神の警告


いつものごとく、新しい国へと降り立ったはずだった。
でも、着いてすぐ…異変に気がついた。
人数が、足りない。吸い込まれた時は確かに5人と1匹だったはずなのに。
今は3人しかいなくて、何だか嫌な予感がした。何かが起きるような、そんな予感。


「はぐれちゃったねぇ」
「小狼くんと姫さんとモコは大丈夫かな」
「……」
「黒鋼くん?何か怒ってる?」
「また戦えなかったからー?」
「魔物、竜巻だったもんね」
「っていうかさあ、あの国変じゃなかった?」
「何がだ」
「……」


あの国には暑い所に生える木がいっぱいあった。背が高い葉っぱがいっぱいの。そして、結構暑かったんだよね。
だけど。あの国に住んでいた子達は、ふわふわのもこもこだったんだ。どう見てもあの気温の高さの国に住むような生き物じゃあない。おかしいもの。
ファイくんもそれが気になってたらしく、僕が寝てる間に聞いてみたんだってさ。
…そうしたら、ずっとあの国にいたみたい。あの子達。建物も竜巻にやられたとはいえ、ほとんどなかったしねぇ。


「それにね、あんなに傍に羽根があったのにモコナが全然気付かないってのも変だよねぇ」
「僕もあの子達に渡されるまで、気付けなかった。あんなに強い波動なのに」
「モコナも微かにしか感じなかったってことはー」
「仕組まれたってことか?」
「……かもね」
「竜巻に関しては、姫さんが声を聞いたってことだし…多分、本当だと思うけど」


あとは色々と、上手く誤魔化された感じがするんだよね。
羽根を姫さんに還した後、すぐに移動しちゃったし。


「驚かないんだね、2人共」
「まぁ、ね?」
「…誰かの視線を感じる時がある。異世界を渡る旅を始めてから、ずっと。何ともなかったのはあの次元の魔女の所くらいだな」


黒鋼くんが感じることがあるという、誰かの視線。
それは―――飛王・リード様。これはもう、推測とかじゃない。確信だ。

どうして、とか言われると困るけど…でも、コレだけは外していない自信がある。…僕は"あの人のモノ"だから、それくらいはわかるんだ。
あの人が求めている力も、目的も、願いも…何もかも知っているから。
訪れるであろう、この旅の結末も何となくだけれど、予想がついてしまっているんだよね。誰にも、言うことは出来ないけれど。
フッと自嘲的な笑みを浮かべて、石段の最後の一段を降りれば。一瞬にして空気が変わった。殺気、だね。


「やぁーな予感…」

―――ザッ

「何だ、てめぇら」
「おい、女がいるぞ!」
「さては遊花区の手のモンだな?!」
「此処は陣社だぞ!!遊花区のモンが来ていい所じゃねぇ!!」
「ゆうかくー?じんじゃー?」
「聞いたことない単語だねぇ」
「とぼけてんじゃねぇ!!」


手には小刀。僕達を襲う気満々ってことだぁね。
…でもわかってる?得物を手に持って、それを抜いたってことは―――


「覚悟、出来てるんだよね?」
「…そっちが先に抜いたんだ。どんな目に遭わされても文句言うんじゃねぇぞ」


―――ザンッ

黒鋼くんと僕が抜いた剣は、微かに彼らの服や腕を斬っただけ。そんなに深く斬ってはいないから、軽い傷で済んでるんじゃないかな?
峰打ちでも良かったんだろうけど、こういう輩は一度痛い目を見ないとわからないだろうから。
この国がどんな所で、今どんな状態かなんて知らないけど…事情も聞かずに襲い掛かってくるのは、ね。
信用しろって言うわけではないけど、頭ごなしに決め付けるのは気に食わない。


「かっこいー黒んぴゅ!緋月ちゃん!」
「てめぇ、何ぼけっと見てやがる」
「やー、2人の大活躍を邪魔しちゃいけないかなーって」
「はいはい、黒鋼くん落ち着いてー。ファイくんにまで剣先を向けないの」
「く…っくっそー!」
「やっちまえ!」
「まだやんの?」
「面倒なら下がってろ、俺がやる」
「んじゃ、そうしよっかなぁ」


剣を鞘に戻して、一歩下がろうとした時…優しいけれど、凛とした声が聞こえてきた。今度は、誰の登場かしら?
声の先に立っていたのは、1人の男性。
僕達を襲った人達のような殺気とか、そういうものは感じない…むしろ、ほわんとした感じ?


