03


「ん……」


…朝?僕、いつの間に眠っちゃったんだろう。
昨夜は確か、結構遅くまで黒鋼くんと飲んでてー…時々、話をしてた所までは覚えているんだけど。
いつ自分が部屋に戻ってきて、いつ眠ったのかまでは…どんなに頭をフル回転させても思い出せん。記憶飛ばすほど、僕飲んでないはずなんだけどねぇ。

ま、いいや。とりあえず起きよう。まだ早い時間みたいだけど、目も覚めちゃったし。うーんと、思いきり伸びをしてベッドから下りようとしたら…

―――ドッターンッ!

何かに躓いて、ベッドから落ちました。ついでに顔面、強打。


「〜〜〜〜〜い…っ!!!」
「何やってんだ、てめぇ」
「………へ?」


此処は、僕に宛がわれてる部屋のはずだよね?ってことは当然、今此処には僕しかいないはずだよね?でも今確実に、僕以外のひっくーい声音がしたと思うんだけど。

ぶつけたおでこをさすりながら、今し方落ちたベッドを見れば…若干、眉間にシワを寄せた表情の黒鋼くんがこっちを覗き込んでいた。
…どういうこと?何で彼が此処にいるの?


「お前…昨夜のこと、覚えてねぇのか?」
「お酒飲んで、話をしてた所までは覚えてるんだけど…その後がさっぱり」


うーーーーん、と再び頭をフル回転させてみる。すると、薄っすらと蘇ってくる記憶。
最初はカウンターで飲んでたんだけど、さすがに立って飲むのも疲れたからソファに移動してー…それから。……それから?


「おい、眠いなら部屋で寝ろ」
「んー…」
「そこで寝ると、明日体痛くなるぞ」
「わかってはいるんだけどー……ちょっと飲みすぎたかなぁ…もー眠くて、眠くて…」


あ、そうだそうだ。あんまりにも眠くて仕方なくて、そのままソファで寝そうになってたんだ。
それで見かねた黒鋼くんが僕を抱き上げて、部屋に運んでくれた…んだよね?確か。うん。


「ありがとー、黒鋼くん…ごめんねぇ…」
「あいつらみてぇに悪酔いしてねぇだけ、まだマシだ。おら、もう寝ちまえ。…眠ぃんだろ?」
「う、ん……黒鋼くんも一緒に寝よー…」
「は?!」
「…ね?いっしょ、に……」


回想、終了。
ここからはどう頑張っても思い出せない。多分、寝たんだろうね。
どうやら僕は、黒鋼くんの服の裾を掴んだまま…夢の世界へと飛び立ったようです。そして朝まで爆睡していた、と。


「何それ!恥ずかしいじゃん、僕!!!」
「今更かよ…」
「あーもー…何してんだろ。ごめんよ、黒鋼くん…寝づらかったでしょ?」
「このくらい何ともねぇよ」


くあ、と大きな欠伸を1つ。全く眠っていなかったわけじゃ…ないみたい。
けど、わざわざ律儀に此処で寝なくても…無理矢理に手を離させて、自分の部屋に戻ることも出来たはずなのに。
それなのに此処で寝てくれてた。…本当に見た目に反して、優しい人だよね。
何だか、嬉しいな。そんな黒鋼くんの優しさが。

―――変なの。少し前まで、人の優しさが痛くて仕方なかったのに。
今はそれを嬉しいと、感じることが出来る。胸があの時程は、痛むことがなくて。
ちょっとずつ、変わっているんだろうか?僕は。


「…腹減った。メシにするか」
「あ、じゃあ僕が作るよ。まだ早いから、きっとファイくんも起きてないだろうし」
「あれだけ飲めばな。お前は平気なのか?」
「うん、全然ー。結構飲んだとは思うけど、大丈夫だねぇ」


さーて、朝ご飯は何にしようかなぁ。
ファイくんが作ってくれるご飯も美味しいけど、甘いからきっと黒鋼くんは嫌がるよね。
…たまには、彼が好きそうな物でも作ってみようかな。材料ならいっぱいあるし。挑戦するのもアリ、だよね?

