02


―――パタパタパタパタ…ゴツンッ!

「…転んだか、ぶつけたな今の音は。ごちそう様ー」
「美味しかったー?」
「うん、すごく美味しかった」
「おはようございます!」


部屋に走って入ってきた姫さんの額は、案の定赤くなってました。
やっぱりさっきのゴツンッて音は、ぶつけた音だったんだねー。痛そうな音だったけど大丈夫かな?


「おはよーサクラちゃん」
「おはよう。…あーあ、髪の毛はねてるじゃない」
「うう…寝癖がついちゃったみたいで。ごめんなさい、寝坊しちゃって!」


見事にそこら中がピョコピョコはねちゃってるよ、髪の毛。
いつもの姫さんなら直して来るんだろうけど、寝坊したことにびっくりして、大慌てで着替えて降りてきたんだろうなぁ。
まだ本調子じゃないんだから、無理はしなくていいのに。
…と言っても、彼女も頑張り屋さんだからねー。自分に出来ることくらいは、って努力をするんだと思う。


「モコナと小狼くんと黒鋼さんは?」
「市役所だよ」
「昨夜、また鬼児が出て。それやっつけたから報奨金貰いにー」
「昨夜ですか?」
「姫さん、よく寝てたから」
「また怪我したんでしょうか」


あれだけ大騒ぎしていても、ぐっすりと気持ち良さそうに寝ていたからね。まぁ、あんな気色悪いものは見なくて正解だと思うけれど。
そしてやっぱり、彼女が気になるのは…誰かが怪我をしていないかということみたい。
とても優しい女の子だから、誰かが傷つくのを見たくない。…とてもとても、優しくて暖かい心の持ち主。


「んー、小狼くんと…」

―――ちらり。

「…何さ、ファイくん」
「もしかして緋月ちゃんも怪我したの?!」
「ちみっとだけどねー2人共」


着物の袖で隠れていた、腕に巻かれた包帯。ファイくんの一言でしっかりとバレました。…隠すつもりがあったわけじゃ、ないけど。
知らないままでいることが出来るのなら、その方がいいと思っていたのに。高麗国やジェイド国でも怪我をしてる僕だから、余計に心配かけちゃった。


「まだジェイド国で負った怪我も治ってないのに…」
「その傷ならもう大分良くなってるから、心配することないよ」


まだ治ってないのは手の平の傷だから。
常に使ってる、利き手だからねー治りが遅いの何のって。
それでもギューッと握ることをしなくなった分、ガーゼが真っ赤になる程に血が滲むことはなくなったけど。


「小狼くんのことも、心配?」
「…うん。小狼くん、わたしの記憶を探す為に頑張ってくれてるのにわたし、何も出来ないから。それに小狼くん、時々凄く…独りに見えて……」


姫さんの一言に、僕とファイくんは顔を見合わせた。多分、考えてること・思ったことは一緒なんだと思う。
さすがだな、って思ったの。彼のことをちゃんと見ているんだなって。
でも、でもね?姫さん。何も出来ないなんてことないんだよ。
キミにも…ううん、姫さんじゃなきゃ出来ないことがあるんだから。


「笑ってあげてよ。サクラちゃんの笑顔が小狼くんのごちそうだから」
「それだけできっと、十分だからねー」
「で、サクラちゃんのごちそうはこっちー。お腹空いたでしょー召し上がれ」
「ありがとうございます」
「そのジャムつけて食べてみて?すっっっっごく美味しいから!」
「本当?いただきます」


パクンと一口、口に運べば途端に可愛いキラキラとした笑顔に変わる。
うん。これは笑顔になっちゃうよねー、僕もさっき食べた時、そうなったもん。


「おいしいっ!」
「良かったー」
「ファイさんすごいです!絵も上手だし、お料理も上手なんですね!」
「絵は魔法陣の要領だしー、料理は薬とか魔術具の調合と同じだしねー。それにそのジャムは緋月ちゃんが教えてくれたんだよー、作り方」
「そうなの?緋月ちゃんもお料理上手なんだねっ」
「ジャムとか簡単なものが作れるだけだよ。上手なわけじゃないんじゃないかな?」
「でもー小狼くんもモコナも喜んでくれたんだけどー『おっきいワンコ』がねぇ」


ファイくんの言葉に、朝のドタバタな出来事を思い出す。
甘い物が嫌いと言うか、苦手な黒鋼くんは朝ご飯はいらないって言い出したのよね。
今日の朝食は焼きたてのパンにジャムを塗るだけの、かなりシンプルなものだったんだけれど…甘いから。
だから「いらない、食べない」の一点張りだったんだけどー…昨日の僕同様、黒鋼くんの口に無理矢理突っ込んだんです
。…そしたらまぁ、律儀に食べていったんだよねー。

