02
"ゲームがゲームで済まなくなる"
基本的に遊び(ゲーム)は安全でなければならないもの。桜都国は仮想現実の世界だから、どんなに危険な目にあっても現実ではない。現に僕達は、生きているものね。
つまり、仮想現実の世界から退去してしまえば…それは夢の中の出来事と何ら変わりがないってこと。
けど、干渉者が現れた。僕達をあの世界から強制退去させた、星史郎さん。
千歳さんの話によれば、彼は妖精遊園地がコントロールしている鬼児という敵(エネルギー)を、外部からの干渉によって操っているとのこと。
このままのしておくと…夢が夢のままではなくなってしまう、らしい。
―――ゴゴゴゴゴ……ッ
「?!遊園地に…鬼児…!!!」
「現実になってしまったようですね」
再び、大きなスクリーンが映像を映し出した。
そこにはアトラクションや建物を壊し、人々を襲う鬼児の姿。必死に逃げ惑う人々。
まさに、惨劇。此処はもう、仮想現実の世界ではない。
怪我もするし、下手をすれば…命すら落とす現実の世界だ。誰も安全を保障などしてくれないから。
「この桜花国には、『夢卵』の仮想現実を実体化させる程のシステムはありません。干渉者がどんな方法でそれを実現しているのか、早くそれを把握して対抗手段をとらないと」
「遊園地内だけじゃない…国中に鬼児が広がってしまう、ということですね」
仮想現実を簡単に実体化させてしまう程の『力』を持つもの…僕が知ってる限りでは、姫さんの羽根しかない。
あの羽根があれば、小さな町や国を意のままにするくらい簡単だと―――あの時、カイルは言っていた。
高麗国のあのバカ親子も、突然力が強くなったっていう話だったしね。
モコも、この国に羽根はあると感じていた。でも何処にあるかまではわからなかったみたいだけど。
…ただの勘だけど、きっと星史郎さんが持っているのは姫さんの羽根だろう。
スゥ…と、精神を集中させれば。魔力などが存在していなかった世界だ、強い力は簡単に捉えることが出来るはず。
「……あった」
羽根の波動、キャッチ出来た。二度、感じる機会があった星史郎さんの魔力も感じた。
バッとスクリーンを見てみれば、星史郎さんと彼が―――対峙していた。
「っ黒鋼くん!!!」
―――ダッ
「緋月さん?!」
「…彼女はコレを見たんだねー」
「黒鋼さん!!星史郎さん!!」
外に出てみれば、逃げ惑う人達でごった返していた。
黒鋼くんの姿を見つけて、思わず飛び出してきちゃったけど…僕に出来ることは、きっと何もない。
彼と戦うことを決めたのは、黒鋼くんの意志。だって、星史郎さんの瞳は…『殺す者』の目だったから。
強さを極限まで求めているような、戦うことが好きそうに見えた彼ならば。星史郎さんと戦うことを選ぶのは…侑子さんの言葉を借りるなら、必然だから。
「あっ『中くらいニャンコ』さん!」
「護刃ちゃんっ!」
「龍王!!」
「『ちっこいわんこ』!!」
「小狼!!緋月!!ファイ!!」
場所なんて覚えてきてなかったから、星史郎さんの魔力を辿って来てみたら、そこには護刃ちゃん達もいた。
モコと姫さんもいるし…良かった、無事だったんだね。
「姫は…」
「眠っているだけのようです」
「あっちは大丈夫じゃなさそうだけどな」
「星史郎さん…」
「どうしたのー?」
「……本気だ」
「黒、鋼くん…っ」
離れている此処からでもわかるくらい、尋常じゃないくらいの殺気。思わず背筋が凍るほどの…恐怖。焦燥。
彼が―――黒鋼くんが死ぬわけはないと、信じているけれど勝手に体が震えてしまう。
どうして…彼がいなくなるかもしれないと思うだけで、こんなにも怖いと思ってしまうの?
―――ギュッ
「!」
「…大丈夫。黒ぷーなら大丈夫」
「ファイ…くん…」
「待っていてあげよう?此処で」
「……うん」
ファイくんが手をギュッと握ってくれたおかげで、心が落ち着きを取り戻した。
まだ怖い、けど…見届ける。この戦いの結末を。
2人の殺気が極限まで高まり、恐らく最後であろう一閃が繰り出された。
―――カッ!!!
黒鋼くんと、星史郎さんの間に…何かが突き刺さった。誰かが投げたわけでも、放ったわけでもない。
モコの口から飛び出してきたの。突然。ってことは、侑子さんからってことになるのよね?きっと。
「何だ?!」
「黒鋼くんーっ怪我とかしてない?!」
「あ?お前ら……!!」
「黒様ーやほー」
ホッと、した…正直。どこも怪我をした様子もないし、ちゃんと生きている。
その事実が堪らなく嬉しい。失わずに済んだ、のよね?黒鋼くんを。
「ちゃんとこっちに戻っていたようですね、3人共」
「…どういうことだ」
その時、星史郎さんの胸元が光り輝き始めた。
一層強く感じることが出来る、姫さんの羽根の波動。モコも感じ取れたみたいで、瞳がめきょっと見開いている。
「やっぱり持ってた…小狼くん!姫さんの羽根!!!」
「どうして星史郎さんが?!」
今の持ち主の星史郎さんも羽根の制御が出来ていないみたい。…当然か。アレの持つ力は、半端なものじゃないし。
僕の勘の通り、羽根が桜都国を実体化させている元凶だったんだ。
彼がアレを持っていたから、桜都国が何かおかしかったり、鬼児の動向がヘンだったりしていたんだろうね。
鬼児を従わせているのも羽根の力によるものなのかな。そんな簡単にいくとは思えないけれど。
「…取り戻さないと、大変なことになっちゃうね。手伝おうか?彼の所まで行けるように」
「いえ。…自分の力で行きます」
「クスッそう言うと思ったよ」
星史郎さんの持つ羽根を中心に、強い風が吹き始めた。
これ以上、風が強くなってしまったら彼に近付くことさえ出来なくなってしまう。そうしたら彼は次の世界へと移動してしまうかもしれないから。
小狼くんがおもむろに壁を登り始めて、星史郎さんに近付こうとする。
けれど、徐々に強くなる風がそれを許してくれない。それでも彼は必死に手を伸ばす…羽根を、取り戻す為に。
―――ドンッ
―――ズゥゥン…
一際強い風が吹いた後、何かが現れた。
そこに現れたのは、今までで一番大きな鬼児。手の上には、誰かが乗っている。
「『イの一』の鬼児が現れた」
「「「「!」」」」
「見つかっちゃった」
鬼児の手の上に乗っていたのは、織葉さん。
襲われているわけじゃない…鬼児は彼女に従っている?
