異国での戦い
―――ドサッ!!!
「い…ったぁ…!2人共、無事ー?」
「…何とかな」
「ファイくんも大丈夫?怪我とかしてない?」
「……」
「…ファイくん?」
どうしたんだろう?怪我をしてる様子はないし、耳が聞こえなくなった…とかでもなさそう。
もしかして言葉が話せなくなった?!落ちた衝撃とかで!!!
「яЫЙχΡπ…」
「ふえ?!」
「言葉、通じてねぇな」
「え?え?どうして急に?」
「多分、白まんじゅうがいねぇんだろ。この国に」
「あ…そっか、モコが翻訳機代わりだったんだものね。でも僕と黒鋼くんは通じてるね?」
「みてぇだな。言語が似てんじゃねぇのか?」
とりあえず、黒鋼くんとだけでも言葉が通じて助かったな。
何処かもわからない所に落ちちゃって、おまけに言葉が通じなかったら…僕は泣けます。落ち込みます。ついでにやる気もなくなります。
それにしてもー…此処は一体何処なんだろう?さっきまでいた紗羅ノ国じゃないのはわかるんだけど、あまりにも殺風景過ぎて。周りにあるのは木だけで、他にはなーんにもない。
あ、でも遠くにお城?みたいなものは見えるな。
「あのお城に行ってみよっか。言葉が通じるかはわからないけど」
まずは此処が何処なのか、どういう所なのか、それを把握しないことには動けないもの。
言葉が通じていないから、どうするのか知ることが出来ないファイくんに手を差し出せば、意図を汲んでくれたらしく握り返してくれた。
そのまま立ち上がらせてお城がある方を指差す。あそこに行こう、という意味を含めて。わかってくれたのかな…笑顔で頷いてくれた。
「……手、いつまで握ってんだ?」
「え?だって、言葉が通じないと不安じゃない?握ってたら少しは安心するかなぁって」
「んなやわじゃねーだろ、こいつも」
「そうかもしれないけどー…お城に着くまでは、ね」
にっこりと笑って言ったのに、黒鋼くんは不機嫌そうな顔になってスタスタと先に行ってしまった。
え、僕…何か怒らせるようなこと言っちゃったのかな…あんな顔、させたいわけじゃないのに…。
しょぼん、としていると不意に頭を撫でられた。撫でてくれたのは、ファイくん。
さっきの僕達の会話がわかったわけじゃないだろうけど、僕が落ち込んでたから…かな?撫でてくれたの。
「ありがと…って言っても、わからないんだよねぇ」
「ευΡπΗeбаяЁ?緋月Ηολ」
「へ?…あぁ、名前の発音は共通なのね…どうかしたの?」
俯いたままの顔を上げて、ファイくんの方を向けば。
彼は自分の瞳を指差していた。…怪我でも、したのかな?
…ん?何か、変な感じ。怪我はしていないけど、いつもと違うような…。
ファイくんの瞳をじーっと見て、違和感に気がついた。瞳の色、だ。違うのは。
「くっ黒鋼くん!!!」
「あ?何だよ」
「見せて!瞳っ見せて!!!」
襟元をグイッと引っ張って、顔を寄せれば瞳の色がよく見えて。でもそこにあった色は、見慣れた色ではなかったんだ。
「お前―――…目の色、黒だったか?」
「僕だけじゃないよ。キミも、ファイくんも…黒い」
深紅の瞳も、宝石のような蒼い瞳も、僕の…紫の瞳も、真っ黒になっている。
ついさっきまではそれぞれの色だったのに、一体どうなってるっていうのよ。瞳の色が変わってしまうなんて、聞いたことがない。
瞳が突然、黒になったことは気になるけど…いくら考えてみても原因がわからない。それならひとまずは置いておこう、という結論に至った。(僕と黒鋼くんの結論、だけど。ファイくん言葉わからないし)
そんなわけでお城がある方向へと歩いているけど、誰にも会わない。
っていうか、人の気配が全くないんだよね。…もしかしてこの国、誰も住んでいないのかな?けれど、お城がある。
朽ちているような印象は受けないし…つまり、住んでいる人がいるってことなんだと思うけど。
―――ユラリ…
?!空間が歪んでる…っ?
