負けられない


「そうですか、残さんが予選レースの映像を…」
「嘘発見器、普通の椅子みたいだったよ」
「それはすごいねぇ」
「知世ちゃんとは幼なじみだとおっしゃってました」
「ええ、そうです」
「笙悟さんは自警団だと」
「その通りですわ」


…何だか知世ちゃん、浮かない顔してる。
それを問えば、何か気になることがあるってことみたいなんだけど…詳しくは話したくないみたいね。恐らくは、レースの不正行為についてなんだろうけど。
予選レースに不正があったのは、事実。それは残念だけど、知世ちゃんが認めたし…確かなんだと思う。
今、知世ちゃんの会社の調査部っていう所が、レース出場者と関係者の調査に入ってるらしい。


「誰があんなことをしたのか突き止めて、必ず捜し出しますわ」
「……」
「(黒鋼くん…?)」


そんなに厳しい表情はしていないけど、知世ちゃんをじっと見つめてる黒鋼くん。
何か気になることがあるのか、それとも―――彼女だから、気になるのか。

―――ムカッ

やっぱり、イヤ。どうしても腹が立ってしまう…知世ちゃんはすっごく良い子だし、可愛いし、全く非はないんだけどね。
彼が仕えるお姫様と同じ顔、同じ名前だから…必然的に黒鋼くんは知世ちゃんを気に掛けるから。
仕方のないことなんだけど、頭ではしっかり理解してるんだけど!…気持ちがついていってくれないんだ。


「知世は今日は、そのお話で来たの?」
「いいえ。実は……本選では何をお召しになりますの?!」
「え?」
「もう決めてしまわれました?」
「い、いいえ」
「緋月ちゃんは?」
「ぅえ?いや、僕もまだ決めてないけど…」
「でしたら是非、是非!私に作らせて下さいな!」


何やらテンション急上昇中の知世ちゃん…此処にいる全員が、その上がりっぷりにぽかーんとしています。
僕もその1人なんだけどねー。さっきまで考え事してたんだけど、全部吹っ飛んじゃったよ。


「超絶可愛いサクラちゃんと、超絶美人な緋月ちゃんにぴったりなレースコスチュームを考えましたのー!私の作ったコスチュームを着て、颯爽と空を駆けるサクラちゃんと緋月ちゃん!素晴らしいですわー!」


初めて会った時も思ったけど…こういう話をしている時の知世ちゃんって、すっごい輝いてるよねぇ。今も大きな瞳をきらっきらさせて、話してるし。
洋服のデザインを考えたり、作ったりするの好きなのかなぁ?…でもちょっとだけ、どんなのを作ってくれるのか楽しみかも。


「モコナもコスチューム欲しいー!」
「お任せ下さいな!」
「と…知世ちゃん……」
「あははっ楽しそうだよねぇ、知世ちゃん」
「う、うん…でもいいのかな?お仕事もあるのに」
「知世ちゃんもそれをちゃんとわかってて、こういう風に言ってくれてるんじゃないかな?無理だったら言わないと思う」
「そうだと、いいんだけど。…あ、緋月ちゃん」
「うん?」
「どこか痛かったり、具合悪かったりする?」
「へ?ううん、どこも悪くないよ」


心配そうな姫さんの表情。でも本当にどっこも悪くないから、素直に首を振る。
すると、安心したように微笑んでくれたけどさ。…だけど、何でまた急にそんなこと聞くんだろう?
気になって聞いてみれば、さっき眉間にシワが寄ってたからだと教えてくれた。さっきって……もしかしたら、黒鋼くんが知世ちゃんのことを見てた時かな?イヤだな、って思ったから。
うあー…そっかぁ。僕、気付かないうちに顔に出てたんだ。


「でも緋月ちゃんってあんまり表情に出ないから、その方が安心する!」
「姫さん…」
「痛いのとか、辛いのとか…隠さないでね?何も出来ないけど、心配だけはさせて」
「…うん、ありがとう」