「何だ?」
「誰だろー」
「…敵ではないんじゃない?この人に関しては」
「蒼石様!」
「陣主(マスター)!」
「マスター…(ってことは、此処のお偉いさんかなー)」


襲ってきた人達が言うには、此処陣社という所には注連縄っていう結界が張ってあるらしいのです。
それを越えて僕達が敷地内に入ってきた、というのが襲った理由。ただ者じゃないってことで。
んー…でもさ?きっと越えて来たんじゃないと思うんですよー。モコの口から落ちたのが、偶然にもその結界の中だったってだけで。
…まぁ、説明してもわかってはもらえないだろうけどね。


「だとしても、それだけで手荒い真似をするなど言語道断。申し訳ありませんでした」
「あ…いいえ!」
「見た目が凶暴そうだったから、誤解しても仕方ないかもー」
「んだとてめぇ!!」
「だから、落ち着けっての!これ以上、誤解されたら大変なんだから!」
「この紗羅ノ国の方ではないようですね」
「はい、旅行者なんです」


隠してもどうしようもないし、聞かれたこと全てを素直に話した。
旅をしてることも、あと2人と1匹一緒に旅してる人達がいること、その子達を探してること。
その説明をしている間も、この蒼石さんって方以外の人達は、僕達を怪しいって目で見てるけどね。…若干、不愉快ではあるけど…仕方ないか。


「あちらも探してらっしゃるでしょうね。でしたら、拠点を決めておく方が良い。宜しかったらうちにお泊りになりませんか?」
「陣主!こんな何処の馬の骨だかわからん連中を!!」


ほわんと言ってくれたけど、他の方達はすんごい勢いで反論してますよ?ま、何処の奴らとも知れない旅行者だからねぇ。この反応は間違ってないと思うなぁ。
だけど蒼石さんは、そう思ってないみたい。皆に止められてもほわーんとした空気と、笑顔でその意見を一蹴してしまう。優しそうな人だけど、結構すごい人なのかも。


「袖すり合うも他生の縁。困った方を助けないで、何が陣社ですか」
「陣主!!」
「とても有り難いですけど…いいんですか?本当に」
「ええ、構いません」
「って、此処どういう所なんでしょう?」
「神社だろ。神だかを祀ってる」
「いいえ、此処は陣社。私達が守っているのは、神ではなく人達です」


神様じゃなくて、人達…?それって人間ってこと、なんだよね?守ってるのは。
確かに腕っぷしには自信がある!って感じの人達だったしけれど。
でも何かの部隊ってわけではない、よね。感じ的に。
それに―――この陣社という所を守っているのは、何か大きな…それも清浄な力だ。

蒼石さんに連れられて、大きな建物の中へと案内された。すごい…外より中の方がもっと綺麗な気で溢れてる。場所も、空気も。
…綺麗な、所だな。


「もうずっとずっと昔から、この陣社はこの国を守っています」
「何からー?」
「色んなもんだよ!外からの敵や!疫病とかな!」
「その陣社を守るのが、蒼石様の一族よ!」
「代々、不思議な霊力を持った人が生まれてな!」
「その中でも一番強い霊力を持った人が、陣主になるんだ!!」
「へえ……」
「神社と神主みてぇなもんか」
「かんぬし?」
「神に仕えて、社を守る者のことだな」
「黒鋼くんの国にもあったんだ?こういうの」
「神社はあるが、神主はいねぇ。いるのは姫巫女だ」
「それが黒たんを飛ばしたっていうお姫様ー?」
「おう」


そのお姫様が、桜都国で言ってた「知世姫」って人のこと?黒鋼くんが仕えてる人、なのかな?それとも…彼の一番大切な人?

…何だろ、嫌な気分だ。前にもこんな気持ちになったことがあるけど、原因も…この気持ちの名前も未だにわからないまま。


「紗羅ノ国の陣社を知らねぇとは、よっぽど遠い所から来たんだなお前ら!!」


―――ギラッ

おー、びびってる。びびってる。黒鋼くんの睨みは怖いからねー僕はもう慣れたけど。
それにさっき斬りつけられたから、余計に怖く感じるんだろうな。この人達は。


「そうなんですー」
「あの…今、何か大変なんですか?」
「どうしてですか?」
「陣社の周りだけじゃなくて、あっち…」
「注連縄っていうんですか?あれよりもっともっと、強い結界がありますよねー」
「「何かから、あの中にあるものを守る感じの…」」
「…先程の剣術といい、貴方達の見立てといい、ただの旅のお方ではないようですね。
これも何かのご縁。お話しましょう。今、起こっていることを。この夜叉像のことを」


