しあわせのカタチ


小狼くんと黒鋼くんと別れた後。僕は今日からお世話になる仕事先の酒場を探して歩いていた。
市役所の人からお店の場所は聞いてたから、迷わずに行けると思ってたんだけどー…甘かったかな。
こうなったら人に聞いてみるしかないか!えーと、お店の名前はー…


「…『白詰草』…」


仕事を紹介してもらった時に貰った、お店への紹介状。そこに書かれていたお店の名前は、さっき情報屋で聞いた酒場の名前と一緒で。
…そっか。だから何か聞いたことがあったんだね。ってことは、今日の夜辺りに黒鋼くんと小狼くんが来るのかなぁ。

ボーッと考え事をしながら、てくてくと足を進めていくと何やら掃除をしている女性をはっけーん。この人にお店の場所聞いてみよっかな。


「すみませーん!」
「はい?」
「あの『白詰草』ってお店を探してるんですけど、どの辺りにありますか?」
「…姉ちゃん、ひょっとして」


色黒の女性は僕の顔をじーっと見たまま、黙り込んでしまいました…。
ひょっとして…何?!その続きは何なの?!!何も言わずに見つめられ続けられるのは、結構キツイものがあるのですが……!!!
いい加減、何か言って頂けないでしょうか。
内心、すっごく焦りながらそのまま硬直して数分。ようやく視線が外されて、にっこりと笑顔を向けられた。


「姉ちゃん、中くらいニャンコちゃんやろ?市役所から紹介された」
「う、あ、はい…そうですけど…」
「うんうん!織葉さんから聞いてた通り、えらいべっぴんさんやなぁ!」
「オルハ、さん?べっぴんさん…?」
「こんな所で立ち話も何やし、中に入りー。此処が『白詰草』やから」


指差された先の建物。綺麗に装飾されている扉には、確かに『白詰草』と刻まれていた。ということは、この人も此処のお店の店員さんってことか。
促されるまま店内に足を踏み入れれば、とっても素敵な内装だった。
バーカウンターにダーツで遊ぶ場所、そして何かイベントでもやっているのかな?真ん中にステージがあった。照明もシャンデリアみたいで綺麗だなぁ。


「あ、名乗るの忘れてた!うちはカルディナや、よろしくな」
「改めまして、あの…中くらいニャンコです。今日からよろしくお願いします」
「えっと、にゃんちゃん…でええかな?」
「呼び方はお好きにどうぞー。僕…じゃないや、私もカルディナさんって呼ばせてもらいますね」


カルディナさんはこのお店のバーテンダーさんで、オーナーはさっきちらっと名前が出た織葉さんって方みたい。
あとでその人にも挨拶しとかなきゃ。雇ってくれたのはその織葉さんって方だろうから。


「そういえば、市役所で用心棒を雇いたいって聞きましたけど…何か事件でも?」
「いや、そういうわけではないんやけど…最近、鬼児の動向がおかしいって聞いててなぁ」
「あぁ、念の為に…というわけですね。でも私、正式な鬼児狩りじゃなくて補佐ですよ?」
「補佐でも鬼児は狩れるし、問題あらへんやろ。役職は用心棒さかい」
「…それもそうですね」


話を聞いた感じ、そこまで深刻な状況ではないし用心棒として働くのは少なそうだなー。
此処も酒場ではあるけど、普段からいさかいが起きたりしてるわけではないみたいだし…。

お店が開店するまでまだ時間があったから、そのままカウンターでカルディナさんと色んな話をしていた。
すると、入り口の扉が開いて黒髪のとても綺麗な女性が姿を見せた。
ふわー…スタイル抜群だし、すっごい素敵な人だなぁ。お客さんなのかな?