本当に温かくて、優しい子。ありがとう。本当に、本当に…嬉しいよ、姫さん。

あの後、知世ちゃんはいそいそと嬉しそうに帰って行きました。本選までに衣装を2着作るんだもんね…仕事の傍ら。
さっき姫さんにはああ言ったけど、本当に大丈夫なんだろうか?無理とかしないといいんだけどなぁ。
そして、僕達はと言いますと…ドラゴンフライの整備と練習をしているのであります。


「えっと…これがこっちだからー……あれ?」
「どうしたのー?緋月ちゃん」
「や、このネジ…留め方がわからなくって」
「……貸してみろ」
「あ、うん」

―――カチンッ

「留まったぞ」
「すごーい!ありがとー」
「お前、よくそんなんで今まで整備してたな…」
「んー?何となく?」


でもまぁ、本当に黒鋼くんの言う通り。こういうのは僕、苦手でさ?イマイチよくわからないんだよねぇ。
よく予選では落っこちたり、飛ばなかったりとか…そういうアクシデントが起きなかったなーって思うよ。

…それにしても、黒鋼くんって器用なんだなぁ。っていうか、飲み込みが早いのか?機械をいじったりしたことないって言ってたのに、テキパキと進めていってるし。
今も僕が全っ然わからなかったネジの留め方も、何も見ずに簡単に留めちゃったもの。すごいよね。


「知世の作ってくれる服楽しみー」
「はりきってたもんねぇ、知世ちゃんー」
「姫さんも『ドラゴンフライ』の練習、頑張ってるね」
「そうです。そのまま高さを維持して!」
「はい!」
「サクラがんばれーーー!」


天を仰げば、一生懸命に練習をしている姫さんと教えている小狼くんの姿。
今の所、姫さんの操縦するドラゴンフライは墜落することもなく、順調に飛んでるみたい。この分なら本選は心配ないかなぁ?
予選の時は上手く飛べなくて、見ているこっちがはらはらしてたんだけど。


「でも不正かー。黒りーが時々感じる、オレ達を見てる視線と関係あるのかなぁ」
「……」
「ない、とは言えないよね。羽根を狙っているのは間違いないだろうし」
「尚更、本選は気をつけないとね」

「そこでブレーキを!」
「はい!」

―――グイッ
―――ゴオオォオオッ

「きゃーーーーーーっ!!」
「そっちはアクセルです、姫ーーー!」


本選は心配ないって思ったけど、前言撤回しよう。
めちゃめちゃ心配です。


「特にサクラちゃん。面白すぎるよー」
「…コントやってるみたい、あの2人…」
「んとに大丈夫なのかよ。おい」


ブレーキとアクセルを間違えちゃうくらいだもんね、姫さん。
黒鋼くんが頭を抱えたくなるのも、よくわかる気がする。うん。
乾いた笑いを浮かべながら、2人の姿を見上げていたら、黒鋼くんが工具を片付け始めていた。


「…黒鋼くん、寝るの?」
「あぁ。整備も終わったからな」
「ずいぶん早いねぇ。お酒はー?」
「飲む」
「じゃあ、緋月ちゃん用意してあげてくれる?黒様、お酒の場所わからないだろうし…」


一度、言葉を切って耳元に顔が寄せられた。


「緋月ちゃん、黒様の傍にいたいでしょー?」
「っ!!!」
「…何してんだ?お前も中に戻るんなら、行くぞ」
「あっはい!」
「おやすみー2人共ー」


ひらひらと手を振ってくれるファイくんを振り返れば、バチンッとウインクをした。
口元も音にはならないけど、「が・ん・ば・れ」と紡がれていて。
あぁ…彼は応援してくれてるんだ、ってわかった。
何気に姫さんも応援してくれてるみたいだし…有り難いような、くすぐったいような変な感じ。


「座ってて、今用意するから」
「おう」


…姫さんとファイくんが応援してくれるのは嬉しいんだけど、気持ちを伝えようとは思ってない。自覚した時にそう決めたから。
ただ、最期を迎えるその時まで…彼の近くにいられれば、と願うだけ。今の距離感で十分だと、思うから。