その光景を思い出して、クスリと笑みが零れる。
ほーんと面白いし、いいコンビなんだよなぁ。黒鋼くんとファイくん。
さってと!僕もそろそろ出かける準備をしよっかなぁ。


「あれ?緋月ちゃん出かけるの?」
「うん。ちょっとわんこコンビの所と、自分の仕事場所にー」
「あ、今日からなんだー?」
「そっ!出勤は夜からなんだけど、挨拶にねー」


使わないとは思うけど、愛用の二丁拳銃が入ったホルスターを腿に装着して。
お金とかは必要ないから別にいいし…忘れ物はないかな。うん。


「よしっ!じゃあ、出かけてくるねー」
「怪我とかしないように気をつけてね?!」
「あははっ大丈夫だよ、姫さん」
「絶対、絶対約束だから!」
「わかった。善処するよ」
「うん!…じゃあ、いってらっしゃい緋月ちゃん」
「いってらっしゃーい」
「!……うん、いってきます」

―――パタン…

「いってらっしゃい、か…」


何か、いいな。"自分の居場所"って感じがする。
此処にいていいんだよって、言われてる気がして…胸(ココ)が暖かい。
いずれは離れ離れになる運命だけど、少し―――ほんの少しだけ、この暖かさに身を委ねていたい。この幸せに浸っていたいと、思うんだ。
罪は消えない、罰も全て受けるから。忘れたりはしないから。
だから、少しだけ許して…笑うことを。僕には必要のないモノだってわかってはいるけど、ほんの少しだけ。

深呼吸を1つして、わんこコンビがいるはずの市役所へと駆け出した。


「で。情報屋探しかよ」
「でも詳しい地図貰えましたし」
「あっいたいた!小狼くん、黒鋼くーん」
「あ、緋月だー!」
「本当だ。どうしたんですか?」
「自分の用事のついでに、様子見にね。何処行くの?」
「情報屋探しだ」
「情報屋?…それまた何で?」
「はい、実は―――」


詳しい話を聞いてみると。羽根の情報を集める為に『すぐやる課』の人にこの国で変な事件や事故が起きていないか、または伝説がないか聞いてみたんだって。
わからないことがあったら、何でも聞いてくださいって言われたらしいから。そしたら…

「その類のことは『情報屋』にお尋ね下さい」(きっぱり)

…って言われて、詳しい街の地図を貰ったそうな。
えーっと…最初から思ってたけど、意外とテキトーだよね?あそこの市役所。
ちゃんとした情報は教えてくれてる方だと……思いたいけども。


「その地図も最初に市役所(あそこ)へ出向いた時に渡しゃいいだろうが」
「…まぁ、確かにずいぶんと小出しにしてるよね」
「それもそんなものだって言ってたね」
「……テキトーだなぁ」

―――ピタッ

「此処ですね」
「情報屋って言うより…お屋敷?お偉いさんが住んでる感じの」
「胡散臭そうだな」
「黒鋼がいうなっ!」


じゃれ始めた彼らは放っておいて、僕と小狼くんは扉を開けた。
姿は見えない、けど…気配は感じる。何処かに隠れてるな。2人ほど。…どういう意図だろう?


―――バッ

「すみません、伺いたいことがあるんで…」
「小狼くん、上」


視線を上へ投げれば、棒を持った2人組がこっちに向かって飛んできた。
不法侵入した記憶はないんだけどなー…とりあえず、向かってくるなら相手をしましょうか。
ニヤリと口の端を上げて、棒が振り下ろされる前に左右に飛びのいた。けど、すぐさま反撃の手が上がる。
1人は小狼くんに、1人は僕に向かって突きを仕掛けてきたけど。


「ちょーっと遅いかな?」
「?!」

―――パシィッ
―――ガッ!

「ざぁんねん♪」


うん。突きの鋭さはなかなかのものだったけど、少しスピードが足らなかったみたいね。
棒を掴んで蹴り上げてみれば、なかなかの早さで僕と距離を取った。
チラッと小狼くんに視線を向けてみれば、頭に棒が振り下ろされる直前で。
でもいいタイミングで黒鋼くんが刀の鞘で受け止めて、彼に当たることはなかった。


「おめぇらも鬼児か」
「いいえ、情報屋よ」
「女性……?」


奥から出てきたのは着物を着た、若く綺麗な女性。この人がこの情報屋の店主なのかな?
疑問を問い掛ける間もなく、中に入るように促された。…ま、いっか。細かいことだし。


「…いきなり仕掛けて来るたぁ、どういう了見だ」
「ちょっと黒鋼くん!初対面で噛み付かないでよっ」
「ふふっ構わないわ。さっきのは試験(テスト)よ。弱い相手に危ない情報を渡しても仕方ないでしょう。貴方達は合格。私が情報屋の絵里衣。この2人は助手の威、健多朗。その戦闘力ってことは、そっちの職業は鬼児狩りね」
「はい」
「名前は?この国に来て登録したでしょ?」
「あっはははー…」
「絶対言わねぇぞ」


