02
あの後、市場で洋服やファイくんの仕事に必要なもの。そして黒鋼くんの為にーって、ファイくんが刀を買っていた。
…知らなかった。黒鋼くんって刀を使うんだね。素手で戦ってるもんだと勝手に思っていたからなー、今まで。
あ、でも高麗国で見た棒さばきはすごかった!それを思えば、刀を使っててもおかしくはないよね。うん。
「ただいまー」
「ただいま、黒鋼くん」
「ただいま帰りました」
買ってきた荷物を床に置いて、ファイくんは頭を撫でていた。黒鋼くんの。
まるで犬扱い、立派に犬扱い。
「黒わんたいい子で待ってたー?」
「だから犬みてぇに呼ぶな!」
「もー…あんまり大きな声出すなっての。姫さんが起きちゃうでしょう?」
注意をすれば、ギッとこっちを睨んでコイツが変な名前で呼ぶからだ!って。
んー…まぁ、犬扱いされるのは僕もイヤだけれどね。それは否定しないんだけど、姫さんが寝てるソファの近くで大きな声は出すなって言いたいの。
この子に迷惑かけない場所なら、何やっても構わないし。
「あのねぇ、仕事決めてきたよー」
「あぁ?」
「小狼くんと黒わんは鬼児を倒して、んでお金持ってきてー」
「ガキ、女。説明しろ」
「はい」
「はいはい。えっと、まずねー…」
昨日襲ってきた異形のモノは、"鬼児"という倒すべき敵だということ。それを倒して、報奨金を得る仕事を"鬼児狩り"ということ。
そして小狼くんと黒鋼くんは、その仕事をすることになったということ。
以上3点をファイくんの代わりに説明。簡単にだけどね。
そしたらほったらかしになっていたファイくんが、顔を両手で覆って泣き始めた。
「えーん。わんこ達がほったらかしにしたー」
「嘘泣きはやめろ!」
「わんこ達って何ですか、達って。犬は黒鋼くんでしょーが」
「それもおかしいだろ!」
む。だって間違いはしっかりと訂正しとかないと。
少なくとも僕はわんこじゃないし、そう呼ばれるのも気に食わないのでね。早めに注意しておくのが得策ってものでしょう。
さて、何はともあれ説明は終わった。彼はどんな反応を返してくるかなー?
ちょっとワクワクしながら返答を待ってみれば、期待通りの答えが返ってきました。
「なるほど、鬼児狩りか。退屈しのぎにはなりそうだな」
「黒鋼ノリノリー!」
「ほーらね?」
「はい」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、肯定の言葉を紡ぐ。まるで新しい玩具でも見つけたかのように、楽しそうに笑う。
ほーんと、こういう時の黒鋼くんって悪そうな顔で笑うんだよねぇ?何でだろ。
そのまま眺めていれば、笑みが消えてふっと険しい表情になった。
「けど、お前はいいのか」
「え?」
「鬼児っていうのがどれくらい強いのかわからねぇが、それを倒す仕事があって金が支払われてるってことは素人じゃ手が出せねぇってことだろう」
…僕は途中からこの旅に加わったから、元いた国で皆がどんな仕事をしていたのかは知らない。
けれど、その中でもわかることが1つある。黒鋼くんは"戦い慣れてる"ってこと。
敵を目の前にしても、ほとんど怯まない。瞳も心も、揺るがない。
だからきっと、ずっと戦いの中にいたんだと思う。そんな世界で生きてきた。
そんな彼からこの言葉が出たってことは、少なからず小狼くんの身を案じてるのかなぁ。
しばらく小狼くんを凝視していた黒鋼くんだったけれど、おもむろに彼の前髪をかきあげた。
そして発せられた言葉は、
「お前、右目が見えてねぇな」
黒鋼くんの言葉にハッと目を僅かに開くファイくん。けど、一番驚いていたのは言われた本人の小狼くんだったけれど。
気付かれていたなんて、思っていなかったんだろうね。
普段はそんな素振りを一度も見せていないから、言われなきゃわからない。
「初めてお前が戦うのを見た時は、巧断とかいうのを使っていた。ありゃ精神力で操るものだ、目が見えていようがいまいが関係ない。
その次の国、高麗国だったか。あそこに着いた途端、領主の息子とやらに姫が腕を引っ張られただろう。お前、あの時それを全く見ずに反応したな。あの息子は本気で姫を痛めつけようとしていた。殺気とでも言えばいいのか、放っておきゃあ持ってた鞭でも振るうつもりだったんだろう。
お前は見えないからこそ、その殺気に反応して、先手を打って息子を蹴っ飛ばした。後は昨日の鬼児だ」
「右からの攻撃への反応が、僅かだけれど遅かった…でしょう?」
「!緋月、さんも…?」
小狼くんの問いかけに、言葉ではなくにっこりと笑顔で答えた。正解だよ、と告げるように。
