02


「終わったぞ。鬼児の話を聞かせろ」
「兄ちゃんせっかちやなぁ。もうちょっと待ち、もう一曲あるんやから」
「もう一曲?」

―――カツン…ッ

「…え?緋月ちゃん?」
「あいつが歌うのか?」


うわぁ…お客さんいっぱいだなぁ。これは思ってた以上に、緊張するかも…こういうの初めてだし。でも、頑張らなきゃ。
深呼吸を1つして、僕はマイクを握った。
室内の照明が落とされて、ステージ上だけライトが灯る。暖かい色で。



もう二度とは戻れない あの場所

奪ったのは誰?

奪われたのは誰?


それでも時間は流れていく

立ち止まっても 時間は止まってくれないから

だから 人は前を向くのでしょう


願いが1つだけ叶うのならば

私は躊躇うことなく願うでしょう

貴方の傍へ行くことを

あの時をもう一度―――貴方と二人で


現在(イマ)を共にいれるのなら

甘い未来など いらないから



…歌い、終わった…。
軽く息を吐けば、お客さんから拍手をもらうことができて。あんなに暗い歌詞だったのに、良かったのかな?
織葉さんの後に、こんな歌…なんて思ってたんだけどね?僕。
でも…明るい歌なんて、僕には歌えない。歌う資格なんてないんだよ。…穢れてる僕には。


「綺麗な歌だと思ったけど…悲しい歌だねぇ。誰を、彼女は想ってるんだろう」
「………」


ふっとカルディナさん達がいるカウンター席に視線をやれば。

少しだけ痛そうな表情を浮かべたファイくん
眉間にシワを寄せて、でも微かに苦しそうな表情を浮かべた黒鋼くん

…やっぱり、聞いていて気持ちのいい歌ではないよね。あんなの。
織葉さんとカルディナさんは笑顔を浮かべてくれているけど。


「お疲れ様、ニャンコちゃん。初めてにしては、すごく綺麗だったわよ?」
「ありがとうございます…でも私の本業は用心棒なんですからねー?歌い手じゃないんですから」
「でもたまには歌ってくれん?綺麗な声だったし…もっと他の曲も聞いてみたいし」
「今回のは即興だし、レパートリーがあるわけじゃないんだけどなぁ」
「いいじゃない、また歌ってよー。オレ、緋月ちゃんの歌声好きだよ?いつもの声と感じが全然違う」
「ファイくんまで……」


ファイくんと織葉さん、カルディナさんは何やら話に花が咲いてしまったようで。
そのまま色々と話し込み始めました。…別にいいんだけど。

…このままじゃ動きづらいし、着替えてこようかな。
裏に引っ込もうと思った時、ポンッと頭に暖かい感触。誰かの…手、だよね?


「黒鋼くん?」
「……歌、悪くなかった」
「!…あり、がとう…」


じわり、じわりと。彼の言葉が染みて胸が、頬が温かくなっていく。
いつもはぶっきらぼうなクセに、こういう時に優しく笑うなんて。こういう時に…優しい言葉をかけてくるなんて、ズルイよ。キミは本当に。

―――パタン…

着替える為に裏に引っ込んで、ようやく一息つく。
あーもう…まだ心臓がバクバクいってるよ。こんなに緊張しぃだったかなー僕。
初めて人前で、しかも自作の歌詞で歌を歌った。
歌を作ったことなんて今まで一度もなかったし、織葉さんに言われたのは今日で。開店準備をしながら、頭の隅で歌詞を考えたんだよね。
浮かぶのは―――暗い言葉ばかりで。
織葉さんの歌のように、誰かが幸せな気持ちになれるような歌は…歌えない。
それなのに、僕の歌を聞いていたお客さん達は拍手をくれたんだよね。笑顔で…素敵でしたって言ってくれる人もいて。


