ。リラックス出来る時にしとかないとー」
「ファイくんの言うことは、一理あるけど…」
「お前はだらけっぱなしじゃねぇか!」
「あははー。否定はしなーい」


さて…寝る所は確保できた。あと確認しなきゃいけない事項は―――――姫さんの羽根の在り処。
一番の問題はそれ。この国に羽根がなければ、これ以上留まる理由もないし。
ファイくんがモコに問いかける。


「本当に少しだけど、サクラの羽根の力感じる。羽根、この国にある」


その言葉を聞いて、小狼くんの瞳の色が変わった。
羽根があるのなら必ず取り戻す…高麗国とジェイド国でも見た瞳の奥で燻る炎。小狼くんを突き動かす覚悟の炎だ。


「そうとわかれば、明日から情報収集をしてかないとねー」
「はい」

―――ガシャーンッ

「?!」


窓ガラスの割れた音に驚いて見てみれば、そこにいたのは異形のモノ。
でっかー…何だ、コレ!
刃のような手を振り回しながら、こっちへと向かってくる。
それを皆、軽く避けるけど…一瞬の隙をついたんだろう。小狼くんが右肩に怪我を負った。…けど、そんなことで怯むような彼じゃないよね?
トンッと壁を蹴れば、そのまま見事なかかと落とし。
綺麗に異形のモノの頭にクリーンヒットすれば、ソイツはそのまま動かなくなった。倒した…んだよね?


「お疲れ様ー」
「おつかれさまー」
「あっ姫さん、無事?!」
「寝てるだけだ」
「……こんな状態で起きないなんて、すごいね姫さん」
「可愛い女の子が出迎えてくれたり、綺麗な家紹介してくれたり。親切な国だと思ってたけど、結構アブナイ系なのかなー」
「こーんな変なモノが襲ってくるくらいだもんねぇ」

―――ブアッ

「消えた!」
「…あれま」
「やっぱり、危なそうな国だねぇ」


バラバラと形が崩れていく異形のモノ。まるで何かに吸い込まれるように、バラバラと。
…これは、危機感がまるでない国と言っても気をつけた方が良さそうだね?


―――変なモノに襲われた翌日。
小狼くんとファイくんと僕は、再び市役所に来ていた。モコも連れてね。
仕事のこととか、色々と情報を集める為に。(ちなみに黒鋼くんはお留守番ー。姫さんがまだぐっすり眠ってるから)
昨日も行った「すぐやる課」の窓口に行けば、僕達の顔を見るやいなや「昨晩はご活躍でしたね」と言ってきたのです。報奨金が出ている、とも。
何のことだかわからず、全員で首を傾げてみれば"鬼児"を倒したからだと教えてくれたけど。


「何で知ってるのかなー」
「?鬼児の動向を市役所が把握しているのは当然ですが」
「把握してる?…鬼児とやらの動向を」
「はい。そんなものなんです」
「鬼児っていうのは、この国ではどういう存在なんですか?」


鬼児は、この桜都国に現れる敵。倒すべきもの。主に夜現れるけど、稀に陽が高い内にも出現することがある。
強さは月の満ち欠けの影響を受ける…つまり、月が満ちるほど強くなって、新月に近いほど弱まるってことね。

でもアレって神出鬼没なのよね?出る時間帯が夜だとわかっていても。
それに家の中にまで入ってくるぐらいなのに…あまりにも緊迫感がないように思うのは何故なんだろう?


「よほどのことがない限り、鬼児は一般市民を襲いません。専門家がいますから」
「専門家?…アレを狩る、ってこと?」
「はい。彼らは"鬼児狩り"と呼ばれる狩人(ハンター)です。鬼児を倒して収入を得ています。強い鬼児を倒せば倒すほど、得られる金額は高額になります」


職員のお姉さんによれば、昨日小狼くんが倒したのはハの五段階。
…この段階っていうのがまた、よくわからないんだけど。とりあえず、そこのレベルで…鬼児狩りとしてやっていけるらしい。
他の職業より手っ取り早く儲かるし、情報を得るのにも有利になるみたいだねー。
同業者から裏の事情も色々と聞ける、鬼児狩りをしている者しか立ち入ることが出来ない場所もあるらしいから。その分、危険のレベルは半端ないってこと。

だけど、小狼くんなら絶対に―――


「…やります」
「ふふっキミならそう言うと思ってたよー」
「承りました。尚、鬼児狩りは必ず二人組(ペア)でとなっています。ちなみに、ひとつの一行(チーム)に鬼児狩りは一組だけ、という決まりです。一緒に旅してこられた方のどなたと組まれますか?」
「え、2人しか出来ないんですか?鬼児狩り。…3人とかはー…」
「ダメですね」(どきっぱり)
「ダメですか…」
「緋月ちゃん、鬼児狩りやりたかったの?」
「うん。退屈しのぎにはなるしー…それに…」


"キミ"の、情報を集めることが出来るかもしれないと思ったから。鬼児狩りをしていれば。


「…緋月さん?」
「それに…なぁに?」
「へ?あ、えっとー…ほら!黒鋼くんはそういう仕事以外、あんまり得意そうに見えないじゃん?!僕が鬼児狩りやっちゃったら!」
「あー、確かにね。じゃあ、小狼くんの相棒(パートナー)は黒様だねー」
「でも…黒鋼さんに聞いてないのに…」
「よーく考えてみなさい?小狼くん。姫さんは無理。ファイくんも不向き。モコはー…」
「モコナ、応援してる!」
「ってなるとー、黒わんを外したら怒っちゃうでしょ」


そんなわけで、(勝手に)黒鋼くんの職業は鬼児狩りにけってーぃ!
体を動かすっていうか、戦いの中に身を投じているのが一番しっくりくるからね。彼の場合。
てか、あの人に接客とか細かい作業とか…そういうものは似合わないと思うし、やりたがらないだろう。
きっと、全力で拒否する。うん、絶対に。
黒鋼くんはこの中で、一番戦い慣れた人。強い人。だからきっと、危険な仕事に就いたとしても死ぬことは絶対にない。


「貴方はどうなさいますか?」
「何かのーんびりしててー楽しくてー、情報も聞けるような御仕事ってないー?」
「ありますよ」
「じゃそれー」
「ま、まだ何の仕事か聞いてないのに」
「決め方が軽いなぁ、ファイくんはー」
「そちらの女性はどんな仕事をご所望ですか?」
「鬼児狩りみたいに危険でも、情報を集められる仕事がいいんですけど…」
「それでしたら、鬼児狩りのサポート兼用心棒はいかがですか?ちょうどそのような方を求めているお店がありますので」
「へー、そんなのあるんだ…じゃあそれでお願いします」
「緋月さんも十分、決め方が軽いと思います…」


よしっ!仕事も決まった、鬼児を倒した報酬も入った!
これで昨日割られた窓の修復も出来るだろうし、色んな物を揃えることが出来るかな。その中でもまず必要なのはー…やっぱり服かな。
そんなわけで!市役所を出た僕達は、さっきの職員さんに教えてもらった市場へと向かうことにしました。
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