「織葉さんが…『イの一』の鬼児―――?」
「こんな方法で引っ張り出されるとは思ってなかったわ」
「すみません」
冗談、とかではなさそうだ。本当に織葉さんが、最強の鬼児『イの一』なんだね。
けれど、そうなると…僕達が聞いた「新種の鬼児」についての情報はどうなるの?
「でも仕方ないかな。なかなか有望そうな鬼児狩りさん達が情報収集にやって来た時、貴方のことを言ってちょっと目を逸らさせてもらったし」
織葉さんの言葉を聞くと、僕達に教えてくれた情報は嘘ってことになるけど…全部、というわけではないみたい。
「鬼児を従えていた美しい男の子」と会ったのは本当で。ただ、その男の子は鬼児ではなかったということ。
遊戯が面白くなるなら、「誤った情報をワザと与えること」もまたイベントの内。
そういったイレギュラーな対応が出来るのも、織葉さんが「生きた人物」だからと言っているけど…イマイチ理解していない。
「プレイヤー?」
「この妖精遊園地で体験できる仮想現実には、「生きている者」が別の姿になって演じているプレイヤーキャラクターと、遊戯上最初から設定されている演じ手がいないノンプレイヤーキャラクターがいるの」
「鬼児に生きている者の気配がなかったのは…」
「ノンプレイヤーキャラクターは情報で、「生きていない者」だから気配はないわね」
「でも織葉さんには気配がありますよ?」
「私は鬼児の役割を演じているけど、桜花国にもちゃんと存在しているプレイヤーキャラクターだから」
いつもは『白詰草』で歌っていて、参加者の誰かが鬼児を段階ごとに倒して…然るべき手順を踏んだなら。
そこでようやく『イの一』の鬼児として、織葉さんが現れる予定だったらしい。
そして最終の敵の彼女を倒せば、終了。
…設定された手順を踏まずに、彼女を引っ張り出した星史郎さんの目的は―――「永遠の命」。
でもそれは本当の命ではなくて、桜都国内での無敵状態…つまり、何があっても死亡しない特権を制作者サイドから与えるという意味らしい。
どうやら、彼が求めていたものとは違うみたいね。
「…あの2人がいないなら長居は無用だ」
「待って下さい!」
「小狼くん…」
「その羽根…!おれはその羽根を探して旅をしているんです」
「小狼のものじゃないよね」
「大切な人の、とても大切なものです」
姫さんの命を繋ぐ、そして―――身体を構築するのに必要な記憶の羽根。何としてでも取り戻さなければいけないものだから。
小狼くんはきっと、星史郎さんに敵わないとわかっていても…やると決めたことは必ず、やり通す。
だから…諦めないね。勝てない相手でも。自分がまだ未熟だとわかっていても、僅かに可能性があるのならばそれに賭ける。
まだ抜くなと黒鋼くんから言われていた剣。
けれど、羽根を取り戻す為に…炎の剣が姿を現した。真っ直ぐな太刀筋は星史郎さんへと向かうけれど、彼に切っ先は届くことなく。
「炎の剣か、小狼にピッタリだね。きっと君はもっと強くなる。これから様々な出来事を経て、もっともっと。その先にある事実が例え、望むものではなくてもその強さが君を支え、導く」
「星史郎さん…!」
彼の右目と、地面に浮かぶ侑子さんの魔法陣。
光を放ち、風が吹き荒び―――彼の姿をまた別の世界へと連れ去った。そこに残るは、一筋の風だけだった。
―――フワ
「モコナ?」
―――パアァァァ
「星史郎さんが使った魔法具の力に引きずられてる」
「どちらも侑子さんからのもの。力の源は同じだからね」
「うん。ありがとー、サクラちゃん預かっててくれて」
「黒鋼くん!小狼くん!多分、もう移動するよー」
「あぁ?!」
「え?!」
侑子さんの魔方陣が現れて、鬼児や桜都国の建物も、服も…桜花国のモノへと戻っていく。
星史郎さんと共に羽根がこの世界から消えたから、元に戻り始めたのね。僕の手にある剣も、姿を消し始めてるから。
そろそろお別れ、だね。
「きゃー!行っちゃダメー!」
「…僕は緋月、彼女はサクラ。それが僕達の本当の名前だよ。仲良くしてくれてありがとね?」
泣きそうになりながら、必死に引き止めようとしてくれる護刃ちゃんをそっと抱き締めた。
「いつか何処かで会えたら、その時は―――…」
また、仲良くしてね。
この言葉が彼女の耳に届いたかはわからないけれど、微かに笑ってくれたから。だから、僕も精一杯の…笑顔で。