02
「すみませーん、『四つ葉』2つお願いします」
「はーい、かしこまりましたー」
開店してすぐ、お店の中は満員に近い状態に。他にも酒場はあるはずなのに、毎日こんな感じなんだよね。
でも人気の理由は何となくわかる。綺麗な歌声を持つ歌姫、織葉さんがいるから。
彼女は僕と違って、毎日此処で歌っているからねー。
これだけ綺麗な声で、綺麗な言葉を紡ぐ人だもの。何度でも聴きたくなっちゃう。
「カルディナさーん!『四つ葉』を2つお願いします」
「はいよ。…あ、にゃんちゃん。もう織葉さんの歌始まってるんやし、着替えておいでな?」
「あ、もうそんな時間か…じゃあ、すいません!ちょっと着替えてきますね」
今日もとても綺麗な歌を奏でている織葉さん。
うーん…歌うのは今回が初めてじゃないけれど、やっぱり緊張するなぁ。織葉さんの後、っていうのが更に。
比べることではないのはよーくわかってるんだけど…気になりますよね。どうしても。
だからと言って、先に歌うのはまた別の意味で緊張しちゃうし。…どうしようもないってことなんだよねーこればっかりは。
初めて歌った時は急だったから、衣装は織葉さんのを借りていたんだけど。その次からは僕専用に準備してくれていたんだよね。衣装を。
用意されたのは、薄いピンクのミニドレス。胸元には細めのリボンがついていて、かなり可愛いのです。裾にはレースもついてるし。
何ていうか、これぞ女の子!って感じの衣装。
「にゃんちゃん、もうすぐ出番やで」
「はい、今行きます」
「せや。前に来たあの兄ちゃんが来とるよ」
「前に来た兄ちゃん?…誰ですか」
「あの背の高いツンツン黒髪の兄ちゃんや。赤い瞳が印象的な」
背が高くて、ツンツンした黒髪に、印象的な赤い瞳。
そして、僕の知り合いといえば。そんなの黒鋼くんしかいませんよねー…。
何で僕が歌う時に限って来るかなぁ?!家に戻ってなかったのか、あの人。
そろりとお店の中を覗いてみれば、確かに前と同じカウンターに彼がいた。誰かと一緒なのかと思ったけど、1人みたい。
織葉さんの歌を聞いてる素振りもなく、お酒を飲んでますけど。
黒鋼くんがいるってだけで、何故か緊張感が増すけど…頑張ってくるしかない、よね。
ステージを下りた織葉さんと入れ替わるように、僕がステージに上がる。此処に来ると、お店全体がよく見渡せる。
カウンターに目を向けてみれば、少し驚いたような表情の彼がこっちを見ていて。それが可笑しくて、緊張が薄れた気がした。
深い闇に沈んだ身体
凍りついた わたしの心
それを引き上げてくれたのは
溶かしてくれたのは キミだった
太陽のようなキミは
暖かい光で わたしを照らしてくれる
穏やかに流れる時間
叶うのならば ずっとこの時間(トキ)が続いてほしい
ずっといらないと思っていた
だけど ずっと焦がれていたの
キミが 大切な人達がずっと幸せであるように
そう ずっと願うから―――…
歌い終わって、ペコリとお辞儀をすればパチパチと拍手が鳴り響く。
いまだにこの瞬間になれなくて、とてもくすぐったい気持ちになるんだけど…やっぱり嬉しい。そんな風に素直に、感じることが出来るようになったんだ。
ねぇ、黒鋼くん。キミのことを想うとね、どうしてかはわからないけど胸(ココ)が暖かくなるの。
…けど、同時に甘い痛みも走る。苦しいけど、でもイヤだって感じない。
キミの傍にいるだけで安心できるの、心地良いの。この気持ちは…一体、何なのかな?