時計を見て時間を確認してみれば、いつも起きる時間よりも2時間くらい早かった。休んだのも結構、遅い時間だと思うんだけどなぁ…起きれるもんだね。


「すぐご飯作るから、座って待っててね。コーヒー飲む?」
「あぁ、もらう」


戸棚から恐らくファイくんが挽いたであろう、コーヒーの粉末を取り出して。
彼が淹れていた手順を頭の中に思い浮かべながら、コーヒーメーカーと呼ばれるソレを操作してみる。
…あ、これ勝手にドリップしてくれるんだ。便利かも。
僕はコーヒーが苦手だから(香りは好きなんだけどさ)、時々しか淹れないんだけど…結構面倒なんだよねードリップは。失敗すると美味しくないコーヒーになっちゃうから。


「…いい香りだな」
「え?…あ、コーヒー?そうだね、確かにいい香り。ファイくんがこだわって買ってきた豆を挽いてるらしいから」
「喫茶店だしな、此処」
「ふふっうん。紅茶もコーヒーも、こだわってるんだろうねぇ」


コーヒーを淹れてから、黒鋼くんに教わりながら彼の国の料理…和食、というものを作ってみることにした。
ジェイド国で食事した時に思ったんだけど、黒鋼くんって洋食が苦手みたいだから。…フォークやスプーンの使い方がね、独特なんです。
見てる分にはとても面白いのだけれど、ちょっと可哀想かなって思ってさ。
それに旅に出てからかなりの時が経ってるはずで…そろそろ故郷の料理が恋しくなる頃かなって思う。
皆の口に合うかどうかはわからないけどね?彼以外は和食を知らないみたいだし。


「黒鋼くんがいた国ではこういうのを食べてたの?」
「あ?あぁ、大体そうだな」
「へぇ…やっぱり文化が全然違うのね。ファイくんが作る料理とは全然違う」


四苦八苦しながら作ってみた、煮物というもの。
味付けをして、味見をしてみれば…あっさりしてるんだけど、仄かに甘い感じがして美味しい。これ、野菜の甘みなのかなぁ?
煮物の他にも、卵焼きを作ってみました!作り方はオムレツみたいに巻いてくだけだったから、意外と簡単。
本当はあと味噌汁ってものがあるといいんだ、って黒鋼くんは言ってたんだけど。此処にはその料理に使う、味噌とやらがないので断念。
僕もそれがどんな物なのか興味があったけど、材料がないんじゃ仕方ないもんね。苦労はしたけど、何とか完成。
教えてくれた黒鋼くんに味見もしてもらって、合格点をもらうことが出来ましたー。
良かった…不味かったらどうしようって、内心ドキドキだったのよね。


「あー!緋月と黒鋼、もう起きてるー!はやーいっ」
「おはようございます!」
「おはよ、姫さんにモコ。体調は大丈夫?」
「うん、元気だよ!寝坊もしなかったし」
「お…おはようございます…」
「おはよう、小狼くん。水でも飲む?」
「あ…はい…」


元気に起きてきた姫さんとモコとは対照的に、頭を抱えてよろよろと2階から下りて来た小狼くん。
昨日飲んだお酒で二日酔いなのね、きっと。頭も痛いみたいだし。
コップに1杯水を汲んで姫さんに持っていってあげるよう頼めば、心配そうに彼に近寄って水を渡していた。
…ご飯、食べられるかな?小狼くん。あまり具合が良くないなら、無理に食べるのも良くないしねぇ。


「彼以上に飲んでたファイくんは、もっとひどい有様かなぁ…はい、朝ご飯」
「自業自得だろ。止めても飲み続けやがって…」
「まぁ、否定はしないけどさ。姫さん、朝ご飯作ったから食べてねー」
「わ!これ、緋月ちゃんが作ったの?すごく美味しそう!ねっ小狼くん」
「そうですね、本当に美味しそうです」
「…食べられそう?きつかったら別に作るけど」
「大丈夫です、せっかく緋月さんが作ってくれた朝ご飯ですし」
「じゃあ、食べやすそうな煮物と卵焼きだけどうぞ?」
「ありがとうございます。いただきます」


それぞれに朝ご飯を用意すれば、口に合ったのか箸が進んでるようで少しホッとした。
黒鋼くんには合格点をもらったけど、皆の口に合うかどうかまではわからないし。それに…自分が作った物を「美味しい」って笑顔で言ってもらえると、すごく嬉しい気持ちになる。
昨日の夜もそうだったな…一口食べて、美味しいって笑ってくれた。
小狼くんも、姫さんも、ファイくんも、モコも、笑ってはくれなかったけど黒鋼くんも美味しいとは言ってくれたし。