「女、へらいのと俺の後ろにいろ」
「う、うん…」
ファイくんの手を引いて、黒鋼くんの一歩後ろに下がって身構える。
歪んだ空間はやがて形を成し、人の姿を造り上げた。馬のような、不思議な生き物の上に跨ったたくさんの人。
黒い鎧を着て、それぞれ武器を持っている。…今まで戦っていたかのように、鎧は血で汚れていて。
だけど、どうして急に現れたの?さっきまでは確かに、誰もいなかった筈なのに。
「何だ、お前ら!何故、この城の近くにいる!」
「…黒鋼くんも彼らの言ってること、理解できる?」
「あぁ、何とかな」
「じゃあ、交渉可能だね…僕がやるよ。キミに任せたらケンカになりそうだ」
「てめぇ……」
―――ザッ
「…私達、旅行者なんです。けど、仲間とはぐれてしまって…」
「旅行者?」
「はい。この辺りにはあのお城しかないように見えたので、色々お話を聞かせてもらえないかと思ったんです。まだこの国に着いたばかりで、何もわからないもので」
「瞳が漆黒……少なくとも、阿修羅族の手の者ではなさそうだが。夜叉王、いかがなさいますか?」
僕と会話していた男が後ろに向かって、声を掛けた。その声に反応するように姿を現した、1人の男性。
漆黒の長い髪に、整った顔。そして漆黒の瞳。
名前は『夜叉王』。
…似ていた。いや、あまりにも似すぎている…夜叉像に。
瞳を閉じていた姿しか見なかったけれど、それでもわかる。黒鋼くんとファイくんに視線を向けてみれば、2人も気がついたみたいね。驚いてる表情だもの。
「……話を聞こう。我が城へ」
「は。仰せのままに」
それだけ告げると、夜叉王はお城がある方へと馬と共に歩いていった。
んと…とりあえずは交渉成立ってとこかなぁ?
ホッと胸を撫で下ろす。話を聞いてもらえなかったら、実力行使!って思ってたけど…すんなり話を聞いてもらえたなぁ。ちょっとびっくりしたかも。
「おい、あの男…」
「うん…そっくりだよね?紗羅ノ国で見た、あの像に」
「何か関係があんのか?さっきの国と」
「わからない。けど…まずは宿の確保が出来そうだし、情報を集めていくしかないよ。小狼くん達が見つかるまで」
さて、せっかく話を聞いてもらえることになったんだ。
このまま置いてかれてはたまったもんじゃないよね。早く追いかけないと。
「行こう。黒鋼くん、ファイくん」
「…だな」
「……(にっこり)」
馬の大群の後を追いかければ、すぐに大きなお城が見えた。
これが…夜叉王のお城、なんだよね。これまたでっかいなぁ…本当に。
あまりの大きさに呆けていると、黒鋼くんと夜叉王の配下の人に呼ばれた。
慌てて走り寄れば、王の準備が出来次第、謁見の間に通すと告げられて。それまで少し待っていろ、と。
…そっか。返り血かどうかまではわからなかったけど、服が汚れていたもんね。着替えに行ってるのかな。
「戦争でも…しているのかな」
「かもしれねぇな。気になるなら、さっきの夜叉王とやらに聞けばいい」
「うん、そうする」
戦争をしているとして、一体何処で戦っているのか。何と戦っているのか。
気になることはたくさんあるけれど、それはあの人達にしかわからないことだ。
ひとまず、待つことにしよう。
「おい、お前達。王の準備が整った、案内しよう」
「あ、はい」
準備が出来るまで、と通されていた部屋も、この廊下も…派手ではないけど、細かい装飾が施してあって綺麗。
落ち着いた雰囲気があるというか…さすが王が住むお城って感じがする。
―――ギィッ…
重厚な扉の先には、さっきの鎧を脱いで軽装に身を包んだ王が座っていた。
「待たせてすまなかったな。…まずは名を聞こうか」
「黒鋼だ」
「緋月と申します。金髪の彼は、ファイと」
「その男は話せないのか?」
「はい。耳は聞こえるのですが、口がきけません」
「成程。して、此処に留まりたいと言っていたな?」
「ええ。少なくとも仲間が、見つかるまでは」
ふむ、と口元に手を当て、何か考え込むように黙ってしまったんですが。
…やっぱり、此処に置いてもらうのは無理かなぁ?仲間が見つかるまでって言っちゃったけど、いつ見つかるかもわからないものね。
今日かもしれない、明日かもしれない、何年後かもしれない。もしかしたら―――ずっと見つからないかもしれないんだから。
ファイくんと言葉が通じていないんだし、別々の次元に落ちている可能性だって有り得るんだ。
でも本当にそうだとしたら、僕達はずっとこの国にいることになるんだよねぇ。それはちょっと困るかも…。
「事情はわかった、滞在を許可しよう。好きなだけいるといい」
「ありがとうございます!」
「…ただし、1つ条件がある」
「条件?」
「お前達は戦に参じたことがあるか?」
「俺ぁ、ある。こいつらも戦える」
「…まぁ、死なない自信はあります」