阪神共和国でのことは、僕は全く知らない。だから、彼が戦っているのを初めて見たのは高麗国だった。
何か違和感を感じたのは、黒鋼くんと全く同じ所で。あまりの行動の早さに驚いた記憶がある。
確信を得たのは昨日の鬼児と対峙した時。
上手く避けているのに、右からの攻撃に直前まで気付いてなかったように見えたから。…あぁ、もしかして見えていないのかなって。
「もっと強い鬼児相手だと、怪我するだけじゃ済まねぇぞ」
「…出来るだけ迷惑をかけないようにします。お願いします」
礼儀正しく、でも凛とした声音で、強い光の瞳で。しっかりと黒鋼くんに向けて、深く頭を下げた。
厳しい言葉かもしれない…でもそれは、黒鋼くんの優しさの表れなんだと思う。
少しわかりにくいかもしれないけど、少なくとも小狼くんは理解をしてる。だから、こうやって頭を下げてるんだろうから。
それにしても…黒鋼くんの洞察力って本当にすごい。
あまりにも鋭すぎて―――全てを見透かされているんじゃないかって錯覚に陥る。
小狼くんの微かな違和感に気付くような彼だから、僕自身のことにも色々と気付いているんだろうね。他にも。
「(気付いて、気付かないで……出来ることなら、そのまま知らぬ振りをして―――)」
…なんて。今までにももう、気付かれているっていうのに。気付かないで、だなんて。
そんなの今更過ぎるわね、本当に。
「おっけーだよね、黒様ー」
「…ふん」
「ふふっ承諾したみたいだよ?良かったね」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに笑って、後ろのソファに横になって眠っている姫さんに優しげな視線を送っている小狼くん。
きっと…昔のことでも思い出しているんだろうね。
小狼くんの纏う雰囲気が、とても優しい。自然と笑みが浮かんでしまうほどに。
「お前は仕事、何かするのか」
「僕?うん、するよーちゃんと。鬼児狩りのサポート兼用心棒」
「…そういえば、サポートって何をするんですか?」
「基本的には鬼児狩りと同じだねぇ。もし、どっちかが怪我したり風邪ひいたりして動けない時とかに、代わりに行ったり。だから、邪魔かもだけど時々は一緒に行動させてね?小狼くん、黒鋼くん」
「邪魔だなんてそんな…!」
あははー。本当に素直で良い子だねー、小狼くんは。
黒鋼くんはー…と、何だか怖い顔で睨んでるなー。この人。
…色々と言いたいこととか、聞きたいことがあるんだろうね。僕がいつもはぐらかしてるから。でもあんまり話したくはないことばかりだからなぁ、基本的に。
必要以上に…関わってしまうのは良くないから。いつか来る、終わりの時の為に―――――
ひとまず仕事の話が終わった僕達は、さっき買ってきた服に着替えてから色々準備をすることにした。
市場で配送を頼んでたイスやテーブル、あと食器とかも無事に届いたしねー。
―――カタン…ッ
「ファイくん、テーブルの配置はこんなんでいいー?」
「うん、いい感じだよー!次はカーテン頼んでもいいかなぁ」
「おー!任せとけー」
えっと、カーテンはー……あ、あった!バサリと広げてみれば、思ってたよりでかかった。でも綺麗な色だな。
面倒だけど、この大きさじゃ1枚ずつしか持てないな。地道にやっていきますかねー。
よいしょっと持ち上げて、脚立を探してると抱えていたカーテンをひょいっと奪われました。…誰か、なんて。すぐわかるよねー何度もやられてるし。
「……黒鋼くん」
「俺がつけるから、お前は布を渡せ」
「ん、わかったよ」
これも彼なりの優しさなのかなー?…僕の怪我、まだ完治はしていないから。心配してるのかも。
それが何だか嬉しくて、クスクスとしばらく笑っていた。誰かに心配してもらうなんて、ほとんどなかったから…くすぐったい気持ちになるんだけどさ。
それでも…嫌だっていう気はしなくて。
―――だけど、優しくされればされる程に胸が痛い。
「次のよこせ」
「へ?え、あ、はい!」
「おう。………大丈夫なのか?」
「怪我のこと?大丈夫だよ、毎晩包帯替えてくれてるのキミなんだから知ってるでしょうに。傷のことは」
「違う、仕事のことだ」
「あぁ、そっちか。大丈夫なんじゃない?鬼児狩りよりは危険は低いみたいだし」
「無茶だけはするんじゃねぇぞ。…怪我すれば、あいつらが心配する」
言葉はそっけない。だけど、声音はひどく優しいから。
ねえ。僕が怪我したら―――黒鋼くんも心配してくれるのかな?ジェイド国や今のように、心配してくれる?
