03
部屋から毛布を取ってきて、お店に戻ればソファで気持ち良さそうに眠る姫さんがいた。
「毛布、取ってきたよ。姫さんの様子はどう?」
「ありがとう。大丈夫ー、よく寝てるよ」
「最近ずっと頑張って、夜以外は起きてたものね」
「前より急に寝ることは少なくなったけど…まだまだ羽根は足りないだろうからねぇ」
良かった。表情はすごく穏やか。嫌な夢とか、そういうのは見ていないみたいだ。…安心、したかな。
そっと隣に立つファイくんを見れば、姫さんに向ける瞳がとても優しくて。
ああ…この人も、彼女のことを大切に思ってるんだなぁって感じたの。
姫さんの幸せを望んでいるのも、きっと彼の本心だとは思う。だけど―――ファイくんの笑顔は、少しだけ違和感があるから。
何も寄せ付けないように、誰も踏み込ませないように、全てに線を引いてるかのような…仮面の笑顔。
「(……そっか。僕と同じ、なんだ―――ファイくんは)」
「ファイ、緋月」
「ん?なぁに?」
「どしたのー?」
「緋月、前におっきな湖があった国で言ってたよね」
キミが笑ったり、楽しんだりしたからって誰も小狼くんを責めないと思うよ?喜ぶ人はいても。
「…言ったね」
「ファイも同じ気持ちだったよね?緋月と」
「うん。それがどうかした?」
「ファイと緋月のこともね、誰も叱らないよ。小狼もサクラも黒鋼も、みんな」
「オレ、いっつも楽しいよぅー」
「僕も楽しいよ?皆と旅をするの」
「でも2人共、笑ってても違うこと考えてる。緋月は少し変わったけど…でも心からの楽しそうな笑顔、見たことない」
ビックリ、した。本当に。黒鋼くんには見抜かれていたことを、モコにまで…バレていたなんて思わなかったから。
常に頭の中にある僕の『願い』。
誰といても、何を話していても、どんな時でも―――消えない。
彼に話すことが出来るようになって、前を向こうとは思えるようになったけど…やっぱり、楽しんでいいのかなって気持ちがある。
「モコナは本当にすごいなぁ」
「モコナ108の秘密技のひとつだよ。
寂しい人はね、わかるの。ファイも、緋月も、黒鋼も、小狼もどこか寂しいの。…でもね、一緒に旅してる間にその寂しいのがちょっとでも減って、サクラみたいなあったかい感じがちょっとでも増えたらいいなって、モコナ思うの」
姫さんの纏う雰囲気は、本当に暖かくて心地良い。それこそ春の陽だまりのように。
…僕には、無理だよ。
この子のような暖かい感じは、僕にはきっと増えない。存在しない。だけど、出来ることなら―――
「…そうなるといいね」
「うん…」
そう言ったファイくんの表情は、辛そうな…でも何かを諦めているような、そんな表情だった。
僕と―――同じで。
―――カランッカラン♪
「あ、お客さん…」
「「いらっしゃいませー」」
そこに立っていたのは、昨日会ったフードを被った男性。小狼くんの知り合いだという、星史郎さんという人だった。
ファイくんも何か感じ取ったんだろうね。…空気が、変わったから。
「…ファイくん、この人だよ。昨日話した人」
「!……モコナ、サクラちゃんの傍にいて」
モコはファイくんに言われた通り、ピョンッと姫さんの眠るソファに飛び乗った。
僕も念の為、ソファに近寄っておく。…だって、何をしでかすかわからないもの。何が起きても彼女を護れるように、傍にいた方がいい。
「何になさいますかー?」
「此処に鬼児狩りがいますよね」
「いますけど、今は外出してますよ」
「…おや、昨日のお嬢さん。貴方も鬼児狩りでしょう?」
「いーえ。僕はただの補佐ですから」
「オレは此処で喫茶店やってますー」
「お2人共、それだけの魔力があるのに?」
「「……貴方もね」」
「で、『ワンココンビ』に何の御用でしょう?」
男の背後で、何か黒いモノがザワリと蠢いた。その瞬間。かなりの大きさの鬼児が数対姿を現す。
ぅわお。かなりのでかさだねーこれはまた。天井まで達しそうですけれど。
用があるのは小狼くんと黒鋼くんにみたいだけど、鬼児が姿を現したということは…僕達も消すつもりってこと。僕は昨日も襲われてるしね。
「あー貴方、ひょっとして星史郎さん?小狼くんに戦い方を教えてくれたっていうー」
「小狼をご存知なんですか?」
「はい。一緒に旅をしてますからー」
「異なる世界を渡る旅ですか?小狼に世界移動の力はなかった。ということは、『次元の魔女』に対価を渡したのかな」
「それは貴方もでしょう?」
「貴方はすごい「力」の持ち主のようだけれどー」
「世界を渡る魔力は、その右目の魔法具によるもの…」
「さすがですね。これを得る為に対価として、本物の右目は魔女に渡したので」
だけど、右目の魔力は「回数限定」。
侑子さんのように何度でも、異なる世界へと渡れるわけではない。渡れる世界の回数が、限られているから。
「だから、少しでも可能性があるなら無駄にしたくはないんです。僕が探している、二人に会う為に」
―――バッ
「ファイくん、危ないっ!」
―――ガッ!
「ありがとー緋月ちゃん」
「ファイ!!緋月!!」
「モコ!動かないでっ」
「サクラちゃんの傍を離れないで!!」
次々と繰り出される鬼児の攻撃。武器を持っていないファイくんはただ、避けることしか出来ない。
僕は剣を持ってるけど、お店の中じゃ振り回すことが容易じゃなくて。
下手に振り回せば、ファイくんや姫さん達を傷つけかねないから。魔力なんて―――以ての外だ。
彼同様に、避けることが多くなるんだ。必然的に。
―――トッ
―――ズキッ
「!ファイくんっ」
「足を痛めてるんですね。魔力を使えば、もっと楽に逃げられるでしょう。…お嬢さんも」
「でも魔力は使わないって決めてるんでー」
「……こんな狭い室内で魔力使う程、浅はかじゃないの」
「じゃあ仕方ありませんね。―――さようなら」
ファイくんの喉元を狙って、鬼児の刃が向かってきた。やられると思った。
彼が死んでしまうと、思った瞬間…勝手に体が動いていた。
ファイくんを庇うように抱き締めて、きつく目を瞑る。
その後は―――――覚えてない。
―――ドシュッ!!!
「ファイッ緋月ーっ!!!」
『緊急事態!!鬼児が一般人を襲いました!
襲われた者死亡!場所は喫茶店「猫の目」です!』