「では―――…」
夜叉王が出した、滞在を許可する為の条件。
それは、夜叉族と共に戦場へと赴くこと。
王の配下として、兵士として戦争に参加することだった。
遥か古から、夜叉族は阿修羅族という種族と戦っているらしい。月が昇ると空に浮かぶ、月の城へと招かれて。
月の城を手に入れたものは、望みを叶えることが出来るという言い伝え。
その言い伝えの為に…もう何代も夜叉族と阿修羅族は、血を流しているのだそう。この人にもきっと、望みがあるから。
「その条件、呑みます」
「ならば、防具と武器を用意せねばならんな。黒鋼と緋月は己の剣で戦うか?」
「ああ」
「私もこの剣で。ファイくんには武器をお願いします」
「わかった。…武器庫へ案内を」
「はっ!」
今日の戦いはもう終わっているらしい。月が昇りきると、月の城からは追い出されるみたいだから。
…次の戦いは明日の夜。
戦いが終わってから、次の夜までは自由にしていいって教えてくれたけど…何をしていようかね。自主練、とかかなぁ?やっぱり。
「此処が武器庫だ。防具は明日の夜までに、それぞれに合った物を用意する。武器が決まったら呼べ。部屋へと案内する」
「わかりました、ありがとうございます」
―――パタン…
「すっごい数だねぇ…」
「…遥か昔から、毎日戦ってんだ。これくらいねぇとおっつかねぇんだろう」
「まぁ、そうかもね…ファイくんどうする?」
武器の山を指差して、首を傾げてみせれば意味がわかったらしく、キョロキョロと見渡しながら武器を選び始めた。
ファイくんは…僕達みたいな剣より、弓とか飛び道具の方が似合いそう。
他にも槍とかあるけどね。何となくそんな気がした。
彼に向いてるのは、きっと接近戦より遠距離だ。根拠は0だけどねー。
しばらく色んな武器を見ていたファイくんだけど、やがて弓を1つ手に取った。
それを持ってこっちににっこりと笑顔を向けたから、決まったってことなのかな?多分。
「決まったのか」
「みたいだよ。弓にしたんだね、ファイくんっぽいかも」
「それでいいんなら行くぞ。俺は眠ぃ」
「はいはい。…ファイくん」
ちょいちょい、と手招きをしてファイくんを呼ぶ。
うん。言葉が通じなくても、こうゆうジェスチャーでどうにかなるもんなんだねぇ。
最初はどうなることかと思ったけど、夜叉族と黒鋼くんとは言葉が通じてるし何とかなりそうだ。
異次元でも、異世界でも、異国でも…時間は同じように進んでいる。
朝になれば陽が昇り、一日が始まる。夜になれば月が昇り、一日が終わる。
それは自然の摂理。変わらないもの。崩されないもの。壊れないもの。…それがこの世の理だから。
「っはー…今日も、疲れた…」
この次元に移動してきて、早くも3ヶ月が経とうとしている。
あれから毎夜、月の城へと行き、阿修羅族と戦い、夜が明ける。
小狼くん達の行方はまだわからないし、ファイくんとも言葉が通じないまま。情報さえ入ってこない始末。ただ、剣の腕だけが上達していって。
や、上達するのは嬉しいし、別に構わないんだけどね?黒鋼くんにも褒められたし。…すっっっっごいぶっきらぼうにだけどさ。
けれど、やっぱり褒められると嬉しくなるんだ。特に―――彼の言葉だと。
「どうして…なんだろうね?他の人に褒められても嬉しいと思うけど、黒鋼くんから褒められるのと…何かが違うの」
嬉しいことに変わりはないのに。……考えてもわかんないし、そのまま放っておこう。
今はただ生きることと、小狼くん達の無事を願いたい。早く会えるように。
―――コンコン…
「入るぞ」
「黒鋼くん?どうぞー」
―――ガラッ
「あ、ファイくんも一緒なのね。どうしたの?こんな夜更けに」
「夜叉王に酒を貰った。お前も飲むか?」
「いいね、飲もうか」
夜魔ノ国のお酒は何度か飲ませてもらったけど、紗羅ノ国のお酒のように飲みやすい。戦った後にこうやって、3人で飲み交わすことも増えて。
本当は翌日に備えて体をしっかりと、休ませなきゃいけないとは思ってるんだけど。戦った後は気持ちが昂ぶっているのか、なかなか寝付けないんだ。
だから、こうやってお酒を飲んで…落ち着いた頃に眠りにつくことが、自然と多くなった。
「…たまには注いでやる」
「めっずらしーぃ。ありがとー」
並々と注がれたお酒を一気に飲み干せば、スッと体中に染み渡る。…ん、このお酒もすっごく美味しい。
何を話すわけでもない。ただ一緒に、黙ってお酒を飲んで、時々一言二言交わすだけ。でもそれが逆に心地良かったりするんです。
―――クイッ
「?ファイくん、どうかした?」
さっきまでにこにことしながら、お酒を飲んでいたはずのファイくんに袖を引っ張られた。
何かと思って顔を向ければ、扉を指差してるみたい。…もしかして、部屋に戻るって言ってるのかな?
