始動


聞いたことのない声に、見たことのない2人。…と、犬1匹。
建物の屋上から身軽に降りてきた見知らぬ2人は、普通に自己紹介を始めました。
思わずキョトンとしてしまう僕。


「こんばんはー!猫衣護刃、14歳。鬼児狩りやってます!で、こっちが相棒の」
「志勇草薙だ」
「…はぁ、ども」


敵意や殺意は、ない。
黒鋼くんに視線を投げかけてみれば、コクリと1つ頷いて。…大丈夫だ、って意味だよね。彼も警戒はしてないみたいだし。
小狼くんも特に警戒はしてないし、むしろ一緒にいた犬をわしょわしょ撫でてるくらい。犬も襲い掛かってこないからー…敵ではない、ってことか。どうやら同業者みたいだしね。


「凄かったですね!蹴り技も剣技も」
「えらく普通の刀だな。役不足じゃねぇのか、その腕には」
「こりゃ俺が選んだもんじゃねぇ。ワケわかんねぇコトしかしゃべらねぇのが買って来たんだ」
「必要な物を買ってきたの、僕達だったからね」
「?」
「あ!ひょっとして、新しく鬼児狩りに登録したあの!」
「うん?」
「「あの?」」


ショートカットの可愛い女の子…確か、護刃ちゃんだったかな?その子が笑顔で、とんでもないことを話してくれました。
それを聞いた黒鋼くんは、もんのすごく怒って、もんのすごい勢いで駆け出していって。小狼くんはその後を慌てて追いかけていく。

…ファイくん…キミはなんちゅー名前をつけてくれたんだ。
きっとお店の中は修羅場と化してるんだろうなぁ…それ考えると、あんまり帰りたくないかも。


「…どうしたんだ?あいつら」
「私、何か変なこと言っちゃいましたか?」
「へっ?あ…ううん、キミのせいじゃないよーあのでっかいのは短気なだけだから」
「そっか…。あ、貴方も鬼児狩り?とっても綺麗な動きしてたけど!」
「あぁ。あの坊主もすごい蹴りだったが、姉ちゃんのは動きが滑らかで無駄がない。戦い慣れてるだろ?」
「慣れてるって程ではないですけど…。でっかい人の方が、ずっと慣れてますよー」


おお…そんなこと誰かに言われたの初めてで、どんな反応していいのかわからない。
褒められるのって何だかむず痒いなぁ。
護刃ちゃんなんてすっごいキラキラした笑顔でいるし、草薙さんって人もにっこり笑ってる。―――何か、変な感じ。


「あと僕は正式な鬼児狩りじゃないんだ。実際は補佐で、本職は用心棒になるのかなぁ…そっちはまだ仕事してないんだけど」
「そうなの?正式な鬼児狩りじゃないなんてもったいない…」
「十分正式なものとしてやっていけそうなのにな」
「一行に1組だけって決まりみたいだからね。仕方ないんだけど」


この2人も同じ鬼児狩りのはずなのに、同業者を敵視したりしないんだ…特に僕達は彼女らの獲物を横取りしたのに。(…や、正しくは横取りではないと思うけど!)
んー…でも鬼児はこの国の倒すべき敵、って言ってたから敵視する必要はないのかな?その辺はよくわかんないんだけど…そんな感じなのかも。


「…あ、そうだ。お2人は紅茶とか、好き?甘い物とか」
「うん、大好き!」
「えと志勇、さん…ですよね?貴方は?」
「草薙でいいぞ。俺も好きだな、紅茶も甘い物も」
「じゃあ、良かったら喫茶店(ウチ)に来ませんか?」


鬼児を狩りに行く時、侑子さんからもらったフォンダンショコラを真似てケーキを作ってみるって言ってたからね。
まだお店は開店してないけど、僕達以外の人の意見も聞いておいた方が参考になるはずだし!…まぁ、勝手な判断なんだけど。
そんなこんなで、護刃ちゃんと草薙さんを引き連れて僕も皆が待つ家へと帰ることにした。


