02
はあ…昨日は失敗しちゃったなぁ。まだ旅は続くんだし、昨日のようなことにいちいち反応しちゃってたら、心臓もたないよね。
てか、あまりにも意識しすぎちゃってて…皆に変だと思われるのもマズイ。
何より―――彼にこの胸の内を知られてしまうわけには、いかないの。
…知られないように、なるべく今まで通りでいなくちゃ。よし。平常心、平常心。
「(さて…夜叉王に会いに行かなくちゃね)」
体の具合もすっかり良くなった。少しの間、女中として働いていたけど…そろそろ戦場へと向かおうと思って、夜叉王に許可をもらいに来たの。
休暇を命じたのはあの方だし、戻るのにも許可が必要だろうと思ってね。…また、あんな状態になるんじゃないかって不安は消えていないけど。
あの頃の自分には、絶対に戻りたくない。負けたくない。今はそう、強く思えるからね。それに―――1人じゃないし。
「もう具合はいいのか?緋月」
「はい。ご迷惑をお掛けしました!休暇までもらってしまって…」
「良い。…休暇を取らせたのは、黒鋼からの頼みでもあったからな」
「え…彼が、ですか?」
「顔には出していなかったが…ひどく心配していたようだ、ファイもな。…良い仲間を持っている」
「……はい。本当に、心からそう思います」
眠っている間も、月の城へ行く時以外はずっと僕の傍にいてくれていたという。
心配そうに…ずっと傍で、手を握ってくれていた、と。本当に優しいんだな、黒鋼くんは。
ファイくんもずっと僕の身を案じてくれていたみたいだし、感謝しなくちゃ。
「夜叉王、お願いがございます」
「…戦場に、戻るか」
「またご迷惑をお掛けするかもしれません…けれど、行かせて下さい。あの場所へ」
「―――いいだろう。お前も腕の立つ兵士だからな」
「ありがとうございます。…では私はこれで失礼します」
戦場に戻る許可はもらえた。きっとあの2人は反対したり、心配するだろうけど…それでも僕はあの場所へ行きたい。
何も出来なくても、変えることが出来なくても―――見届けたいから。
この遥か古から続く、この戦いの結末を。自分自身の目で。…どんなに、悲しい結果になろうとも。
「…行くのか」
「あれ、聞いてたの?」
「バカか。部屋の中で話してたことが、廊下まで聞こえてくるかよ」
「あはは。そうだよねー」
「で、行くのか?月の城へ」
「行くよ。王の許可ももらえたから、今日の夜から復帰する」
「平気なのか?お前…人を殺せねぇだろ」
「……うん」
生きる為に誰かを傷つけてしまうことは、これまでにもあった。
高麗国でも、紗羅ノ国でも。だけど―――命だけは、奪うことが出来ない。
ただの偽善、ただの綺麗事だ。傷つけることは出来るのに、殺すことは躊躇うなんて。
それはわかっているけど…でも真実だから。
「それでも、行くよ。まだ怖いけれどね」
「覚悟決めてるんなら、俺もへらいのも止めねぇよ。だが…俺の傍にいろ」
「…え?」
「言っただろう、引きずり戻してやると」
「そう……そうだったね、黒鋼くん」
さっきまであった不安が薄れていく。
うん、やっぱり大丈夫だ。彼が傍にいるのなら。どれだけの血が流れていく光景を見ようとも、今なら負けない自信がある。
あの闇にはもう、堕ちないよ。
名前を呼んで、此処にいることを望んでくれる人がいるから。
「…ね、黒鋼くん」
「あ?」
「ちょっとだけ…手をね、握ってもらえないかな?」
ダメ元でお願いをしてみるけれど…反応がない。
うう…やっぱりダメかな;;彼の体温を感じて、安心しようかと思ったんだけど…。
―――キュッ
「これでいいのか?」
「へっあっ…うん!」
「なーに慌ててんだ。自分から言い出したんだろうが」
「だ、だって…まさかしてくれるとは、思わなかったんだもん…」
「別に構わねぇ、このくらい」
…温かい。
ずっと…そうだった。彼に頭を撫でてもらうだけで、手に触れるだけで安心してたから。
安心を得ていた頃から僕は、好きだったのかもしれないね。黒鋼くんのこと。
「ありがとう」
「無茶はするな。…いいな?」
「うん、わかってる」
皆を悲しませるようなことは、しないから。
幾度となく戦って、小狼くんと再会も出来た。
まぁ、色々と理由があって彼に攻撃を仕掛けたけれど。…でも今日で全てが終わる。
勘とかじゃない。…夜叉王が、そう言ったから。
―――全てを、終わらせると。
「さて…行くぞ、緋月」
「はい」
ユラリ、と空間が歪む。瞬きをしてる間に月の城へと移動した。
―――最後の戦の、始まりだ。
「来るぞ」
「……ごめん、黒鋼くん。見届けたいものがあるから、行ってくる」
「あ?お前―――」
―――トンッ
夜叉王がいる場所はわかっている。
武器を振るってくる阿修羅族を斬り伏せて、ただひたすらに王の元へと。