歌い手の衣装から、バーテンダーの服に着替えてお店に戻ってみれば。
まだいるかな、と思っていた望みの人物は、カウンターでお酒を飲んでいた。…織葉さんも一緒に。
―――ズキン…ッ
また、胸が痛い…どうして?ただ黒鋼くんの隣に、織葉さんが座っているだけなのに。ただ何かを話しているだけなのに。
彼だって人間だもの。話くらいするに決まってる。
小狼くんとも、姫さんとも、ファイくんとも、モコ…とは話してるって言うより、じゃれてるって感じだけど。もちろん、僕とだって話をしてくれる。
皆と話しているのを見ても、何も思わないのになぁ。
「自分のことなのに…意味がわからないや…」
「おーい、にゃんちゃーん!こっち来ぃやー」
「あ、はーい!」
走ってカウンターまで行けば、織葉さんににっこりと微笑まれた。
「今日の歌、すっごく良かったわ!温かい歌だった」
「ふふっありがとうございます!そう言ってもらえると嬉しいですよー」
「誰かを、想って作ったのかしら?」
誰、か。
この歌詞を考えていた時にずっと心にあったのは…一緒に旅をしている彼ら。
…でも、本当は―――――
「…さあ?ご想像にお任せしまーす」
「あら。意外と意地悪ね」
―――カタン。
「あ…黒鋼くん、帰るの?」
「ああ。用事は済んだし、市場にもまだ行ってねぇからな」
「そっか。…外までお見送りしますよ、お客様?」
そう言ってにっこりと笑みを浮かべれば、少しだけ眉間にシワを寄せられました。
あらま。何かお気に召さなかったのかなぁ?
この笑顔か。はたまた、「お客様」という言葉か。…彼のことだ。両方っていう確率の方が高いかねぇ?
「そういえば…今日はどうしてお店に?お酒ならまだあったはずなのに…」
「新種の鬼児のことを尋ねに来た」
「ああ…それで織葉さんと話をしていたわけか。でもどうして?」
「新種の鬼児は人の形をしていたんだろう。なのに、何故あの女はそいつが鬼児だとわかったんだ?」
「彼女の、答えは?」
「この国では小競り合いやケンカ以上の、人間同士の諍いは御法度なんだと。けどな、そいつは鬼児を使って鬼児狩りを襲ったんだとよ」
―――成程。彼の言いたいことが、わかった。
「鬼児の仲間は、鬼児…」
「そういうことだ」
「姫さんの羽根が関わってるのかも、ね。その新種の鬼児ってやつ」
鬼児は恐らく、この国の狩りの標的みたいなものなんだと思う。…だから、間違って一般人を鬼児狩りが傷つけてしまわないように異形になっている。
つまり―――意図的に作り出されたモノだということ。
それなら市役所が鬼児の動向を把握しているのも理解できるしね。
けれど、最近鬼児の動向はおかしいらしいし…新種の鬼児が現れた、とくれば。姫さんの羽根が何らかの形で、作用しているものと考えてもおかしくはない。
「…まだ仕事あるのか?」
「え?あ、うん。まだあるよー」
「そうか。……あのよ」
「はい?」
「あー…その、何だ」
?どうしたんだろ、黒鋼くん。
いつもはあんなにハッキリ物事を言う人なのに、今日は歯切れが悪い。こんな彼、見たことないなぁ。
「一体どうしたのさ」
「―――…」
「え?なぁに?」
「だからっ!今回の歌、良かったって言ったんだよ!お前の声…結構、好きだ。また聞かせろ」
「………へ」
顔を真っ赤にして、叫ぶように言い捨てて帰ってしまいましたが…今の、褒められたのよね?
さっきもらった大きな拍手より、今のぶっきらぼうな一言の方が嬉しいなんて。
「うっわ…何、コレ。顔があっつい…!