些細なことかもしれないけれど、こんな風に感じることが出来るようになってるのは―――進歩、なのかな。


「ファイさんの作るご飯も美味しいけど、緋月ちゃんの作るご飯もとっても美味しい!」
「初めて食べる料理ですけど、すごく美味しいです。緋月さんがいる国の料理なんですか?」
「ううんー。これは黒鋼くんの国の料理。教えてもらいながら、初めて作ってみたんだよ」
「初めてで、知らない料理なのにこんなに美味しく作れるなんてすごいね!」
「やっぱり緋月は料理上手なのー!黒鋼も完食してるー」
「…ふん」


黒鋼くんのお皿を見てみれば、モコの言う通り綺麗になっていた。
さっき味見してもらって「不味い」とは言われなかったけど、こうやって綺麗になったお皿を見ると…美味しかったのかなって思える。尚更、安心できる。


「ごちそう様でした!」
「美味しかったー!」
「ごちそう様でした。すごく美味しかったです」
「ふふっお粗末さまでした」


皆が朝ご飯を食べ終わっても、ファイくんは起きてくる気配がなかった。
まだ寝てるのかな?それとも具合が悪くて起き上がれないのかな?…それだと少し、心配なんだけれど。
様子を見に行きたいと思うんだけど、ただ寝ているだけだったら起こしてしまうのも嫌だし。
もうしばらくそっとしておこう。


「そういえば、今日2人の予定は?」
「剣を、買いに行こうと思って」
「え、剣?どうして?」
「実は―――――…」


昨日、僕が部屋で侑子さんと話をしていた時。小狼くんが黒鋼くんに頼んだんだって、剣を教えて欲しいと。
この国の鬼児は、「ロの段階以上」だと武器でないと倒せない。けれど、小狼くんの戦闘方法は体術。蹴りが主。
彼の蹴りは確かにすごい。スピードもあるし、威力もあると思う。でもそれが通じるのは、段階の低い鬼児まで。
それ以上の鬼児には全く効かなくなるから、倒すことが出来ないんだ。

今はまだ、大怪我をせずに済んでいるけれど…ずっとそうだという保障はないから。
動けなくなるような怪我をするかもしれないし、下手すれば命を落としかねない。…小狼くんは、死ぬわけにいかないもんね?羽根を全て取り戻すまでは。
だからこそ、望んだ。使ったことのない剣を、教えてもらおうと。生きて、やると決めたことをやる為に。


「俺もちょうど剣が欲しかった所だしな」
「…僕も行っていい?」
「構わねぇが…お前も買うのか?」
「うん。補佐とはいえ、一応鬼児狩りであることには変わりないからね。武器があった方がいいでしょう」


魔法は効いたけど、愛用の銃が鬼児に効くのかはまだわからない。
それで倒せるのなら何も問題はないけれど、倒せなかった時は―――命がなくなっているから。
なら、その可能性を出来る限り低くする他ないんだよね。
剣なり、棒なり…鬼児狩り用の武器を1つ持っていれば、とりあえず死ぬ心配は低くなるし。


「緋月さんも剣を使えるんですか?」
「うん?少しならねー。黒鋼くんみたいに強くはないけど、戦えるくらいには」
「そうなんですか…すごいです」
「魔法も使えて、剣も使えて、体術も使える緋月は、モコナみたいに無敵なのーねっサクラ!」
「うん、すごいよね緋月ちゃん」


そんなキラキラした笑顔で言われると、結構恥ずかしいんだけどなぁ(照)
キラキラした瞳でこっちを見ている、小狼くんと姫さん。その隣で「何が無敵だー!」ってじゃれ合いをしている、黒鋼くんとモコ。

何でもない、いつもの風景。
ずっと昔から此処に、この人達と…一緒にいたかのような錯覚。…つい最近、それぞれ違う願いを抱いて集まった僕達なのにねぇ?変なの。


「(平和、だね。今日も)」
「おい、女。用意が出来たら出かけるぞ。メシは食ったのか?」
「え?…………あ。」
「えっ食べてないの?!ダメだよ、ちゃんと食べなきゃ!」
「いや、でももう出かけるし…っていうか、自分の分を作り忘れちゃったみたいで」