「それも初めてだ…笑顔を向けられるのって」


…あ、初めてではないか。僕に一番最初に笑いかけてくれたのは、"あの子達"だ。
今一緒に旅をしている小狼くんも、姫さんも、ファイくんも、モコナも…あと―――黒鋼くんも。
笑いかけて、くれる。話をしてくれる。名前を呼んでくれる。今日初めて会った、カルディナさんと織葉さんもそう。
些細なことだ。それは本当に些細なこと。
…だけど、僕にとってはもう二度と感じることがないと思っていたものだから。

―――コンコン…

「おい、そこにいるのか?」
「っ黒、鋼くん…?ど、どうしたの」
「いいからさっさと開けろ」
「あ、うん…」


扉を開ければ、そこには眉間にシワを寄せたいつも通りの彼が立っていた。
でもどこかホッとしたような表情でもあって。


「……?」
「泣いてるのかと、思った」
「え…」
「さっき…すげぇ泣きそうな顔で歌ってたから、泣いてるのかと思った」


泣きそうな、顔?僕が、泣きそうな顔してたの?そんな感覚は、全然なかったのに。確かに笑顔で歌うような曲ではなかったんだけど。
泣きたくなったのは織葉さんの歌を聞いた時で、自分の歌の時は…泣きたいなんて思ってなかったもの。


「そんな風に…見えた?僕」
「…あぁ」


カタカタと、自分を指す指が震えているのがわかる。どうして―――僕は震えているのかな。何も怖いものなんてないのに。
ツーッと、何か冷たいものが頬を流れ落ちていく。
それが"涙"だとわかるまで、そう時間はかからなかった。


「やっぱり泣きたかったんじゃねぇか…お前」
「わ、わかんない…悲しくなんてなかったはずなのに、涙なんて…ずっと昔に枯れたと思ってた…っ」
「泣きたきゃ泣け。こうしてりゃ、泣き顔は見えねぇから」


乱暴に胸に顔を押し付けられて、そう言われた。
ギュッと…きつく、きつく抱き締められて―――尚更、涙が流れてくる。

どうしてこの人はこんなにも優しいのだろう?あんなに他人に無関心のように見えて、どうしてこんなにも僕に構うのだろう?
気がついたら…そっと傍にいてくれて。嬉しい一言を、行動を僕の心に残していくんだ。


「織葉さんの歌を聞いて、幸せになりたいって…思ったの…っそんなこと、考えちゃダメなのに」
「…何で思うことすらしちゃいけねぇ。そんなの自由だろうが」
「ダメなの…っ!僕は"キミ"の…人生を、幸せを、大切な人を奪ったから。幸せを望むことも、笑うことも―――願うことは罪なんだ…」
「……」
「許されないんだよ…僕が、"幸せ"になることなんて」


忘れていると、すぐにやってくるから…忘レルナと紡ぐ声が。


「他人が決めるもんじゃねぇだろ、幸せってもんは。よくわからねぇが、己自身で掴み取ってこそなんじゃねぇのか?幸せになるも、ならないも…選ぶのはてめぇだ。他の誰かじゃない。それに…前にも言っただろう。笑っても、誰も責めねぇと」
「…言わ、れた…」
「本当に忘れられねぇことは、どれだけ経とうが己に付き纏う。それこそ一生な。けど、ずっとそれに押しつぶされてちゃ意味がねぇだろう。だったら、腹括って背負うしかねぇ。背負ったもんを抱えて、生きて、生きて…生き抜いていくしか術がねぇからな」
「っうん…うん…っ!」
「…此処に存在(い)るんならな、たまにはあいつらを頼ってやれ」


嬉しかった。ただ、話をきいてくれたことが。傍にいてくれたことが。
まだ優しさは痛いけど、でも―――それを素直に受け取っていいんだって、思えたから。

初めて…誰かに本音を話せたような気がする。


「あ、戻ってきたー。緋月ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよ!初めての出来事にちょっと疲れただけー」


