03


何だろう…右手が、温かい。
誰かが握ってくれてるのかな?温かくて…優しい、とても。まるで…僕の不安を全て、取り除いてくれるみたいに。

…知ってる。僕はこの温かさも、この優しさも…知ってるよ。だからこそ、こんなにも安心感が得られるの。
―――ねぇ、傍にいてくれているのは…キミなんでしょう?


「ふふ…やっぱり黒、鋼くん…だ…」
「!…目、覚めたのか?」


珍しく焦ったように問い掛けられた言葉に、1つ頷く。
す…と温もりを感じる右手に視線をやれば、思っていた通りだ。彼の大きくて、無骨な手がしっかりと僕の手を握ってくれていて。
右手が温かかったのは、黒鋼くんが握ってくれてたからなんだ。…何だか、嬉しいな。

ふと、月の城での戦いを思い出した。
きちんと覚えているわけではないけれど、だけどあの血を求める…渇きだけは覚えている。
あの時の僕は、ただ悦んでいたんだ。ただ血が見たくて、人を傷つけたくて、人を殺したくて…悦びを、得たくて。
―――あれは、昔の僕だから。
どれだけ奪っても、どれだけ壊しても…どれだけ殺しても…餓えていた。血に。
その時の感覚と、同じだった。記憶が途切れる前の、あの時は。


「…どうした。気分悪いのか?」
「こ、わい…自分が……っ!ずっと平気だったのに、あの日…とてつもなく血を求めたの。肉を斬る感触をこの手に、血飛沫が舞う光景をこの目に、上がる断末魔をこの耳に…得たかった。どうしても。
もうイヤなのに、そんなことをして生きてなどいたくないのに…っ!!!僕が僕でなくなってしまいそうで…怖いんだ…っ」


再び、あの闇に堕ちるのか。ただの殺戮を繰り返す、狂った人形に戻るのか。
そして―――――大切な彼らを、手にかけることになってしまうの?


「ヤダ…イヤだよ!!!もうあの頃に戻りたくなんて、ないよぉ…!
お願い…僕を捨てないで、離れないで…嫌ったり…しないで…っ血で真っ赤になって、穢れてる僕だけど、でもっ!嫌わないで…嫌われたくないの、黒鋼くん―――」

―――ギュッ…

「わかったから。だから、少し落ち着け…」
「イヤ…此処にいて、離れていかないで………ごめんなさい、ごめんなさい…っ!」
「大丈夫だ、俺は此処に…お前の傍にいる。―――緋月」
「……っ!」


ずっと呼ばれなかった、僕の名前。
絶対に呼ばれることはないと、思っていたのに。諦めていたのに。今、確かに紡がれた。
大好きな声で、一番呼んで欲しかった人に。
他人に名前を呼ばれただけでこんなにも嬉しいと思えるなんて、初めてだ。


「戻りたくねぇと思うなら、願ってろ。今の自分の姿を、ずっと。それでもお前があの時みてぇに暴走しちまったなら…俺が引きずり戻してやる。そう簡単には、失わねぇ。二度と」


真っ直ぐに見つめてくる、今は漆黒になってしまった彼の瞳。だけど、その強い光は…変わらない。前のままだ。

―――あぁ、もう誤魔化せなどしない。
自分の気持ちを偽ることなんて、容易いことだった。今までもそうだったから。
だけど、だけどね?これだけは…偽れないよ。彼を想う…この気持ちだけは―――絶対に。
ずっと…誤魔化そうとしていたけれど、もう限界ね。だってこんなにも求めてるから…僕の心が。

誰よりも、何よりも大切なの。キミが…好きだよ、黒鋼くん―――
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