蒼石さんが押し開けてくれた扉の先は、もっと清浄な所で。
部屋の中にも陣社の周りにあった、注連縄っていうものがたくさんあるし、とても強い力…確か霊力、って言ってたっけ。それで守られてるんだなぁって感じ。
奥にあったのは…とても綺麗な像。蒼石さんが夜叉像って言ってたよね。何で出来ているものなんだろう?
結界で守られているのは、この夜叉像なんだろうけど…どうして?この国に何かが起きている、ってことなのかしら?


―――ツー…ッ
―――ポタッ

「血…?!」
「一年に一度、月が美しい秋頃になると、この夜叉像は傷ついた右目から血を流すのです。それが遊花区に居を構えている『鈴蘭一座』が旅から戻ってくる日と毎年一致しているものですから、陣社に仕えてくれている氏子達が…」
「遊花区のヤツらがどうのこうのと騒いでやがったのか」
「毎年ってどのくらい前からなんですかー?」


夜叉像が右目から血を流し始めたのは、もっと昔。彼が陣社を受け継ぐよりももっと前のことみたいね。
先々代の陣主が遺した文に、そのことが書き記してあったらしいから。
『鈴蘭一座』の前身である旅の一座が、今遊花区と呼ばれる所に住み始めてから怪異が起こったことも。
どうしてその人達が戻って来ると血の涙を流すのだろう?
彼の曽祖父さんは『鈴蘭一座』が守り神としている、阿修羅像が関係しているのではと考えていたらしいけれど。


「阿修羅か。この国でも戦いの神なのか」
「戦いと、災いを呼ぶ神とされています」
「…じゃあ、夜叉像は黄泉とか…そういうものを司る神、ですか?」
「はい。黄泉と夜を司る神。阿修羅神が呼ぶ厄災は、人々を黄泉の国へと送るものではないか、夜叉像の血の涙は、阿修羅像が呼ぶ厄災への警告ではないかと、曽祖父も祖父もそう考えて…」


厄災への警告、ねぇ。…本当にそうなんだろうか。


「蒼石様、祭事のお時間です」
「今行きます。結界を越え、貴方達がこの時期陣社にいらしたのは、理由があると私は考えています。どうかお連れの方とお会いになれるまで、此処でゆっくりお休み下さい」
「はい。ありがとうございます」


そう言って、蒼石さんは部屋を出て行った。
夜叉像をもう一度、振り返ってみると…まだ血の涙を流し続けていた。
真意はわからないけれど、ただ単に警告として流しているような気がしないんだ。

何か―――別の理由があるような気がして、ならない。


「緋月ちゃんも違和感ー?」
「うん…上手く説明は出来ないけど、何か違う気がする」


何だろうなー…このとてつもない感じ。
早く―――小狼くんと姫さんとモコの無事を確認したい。きっと、全員が揃ってないから妙な感じがするだけだ。揃ってしまえば、この変な感じも…なくなるよね。


「女、行くぞ」
「うん、今行くよ」


…ねぇ、夜叉像。貴方は何を思って、その涙を流しているの?何を…訴えているの?
当然のことながら、ただの像は答えてなどくれない。
釈然としない思いを胸に、僕はその部屋を後にした―――。

この陣社に仕えている人達(蒼石さんは氏子、って言ってたかな)に、部屋に案内してもらって。
ついでに着替えも用意してくれたみたいなんだけどー…これ男物だよねぇ?


「……念の為にお聞きしますが、女物はー」
「あるわけねぇだろう。此処に仕えてるのは男だけだ」
「はは…ですよねー」

―――パタン

「男性はこの陣社に。女性は例の遊花区に。仲が良くないってわけかなぁ」


だからきっと、さっきから敵意むき出しーって感じの目で見られるんだね。僕だけ。その雰囲気、ものすごく嫌だな。女だからって敵視されんの。
何でそんなことになってるのかはわかんないけど、少なくとも最近そうなったわけじゃあないねぇ。
それこそ蒼石さんの曽祖父さんが此処の陣主だった頃から、そんな感じだったみたいだし。…直接的な原因は、やっぱり怪異を起こすって言ってた『阿修羅像』かしら?