」
その後、仕事に身が入らなかったのは言うまでもありません…。
「気をつけて帰ってね?ニャンコちゃん」
「知らん人についていったらあかんよ?寄り道せずに真っ直ぐ帰ること!」
「あはは。カルディナさん、お母さんみたいですよー?子供じゃないんですから、大丈夫です」
「ふふっそれもそうね。それじゃ、また今日の夕方にね。お疲れ様」
「ちゃんと休むんやで?じゃ、またな」
「はい。お2人も気をつけて下さいね?お疲れ様でした」
―――真夜中の1時。お店も閉店して、片づけを済ませればいつもこんな時間。
毎日、この時間に1人で帰ってるのに…相変わらずカルディナさんは心配性。
帰り道の心配をされるのが、もう日課みたいになっちゃってるのよねぇ。ま、心配してもらえるのはちょっと嬉しいかな。
自分が確かに此処にいるんだって、実感することが出来るから。
「今日は忙しくて休憩できなかったし…お腹、空いたな」
皆はもう寝てるだろうから、キッチンでガタガタ物音立てるのは嫌だなぁ。
かと言って、何も食べないで寝るってことはこの減り具合じゃ無理そう…でももうどこのお店も閉店してるだろうし。
あー…こんなことなら、織葉さん達に頼んでお店のキッチン借りれば良かったな。
今更思っても、もう遅いんだけど。2人共帰っちゃったし。
それに1人で残るーって言ったら、織葉さんもカルディナさんもお店に残っちゃいそうだものね。
それはそれで大迷惑だ。働いて疲れてるだろうし、もう夜中だしさ。
…んー、仕方ない。静かーにしながら、何か作ろう。もうそれしかないもん。
ごめんね?ファイくん。キッチンと食材、勝手にお借りします。
「もし、何かなくなっちゃう食材があったら買っておかなきゃだよねー…困るかもしれないし」
そんなことをブツブツ呟きながら(傍から見たら怪しいだろうな)歩いていると、フッと何か強い力を感じた。
誰かの魔力?
でもファイくんではないな…この感じは。姫さんの羽根に似た波動も感じるけど―――不確かすぎる。
でも何だろう?この強い力…前にも何処かで感じたことがある気がするんだ。一度だけ。
…ということは、僕が前に会ったことのある人物なのか?だけど、この国で知り合った人の中で魔力を感じた人は、いなかった。
―――トンッ
「こんばんは、良い夜ですね」
―――ドクンッ
「…こんばんは。今日は…綺麗な満月ですから」
―――ドクンッドクンッ
何?コレ―――背中から感じる威圧感…いえ、殺気とでも言えばいいのかしらね?
重圧感が半端じゃない…どんどん鼓動が早くなる。
本能が警鐘を鳴らしている。
こ の 人 は 、 危 険 だ と 。
乱れる呼吸を必死に整えながら、後ろを振り向けば―――満月の光に照らされ、深くフードを被った…1人の男性が立っていた。
そして彼の更に後ろには、無数の鬼児。どれくらいいるかなんて、わからない。むしろ、数えている余裕なんてないくらい…僕は焦ってるみたいだね。
「あ、なたは…誰?」
「初めまして、綺麗なお嬢さん。…けど、名乗るほどの者ではありませんよ」
―――ブアッ
「っ?!!」
「貴方は此処で、死んでしまうんですから」
一斉にこっちに向かってきた鬼児の大群。
…硬直している場合じゃないっ!この場をどうにかしないと、命がなくなる。昼間に購入した剣、そのまま持ち歩いていて正解だったみたい。
「こんなに早く使うことになるとわね…力を貸して頂戴、『紅紫蝶』」
―――ザンッ!
スラッと抜いた刃を一振りすれば。鬼児の大群は吹っ飛んで、霧散した。
さっすが曰付きの剣だわね…威力が半端ないや。下手に扱えば、必要のないものまで斬ってしまいそうだ。
「ほう…なかなかの腕前ですね。なら、尚更…消えて頂かないと」
「ははっそんなのごめんですよ…僕はまだ、死ぬわけにいかないもんで」
ああ、もう。さっきかなりの数を吹っ飛ばしたのに、またウジャウジャ出てきたよーこの鬼児。
これを全部相手にするのは―――無理だ。確実に、やられてしまう。
―――じりっ…
―――ダンッ
「成程。…良い判断ですね」
間合いを取った僕は、ジャンプして建物の上へと逃げた。
そのまま家へ向かって駆け出したけど、追ってくる気配はない。
―――フードを深く被った、強い力を感じる男性…?
…あぁ、思い出した。
『白詰草』での初出勤を終えた帰り道、家の近くで見かけたあの人だ―――――