「貴方が中くらいニャンコさんね。私はこの店のオーナーの織葉です」
「此処の歌姫でもあるんよ」
「そうなんですか?…あ、初めまして!中くらいニャンコです。今日からよろしくお願いします」
「ええ、よろしくね。それにしても―――」
「……?」


さっきカルディナさんと会った時と同じく、じーっと見つめられたまま…何も言わなくなった織葉さん。
えと…何なのかなぁ?見つめられるの慣れてないんだけど…。


「あの、織葉…さん?」
「見れば見るほど綺麗ねぇ、貴方。写真で見た時よりずっと綺麗」
「あり、がとうございます…」
「ね、ニャンコちゃん。歌は好き?」
「歌ですか?嫌いではないですけど…どうしてですか?」


僕の問いににっこり微笑んだ織葉さん。
彼女の口から出た言葉に、今世紀最大ともいえる大声を出しました―――。


―――開店準備をすること、1時間。時刻は間もなく夜6時になろうとしています…そう、開店時間なのです。
用心棒として雇われた僕だけど、特に今の所は大きな事件や事故も起きていないから、その間はお店の従業員として働くことに。
…ま、それは構わないんだけどねー。雇ってもらってる身だから、どんな仕事を与えられてもやるし。此処も治安が特別悪いってわけじゃないみたいだし。

うん、従業員として働くのは構わないです。むしろ、有り難いです。
…でもさ?さっき、織葉さんに言われた一言だけは!どーーーしても避けたい所なんだけどっ!


―――ガシャンッ…

「ん?今、何か音せぇへんかった?」
「しましたね…外から聞こえましたけど」
「何か揉め事でも起きてんのかなぁ?それはごめんなんやけど…」
「私、見てきますよー」
「悪いけど頼むわ。気ぃつけてなー?」
「はい」


扉をそっと開ければ、そこに見えたのは黒い影。とても大きい、影。
スッと視線を上げていけば…よく見知った姿。鬼児、だ。それも巨大な。4…いや、5体はいるかなぁ?
さっきの音はコレだったわけか…鬼児達が暴れりゃ、そりゃあ大きい音もするはずだわね。


「反撃しろ!!」
「けど―、俺武器これ以上持ってないし―」


…え?今の声ってまさか…


「黒鋼くんとファイくん…?」


僕の視線の先にいたのは、ひらりと鬼児の攻撃をかわすファイくんと刀を振るう黒鋼くんの姿。
まっさか、この鬼児達と戦ってるのが知り合いだったとはねぇ…でもどうして、小狼くんじゃなくてファイくんなんだろう?

ちょっとした疑問が頭に浮かんだ時、1体の鬼児の目が不気味に光った。
何となく想像がつく…アレから繰り出されるのは、恐らく光線。
その鬼児が狙ってるのは、ファイくんだ―――!


「伏せろ!!」
「避けて、ファイくんっ」
「あ?お前―――…」


―――ビッ
―――ドゴッ!!!

僕と黒鋼くんの叫びは、間に合わなかった。
真っ直ぐに伸びた光線はファイくんに直撃して、彼を軽く吹っ飛ばした。
それだけではまだ足りなかったのだろう、また目が光り始める。止めを、さす気なんだろうね。
マズイと思った瞬間、体が勝手に動いていた。


―――ザッ

「緋月、ちゃん…?」
「これ以上、お店の前で暴れないでよね…モード、攻撃!"ラッシュ"!」


魔法が効くかどうかは不明だったけど、一か八かだ。
僕が放った言霊は無数の光の珠となって、今にもファイくんを殺そうとした鬼児に降り注ぐ。

そして―――――無駄にでかいその体は、霧散して消えた。

だけど、鬼児はこれだけじゃない。まだまだいらっしゃいますねー…。
あぁ、もう面倒だなぁ。あんまり魔法は使いたくないのに。
今度は破壊魔法を使ってしまうか、と思った時。


「地竜・陣円舞!!」


黒鋼くんの鋭い声が聞こえて、鬼児達が一気に消滅した。
あんなにたくさんいて、囲まれていたのに…あの数を一瞬で倒しちゃうなんて。刀は壊れてしまったけれど。


「すっごい……」
「さすが黒様ー!あ、緋月ちゃん怪我ないー?」
「それこっちのセリフだよ!ファイくん大丈夫?」
「…何か、足がヘンみたい?」
「捻ったのかも…見せて」
「大丈夫だよー、このくらいじゃ死なないからー」
「…死なないんじゃなく、死ねないんだろうお前は」