「阿修羅、か…」


さっきのファイくん、その名前に反応していた気がするんだけどー気のせいかなぁ?
…そういえば、小狼くんが異世界を渡る旅をしてる理由は知ってるけど…黒鋼くんとファイくんの願いって何なんだろ。
それなりの時間(トキ)を一緒に過ごしてきたけれど、2人の願いを聞いたことがなかった。
ううん、それだけじゃない…僕は皆のことを、何も知らないんだ。
何も知らないから、これから知っていきたい。皆のことを知りたい、皆のことを護りたい…皆の幸せを、願いたい。

そう思ってしまうのは、やっぱり罪なんだろうか。


―――ズンッ
―――ゴゴゴゴゴッ

「っ?!地震…?」


結構、揺れるんだな…。段々と揺れは小さくなってきてるけど、でもまだ揺れてるし。これはしばらく治まらないだろうね。
黒鋼くんとファイくんは大丈夫かなぁ?………あの2人なら、全く問題ないか。うん。
借りた着物を四苦八苦しながら着て、下ろしたままだった髪を1つに結わいてっと。
今更女だって隠す必要はないけど、何か男装してるみたいだなーこれだと。


―――コンコン

「はい?どうぞー」
「着替えられたか?」
「あ、黒鋼くん!うん、何とかー」
「……」
「えと…何か、変?」
「あ、いや…それ男物か?」
「そうだよー。此処には男物しかないんだって」


細身で、袖は振袖っていうものみたいに広がってはいるけど、れっきとした男物らしいです。パッと見では女物にも見えなくはないけどねぇ。
似合うー?とくるっと回ってみれば、黒鋼くんの顔がちょっと赤い気がした。…あれ?思ってもみなかった反応に僕まで照れてしまうんですが?


「…似合うんじゃ、ねえのか」
「え?あ…あり、がとう…」
「髪……」
「かみ…?あ、髪の毛?邪魔だから結んだんだけど、おかしいかな?」
「いや、似合ってる」


さらり、と髪を触られて。その優しい眼差しに胸が高鳴るのがわかった。
ドキドキして、胸が苦しくて、でも…嬉しくて、少しだけくすぐったい。柔らかく微笑んでくれることも、やっぱり嬉しいんだ。
明らかに小狼くん達に抱いている『好き』っていう感情とは違うんだと、思うんだけど…ハッキリとはわからない。


「下ろしてるより…結んでる方がいい?」
「…俺はどっちも好きだがな。綺麗な黒髪だし」
「『知世姫』も―――綺麗な黒髪だったの?」
「…あ?」

―――ハッ

「なっ何でもない!今のはっ…忘れて、ください」


僕、今何を言ったんだろう?
髪を褒められて嬉しかったのに、何でかモヤモヤして、気持ち悪くて…腹が、立って。
変なこと、口走っちゃった気がする。


「気になるのか?」
「べ、つに……ただ、大切な人なのかなって…」
「知世は―――」

―――ズキンッ

「や…やっぱりいい!」


その続きを聞きたくなかった。…未だに僕の名前は呼んでくれないのに、その人の名前は呼ぶ事実から逃げたくて。

僕は―――部屋を飛び出そうとした。
それは、黒鋼くんに抱き締められて叶わなかったけど。


―――ギュッ

「っ!」
「あいつは…俺が仕えてる国の姫巫女だ。大切かと問われれば、確かに生涯護ると決めた相手だな」
「……」
「だが、俺は―――」

―――スパーンッ

「緋月ちゃーん、黒りーん!お酒もらったんだけど、飲ま……って、もしかしてお邪魔だったー?」
「べっ別に!!!」


―――ドッドッドッ

心臓がうるさい、顔が熱い。まるで…全身の血液が沸騰してるみたいだ。


「(僕…本当にどうしちゃったんだろう…)」


ファイくんに連れられて、彼らの部屋に行ってみれば。大量のお酒の瓶。
どうしたのかと聞いてみれば、蒼石さんが是非どうぞーとくれたんだって。それは嬉しいし、有り難いんだけど…3人に対して、この量はいくら何でも多くはないですかい?
いや、飲みますけども。めちゃくちゃお酒に強い黒鋼くんもいることだし、飲みきってしまいそうだしね。
小さな酒瓶を開けて、一口飲んでみれば…良い香りと微かな甘みが口の中に広がった。