「てっめ―――――!!」


もうすぐ着くなーって思いながら走ってた時、家の方から黒鋼くんの怒声が聞こえました。
あー…やっぱり修羅場になってるんだなー…頼みますから、物を壊さないように追いかけっこしてねー?黒鋼くんにファイくん。
なーんて、心の中で呟いても2人に届くわけもないんだけど。


―――ヒョコッ

「で、オレはコレでーサクラちゃんはコレー。緋月ちゃんはコレ。『おっきいニャンコ』と『ちっこいにゃんこ』、そして『中くらいニャンコ』でーす」
「なに、その変な名前っ!」
「あ、おかえりなさい緋月ちゃん」
「ただいまー。……ってか、ファイくん!もう少しマシな名前なかったの?!」
「えー可愛いでしょ?わんこににゃんこ」

―――スラッ

「…そのワケわかんねぇ事しか考えねぇ頭ン中、カチ割って綺麗に洗ってやる!」
「きゃー」
「きゃーおっきいワンコが怒ったー」


ああ、もう…好きにすればいい…!
何だか今のでどっと疲れちゃった…フラフラとソファまで歩み寄って、ドサリと倒れこむ。…眠い。


「わー可愛いお店ー!此処がお家なんて素敵ですね!『ちっこいわんこ』さんに『中くらいニャンコ』さん」
「え、いや、あの……」
「護刃ちゃん……」


そんなキラキラした笑顔で言われると、更にダメージ倍になります。
もうがっくりと項垂れるしかないよねー本当に。

―――ふわ…

…あ、甘くていい匂いがする。狩りに行く前に食べたやつの試作かなぁ?ファイくんが草薙さんと護刃ちゃんに勧めてるみたい。頼んだら僕ももらえるかな。
横になったまま皆を眺めていたけど、のそりと体を起こして近寄れば。
珍しく黒鋼くんが息を切らせながら刀を握っていた。さっきまで全力でファイくんを追いかけてたもんねぇ。結局、捕まえられなかったけど。


「あのひょろい魔術師…!」
「災難だったねぇ、名前ー」
「災難なんてもんじゃねぇだろ!お前、名前登録した時あいつと一緒だったんじゃねぇのか?何で止めなかった」
「僕のせいにしないでよ。あんな名前で登録してたなんて、僕もさっきまで知らなかったんだから」
「だーっくそーーー!」


あんまり怒りすぎると血管切れそうだなー。てか、それ関連で早死にしそうな気がする。
まぁ、でも落ち着けって言ってもこの人の性格上は無理難題だろうね。昔の彼がどんな感じだったのかなんて、知りもしないけれど。
…こんな怒りっぽい子供、イヤだな。僕。


「ニャンコとワンコもチョコケーキ食べるー?」
「いらねぇ。ってか、ワンコじゃねぇ!」
「食べるけど、ニャンコ言うな」

―――コト…ッ

「あははー。はい、どうぞー」


ファイくんの用意してくれたチョコケーキと、姫さんが用意してくれた紅茶に口をつけながら護刃ちゃん達の話に耳を傾ける。

その話によれば…まず、市役所の人が言っていた『段階』。鬼児の強さは段階に分かれているらしく、それを表すものなんだって。
段階自体は、イ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・トっていう風になってて、イが一番上。んで、ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・トと下がっていって、それを更に五段階に分けてるらしい。
例えば、ホの一段階ならホのランクで一番強い鬼児。ホの五段階だと、ホのランクで一番弱い鬼児になるってことだよね。


「ということは、一番強いのは『イの一』」
「そう!鬼児狩りは皆、そのイの一段階の鬼児を倒す為日々頑張ってるんです!」
「昨日、ウチに来たのはハの五段階って言ってたっけ」
「じゃあ、中間よりちょい上くらいー?」
「そりゃ妙だな。家に侵入できる鬼児は、ロの段階以上だぜ」


ポツリと呟かれた草薙さんの一言。それに素早く反応したのは、僕と黒鋼くん。
この2人は僕達より前からこの国にいて、情報も信用できるものだと思う。
…なら、昨日侵入してきた鬼児達は、本来は家には入ることが出来ないってことになるのよね?
それなのに普通に侵入してきた…市役所の人が鬼児の段階を間違えたってことも有り得るけど、でもその可能性は低いだろうな。鬼児の動向は、市役所が把握していると言っていたくらいなのだから。

