03
―――ズキンッ…ズキンッ…
一定の間隔で襲ってくる、鈍い痛み。体中痛くて、あちこちが悲鳴を上げてるみたい。
頭も、腕も、背中も、足も―――――指一本動かすことすら、今は厭わしい。
「―――…ッ」
…誰?誰か―――そこにいるの?
ふわり、と浮上し始める意識。でもまだ、全てが朧気で…何が起きたのか、何が起きているのかがわからない。誰かの声が、聞こえるんだけど…傍には誰もいなくて。
だけど…僕はこの声を知っている。どこかで―――ずっと耳にしていた声。
この低い声が大好きで、この声に紡がれる自分の名前が好きだった。そこまで思い出せるのに、名前と顔がわからないの。
「―――…っ!」
もう1つ、声が聞こえた…。
うん。この声も僕は知ってるんだ。少しだけ間延びした口調で、とても特徴的なんだよね。優しい、優しい―――温かい声。
ねぇ?キミ達は、誰なのかなぁ?
「緋月っ!!!」
「緋月ちゃん…っ!!!」
side:緋月
「くろ、が…ねく…ファ、イく―――?」
「緋月ちゃんっ!…良かった…生きてた…っ」
「あんまり驚かせんな……心臓に、悪い」
―――ギュウ…ッ
「心配、して…くれてたの…?」
「当たり前だろうが…」
「心臓止まるかと思ったんだよ?オレ」
ファイくんは今までに見たことのない、憂いの表情。
黒鋼くんの顔は抱き締められていて見えないけど、声が少し震えていて鼓動も早い。
あぁ…僕はこんなにも心配されているんだ。この場にはいない姫さんと小狼くんにも、心配をかけちゃったんだろうなぁ。
特に姫さんは…爆発した瞬間を、目の前で見てしまっているから。
「とにかく、早くお医者さんに…」
「少しだ、け…ま、て…」
「…どうしたの?」
「見届けたい…姫、さんが…勝つとこ……」
「…体は平気なのか?」
「結果がわか、たら…治療してもらうから…お願い…画面が見えるとこに、移動して…?」
どうしても、最後まで見ていたいの。体中が痛くても。
彼女が勝つ所を、自分自身の力で勝ち取る瞬間を―――この目で。
それまでは此処を離れたくないから。
どう言っても引かない僕に諦めたのか、溜息を1つついた黒鋼くんは画面のまん前に立ってくれた。
そこに映っているのは、ひたすらにゴールを目指す姫さん。僕と黒鋼くんがリタイアした後、残りの4機は渓谷を抜けたらしい。
そして…立ちはだかる滝。
ゴールはこの滝の向こう側にあるっていうことらしいんだけど、どうやって行くのかがわからない。
上を跳び越そうとしても、滝の上にも感知器があるそうだから無理だよね。
けれど、このレースは知世ちゃん主催だ。
だからきっと、何も方法がないはずがないんだ。ゴールできる方法が、何かきっとあると思うから。姫さんも…同じように考えているはず。
だから―――――
『「ウイング・エッグ号」滝に突進したーーー!!!』
他の機体が滝の前で止まってしまっている中、姫さんだけが単身滝に向かう。
何かを感じ取ったかのように、まっすぐと揺らぐことなく飛ぶ。
「サクラちゃん…っ」
「だい、じょぶ…姫さんだもん…」
きっと、大丈夫。
姫さんは再びスピードを上げ、滝に突っ込んでいった。
ああ…きっと道が拓けたんだね。だから、迷うことなく突っ込むことが出来たんだもの。どうか彼女の勘が、はずれていませんように―――!
―――バッ
『ゴオォォォーーール!!!初出場の「ウイング・エッグ号」!優勝ですーーー!』
実況の人が言っていた通り、滝の向こう側にはゴールがあった。
パッと見ではただの滝にしか見えないし、普通なら突っ込んでは行かないかも。
だけど、姫さんは臆することもなかった。ただ知世ちゃんを、己自身を信じて―――進んだ結果だ。
ゴールした直後は実感がなかったみたいだけど、徐々に嬉しそうな表情へと変わっていく。
今ではモコと手を繋いで、くるくる回っているみたい。
「よか、た…」
「「ひゅー」さすがサクラちゃん」
「だから、その口で言うのヤメろ」
「だって『夜魔ノ国』でも練習したけど、出来なかったー」
あ、一応口笛が吹けるように、練習だけはしてるんだねぇ。
「じゃ、2人共お医者さんに見せにいこっかー」
「面倒くせぇ」
「ダメだよーお父さんがそんなんじゃ、子供達が真似するでしょ?」
「だから、それもヤメろ!」
「黒、鋼くん……キミが治療する、なら―――僕も治療してもらう…」
逆に治療しないのなら、僕も治療なんざしてもらわないんだから。
だっておかしいでしょう?怪我してるのは僕だけじゃないのに…黒鋼くんが治療しないなんて。
だから、今のように否と言えないような状況にしてしまえばいいのよね。
「ち…わぁったよ。治療してもらう。てか、わざわざんな戯言言いに来たのかてめぇは!!」
「それもあるけどー…ちょっと気になって」
「レース中の、アクシデント…?」
「そう。緋月ちゃんのドラゴンフライの爆発と、最後の黒様がリタイアした間欠泉だっけ?何か違う気がするんだよねー」
「……最後のはモロくらったら、怪我だけじゃ済まなかっただろうな。コイツの場合も、運が悪けりゃあの世行きだっただろう」
「うん……ギリギリセーフ、って感じかな…」
「サクラちゃんが気付かなかったってことは、自然なものじゃないのかなぁ。他の間欠泉は避けてたしねぇ。
やっぱり、知世ちゃんが言ってた通り、不正を働いたのがいるってことかー」
「1人じゃ…ない…」
「あぁ。…二派な」
―――グラッ…
あ、何か姫さんが優勝したの見てホッとしたら…急にクラクラしてきた。
痛みもぶり返してきたし、意識をちゃんと保っていられない。思ってた以上に怪我がひどいのかもしれないな…。
爆風にやられたし、そのまま水に叩き付けられたり、機体の破片にぶつかったり…。そこら中をぶつけちゃったもの。
…ひどくないわけないか。さすがに今回ばかりは、キツイ。
「ご、め……も…意識、保ってらんな―――」
「緋月ちゃん?!」
「…気ィ失ってんな。恐らく血の流しすぎだろう」
「そうだよね…こんなに血だらけになって。…あの時。急に高度を上げたのは、爆発に他の人達を巻き込まない為かな?」
「だろうな。あそこには、何も障害物はなかった…そう考えんのが妥当だろう」
「……許したくないな。この子をこんなに傷つけた犯人を」
「…ああ」
確かに意識はなかったはずなのに、頬と右手が…温かくなった気が、した―――。
「…良かったですわ」
「社長。表彰式の準備が整いました」
「わかりました。最後の間欠泉と爆発の調査は、そのまま続けて下さい。表彰式の警戒レベルは、SAで。…羽根は、あなたのものですわ」