うん。黒鋼くんの気持ちはよーくわかる。言いたくないわ、あんな名前。
恥ずかしいにも程があるからね!…だけど、名乗らないとこの人話を進めてくれそうにないしなぁ…。
3人でしばらく黙り込んでると、小狼くんが意を決して口を開きました。


「『おっきいワンコ』と『ちっこいわんこ』です。この女性は『中くらいニャンコ』です…」
「「………」」
「何ですって?!鬼児狩り二日目の新人と、その補佐に何やられてんのよ!このぬけさくコンビ!」


―――ど ご っ

何処からか取り出された二槌のハンマー。
それで思いきり殴られた助手のお2人さん…大丈夫かな?気絶してるっぽいけど。
良い音したもんねーすっごく。


「わーお…」
「すっごーい」
「……」
「……」
「ま、この3人は『ハの五段階』を1匹、『ハの二段階』19匹倒してるんだからそれなりの実力の持ち主ってことだけど」
「どうしてそれを?」
「情報屋ですからね」

「―――…(ボソッ)」
「あほ!」


きっと何か彼女の気に触ることを言っちゃったんだろうね…また鉄槌が下りました。
あーあ…震えてる、震えてる。…ちょっと気の毒かも。
えっと、それはさておき。そろそろ本題に入らないとね。此処に来たのは情報を得る為だから。


「最近、事件や事故はないですか?変わった伝説とかでもいいんです」
「事件や事故はしょっちゅうだけど…そうね、鬼児の動向がちょっとおかしいわね」
「おかしい?」


何でも最近の鬼児は、出現地点じゃない所に出たり、昼間の横行が増えてるんだって。
そして、『新種』が現れたという話。詳しいことはわかってないみたい。
目撃されたってだけで、どの鬼児狩りも戦ったことがないとのこと。ただ―――とても美しい鬼児らしい。


「会ったって人の話、聞きたい?」
「はい」
「地図持ってる?」


小狼くんが持っていた地図をガサガサと開けば、地図のある場所にクルリと丸をつけてくれた。
そこが新種の鬼児を見たって人がいるお店ね。
『白詰草』という名前の酒場。夜6時から開店。そこのバーテンダーさんに絵里衣さんに紹介されたって言えば、その人に会わせてくれるみたい。

…んん?でもこのお店の名前、何処かで聞いたような気がするんだけどー何処でだったかな?思い出せそうな気もするんだけど、突っ掛かって出てこないや。
ま、そのうち思い出すでしょ。


「ありがとうございます」
「他に聞きたいことは?」
「今は特にない、と思います」
「はい。でも」
「もちろん。また何か聞きたいことがあったらいらっしゃい。初回だから安くしとくわ」
「金とるのかよ」
「情報屋だもの!」


そりゃそうだ。絵里衣さん達もこれが商いだもんね。無料で情報を提供しているわけじゃない。


「あ、もうひとつあった。何だか最近、この国不安定みたいだから小マメに市役所行った方がいいわよ」
「不安定…ですか?」
「ええ。だから気をつけなさいな」


新種の鬼児に、鬼児の動向がおかしいこと、そして国が不安定な状態。
いくつか情報を仕入れることは出来たけれど、イマイチ羽根に結びつくような情報はない感じだ。
鬼児の動向がおかしいことに羽根が関係してるとは思えないけれど、全くの無関係とは言い切れないのも事実だよね。
とりあえずは新種の鬼児について、調べることが先決かしら。


「そういやお前、用事があるとか言ってなかったか?」
「うん。いい頃合だし、このまま行ってくる。その後、仕事に行くから帰りは遅くなるって姫さんとファイくんに伝えておいてー」
「わかりました。夕飯は食べますか?」
「んー…今日はいいや。何時になるかまだわからないし」
「はい。気をつけて下さいね」
「…無茶すんじゃねぇぞ」
「はーい。じゃあ、また後でねー」


片手を上げて、クルリと背中を向ければ「いってらっしゃい」と声がかけられた。
驚いて後ろを振り向くと、笑顔で小狼くんが手を振ってくれていて。黒鋼くんも無愛想だったけれど「行って来い」と声をかけてくれる。
あぁ、家を出た時と同じだ。ファイくんと姫さんからもかけられた暖かい言葉。
また嬉しくなって、にっこりと笑って「いってきます!」と言葉を返す。

今日が初仕事でちょっとだけ緊張もあったけど、頑張ってこなすことが出来そうだ。
うん、頑張って精一杯働いて…家に早く帰ろう。暖かい、僕の居場所に―――――。
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