ははっ今日の僕はどうかしてるな…こんなことを思うなんて。少し…深く関わりすぎちゃったのかなぁ。
この旅が終われば皆、元いた国へと戻るだろう。ずっと一緒になどいる関係じゃあない。いずれは別れる運命なんだから。
「(…あ、お茶のいい香り。ファイくんが試しに淹れてるんだね)」
「おい、聞きてぇことがある」
「はい、コレ次のカーテンね。…何さ、聞きたいことって」
「…あの医者が言っていた言葉は本当か」
貴様…っ何故、邪魔をする!貴様もあの方の僕だろう!!!
「……本当に、よく見てるよね。キミは」
あんな些細なこと、覚えていないことの方が多いくらいなのに。
それを黒鋼くんはこんなにもしっかりと、覚えてるんだ。
「それが嘘か本当かどうかの判断は、黒鋼くんに任せる。だけど…今はまだ話せない。何一つ。いつか話せるようになるまで―――何も、聞かないで」
だから…それまで、何も知らない振りをしていてほしいの。お願いだから。
「…わかった。話したくなったら話せ、気が向いたら聞いてやる」
「クスッうん、ありがと黒鋼くん」
そっと頭を撫でてくれた大きくて無骨な手は、とても優しかった。
「ん〜〜〜…あともうちょっとだけ」
―――もそもそ…
―――ふわん…
「あれ…?お茶の香り…?」
「あ、おはよー姫さん」
「目が覚めましたか?」
「はい。あのこれ……」
眠っていた姫さんが目を覚ました。どうやらびっくりしてるみたい。目を丸くしてるし。
でも、そりゃそうか。寝る前と全く違う雰囲気になってるもんね。
昨日まではなかったテーブルやイス、あとカーテンにたくさんの食器類。―――そして、僕達の服装ね。
「昨日、鬼児を倒して市役所で貰ったお金で用意したんだよー」
「割れた窓も直してもらったし、色々買ったのを運んでもらったしね」
「ねー。服もこの国のに着替えたんだ」
小狼くんは黒の詰襟の服。学ランって言うんだって。
ファイくんは白いワイシャツにネクタイ、んで黒のベスト。
黒鋼くんは袴っていう、着物。
僕は上は着物みたいな感じなんだけど、下は短パンでブーツ。
この国は色んなタイプの服があるみたい。街を歩いてる人達も、着物だったり洋服だったり…様々だったなぁ。
「あのね、オレ此処で喫茶店(カフェ)やろうと思ってー。お客さんから色んな情報聞けるって、市役所の子も言ってたしー」
「モコナもそれするのー!」
「ってことで、サクラちゃんも一緒にカフェやろうよー」
「はい、頑張ります!」
「じゃあ、早速着替えよっかー。緋月ちゃーん、よろしくねー」
「あいあいさー。おいで、姫さん」
姫さん用の服を持って、着替える為に2階の部屋へと移動ー。
「これが姫さんの服。女給(ウエイトレス)の服なんだって教えてくれたの、お店の人が」
「緋月ちゃんが着ているのとは、また違うのね」
「僕は違う仕事をするから。…あ、そっち向いて?エプロンのリボン結ぶから」
「ありがとう」
後ろのリボンを綺麗に結んで、カチューシャのようなものをつければ立派なウエイトレスさんの完成ー!