「…美味しい」
「あぁ、美味いな」
「緋月ちゃん、女の子なんだしそのまま飲まないのー。これに注いで飲みなね?」
「あ、ありがとー」


そこからは、大人の酒盛りタイム。お酒はたっくさんあるし、とりあえず夜中に飲みきることはないでしょう。
本当はおつまみとかあると、尚いいんだけどねー。置いてもらってる身だし、お酒もたくさん頂いちゃってるから。それ以上のことを望むのは良くない、良くない。
あー…それにしても、この国のお酒って本当に美味しいなぁ。


「黒様はお酒強いけど、緋月ちゃんもー?」
「うん?そうねぇ…それなりには強いみたいだよー桜都国でも平気だったし」
「そうなんだー」
「てか、ファイくんは飲んで平気なの?黒鋼くんに飲むなーって言われてたじゃない」
「こんなにたくさん美味しいお酒があるのに、飲ませてもらえないのは拷問だよー。ねー?黒様ー」
「…ふん」


まぁ、確かに。黒鋼くんも今の所は止めてないし、ヤバイ状態になったら止めればいっか。
せっかくのお酒だもの。皆で飲まなきゃ楽しくないもんね。
黒鋼くんは酒豪。僕もそこまで弱くはない。この中で一番弱いと思われたファイくんも、実際は結構イケる口だったらしい。
大量にあった酒瓶のほとんどの口は開けられ、更には中身も空になっていた。…気付かないうちに、どんどん飲んでたみたい。
美味しいし、飲みやすいからいくらでも飲めちゃうのよね。


―――チュンチュン…

「あれ、朝…?」
「みたいだねー」
「桜都国でのありゃ、演技か」
「んん?」
「酔っ払ってただろ、にゃーにゃーと」
「あれは本当〜」


まぁ、あれは遊戯内での出来事だから本当に飲んでいたわけじゃないしね。ファイくん曰く、魔術の呪文を無理矢理体の中にいれられたのと同じになっちゃったんだって。
んと…多分、魔力が暴走しちゃうのと同じ感じになるってことでいいのかな?僕も魔術師ってわけじゃないから、ちゃんとは理解できてないけど。

…でも黒鋼くんは、納得してないって顔してる。眉間にシワを寄せて、「胡散臭い奴」って表情にバッチリ出ちゃってますが。
ファイくんは…相変わらずの笑顔だけれど。


「だとしても問題ねぇだろ。お前も腹割るつもりはねぇみてぇだからな」
「…そうでもないかもしれないよ?」


それは、本心?それとも、嘘?
ファイくんの被る笑顔の仮面は、全てを覆い隠すからわからない。


「…蒼石とやらがあの夜叉像の謂れを話していて、『阿修羅』の名が出た。その時、顔色を変えたのは何でだ?」


彼の問い掛けに、一瞬だけ…ファイくんの笑顔が消えた。
…いや、違うか。笑ってはいるけど、それは口元だけの笑みで。いつものへにゃんとした笑顔ではない、っていうのが正しいのかな。
黒鋼くんも、ファイくんもただ視線を合わせているだけで何も話さない。ただ、時間が流れていくだけ。
僕も何も言葉にすることが出来ず、黙っていた。…口を、挟んじゃいけないと思ったから。


―――コンコン

「あ…はーい!」
「失礼します。昨日は随分揺れましたが大丈夫でしたか?」
「はいー。頂いたお酒も美味しかったですしー」
「よろしかったら、朝餉をご一緒にいかがですか?」
「是非ー。ね、緋月ちゃんに黒様ー」
「…はい、いただきます」

無言で立ち上がって、さっさと部屋を出てしまった黒鋼くんの後を追った。
確かめたいことがあったから。


―――クイッ

「あ?」
「黒鋼くんも気付いてたの?ファイくんの変化」
「お前も、気がついてたのか」
「うん…何かおかしいかな、って」
「理由は知らねぇが、反応したのは『阿修羅』で間違いねぇだろう」
「僕も、そう思った…」


それが…貴方の抱える闇の一部なのかな?
黒鋼くんに先に行ってて、とだけ告げて少し後ろにいたファイくんの元へと走り寄った。
少しだけ驚いた表情をしたけど、すぐにへにゃんとした笑顔を浮かべて、僕にどうしたのー?と問い掛ける。
何か、出来るわけじゃない。何か良い言葉を、かけてあげられるわけじゃないけれど。…今はね、ファイくんを1人にしない方がいいかなって思ったんだ。


「緋月ちゃん?」
「……皆、いるから。此処に」
「え…」
「朝ご飯、食べに行こっ!」


先に行ってもらった黒鋼くんを追う為に、ファイくんの手を握って駆け出した。
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