消失


暗闇に染まる街並みの中を、ただただ走る。
前だけを見て、何かから逃げるように必死に―――『猫の目』まで、あともう少し。


―――バタンッ
―――ズル…ッ

「ハァッハァッハ…ッ」


さすがに此処まで全力疾走で帰ってきたのは、無理があったかな…っ息が苦しい……しばらく休まないと、動けなさそうだわ。
扉に背を預けて呼吸を整えていると、階段を下りてくる2つの足音。
…やっぱり、さっきの乱暴な閉め方じゃ起きてくるよねぇ。悪いことしちゃったかも。


「緋月ちゃん?」
「何かあったのか」
「あはは…ただーいまーぁ…」
「おかえり…大丈夫?顔色があんまり良くないけど…」
「ちょっと、走ったら疲れちゃっただけ…体調は悪くないよ」
「……何があった」


まだ完全には呼吸が整ってなかったけど、2人に簡単にさっきの出来事を説明した。

鬼児を従えていたこと
その姿は、人の形をしていたこと
強い力を持っていること…その鬼児に、襲われて逃げてきたこと

話をしている途中、2人の眉間にシワが僅かに寄った。
あっちも何か、あったってことかなぁ?


「どうかしたの?2人して難しい顔しちゃって…」
「小狼くんが…多分、緋月ちゃんを襲った人と同じ人に会ってる」
「…どういうこと?」


ファイくんが話してくれたのは、昨日の夜のこと。
今ではもうすっかり常連の護刃ちゃんや草薙さん、そして蘇摩さんが来ていて色んな話をしていたんだって。

そしたら、小狼くんと龍王くんが息を切らして帰ってきた。ひどく―――驚いた顔で。

2人の話を聞いてみれば、鬼児を従えた人に会ったということらしい。噂にあった新種の鬼児だろう、と。
その人の特徴を聞いてみれば、フードを被った男性としかわからないと教えてくれた。…けど、それだけで十分だ。
だって、鬼児を従えたフードの男なんて…きっと1人しかいないはずだもの。


「その新種の鬼児とされる野郎は、どうやら小僧の知り合いらしい」
「小狼くんの?」
「うん。名前は星史郎さんっていうらしくて、小狼くんに戦い方を教えてくれた人なんだってー」
「この世界の別の人なのか、はたまた同じ人物なのか…わからないね。情報が少ないし」
「その人がもし新種の鬼児、またはソレと何か関係があるなら…サクラちゃんの羽根について、何か知っているかもしれないねぇ」
「…どっちにしろ、また会うことになるよ」
「何故、そう言い切れる」


何故かって?そんなの決まってるよ…揺るぎない確信があるから。


「だって、あの人言ってたもの。僕に…『死んで頂きます』ってね」
「「?!!」」


どういう理由があるのかはわからない。でも僕のことを殺そうとしたのは、紛れもない真実。
もしかしたら、無差別に人を襲っているのかもしれないけど…けど、また現れると思う。
あの殺気の放ち方は、尋常ではないから。憂さ晴らしとか、そんな理由で襲われたって感じは…しなかったもの。


「とりあえず、今日はもう休もうかー。考えてどうにかなるもんじゃないし?それに緋月ちゃんも仕事上がりで疲れてるだろうしー」
「そう、だね…考えてもどうしようもないね。おやすみ、2人共」
「おう」
「おやすみー」


2人とそんな会話を交わして、シャワーを浴びて部屋に戻って来たのがー…確か2時間くらい前かな。
体は疲れてるし、明日はファイくんと姫さんの手伝いをする予定だから(白詰草はお休みなのだ)しっかり休もうと思ったのに…


「…寝れない…」


そう、ベッドに横になってるのに一向に眠気がこないの!眠りたくないわけではないのに、体は睡眠を欲してるはずなのに…眠くならないんだ。
さっき、変な出来事があったから神経が昂ぶってんのかな…久しぶりに戦っちゃったし、剣まで使ったからね。しかも全力疾走もしました。うん。

ゴロンと寝返りをうてば、部屋の片隅に立てかけてある『紅紫蝶』が目に入った。
電気を消した暗闇の中でもしっかりとわかる、紅と紫。
何度見ても、とても綺麗な装飾だと思う。剣としてだけじゃなく、芸術作品でもイケるんじゃないかなぁ。


「って!そんなこと考えてる場合じゃないんだよー…早く寝なきゃいけないのに…」


そう考えるたびに眠気が遠ざかっていくような気がする。強迫観念的な。
寝よう、寝ようって思うのがいけないのかも。…じゃあ、どうしろって話だよね。

はあ…仕方ない。眠れるようにホットミルクでも作ってこよう。
もう朝方に近いから、きっとそんなには眠る時間はないだろうけど。…それでも。全く寝ていないよりはいいだろうしね。


―――トントントン…
―――パチンッ

「う…眩しい…!牛乳ってまだあったかな…」


冷蔵庫から牛乳、戸棚からハチミツを取り出して鍋を火にかける。
ホットミルクなんて飲むの、いつ以来だろうなー…あんまり飲む機会ってないよね。…紅茶やココアはよく飲むけどさ。あとコーヒーも。

牛乳を沸騰させないように温めて、少量のハチミツを溶かせばホットミルクの完成。
簡単なのに美味しいし、体は温まるし、何だかホッとするし…すごい飲み物だよねーコレ。


―――コクン…

「ん。ちょうどいい甘さだ…」


カウンターにただ1人。2階には皆いるけれど、こんなに静かで何も物音がしないと…僕1人しかいないような感覚に陥るなぁ。
…ちょっと、寂しいかも。1人でいるのって。
そんなことを考えながら、いつもは皆でいる空間にただ1人座ってボーッとしていた。


「1人だけど、独りでは…ないよね」
「あれー?どうしたの?」
「っわ…!!!」
「あ、ごめんねぇ驚かせちゃった?」
「ううん、大丈夫……ファイくんこそどうしたの?」
「オレ?オレは朝ご飯作る時間だから起きてきたんだよー」


朝 ご 飯 作 る 時 間 ?

バッと時計で時間を確認してみれば、6時半を回っていた。
あれま…全然気がついてなかったけど、あれからもう2時間くらい経ってたんだ。


「それにしても、今日はやけに早起きさんだねぇ?いつもサクラちゃんと同じくらいの時間に起きてくるのに」
「や、何か寝付けなくてさ?ホットミルク飲んでたんだけど…気がついたら、こんな時間になってました」
「え、じゃあ寝てないのー?」
「あー…うん、まぁ、そうなっちゃうのかなぁ」
「ダメだよ、ちゃんと休まなきゃ」
「はは。わかってはいるんだけどねー」


正直な所、寝なくても十分動けるから支障はないんだけどね。
んー…でも昼間に眠くなったりしたら、ちょっと面倒だよなぁ。少しは横になっておくべきなんだろうけど、今部屋で休んだらそれこそ起きれない気がしてしまうから。
ファイくんが朝ご飯の準備をしているのを眺めていたら、何だか頭が働かなくなってきた…。


「…今更、眠くなってきたかも」
「そりゃ寝てなかったらそうなるよー。部屋で休んでおいで?」
「此処でいい……ご飯出来たら起こしてー…」
「それはいいけど、風邪ひいちゃうよ?」
「だぁいじょーぶ……」


陽の光を浴びながら、僕はゆるゆると夢の世界へと旅立った―――…
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