叶わぬ望み
眠り続けていた期間が、黒鋼くんによれば一週間と少し。
王より休暇の命を出されて、もうすぐ2ヶ月程経つ。
この次元に来て…早くも半年が過ぎようとしていた。
―――パタパタパタッ
「おかえり、黒鋼くんっ!ファイくんっ!」
「おう。もう平気なのか」
「ん。もうすっかり!元々、怪我はしてなかったしねー」
休暇の命を出されてからは、お城の女中として働かせてもらっていた。…最初の二週間くらいは本当に、体が思うように動かせなくてね?休んでたけれど。
んで、徐々に体が動かせるようになってきたから、簡単な仕事をさせてもらって。
だって、ただ休んでいるのは悪いじゃない?お世話になってるのに。
だからせめて、出来ることくらいはしようと思って。
「おい、話がある。あとで部屋に来い」
「へ?うん…わかった。ファイくんは?」
「そいつとは部屋が一緒だ、呼ばなくてもいる」
「あ…そっか。すっかり忘れてたよ…そうだ、コレ2人の着替えね」
「おう」
武器と防具を2人分預かって、代わりに替えの服を渡した。
戦場に行ってるし、戦ってるし…返り血とかね、ついてるから着替えないとご飯とか食べられないもの。…きっと湯浴みに行ってるだろうし、少し時間が掛かるかな。
今日の分の仕事は、2人に着替えを渡したら終わりだったはずだしー…どうしようかな?とりあえず、この武器と防具を片付けてこないとね。
それからお酒の準備をしようかな。きっと2人共、飲むだろうから。
「僕にも飲ませてくれるかなー…」
休暇を命じられた日から、当然ながら僕はお酒を禁止されました。
病人や怪我人ではなかったけど、体が動かないのは確かだったし、黒鋼くんとファイくんが心配してくれているのもわかったから。
だから、本当に大丈夫になるまで飲まないようにしていたのですよ。
「黒鋼、くん…」
2ヶ月程前のあの日。僕はずっと抱えていた初めての感情を、ようやく自覚した。
…いや、正しくはようやく認めたっていうのが正しいのかなぁ?
自覚自体はきっと、ふわもこの生き物がいたあの国で…していたんだと思うから。それでも誤魔化し続けようと、認めてはいけないと思っていた。
たくさんの命を、人生を奪い続けた僕が…誰かを愛しく想うことなど、許されはしないもの。
あと…あの方が、許しはしないから。
だけど、この気持ちは止まらない。止められないの。
黒鋼くんの傍にいられることが嬉しくて、安心できて…幸せ。
ぶっきらぼうな言葉も、態度も、綺麗な深紅の瞳も、大きな無骨な手も…全てが好きだと思えて。あぁ、愛しいっていうのはこういう気持ちなんだなーって、わかったの。
好きだけど、伝えることは出来ない。
いずれは消えてしまう、僕の存在。まだ思い出せないけれど、"キミ"に殺してもらわないと…いけないから。
そうでないと―――大変なことになってしまう気がするの。
…このまま生きたいと願ったとしても、誰かを悲しませてしまうだけなんだけどね。
それに、彼の心の中には『知世姫』がいる。彼の大切な、主。護るべき存在がいるんだから。
「僕の望みは1つだけ。…それ以外は、叶わなくていい」
伝えない。だから…ただ、想い続けることだけはさせて。
心の中に留まらせることだけは、許してほしいの。
「…おい」
「っ!…ど、どうしたの?湯浴みに行ったんじゃ…」
「もう上がった。何してんだ、こんな所に突っ立って」
「あ……ううんっ!何でもない!そうだ、お酒飲むでしょう?すぐ片付けて、用意してくるね」
「まだ防具とか片付けてなかったのか?…貸せ」
―――ヒョイッ
「わ…っ!だ、大丈夫だから!てか、僕の仕事取らないでよー」
「お前がちんたらしてっからだよ。行くぞ、緋月」
「!……うんっ」
あの日から、時々呼んでくれるようになった僕の名前。本当に時々なんだけどねー。
…でも前みたいに『女』って呼ばれることはなくなった。その代わり『おい』になったんだけどさ。
それもどうなのって、今更思ったりする。どうせならずっと名前で呼んでよ!って思うんだけど、彼は他の皆のことも名前で呼んでいないのよね?そのことにどんな意味や、意図があるのかはわからないけれど、最初からそうだった。
信頼していない、とか…そういうことなのかなぁ?聞いてもきっと教えてはくれないだろうから、聞きはしないけども。
何にせよ、嬉しいことだよね。名前を呼んでくれるのは。
特に―――黒鋼くんに呼ばれるのは、ね。
「ずっと…隠し続けるから、だから」
キミの傍にいることだけは、許して。
―――ガラッ
「ファイくーん、お酒持ってきたけど飲むー?」
「うんー、飲むよー」
…………へ?
「お前、軽く喋るんじゃねぇよ。一応、口がきけねぇことになってんだぞ」
「大丈夫でしょー。もう皆、部屋に戻ってるだろうし?」
「…ったく。大声は出すなよ」
「はーい」
えっとー…どうなってるの?つい昨日まではファイくんと言葉、通じなかったよね?ジェスチャーで会話してたよね?それが何で急に言葉が通じるようになっちゃってるの?!!
いや、ものすごーーーーく!嬉しいし、有り難いんだけれども!でも頭がまるでついていっていませんが!!!
てか、2人も説明せずにお酒飲み始めちゃってるしっ
「お酒はあとー!!!」
―――バッ
「てめっ…」
「先に説明しなさいよ。何でファイくんと言葉が通じるようになってるわけ?」
「月の城でねー小狼くんとサクラちゃんに会ったんだよ」
「本当?!…無事、だったんだ…良かった」
「みたいー。モコナがこの次元に着いたから、言葉が通じるようになったみたいだねぇ」
「でもずいぶんとズレて落ちたんだね。3人が着いたの今日ってことになるわけでしょ?」
「だろうな。…いい加減、酒返せ」
「へ?あぁ…ごめん、ごめん」
そういえば、さっき説明してもらう為にお酒を取り上げていたのでした。危うく忘れる所だったねー。
酒瓶を黒鋼くんに差し出して、彼が受け取ろうとした時。僕の手に、彼の手が軽く触れた。
―――ドキンッ
「……っ!!!」
―――バッ
―――ガシャーンッ!
何を思ったのか、僕は思わず酒瓶から手を離してしまった。
思いっきり手を離したから、彼もびっくりしたらしく酒瓶はそのまま落下。当然のごとく、割れました。粉々に。
何してんだ、僕ーっ!!!顔は熱いし心臓はうるさいし…恥ずかしいよぅ。
「緋月ちゃん?!」
「ああああ!ごめんなさいー!!!大丈夫?2人共っ」
「オレは全然大丈夫ー」
「お前は怪我ねぇのか」
「平気。何ともないよ。拭く物取ってくる!」
―――パタパタパタ…
「…顔、真っ赤だったねぇ緋月ちゃん。黒りんも赤いけどー」
「……っ!」
「彼女が休暇もらってから、何かあったのかなー?」
「別に…何もねぇよ」
(何だよ、さっきの反応……期待、しちまうだろうが)
(お互いに、ようやく自覚したって所かなぁ?これからどうなるのか楽しみだけど、何でこんなに切ないんだろうね…)
(まだ心臓がうるさい…前までは何ともなかったことが、こんなにも意識しちゃうなんて)
それぞれの想いを胸に、夜は更けていく―――――