これ以上は―――望めない。望んではいけない。
誰かを好きになれた、それだけでも僕には十分なんだもの。
こんなに優しい気持ちになれて、傍にいることで安心できて、笑顔になれる…どれも今までは知らなかったもの。
それを知ることが出来たんだ。…黒鋼くんを好きになって。まだしばらくは、此処にいたいと前向きになれたのも彼のおかげなんだもんね。


「はい、どーぞ」
「お前はもう寝るのか?」
「んー…どうしよっかな。整備は一段落ついたけど…」
「まだ寝ないんなら、つき合え」
「お邪魔でないなら、いくらでも」


黒鋼くんから誘ってくるなんて珍しいなぁ。
いそいそと自分の分のお酒を用意して、彼の隣に腰掛けた。


「……」
「ね、黒鋼くんの国にいる知世姫ってどんな人なの?」
「あ?」
「ほら、この国にいる知世ちゃんと顔が同じなんでしょう?性格はどうなのかなって」
「…似てるような、似てないようなって感じだな」
「でも魂は同じ―――」
「何か言ったか?」
「ううん。それでどんな人なのー?」
「人をおちょくるような奴だ」


おちょくるって…知世姫って一国の姫で、黒鋼くんの主君なんでしょうに。
そんな風に言っていいのかなぁ?怒られたりしそうなんだけど。


「やけに気にするんだな。知世姫のこと。夜魔ノ国でもそうだっただろう」
「え?」
「何でそんなに気にする」
「そ、れは……くっ黒鋼くんがさ!珍しく狼狽してたから、それでどんな人なのかなぁって…」
「へぇ?」


ニヤリと、口角を上げて笑った黒鋼くん。その顔はカッコイイと思うんだけど、何だか悪い顔してるように見えるんですが。
よからぬイタズラとか考えてるわけではないですよね?!!……モコやファイくんじゃないんだから、それはないか。
あの2人には失礼のような気もするけどー、実際モコなんかイタズラすることあるしね。

ふと、どうしても気になっていたことを…聞いてみたくなった。
それを聞いたら僕の気持ちがバレてしまうとも、思ってるんだけど…それでも確かめてしまいたい。
聞いた結果が、どうあろうとも。


「……好き?知世姫のこと」
「そういう次元の話じゃねぇ」
「好きとか嫌いって感情は関係ないってこと?」
「ああ。…ただ、生涯守るとは決めた相手だな」
「夜魔ノ国でもそう言ってたね」
「おう」


ちょっとだけ…安心したかも。彼が知世姫に恋愛感情を抱いてないって、わかったから。だから、どうするってわけでも…ないんだけどね。


「…生涯守ると決めた。だから、俺は必ず帰る」
「それが…キミの願いなんだね、この旅をする」
「まぁ、そうなるな。…けど、もう1つ叶えてぇことが出来た」
「え?」
「言っただろう?日本国にお前を連れて行く、と。桜を見せてやるとな」


桜都国で言っていた、こと。確かに彼に見せてやる、って言われた。連れて行くって。
僕が―――生きたいと思える約束を、してくれたの。
それを…キミ自身の願いにしてくれるの?願ってくれるの?叶えようと…してくれるの?


「楽しみに、してる…見れるの」
「おう」


ああ…どうしてそんなにも、キミは優しいの?温かいの?そんな甘い約束…縋りつきたくなってしまう。
もっと近くにいきたい、もっと…僕を見て欲しい
。傍に―――いて欲しいと願ってしまうのに。これ以上のことを望んではいけないのに、望みたく…ないのに―――ああ、どうして?

どうしてこんなにも欲深い?どうして僕は…切り捨てることが、出来ないの?
そんなことなんて関係ないほどに、僕はキミのことが好きだよ―――黒鋼くん。
いつか…伝えることが、出来たらいいのに。
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