新種の鬼児
―――桜都国に来て、数日が経った。
今日も今日とて、仕事や訓練に励む日々なのでございます。
―――サワサワ…
此処はとある公園。心地良い風が吹く中、池の真ん中に1人の少年が佇んでいる。
―――ビュッ
あらゆる方向から飛んでくる何か。少年はそれをいとも簡単に避け、素早い動きで粉砕していく。…だが。
―――スコーン
「あや。ちょっと遅かったねー気がつくの」
「…やっぱりな。お前、左右で反応の釣り合いが取れてねぇ」
「右目側がどうしても…」
「違うよ。…その逆」
「え?」
「女の言う通りだ」
小狼くんは確かに、右からの攻撃への反応が遅れがち。
でも、見えていない右目側は「気配」だけを察知して動いてるから、時々…見える以上の速さで攻撃に反応出来てるの。高麗国に着いた時に見せた、蹴りの速さのようにね。
「しかし、見える左側は違う。見えてる分だけ、視覚に頼りすぎてる」
―――ザバッ
「はい、タオル。服の替えはないけど、髪くらいは拭いておいたら?」
「ありがとうございます、緋月さん」
「小僧、渡したあれ出せ」
「はい」
小狼くんがポケットから出したのは、1枚の白い布。何に使うんだろ、布なんて…。
頭に?を浮かべながらも2人の話しに耳を傾けていると、さっきの布は目隠しに使うみたい。目隠しをして、店まで帰るという鍛錬なんだって。
見える前に反応出来るけど、時々でしかない右。
見えてからしか反応出来ない左。
だったら「どっちも必ず、見る前に反応出来るように」するしかない。
…これが黒鋼くんが考え出した結論のようです。うん。まぁ、理屈はよくわかるけど。
「途中、休んでもいい。誰かに道を聞いてもいい。けどな、目隠しは取るな。あとこいつはずっと抱えとけ。今まで素手で戦ってたんだ。まず、剣を持つってことに慣れろ」
「わかりました」
「…行くぞ、女」
「はいはーい」
「あ、黒鋼さん!」
「何だ」
彼の鍛錬の邪魔をしないように、僕達は此処から立ち去るつもりだったんだけど…小狼くんに呼び止められた。
振り向いて次の言葉を待ってみれば、おもむろにポケットから取り出した札
。そして紡がれたのは―――ファイくんに帰り、小麦粉を買って来てくれと頼まれていたということ。
…あぁ、小麦粉って重いものね。足を怪我してる彼じゃ、持って帰るのは厳しいものがある。
怪我してなくても運ぶのは大変そうなのに。
「使いっぱかよ!!」
「いいじゃない、そのくらい。キミ力あるでしょー?」
「…てめぇも付き合えよ」
「残念でした。僕はこの後、仕事があるの」
それも今日はまた、歌を歌わなきゃいけない日。
早めに行って、衣装の準備とかその他諸々をやっておかないといけないんだよね。歌詞の確認もしておきたいし。
手伝ってあげたいのは、山々なんだけどね。仕事に遅れていくわけにはいかないから。
「じゃあ、僕達は行くね。頑張って、小狼くん」
「はい。黒鋼さん、すみませんがよろしくお願いします」
「何で俺が帰りに市場行って、買い物しなきゃならねぇんだよ!!」
「はいはい、つべこべ言わないのー」
鍛錬をしていた池を離れると、綺麗な淡いピンク色の花が満開に咲いていた。
何ていう花なのかな…風で花びらが舞って、とても幻想的。
「わぁ…綺麗……ね、黒鋼くん。この花って何ていうのかな?」
「多分桜、だろう。俺が知ってる花と同じなら」
「さくら…?キミのいた国にも同じ花が咲いていたの?」
「ああ。春になるとこうやって満開になって、あっという間に散っていく。…それも風情なんだがな」
「毎年、こんな綺麗な花が見れるんだ。…いいなぁ」
あっという間に散ってしまうのはとても悲しいけど、また次の年にも綺麗な花を咲かせてくれるのなら。それを毎年、目にすることが出来るのなら。
散っていく様を見るのも、また一興というものなんだろうな。
でもそっか…黒鋼くんの故郷には、この花と同じ花があるんだ。どんな所かは知らないし、聞いたことがないけど…こんな綺麗な花が咲く所なんだし、とても素敵な国なんだろうね。
「好きか?桜」
「うん…好き、かも。とても綺麗だし、ずっと見ていたくなる」
「―――なら…この旅が終わったら、来るか?日本国に」
「え…?」
「この国にはもう来ることがないだろうからな…だから、見に来るか?同じ花を」
真っ直ぐに見つめてくる紅い瞳。
いつも眉間に寄ってるシワもなくて、瞳の鋭さもない。―――とても優しい、光。
"この旅が終わったら…"
終わりが来たら、きっと僕は此処にいない。
どんな選択をしようと、どんな未来を望もうと、僕は―――いない。
「そうだね……そう、出来たらいいね」
「俺ぁ必ず日本国に帰る。お前を連れて行くことくらい、そう難しいことでもねぇよ」
…違う。違うよ、黒鋼くん。そういう意味じゃないんだよ。僕が言いたいのは。
難しいのは"連れて行く"ことじゃない、"存在する"ことだから。
キミや他の皆のことじゃない…他の誰でもない、僕が存在することが難しいんだ。
だけど、もし…もし、未来を変えることが出来るのならば。行ってみたいな、彼の故郷に。
叶えられることはないであろう、甘い約束だけれど。
「じゃあ、楽しみにしていようかな!その時を」
「おう、そうしろ。…お前はそうやって前を向いていろ」
「あはは。今はそんなに後ろ向きじゃないよー?僕」
「けど、どこかで違うことを考えてるだろう。―――旅の始まりから、ずっと」
「……」
「1つでも先の約束がありゃ、生きたいと思えるようになるんじゃねぇか?」
くしゃりと頭を撫で、すたすたと先を歩き出す黒鋼くん。
わずかに向けられた顔は、柔らかい笑みを…初めて見た!ってくらい、穏やかに笑っていて。…胸がギュウッて苦しくなったんだ。
何でキミはそんなに優しいかな。
今そんな風に穏やかに笑うのは、今そんな風に暖かい言葉をかけるのは…反則だと思うんだ。
「もっと近くにいきたいって、そう…思っちゃうじゃない」
初めて感じるこの感情は、一体何なんだろう?この締め付けられるような、でも甘い胸の痛みは…なぁに?
