眠れる感情


 side:サクラ


ふわり、と意識が浮上していく。
眠気から来る独特の倦怠感が体を包んでいるけど…そろそろ起きなくちゃ。


「わたし、また途中で眠っちゃったんだ…」


気を緩ませたらまた閉じてしまいそうな瞼を擦って、ぼんやりとしている頭を活動させようとするけれど。
まだ眠いみたい…上手に思考が働いてくれなくて。それでも思い出すのは、『猫の目(おみせ)』の洗い物のこと。
緋月ちゃんとモコちゃんと洗ってたのは覚えてるんだけど、途中から記憶がぷっつりと途切れてるの。
きっと眠っちゃったんだと思うんだけど。


「もう朝かな。お手伝いしな…きゃ…」


もそもそと体を起こして、周りに目を向けてみたら…そこに広がっていたのは、たくさんの大きな木。


「きゃーーーーー!!」
「う…ん…」
「え?!緋月ちゃん?!!」


隣から聞こえた声。さっきまでのわたしのように、眠っている緋月ちゃんの姿があった。
わたしの大声に反応して、少し身じろいだけど…よっぽど眠いのかな?またすうすう、と寝息を立て始めちゃった。
体を丸くして、何かから自分を護るような体勢で眠ってる。


「目が覚めましたか?」
「小狼くん!」
「緋月さんはまだ眠ってるんですね」
「うん。…あの、此処って…」
「桜都国じゃないんです」
「わたしが眠ってる間に移動しちゃったの?」


だから、見たことのない場所で眠ってたのね。
桜都国であった人達に、お別れも言えないまま…わたしはあの国を後にしてきたんだ。それに…大変な時に、眠ってたなんて。


「サクラ姫…」


少し沈んだ声で、わたしの名前を紡ぐ小狼くん。表情もどこか浮かなくて、具合でも悪いのかと心配になる。
じっとわたしの瞳に視線を合わせて、悲しそうに表情を歪めている。
そのまま話を聞いていれば、わたしの羽根を取り戻すことが出来なかったと。
小狼くんが小さい時に、戦い方を教えてくれた人が羽根を持っていたらしいんだけど、別の世界へと移動するのを止められなかったんだって。

悔しそうに…強く拳を握る彼。
まるで、自分のことのように…考えてくれているんだなって、思う。けれど――――


「小狼くん怪我は?」
「……いえ」
「ほんとに?」

―――じっ

「ほ、ほんとです!」
「黒鋼さんは?ファイさんは?モコちゃんは?…緋月ちゃんは?」
「皆、大丈夫だと…緋月さんもただ眠っているだけのようですし」
「良かった。皆怪我がないなら、本当に良かった」


誰も傷ついていないのなら、本当に良かったと思う。
特に小狼くんと緋月ちゃんは、怪我が多いから。それだけじゃなくて、怪我を…隠そうとしてしまうから。
きっと心配かけないように、って思ってくれてるんだと思うけど…それは逆効果なんだよ?痛いのを我慢されたり、隠されたりする方がもっと心配になる。
何もしてあげられないけど、せめて心配だけはさせてほしいって思うの。
本当は―――何か出来ることがあったら、言ってほしいなって願うけど。


―――ガサッ
―――ビュン!

「「?!」」
「姫!緋月さんを抱えていてあげてください!」
「うんっ!」


飛んできたのは、木の実。四方八方から飛んでくるソレを、小狼くんは蹴り割ってくれて。
わたしと緋月ちゃんが怪我をしないように、後ろに庇って守ろうとしてくれている。だからわたしも…せめて、緋月ちゃんに当たってしまわないようにギュウッと彼女を抱き締めた。
でも一向に飛んでくる木の実の数は減らなくて、じりじりと後ろに下がっていく。
守ってくれてる小狼くんの邪魔になってしまわないように。彼が前を向いていられるように。
そう、思っていたんだけど。


―――グイッ
―――ザッ

「きゃあ!」
「姫!!緋月さん!!」

草の蔦で作った罠に、わたしは捕まってしまった。
抱き締めていた緋月ちゃんは、運良く罠には捕まらなかったけど、地面に投げ出される形になってしまって。
これじゃ、いつ木の実が直撃するかわからない。


―――ゴッ

「小狼くん!!」


わたしがこの罠に捕まってしまったから、きっと意識がそっちにいったんだと思う。
小狼くんの後頭部に木の実が勢い良くぶつかった。
倒れた彼を、耳としっぽが生えたもこもこの子達が担いで行った―――


「小狼くんーーーー!!」




―――グイッグイッ

う〜〜〜っ取れない!
この蔦、引っ張れば簡単に取れそうなのに…どれだけ強く引っ張っても、取れる気配がないの。
早くこれを取り払って、小狼くんの元へ行きたいのに…!