確かめようがないから、未だに勘で理解しているようなものだけど…頷いてみれば、にっこりと笑って部屋を出て行った。
うん。僕の読みは当たってたみたいだね。
だけど、途中で部屋に戻るなんて珍しいこともあるものね。いつも僕が眠るまで此処にいるのに。
「疲れてるのかな…ファイくんも」
「お前はまだ飲むのか?」
「んー…どうしよっかなぁ。眠いような気もするし」
「眠れるんなら寝ちまえ。まともに睡眠取ってねぇだろ、酒を飲んでない日は」
「あはは。相変わらず鋭いねぇ、黒鋼くんは」
持っていた杯を置いて、ゴロンと横になってみれば。お酒が程好く回り始めたんだろうね…うつらうつらとしてきた。
黒鋼くんが言ったことは、本当だったりする。
お酒を飲んでしまえば眠気が襲ってきてくれるんだけど、飲まない日はただ横になってるだけってことが多いの。
心臓が高鳴って、体が熱くて…何だろう、あれも興奮状態…なのかな?…そんな感じで眠気なんて襲ってこないのよね。
まるで―――戦うことに、血を見ることに…体が悦んでるかのよう。
「(…怖い、な。僕が僕で…なくなりそうで)」
自分の体を抱き締めるかのように、丸くなる。
そうでもしないと体が震えてしまいそうだったから。
「どうした?寒いのか」
「へーき…多分、眠いだけだから」
「…そうか。なら、とっとと寝ろ。俺も戻る」
―――スッ…
いか、ないで…そう言って、彼を引き止めてしまいたい。
僕が眠りに着くまで傍に、いてほしいんだ。…なんて。そんな柄でもないことは、言えないよねぇ。
「おやすみ…黒鋼くん」
「おう」
扉が閉められた空間は、ただただ静かで、深い闇に包まれていた―――。
―――ある日の夜。
いつもと変わらず月は昇り、僕達は月の城へと招かれる。…そう。何も変わらないはずだった。
体調万全!気分は爽快。どこも悪くなんてなかった。いつも通りで。
それなのに。戦いが始まって、数刻過ぎた頃。自分の体に何か違和感のようなものを感じたんだ。
「うわぁっ」
―――ザシュッ…
―――ボタボタ…
「ぎゃあぁあ!」
血が、流れていく。真っ赤な血が。ドクン、ドクンと…鼓動が早鐘を打つ。
敵の体から、味方の体から…止め処なく血が流れていて。それを目にして、体が熱くなっていく。
もっと見たい、と。もっと流して欲しい、と…願っている自分がいる。
何 テ 綺 麗 ナ 赤 。
プツン、と何かが切り替わったような気がした。剣を握る手に力がこもり、自然と口角が上がっていく。
…そこから、ハッキリとした記憶がなくなった。
「何、余所見をしている!死ねぇっ!」
「……」
「?!あのバカ女…何してやがる…っ!」
―――貴方モ 真ッ赤ニ染メテアゲル。
―――ザンッ!
「ぁ…っ!」
響ク断末魔。飛ビ散ル 赤クテ綺麗ナ血飛沫。
私ガズット求メテイタ物ヨ。モット血ヲ モット苦シム声ヲ…私ニ聞カセテチョウダイ?
「ふふっ……あははははははははははっ!」
「なっ何だ、この女は!!!」
「鬼だ…血に餓えた鬼だっ」
「どうしたの…?もう終わりなのかしら」
―――ヒュッ…
ザンッ
ドシュッ
ドスッ!!
ぅわあああぁあああっ!!!!!
月夜に照らされた姿は、正に鬼神。体中に真っ赤な返り血を纏い、綺麗な黒髪を振り乱し…狂ったように笑い、人を斬り続ける。
それこそ―――全てを壊しきるまで。
悲鳴も、嘆きも、命を乞う声も、決して届くことはない。
彼女の心にあるのは、ただ人を斬るという快楽だけ。楽しみだけ。
「ほら、早く来なさいな。もっと流れ出る血を…見せて」
―――いやだ…僕はもう…
「来ないのなら、こっちから行くわよ?」
―――人を、殺したくない…っ!!!
―――パシッ
「…そこまでだ。一旦、落ち着きやがれ」
「……あ……や…ごめんなさ……っ」
「おい?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ違う…私は……僕は―――いやあああぁああぁああっ!!!」