うーん…一体、どういうことなんだろう?鬼児達も気まぐれ、とかそんなオチなのかな。……んなワケないか。

―――ピク

草薙さんと護刃ちゃんが連れていた犬が、何かに反応した。
それを見て2人も席を立つ。


「鬼児が近くに出たみたい!」
「よくわかったね…」
「この子は鬼児の匂いを感知出来るの」


あぁ、なーるほど。
ついさっき何かに反応したように見えたのは、鬼児の匂いを感知したからだったんだね。この子すごいんだなぁ。


「ごちそーさん」
「すっごくおいしかったです!」
「幾らだ?」
「今日はサービスでいいんじゃない?色々お話聞かせてもらったし」
「そうだねー。また来て、色々教えて欲しいなー」
「おう。是非、寄らせてもらうよ」
「またね。中くらいニャンコさんもっ」
「また」
「え?あ……うん、またね護刃ちゃん」


パタパタと先に出て行った草薙さんを追いかけて行った彼女。
『また』って、言ってくれた。笑顔で手を振ってくれた。…まだ、出会ったばかりなのに。
いつもなら何も思わないだろう出来事なのに、そんな些細なことが嬉しいって思うのは…どうしてなのかな。


「もう常連さん候補出来ちゃったねぇ。『おっきいワンコ』」
「……逃げた方がいいよー、ファイくん」
「きゃー♪」
「待て、こらぁっ!」


あーもー…本当に元気だなぁ、あの2人は。
体力が有り余ってるなら、外で追いかけっこしてくればいいのに。此処より広いし。
何より!邪魔されずにのんびりすることが出来るから。


「モコナ、緋月さん、羽根の波動は?」
「んー…微かに、って感じかな」
「モコナも感じるけど、やっぱりすごく弱い。場所まではわからない」
「鬼児狩りは、情報を得るのに有利だそうだ。きっと、色々聞けると思うよ」
「モコナも頑張って、羽根の波動キャッチする!」


そんな会話をする小狼くんとモコを、不安気な表情で見つめている姫さんがいた。
姫さんの羽根を集める為ならば、多少の無理や危険は顧みない。
早く、1枚でも多く…姫さんの手に。あるべきモノをあるべき場所へ返す為に。
それが彼の願い。小狼くんを動かしている力の源は、そこからきているからね。

…だけど、待っている姫さんはきっと辛い。
自分の為に羽根を集めてくれて、時には怪我もしてしまう小狼くんが…すごく心配なんだろうね。


「…心配?小狼くんのこと」
「えっ?!あ……うん……いつも、怪我したりしてるから…」
「じゃあさ、小狼くんに差し入れ作ってあげよ?」
「差し入れ?」
「そっ!とびっきりの差し入れだよ♪」


キョトンと首を傾げている姫さんに、パチンッとウインクをする。
今日もきっと遅くまで頑張るであろう小狼くんに、気持ちをたっぷり込めたものを。それを用意する為に、僕達はファイくんに材料とキッチンを借りる為に話しかけた。


「これでいい、のかな?」
「うん。だいじょーぶ!美味しいよ」
「喜んでくれると…いいな」
「きっと喜んでくれるよ。姫さんが彼のことを考えて淹れたものなんだからさ。冷めないうちに持ってってあげたら?」
「あ、うん!行ってくる」


ポットとカップを載せたトレイを、ものすごく危なっかしい手つきで持っていく姫さん。…小狼くんがいる部屋まで無事に持って行けるといいんだけどな。
後片付けをしながら思うのは、お互いをとても大事に思っている小狼くんと姫さんのこと。

でもどんなに羽根を取り戻しても、記憶が戻っても。

姫さんの中に『本当(カコ)の小狼』は、決して戻ってこない。それが対価だと、ファイくんが言っていたから。
誰かが姫さんに小狼との関係を話したとしても、姫さんが思い出そうとしてもきっと…その記憶は消去されてしまうんだろう。対価はそんなに甘いものではないから。…願いを叶える為に差し出した対価は、戻ることはないんだから。


「そう…願いが叶ったとしても、二度と戻ってはこないんだ―――」
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