背後から聞こえた、さっきの技名を呟いた声よりずっとずっと…鋭くて低い声。思わず肩が跳ねてしまった…軽くだけど。
カランッと黒鋼くんの履いている下駄の音が辺りに響いて。彼は何を思ったのか…鞘で捻ったであろうファイくんの左足をグッと押した。
痛みでファイくんの眉間にシワが寄るけれど、それでも黒鋼くんは鞘をどけようとはしなくて。
僕も―――何も出来ず、何も言葉に出来ずに、ただじっとその光景を見ているだけ。


「俺ぁ、殺そうとして向かってきた奴は殺る。生涯守ると決めたものを奪おうとする奴も殺る。今まで何人殺したかも覚えてねぇからな、綺麗事なんざ言う気もねぇ。だがな…まだ命数尽きてねぇのに、自分から生きようとしねぇ奴が一番嫌ぇなんだよ」


黒鋼くんの言葉に、胸が痛んだ。何故かはわからないけど…引き裂かれそうに痛い。
ファイくんに向けた言葉だったけれど、僕にも言われているような気がして。
人に嫌われることなんて、今までもあったのに。どうして彼に嫌われる、と考えるだけで…こんなにも悲しくなるんだろう?


「にゃんちゃん?もう開店やけど…大事ないかー?」
「え?あっもうそんな時間ですか?!」
「そういや女。お前、何で此処にいる?」
「此処、僕の仕事先。…"白詰草"。2人も用事があって来たんでしょう?」
「此処だったんだねー」


とりあえず、足を痛めてるファイくんの応急処置しなくちゃ…ちゃんとしたことはお店じゃ出来ないだろうし。
ひとまず痛みだけでも緩和できれば、十分かな?…考え込んで、落ち込んでるヒマなんてなかったんだ。
長身のファイくんは僕じゃ中まで運んであげられないし、黒鋼くんに頼もう。「よろしく!」って一言だけ言って、僕は氷を用意しに店の中へと急いだ。


「そりゃ災難やったなぁ。大丈夫か、その足」
「うん、何とかー。緋月ちゃんが氷持ってきてくれるらしいし」
「『ロの段階』以上の鬼児は、鬼児狩り用の武器でしか倒されへんからなぁ」
「そうなんですか?…ファイくん、はい。氷持ってきたよー」
「あ、ありがとー。それでアレじゃダメだったのかー」
「ダーツじゃ無理やで」
「ふぅん…鬼児狩り用の武器、か」
「それよりにゃんちゃん。アンタそろそろ着替えとかんと…もう織葉さん出番やで?」
「っわ!!!き、着替えてきます!」


2人にゆっくりしてってね、と声を掛けてからバタバタと裏へ引っ込んだ。
うー…今更無理だろうけど、逃げたいよぅ。
そう。何と僕!今日が初日なのに、此処のステージで歌う羽目になったのです。しかも歌姫の織葉さんのあとに。

…そんな日に限って、黒鋼くんとファイくんがいるしさー?あとで何か言われそ…。
もそもそ着替えていると、表から織葉さんの澄んだ歌声が聞こえてきた。



しあわせになりたい

あなたとしあわせになりたい

あなたのしあわせになりたい


だから つれてって

遠くまでつれてって

ここじゃない どこかへ

つれてって 私を

しあわせになりたい



綺麗な声、綺麗な歌詞、綺麗な…歌。
スゥ…と体の隅々にまで、この歌が染み渡って…泣きそうになった。


「しあわせに……なりたいよ、僕も…」


幸せになりたいなんて、今まで思ったことも考えたこともなかったけれど。必要のないことだと思ってたからね。
でも織葉さんの歌を聞いて初めて、そう思ってしまったんだ。
連れ出してくれる誰かがいるのなら。こんな僕の傍にいてくれる人がいるのなら……幸せだと、笑ってみたい。


「はは…っどうしたんだろ、僕。こんな感傷的になるなんて、らしくないじゃんか」


さあ…織葉さんの歌が終わった。次は僕の番だね。
姿見の前で衣装や、髪形のチェックを簡単にして…一歩踏み出した。
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