散々泣いて、本音も話して。何だかスッキリしたような気がします。多分。
黒鋼くんには迷惑かけちゃったけど…謝っても「気にするな」って言われるから、気にしないことにしよう。
…今度、何かお礼でもしようかな。


「それでねー2人とも。織葉さんが新種の鬼児のこと話してくれるって」
「そっか…織葉さんが目撃者でしたねぇ」
「ええ、一応。あ、ニャンコちゃんも何か飲む?コレとかオススメよ」


織葉さんが持っていたカクテルグラスに注がれていたのは、綺麗な緑色のお酒。名前は「四葉」っていうみたい。
透き通るみたいで…本当に綺麗な色。カルディナさんってすごいなぁ…。
仕事中ではあるけど、せっかく勧められたし…1杯くらいなら。
いただきます、と断りをいれて一口飲んでみれば。


「わ…美味しい…!」
「喜んでもらえたようで」
「ふふっそれじゃ、話を元に戻しましょうか。桜都国の鬼児は、鬼児狩りが誤って一般市民を傷つけてしまわぬように、みな異形なの。でもね…あの鬼児は人の形をしていたのよ。それはそれは美しい男の子の姿だったわ」


美しい男の子の姿をした、鬼児。
そっか、だから新種の鬼児と呼ばれているのね。今までの鬼児と違って、異形の姿ではなかったから。

…でも何なんだろ、この違和感。織葉さんの話におかしな点はなかった、と思う。でも何か気に掛かる。
何か―――――ヘンだ。


「私が知っているのはそれだけよ。欲しい情報は得られたかしら?」
「はいー。ありがとうございましたー」
「そういえばファイくん、お店は?お休みにしたの?」
「んーん。小狼くんとサクラちゃんに店番してもらってるんだー」
「お店?兄ちゃんも何かお店やってるん?」
「うん、まだ始めたばかりだけど喫茶店をねー」
「あら素敵。何て名前のお店なの?」


そこでハタ、と気がついた。お店は少し前にオープンしたけど、名前を決めてない…!
織葉さんに聞かれるまで、全く疑問にすら思わなかったよ。そんなこと考えようともしていなかったもんねぇ。


「まだ名前決まってないんですよー」
「考えることもしてなかったやー。明日にでも皆で考えよっか」
「うん」
「…おい、女。まだ仕事あんのか?」
「あるよー、閉店までまだありますから。2人はもう帰るの?」
「そうだね。お店気になるしー、聞きたかったお話も聞けたからねぇ。もう少し飲みたい気もするけど」
「それなら何本か買ってったらどうや?オススメ選んだるよ」
「本当ー?じゃあ、お願いしようかなぁ」


カルディナさんと一緒に、楽しそうにお酒を選び始めたファイくん。飲んでる所を見たことがなかったけど、もしかしてお酒好きなのかなぁ?
…お店に戻ったら、皆で飲むんだろうか。それ、ちょっと羨ましいかも。
この「四葉」ってお酒もすごく飲みやすくて美味しいし、僕ももっと飲んでみたい。普段はあんまり飲む機会もなかったしさ。


「お前…帰り、大丈夫なのか?1人で」
「うん?大丈夫だと思うよー」
「あ、そっかぁ。緋月ちゃん帰りは1人なんだもんね…黒わんこ置いていこうか?」
「その足じゃ、キミ自力で歩けないでしょーが」
「今日は初日だし、もう上がっても大丈夫よ。綺麗な声も聞かせてもらったしね」
「え、でも…」
「明日からまた頑張ってもらうことだしー、今日はゆっくり休み?初めてのことだったみたいやし、疲れたやろ」


疲れていたのは事実だけれど…何だか申し訳ない気分になる。
でも2人共、にっこりと笑って大丈夫だと頷くから、お言葉にあまえさせてもらうことにしました。


「また明日なーにゃんちゃん!」
「明日からもよろしくね。今日はお疲れ様」
「はい!また…明日」
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