02
―――皆で飲み始めてすぐ、僕は宛がわれている部屋にいた。
少しだけ…話がしたい人がいて、断りをいれて少しだけ抜けさせてもらったの。用事が済めば、また戻るつもりだしね。
ベッドに腰掛けて、指に魔力を溜めて円を描けば。何もない空間に映し出される、あの人の映像。
『あら、久しぶりね?緋月』
「お久しぶりです、侑子さん。お変わりないですか」
『えぇ、元気に毎日飲みまくってるわよー!…貴方は…少し心境の変化があったみたいね』
「え……」
『少し、ほんの少しだけれど…表情が明るくなったようよ?』
「そう、ですか…?」
『少なくともあたしはそう感じたわ。心当たりもあるんじゃないかしら』
「……はい。本音を少し、話せる人が出来ました」
『そう。良い変化だったのね』
「まだわからないですけど、悪くはないのかもって思います」
良いのか悪いのか、それはまだ本当にわからない。
でも、それでも僕の中で何かが変わっているような気がするのは、事実だ。
あれ程、僕自身を蝕んでいた罪も…忘れたわけではないけど、少しだけ和らいだような感じ。笑うことに躊躇いがあったのも、微かに薄れていっている。
まだ時間が許すのなら、もう少しこの場所にいたいと思う。
もっと皆の傍で、色んなことに触れたり、経験していきたいって…思い始めてる。
『その変化は大切なもの…失わないようにね』
「頑張って、みます。出来る限り」
『……最後に選択するのは、貴方自身なの。緋月のしたいように、思うように進みなさい。今はまだ、わからなくても』
「…はい」
『それじゃ、また何かあったら連絡してきなさいな』
コクリと頷けば、フッと侑子さんの姿が消えた。
「僕の、したいように……」
考えてみても、僕自身のしたいことはわからないんだ…だって、僕の願いはずっと「殺してもらうこと」だから。
それ以外には何も望んでいないはずだった。望んではいけなかった。
のらりくらりと、流れに身を任せて生きてきて…核心からは目をそらし続けて、逃げ続けて。
今回の旅も、そうやっていくつもりだったの。
笑いの仮面を被っていれば、誰にも悟られはしないから。そう…思っていたのに。
踏み越えるように、壊すように入り込んできたのは…黒鋼くんだった。
無理矢理に聞きだそうとしている感じはしない。むしろ、興味がないというような態度。それなのに…気がついたら、目の前にいる。
仮面で隠しているはずの僕の前に、彼は立っているんだ―――いつの間にか。
少しずつ、少しずつ…深い底にいる僕を、掬い上げてくれる。
「どうしてだろうね…?気がつくと、キミのことを考えてるんだ…黒鋼くん」
ポスンとベッドに体を横たえて、そっと瞳を閉じる。
―――あぁ、このまま眠ってしまいそう…とか思い始めた時。このシリアスな感じをぶっ壊してくれる声が、下から響いてきた。
「今の、おっきいワンコの声よね…ただ飲んでるだけのはずなのに、何でっかい声出してるんだか」
はぁ、と溜息を1つ吐いて、考え込み始めていた頭を切り替える。
今は自分の思考に没頭するより、何かが起きてる1階へ降りて状況を把握した方が良さそうだしね。
扉を開けて廊下へ出てみれば、1階から聞こえるバタバタと走る音。
……え、本当に何事?飲んでるはずなのに、走る音が聞こえるっておかしいでしょ。
よくわからないまま、下へ下りていってお店へと繋がる扉を開けて―――僕は一瞬で降りてきたことを、後悔した。
「にゃー♪」
「にゃーん♪」
「こう握って、こうして…次はどうすればいいですか?」
「な…何、コレ…」
「女っ!そこの姫をとっ捕まえろ!!!」
「はっ?!」
「緋月ちゃんだー♪」
―――ぎゅうっ
「ひ、姫さん…酔っ払ってるのね」
「にゃーん♪」
「はいはい…さ、姫さん?部屋戻ろうねー」
まだにゃーにゃー言ってるけど、手をギュッと繋いであげれば大人しく着いてきてくれた。
ファイくんは楽しそうに、いまだに黒鋼くんから逃げ回っている。小狼くんは壁に向かって何か話してる。…おたまを持って。
これは時間がかかりそうだなーと思いながら、さっき下りて来たばっかりの階段を姫さんを連れてまた上っていった。
―――ザー…カチャカチャ…
姫さんを部屋に連れて行って、ベッドに寝かせた後。僕はお皿やグラスの片づけをしていた。
だって、小狼くんも姫さんもファイくんも…全員酔いつぶれて寝ちゃったわけだし。
黒鋼くんは最後まで逃げ回っていたファイくんを、部屋に連れて行ってる最中。あと小狼くんも抱えていってたな。
「それにしてもー…皆、酔うとあんな感じになるんだなぁ」
見ている分には、ものすごく面白い。にゃーにゃー鳴く姫さんとファイくん。そしてモコ。おたまを刀と間違えていた小狼くん。今までに見たことのない酔い方だったもの。
…てか、侑子さんって酒豪っぽい感じなんだけど、モコは弱いんだな。強いかと思ってたのに。
黒鋼くんは思ってた通り、お酒に強いみたい。全然酔ってなかったし。
まぁ、皆があんな状態じゃ酔うに酔えないと思うけど。
―――キュッ
「よっし。大体、終わったかな」
ほとんどは綺麗に食べてくれたらしい、僕が作った料理。残っていた分は1枚のお皿にまとめて、大皿は片付け終了!