―――ガサッ

「サクラちゃん!!緋月ちゃん!!」
「どうしたの?」
「小狼くんが攫われたんです!!」


探索に行っていたらしい黒鋼さん達が戻ってきて、蔦を取り払ってくれた。
2人に簡単に事情を説明して、彼の行方を追うことになりました。方向はちゃんと覚えてるし、きっと大丈夫。


「緋月ちゃんは眠ってるだけ?」
「多分…怪我はしてないと思います、小狼くんがわたし達を守ってくれたから」
「そっか、なら良かった…。黒ちゅう、緋月ちゃんのこと抱っこしてあげてー」
「変な呼び方で呼ぶんじゃねぇ!!!おら、さっさとその女背中に乗せろ」


言葉は乱暴だけど、いまだぐっすりと眠っている緋月ちゃんを気遣ってるのかな?
彼女を起こさないように、そっと立ち上がった黒鋼さん。…あまり言葉にはしないけれど、きっと緋月ちゃんのことを一番大切に思ってるんだと思う。
だって緋月ちゃんのことを見る瞳は、とても優しいから。


「さ、小狼くんの所へ急ごうかー」
「はい!」


ファイさんの手を借りて立ち上がり、駆け出したわたし達。
どうして小狼くんが攫われたのか、どうして罠が仕掛けてあったのか、どうして木の実がたくさん飛んできたのか。
わからないことは山ほどある。…でも今、思うことはただ1つ。小狼くんに無事でいてほしい、ということだけ。
疑問を解決するのは、彼の無事が確認できてからでいいもの。


―――ダダダッ

「小狼くんを捕まえたのは、耳としっぽが生えた小さい人達だったとー」
「こっちの方に担いで行きました!」
「桜都国でやった訓練はどうなってんだ。木の実、後ろ頭にぶつけて昏倒とはな」
「わたしがあの木の蔦に吊られてしまって、それを助けようとして…!」
「まあ、桜都国ではああするしかない状態だったとはいえ、剣を扱うにはまだまだだな」
「先生きびしー」


しばらく走っていくと、煙が…見えた。
嘘…まさか小狼くんが―――――!


「小狼くん!!」
「あ」

―――こけ。

「大丈夫でしたか?」
「(こくこくっ)小狼くんは?!」


木の実がぶつかった場所に手を当ててみれば、そこは大きく腫れ上がっていてタンコブが出来ていた。
でもそれ以外は何ともなかったみたいで、本当に安心した。
わたし達がここに来るまでの間に、小狼くんは色々と話を聞いていたみたいで、それを話してくれた。

この森を抜けた、更に奥の樹海に魔物がいること
突然現れて、圧倒的な力を持っていること
その魔物が美味しそうなイケニエを渡したら、もう森を荒らさないと言ったこと

一緒にご飯を食べていたのは、小狼くんがその魔物が現れないように出来るかもって言ったから…みたい。
一緒に座ったら仲間で、仲間なら一緒に食べるって理由みたい。


「モコナ、羽根の気配は?」
「…うん、感じる。近い」
「魔物退治ってわけか」
「黒様うれしそー」
「わたしも行きます」
「姫……」
「足手まといにならないように頑張ります。一緒に行かせて下さい」
「…はい」


取り返しに行くのはわたしの羽根。わたしの記憶のカケラ。
わたしに出来ることは何もないかもしれない…それでも、ただ待っているだけなのは嫌だから。
そんなわけで、皆で行くことになったんだけど…皆で行ったらイケニエいなくなるからダメだと、ふわもこちゃんに止められちゃったの。


「モコナを残しちゃうのは問題かもー。黒りーはもちろん、行く気満々だしー。緋月ちゃんをただ1人、此処に残していくのは危ないし…オレ残るよー」
「でも…!」
「サクラちゃんは行って来てー。危ない目に遭うかもしれないけど、それでも行きたいんでしょ?」
「はい」
「此処で応援してるよー」
「ありがとうございます。緋月ちゃんを…お願いします」


2人を此処に残していくのは心配だったけれど、今はわたしに出来ることをしなくちゃ。
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