問い掛けてみても、返ってくる答えはない。
―――カランッ…
「おはよーございまーす」
「あら、ニャンコちゃん!早いじゃない」
「昨日、また歌を歌ってほしいって言われたから、少し早めに来たんです。衣装の準備とかもありますし」
「今日はどんな歌にするん?」
「この前は暗い歌詞だったので、少し…幸せな歌に出来たらなぁって」
「ええやん、ええやん!今から聴けるの楽しみやわ〜」
「私も楽しみだわ」
楽しみにしてもらえるのは、とても嬉しいです。
あんなに暗い歌詞でも、誰かの心に残っていたってことだから。…でも、そんなに楽しみにされるとすごいプレッシャーを感じてしまうのですが。
うう…まだ歌詞出来てないし、頑張って考えなきゃ。
さて!その前に開店の準備をしなくちゃね。
グラスはカルディナさんが磨いてるみたいだし、僕はテーブルの準備でもしようかな。
まず汚れを拭いてー…テーブルクロスって何処に置いてあったかな。
「カルディナさーん、新しいテーブルクロスって何処でしたっけー?」
「えーと…あ、奥の引き出しだったはずや」
「奥ですね、わかりましたー」
「ニャンコちゃん、開店準備は他のスタッフがするから歌の準備をしてきて大丈夫よ?」
「え、でも…」
「歌い終わった後に、また手伝ってもらうから。だから、今は歌のことだけ考えてちょうだいな」
にっこりと言われて、渋々頷いた僕は奥で歌詞を考えることにした。
オーナーの織葉さんにああ言われちゃったら…従うしかないよね。
や、時間をもらえて有り難いなとは、思ってるんだけどさ。準備をせずに裏で、っていうのはどうしても、罪悪感というか何と言うか―――申し訳ない気分。
―――パタン…
控え室になっている扉を閉めれば、そこに広がる静かな空間。
普段は彼らとずっと一緒にいるから、こんなに静かな時間を過ごすことはなくて。…何だか、変な感じ。1人でいることには慣れてたはずなのに。
いつの間にか、僕の中で大きな存在になってるのかなぁ。小狼くん、姫さん、黒鋼くん、ファイくん、モコのことが。
人の気持ちは簡単に変わる。…それは真実。
だけど―――まさか、それを実感することになるとは思わなかった。それも自分の感情で。
「ずっと…必要のないモノだったのにねぇ」
『白詰草』で働くようになって、たまに歌を歌うことになって…自然と紙とペンを持ち歩くようになった。
最初はね、頭の中で考えてたんだけどー…そのまま忘れちゃうことが多くてさ。だったら浮かんだ言葉を、紙に書き留めておこうと思って。
前回は別離の歌だったけど、今回は幸せに思えるような歌を書きたい。
何でかは自分でもわからないけど、書けそうな気がしたから。僕にも。
「(何だか歌詞を考えるのが、楽しくなってきたかも)」
暖かいもの。
柔らかな光。
迷いなき瞳。
揺れない心。
心のどこかで、ずっと望んでいた。焦がれていた。
でも…僕には必要ないって、思い込ませて。奥深くに押し込めて、鍵を掛けたんだ。
それが少しずつ、少しずつ…流れ出てきているんだろうね。暖かい何かで満たされてるんだなっていうのが、よくわかるもの。皆と出会って、こうやって旅をして。
これから先、きっと今までにないくらいの危機があると思う。…それでも。
「一緒に…いられたらいいよね」
誰一人、欠けることなく。
―――結末が予想出来ている僕が願うのは、酷く滑稽だけれど。
それでも願いたいと思ってしまうくらい、とても素敵な人達だから。彼らの幸せを願うくらい…構わないよね?
「よっし!かーんせーい!!」
時計を見れば、時間はもうすぐ夕方6時。ずいぶん集中してたんだな…でも開店までに間に合って良かった。
準備も手伝わずに書かせてもらってたのに、出来上がりませんでしたーなんて…本当に洒落にならない。
今日のステージは、確か織葉さんが7時からで…僕がその後の7時半からだったよね。それまではあの衣装は着なくてもいいか。動きづらいし。
カルディナさんが着ているのと同じ、バーテンダーの服を着て店へと戻ることにした。