まだ眠っている(ハズ)ファイくんの分まで作ってるのに、何故か自分の分は作り忘れちゃったみたい。
寝ぼけてたわけではないんだけどー…バカだな、僕。


「でも何かお腹にいれておかないと、体に良くないよー?」
「モコナの言う通りです。何か作って食べてから、出かけましょう」
「…わかった。そうするよ」


んー…でも何を作ろうかな?僕1人分だし、そんなに凝った物じゃなくていいんだよね。
冷蔵庫に残っているもので考えようと思って、振り返れば。黒鋼くんが、珍しくカウンターの中に入ってきた。
ファイくんの分とは別に、残ってしまっていたお米というもの。(あ、これは炊いたやつだから"ご飯"って教えてもらったっけ)
ボウルに移してあったそのご飯をじっと見つめて、手をわずかに濡らしたと思えば。おもむろに熱そうなご飯を手の平に乗っけましたよ、この人。
…んで、握り始めた。何を、してるのかなぁ。


「え、何してんの?」
「どうせてめぇだけの分だと、作るのが面倒なんだろ?これ食っとけ。おにぎりってやつだ」
「あ、ありがと……」


形が歪なおにぎりというものを、恐る恐る一口食べてみれば。程よく塩がきいていて美味しかった。


「…美味しい(むぐむぐ)」
「そうか」


ただ握っただけで、味つけも塩のみのシンプルなもの。
でも…美味しい。今度、僕も作ってみよう。


「緋月食べたー!」
「朝ご飯作ってもらったし、片付けはわたしがやっておくね」
「え、いいの?」
「もちろん!出来ることは手伝わせて。…ね?」
「じゃあ…お願いしちゃう。ファイくんのご飯も作っておいたから、食欲ありそうだったら用意してあげてくれるかな?」
「うん、わかった」


黒鋼くんの作ってくれたおにぎりって物を食べて、僕達は剣を買いに出かけることにした。
姫さん1人に片づけを頼んでしまうのは、ものすごく心苦しいけど…料理作るのに使った器具はもう洗ってあるし、大丈夫だよね。
それに何より、姫さん自身が「やりたい」と言ってくれたんだし。モコも傍にいるし、心配することもないか。


「じゃあ、出かけてきますね。姫、モコナ」
「いってらっしゃい!小狼くんも、緋月ちゃんも、黒鋼さんも気をつけてね」
「はい、いってきます」
「いってくるねー姫さん!モコ、2人のことよろしくね」
「はーい」
「じゃあな」


さーてと、剣の取り扱いがあるお店はどう行けばいいのかなぁ?小狼くんが地図を広げて道を見てるから、市役所の人にでも教えてもらったのかも。
彼の後をついていけば、いつの間にやら大通りに出ていた。
…あんまり周りを見ながら歩いていなかったけど、見たことのない物がいっぱいあるんだなぁ。
例えば、道を走る機械…みたいな大きなモノ。モコが「車っていうんだよー」って教えてくれたけど、僕達誰一人ソレを知らなかったんだよねぇ。
侑子さん達が暮らしている世界では、至極当たり前のモノらしいんだけど。


―――ブロロロロロ…
―――パッパー!

「うっ!」
「小狼くん?頭、痛いの?」
「何か…音が頭に響くみたいで…」
「完全に二日酔いみたいだねぇ」
「お前ら3人は、もう当分飲むな!」
「は…はい」


ふふっきっと、昨日の惨状を思い出してるんだろうな。
全員を部屋に押し込むまで、苦労してたからねー黒鋼くんは。特にファイくんに。にゃーにゃー♪逃げてたから。


「あ、此処かな?」
「あ、はい。そうですね」


『長庵』…それがこのお店の名前みたい。建物もずいぶん昔からあるんだろうな…年季が入ってると言うか、何と言うか。
うんと、昔ながらのお店って感じがする。目利きのすごい人が、店主なんだろう。きっと。
先に中へと入っていった2人を追いかければ、お店の奥に1人のご老人が杖を抱えて座っていた。