うん!すっごいよく似合ってる。やっぱり、選んだ僕の目に狂いはなかったみたいだね。可愛い。
これは小狼くんも喜んでくれるんじゃないかなぁ?きっと。
―――ガチャッ
「はーい。着替え終了だよー」
扉を開けて皆の所へ戻れば、姫さんは少し恥ずかしそうに反応を窺っていた。
ふふっそんな反応もなーんか可愛いなぁ。
「変じゃ……ない…かな?」
「(ふるるる)」
あー…この初々しい感じっていうのかな?見てて和みます。
ティーカップやお皿を片付けながら、そのほんわかする光景を眺めていたらモコの口から何か出た。甘い香りがする…お菓子、だよね?きっと。
モコによれば、これは「フォンダンショコラ」っていうお菓子らしい。
中にチョコが入っていて、温めて食べると尚美味しいんだってさ。僕は初めて見たよ。
「ねーねー、コレ食べてもいいのかなぁ?」
「いいんじゃないかなー?ちょうどお茶もはいったしー」
「こーいうの、僕初めて食べるなー」
―――パクッ
「…わ」
「ん〜〜〜っ!美味しい、コレ!」
「うん!甘くて、とってもおいしい」
小狼くんとファイくん、あとモコも美味しそうにフォンダンショコラを口に運んでるけど…ただ1人、黒鋼くんだけは全く手をつけてなかった。
…そういえば、さっき「いらない」とか何とか言ってたな。
こんなに美味しいのに、食べないなんてもったいないなー…甘いもの苦手なのかな?
モグモグと咀嚼しながら、ピンッと閃きました。
「くーろがーねくんっ♪」
「あぁ?気味悪い呼び方を…」
―――ひょいっ…ぱくん。(黒鋼の口に突っ込んでみた)
「どー?美味しいでしょ?」
「てんめっ勝手に口に放り込むんじゃねーーーーっ!!!」
その日の夜。早速、鬼児を狩りに行くという2人に僕はついて行くことにした。
特に目的はないんだけど…何となく気になったんだよね。
「ったく、てめーは人の口に無理矢理つっこみやがって!」
「あら。美味しかったでしょー?侑子さんからの差し入れ!ね?小狼くん」
「はい、美味しかったです」
「俺ァ、甘いのが苦手なんだよ!」
やっぱりそうだったのかー。甘い物、すっごく美味しいのに。
…でも甘い物が苦手な彼に、あのフォンダンショコラはちょっときつかったかも。
知らなかったとはいえ、申し訳ないことしちゃったかもなー。
「それで、鬼児は夜出るとか言ってたっけ?市役所の人」
「はい。特にこの辺りの裏道には多く出ると、市役所の人がくれた案内に…」
―――ズッ…ズル…ッ
「なるほど」
「確かに出たな。…女、お前はどうする?」
「僕は補佐だし、今日は見学だからねー避けておくよ。それに2人で十分でしょ」
「…ふん。まぁな」
月の光に照らされ伸びる僕達の影から、昨日も見た異形のモノ…鬼児が姿を現した。んー…ざっと5〜6匹くらい?
即座に反応した小狼くんがお得意の蹴り技で、あっという間に2匹を撃破。倒した後も攻撃の手は緩めない。
「…お前が蹴り技なのは、その目のせいか?」
「はい。手だと距離感が狂うので、蹴りの方が外れる確率が低いんです」
「キミが外したとこなんて、今の所見たことがないけれどね。それは我流?」
「いえ、小さい頃に教えてくれた人が……!」
―――バッ
僕と黒鋼くんの背後に、鬼児が1匹ずつ現れたけど―――このくらい、何でもないよね。
鬼児からすれば、奇襲をかけたつもりだったんだろうけど?
「…残念でした」
―――ガッ
―――ザン!
「お前、体術も使えんのか」
「キミに聞かれた時に話したでしょ?人並みには強いつもりだ、ってさ」
「確かに聞いたが、まともに戦ってる姿を見たのは今が初めてだ」
「…あぁ、そういえばそうだっけ」
僕がこの旅を始めて、最初に戦ったのは高麗国。
あの町の領主のバカ息子相手にだったけど、1人だったもんなー。武器が欲しくて回し蹴りはやったけど。
小狼くんを逃がす時に使ったのは、魔法だったし。
「あー!もうやっつけちゃったんですね」
「人の声…?」
「上だ」
「私達の獲物だったのに」
黒鋼くんと小狼くんが視線を向けた先に、同じように目を向ければ。
月明かりを背に、誰かが立っていた。