あの方を護りたいわけじゃない。終わらせると決めたのはあの方自身だから、僕は止めない。止める権利もない。
本当にただ―――見届けようと、思っただけだ。
「…王」
「どうした、緋月。護衛ならいらぬ」
「ふふっええ、わかっています。護りに来たわけではありません。終焉を、見届けに」
「見届けに……そうか」
「はい。お邪魔でしょうか?」
「いや、いてくれて構わない」
「ありがとうございます」
響く怒号、断末魔、肉を断つ音。その他には何も音が聞こえない…戦場独特の音だ。
我が王を護ろうと必死に、阿修羅王に立ち向かう夜叉族。けれど、仮にも阿修羅族を統べる者だ。
そう簡単にやられることはないよね、あの強さだもの。
武器を持ち、立ちはだかる者達を次々に倒していく。その様は華麗で、綺麗で、まるで舞を踊っているかのようだけれど…でも恐ろしくもあった。
―――フワッ
阿修羅王が、夜叉王の元へと舞い降りた。
「…夜叉王の護衛か?邪魔はさせんぞ」
「王から護るな、と言われております。邪魔は致しません…見届けたいだけです」
「似て、いるな。あの魔女に」
「!…もしかして…侑子、さんですか?」
「あぁ。そっくりだな…その意志の強い瞳も、美しい黒髪も」
次元の魔女を…侑子さんを、知っている。
聞いたのはただそれだけ。…でもこの次元に移動した理由がわかった気がした。
羽根の波動を感知したモコが自分で移動したんだ、と思っていたけど、本当は違う。きっと…強制的に、移動させられたんだ。恐らく侑子さんに。
でもあの人は人の願いを介してしか、動くことが出来ない。だとすれば―――――
「貴方が…侑子さんに依頼をしたんですね。阿修羅王」
「聡い所も、よく似ている。その通りだ」
「予定調和な世界移動は…終わったんですね」
「…魔女もそう言っていた。そなた、名を何という?」
「緋月と、申します」
「良い名だな」
にっこりと笑って、僕から夜叉王へと向き直った。
「夜叉王、決着をつけよう。私は己の願いを叶える」
―――ドッ…
炎を纏った刃が、夜叉王の体を貫いた。
阿修羅王の体を愛おしそうに抱き締める夜叉王。
夜叉王の右目に現れた傷を触る、阿修羅王の手に優しく口付けを落とす姿。
その傷に優しく唇を落とす姿。
どれもが幻想的で、美しくて…でも悲しかった。
目の前に起きているのは確かに現実なのに、とても悲しい出来事。…だって、夜叉王はもう―――いないから。
今まで僕達が見ていたのは、夜叉王の幻。
彼の姿を作り出していたのは…姫さんの羽根だね。
―――パアァア
「サクラの羽根!!」
「こちらへ、小狼。緋月も…来てくれ」
「…はい」
―――トッ
「夜叉王は…」
「死んだ。もう随分前になる」
「じゃあ、やっぱりさっきまでいた王は…羽根が見せていた、幻なんですね」
「まるで生きているかのような影身だ。
夜叉族との戦いは永い。長である夜叉王と刃を交えて、ある日気付いた。
夜叉王は病に冒されていると。互角である筈の夜叉王に、私が傷を付けられたのもその病の為だ」
そしてある日、夜叉王が阿修羅王の元を訪れた。月の城でしか相まみえないはずなのに…。
だから、阿修羅王は知ることが出来たんだ。彼は死んだのだ、と。
ただ魂となって、阿修羅王の元を訪れたのだろう。
「けれど、その次の日。月の城にまた夜叉王は現れた。その羽根の力で現れた、幻となって。私が付けた傷のない夜叉王でも、私には消せなかった。もうとうにいない、ただの幻でも」
どんな姿でもいいから…会い続けていたかったんですね。夜叉王に。
失いたくない、とても大切な人だったから。いつかは消えてしまう幻でも、いいと思ってしまう程に。
「探していたものはこれか?」
「……はい」
「では、返そう。…望みは叶ったか?」
「……はい」
小狼くんの言葉に微笑むと、阿修羅王は地面に剣を突き立てた。
この城を制したのは、阿修羅王。月の城を手に入れれば、願いを叶えてもらえるという言い伝え。
阿修羅王はその言い伝えの元に、願いを告げた。
けれど、阿修羅王の願いは…叶えられない。故に月の城は……崩壊の道を選んだ。
「……やはり我が願いは、月の城を手に入れても叶えるには重すぎるか」
「阿修羅王!!城が崩れます!早くこちらへ!」
「いやだ」
「王!」
「いやだと言った」
―――ガゴッ
「阿修羅王!!」
「小狼、諦めればそこで全てが終わる。願い続けろ。強く、強く。例え、己が何者でも、他者が己に何を強いても、己の真の願いを願い続けろ」
大きな岩が、阿修羅王の頭上に降ってきた。
そのまま激突すれば、確実にあの人の命は失われる。…けれど、夜叉王の元へ向かうことが出来る。
だからこそ避けようともしなければ、仲間の声にも耳を傾けないのでしょう?