「剣が欲しい」
「お前さんのかね」
「と、こいつらだ」
「正式登録している鬼児狩りかね」
「僕は正式ではなく、補佐ですが…構いませんか?」
「構わんよ。補佐でも、鬼児狩りには変わらんからね。して、そっちの2人は?」
「あ、鬼児狩りです。あの、名前は……」


困ったように名前を名乗ろうとする小狼くんを、ご店主はスッと手で遮った。まるで必要ない、とでも…言うように。
そして、1本の剣を黒鋼くんに差し出した。
『蒼氷』という名の、長剣。スラッと伸びる長い刀身は、背の高い彼にピッタリだった。

…この商売が長いんだ。
名前を名乗らなくても、何も聞かなくても、その人が求めているものを差し出せる。


「さて、そっちの…剣を使った経験はないな」
「はい」
「しかし、その瞳に炎を宿しておる。サンユン、あれを」
「はい、ただいま」


パタパタと何か布を巻いたモノを持って、更に奥から走ってきた少年。
それが小狼くんに合う剣なのかな?


「正義くん?!」
「あ、小狼くん叫ぶと頭に……」
「ひ、響きました…」
「あー、やっぱりね。てか、この子と知り合いなの?」
「え?え?」
「い…いえ、すみません」


頭を抑えながらも間違えた、と謝る小狼くんに布に巻かれたモノを差し出すご店主。
布を解いて出てきたのは…とても綺麗な装飾が施された剣。

気難しいというこの刀の名は『緋炎』。

扱うのは大変みたいだけど、小狼くんには合ってると思う。…炎の剣だから。
…本当にすごいご店主だなぁ。
黒鋼くんの剣も、小狼くんの剣もあっという間にピッタリなものを選んでしまったし。


「さて、最後はお嬢さんだ。…剣の心得があるね」
「多少、ですけど」
「ふむ。お前さんにはこれがよかろう」
「…わ、綺麗…」


差し出されたのは淡い赤と紫で着色され、一輪の桜の花と一匹の蝶が描かれた剣。
手に持ってみれば、何て言えばいいのかな…上手く言葉に出来ないけれど、すごい"気"のようなものを感じる。
…すごいものなんだなって、肌で感じることが出来るくらい。


「その剣の名は『紅紫蝶』。色々と曰の多い剣だが、お前さんなら上手く扱えるじゃろうて」
「曰の多い、剣……」
「じゃ、支払いをさくっとな。先に言っとくが、値引きは一園もナシじゃ」
「お買い上げありがとうございます」
「って、早速かよ!!」
「あはは。商売だからねぇ、ご店主も」


…この子、どんな曰があったのだろう。
呪いとか―――そういう負の波動は感じないけれど、何かあったから曰つきの剣になったんだろうね。
そもそも呪われていたら、そんな大変な剣を売りつけたりしないか。気にはなるけどー…まずは、この子に慣れていくことから始めないとね。


「本当に全くマケねぇし!」
「そりゃそうでしょうが。こういうものは…マケないよ、絶対に」
「でも、おれは刀剣には詳しくありませんが、これがすごい剣だってことはわかります」
「ああ。だからこの剣は」


そう言うや否や、小狼くんの手から剣を奪い、紐をぐるぐると巻きつけていった。
鞘から抜くことが出来ないように、きつく…きつく縛る。時が来るまで、鞘から抜くな…と。
小狼くんは剣を扱ったことがないから、今の彼のままでは剣を扱いきることは難しい。下手をすれば…大切な人を奪ってしまう可能性だってあるんだ。


「刃物はな、相手を選ばねぇ。使い手が未熟なら、その未熟な切っ先のまま、斬る必要のないものまで斬っちまう。
例えば己自身、例えば守るべきもの。お前が斬るべきもののみを斬れるようになるまで、それは解くな」
「はい」


刃物は…怖いものだから。全てを斬ることができるし、何も斬らないこともできる。それは全て、使い手の心…そして力次第。
上手く通い合えれば、きっと黒鋼くんの言うように「斬るべきもののみ」を斬ることが出来るんだと思う。
…僕も…もう一度、きちんと修行し直す必要があるかもなぁ。
大切だと思えるようになった人達を、傷つけることのないように。


「(護りたいと…思うから。強くなりたい、もっと)」
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