グラスは…僕と黒鋼くんの分だけ残してみた。あの人は「飲み足りない」って言いそうだし、僕もほとんど飲んでないから。おつまみも少しはあるしねー。
―――ガチャッ
「ったく…何なんだ、あの野郎は…」
「お疲れ様、黒鋼くん。2人共、寝た?」
「あぁ。布団に投げ捨ててきた」
「あははっ3人共、明日二日酔いにならないといいけどねー?」
「もう面倒見切れねぇ。…お前はまだ寝ないのか」
「だって、ほとんど飲んでないし。キミも飲み直すでしょ?静かになったし…だから付き合おうかなーって」
「…確かに飲み直すつもりだったが」
その言葉ににっこりと笑顔を浮かべて、新しい氷を出す為にカウンターに立つ。お酒はどうしようかなー…。
カチャカチャと用意をしながら、黒鋼くんに視線を向ければ。まだ扉付近で立ちっ放しだった。
…何、してるのかな?
「何してんのさ。座ったら?」
「おう」
「お腹は空いてる?まだ少しなら残ってるけど」
「いや、いい。さっき食ったからな」
「そう。じゃあ、僕もらおうかな」
コトリ、と黒鋼くんの前に氷とお酒を注いだグラスを置く。
僕も座ろうかと思ったけど、何となく動くのが面倒で…立ったまま、グラスに口をつけた。
…あ、このお酒美味しい。すっごい飲みやすいし、さすがカルディナさんオススメのお酒だね。これだったら何杯でもイケちゃいそう。
「お前は座らねぇのか」
「んー?何か移動するのも面倒だし、どうせ片付けもしなきゃいけないからさ。それとも、目の前で飲まれるのイヤ?」
「別に嫌ではねぇが…」
「ふぅん?まぁ、いいけど。……あ、お店では急に泣いちゃってごめんねー?」
「構わねぇ。酒場でもそう言っただろ」
「ふふっうん、言われた。じゃあ…ありがとう、かな?話を聞いてくれて」
嬉しかった、から。
彼にとってはただの気まぐれだったとしても、僕は少し楽になったからさ。前向きになってみようかな、っていう気になれたの。
今まで殺してもらうことしか考えてなかったし、今でもその気持ちは消えていないけれど。
…もう少し、此処で生きてみようかと思う。いつかは、消えてしまうだろうけど。
「……僕、さ?たくさん、命を奪ってきたんだ。その中で一度だけ。奪ってしまったことを、後悔してる命がある。綺麗事だろうし、ただの偽善だとは思ってるんだけど。後悔が消えないんだ。
罪も、穢れたこの身体も、血で真っ赤になった両手も…何も消えはしないから。全てが、ずっと追いかけてくる。
許されることなんて、ないんだからね。だから…ずっと、僕は幸せになんかなっちゃいけない。何かを望んじゃいけないんだって思ってた」
グイッと一気に飲み干したお酒。グラスに残った氷が、カランッと音を立てる。
お互いに何も喋らず、ただ時を刻む時計の音だけが響いていた。
「…今は」
「うん?」
「今はどうなんだ」
「黒鋼くんと話して、それは少し違うのかなぁって思った。忘れることは出来ないし、しないけど…前を向くことをしないのは、良いことじゃないよねって」
「なら、進歩だな」
「…そうだと、いいんだけど」
僕の願いは、"キミ"に『殺してもらう』こと。
それはきっと、ずっと変わらないんだと思うんだ。いつまで経っても。報いは、受けるべきだから。
だけど、それを叶えるのはもう少し後でもいいかなぁ?
まだ―――共にいたいと、思うから。
あの子の、ううん…あの子達の願いが叶うのを、見届けたい。だからまだ、此処にいたい。