その気持ち、わからないでもない。だけどね?阿修羅王。
…きっと、彼はそれを黙って見ていられるような人ではないのよ。
―――バッ
―――ザンッ
―――ガッ
「ふふっさーすが小狼くん」
「やっぱり緋月さん、だったんですね」
「……昨日よりは今日、今日よりは明日。戦う度に強くなる、そういう強さだな」
阿修羅王の願い、想い…全てを尊重しようと思っていたけれど…体が勝手に動いてしまった。助けるつもりで来たわけではなかったのにね。
それでも―――必死に貴方を救おうと声をかける仲間を見てしまったから。
だから、動いてしまったのかもしれないね。生きていてほしいと、1人でも思ってくれている人がいるのなら…。
―――ゴゴゴゴ…
城の崩壊が止まらない…どうにかしないと、僕達の命もなくなってしまう。
「…願いを叶えられない城は崩れゆく…か。私の真の願い…夜叉王を蘇らせることは。やはり出来なかったな」
「人の命に関する願いは……対価が重すぎるんです」
「……『死者を蘇らせることは、誰にも出来ない。例え、神と呼ばれる存在(もの)でも』おれの父さんが言っていました。『だから限りある時間を、自分が信じるものの為に精一杯生きるように』と」
「良い父上だな」
僕達の乗っていた足場が、真っ二つに割れた。阿修羅王と僕側と、小狼くん側に。
小狼くんは手を伸ばして、阿修羅王と僕を助けようとしてくれたけど…王の剣先から放たれた炎により吹き飛ばされた。
これは…貴方なりの優しさなんでしょうね。彼を巻き添えにはしたくないと、思ったから。
「気持ちは、変わらないんですね」
「あぁ、変わらない。…緋月」
「何でしょう?」
「…諦めるな、決して手放すな。緋月が望む未来に、迷わず進め。お前には…その権利があるのだから」
「阿修羅王……」
「強く願え。そして信じていろ、己を…仲間を」
「はい」
もう、限界だ。月の城は原型を保っていない、恐らく…そろそろ此処から追い出されてしまうだろう。
全てが崩れゆこうとしている。夜叉王と阿修羅王の想いを、抱えて。
タンッと跳躍して、飛び降りれば。馬に乗っていたファイくんが上手くキャッチしてくれた。
黒鋼くんは小狼くんを片手で掴んでいて、無事だったんだなとホッとした。
そして、僕達は月の城から地上へと戻された。
「聞こえるか、魔女よ」
『聞こえているわ』
「小狼とサクラ、あの2人でなければ夜叉王の幻を消して、羽根を返す決心はつかなかったかもしれんな。……頼みがある」
『対価がいるわ。その望みに見合うだけの』
「わかっている」
『では願いを』
「私と夜叉王を、後の世の神に」
『何故?』
「神にも出来ぬことがあるという証に。黄泉へと渡ったものは二度と戻らない。燃える炎の如く、流れ行く時間に同じものは何一つない。変わるからこそ、戻らぬからこそ。一度しかない生を、悔いなく生きろと願う神に」
地上へ下りて、月の城を見上げた。
城は眩い光を放って、砕け散ったんだ。…阿修羅王と共に。