02


表彰式が終わった後、知世ちゃんの会社が所有する気球の中でパーティーがあると呼ばれた。どうやら、今回のレースの参加者全員を呼んでるみたいですね。
黒鋼くんはお酒を飲む気満々だし、モコは美味しい料理が食べられるって喜んでた。
…僕も実は、ちょっと楽しみにしてるんだ。こんなたくさんの人がいる中で、こんな風に騒ぐなんてこと…したことなかったから。
まだまだ痛みはとれないけど、支障ないくらいには楽しんで、騒ぎたい。


「今日のレース、様々なアクシデントがあって、参加くださった皆様にはご迷惑とご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
ささやかですが、宴席をご用意致しましたわ。皆様、心ゆくまでお楽しみ下さい。では、乾杯」

―――ワッ

「かんぱーい!」


知世ちゃんの音頭で、飛行船内は一気に楽しげな雰囲気に変わった。

お酒を飲む人
料理を口に運ぶ人
話に夢中になる人

たくさんの人がいて、それぞれ好きなことをしてるけど…皆楽しそうにしてる。
何はともあれ、レースは終わったんだもんね。開放的にもなるか。

…まだ気になること、心配事は残ってるけど…今は楽しんじゃおうかな。僕も。
この雰囲気の中で考え事をするのは…野暮、だよね?


「サクラかっこよかったよー」
「本当にねー」
「うん、すごかった。最後まで諦めなかった姿勢もね」
「黒鋼さん手、大丈夫ですか?」
「ああ」
「緋月ちゃんは?!まだ痛む?!横になってなくて平気?!」
「まだ少し痛むけど、問題ないから大丈夫だよ」
「ファイさんは?!」
「全然平気ー」
「小狼くん、怪我は?!」
「大丈夫ですよ」
「ほんとに?!嘘じゃない?!我慢してない?!」
「ほ…本当です」
「良かった」


ふふっやっぱり微笑ましいなぁ、小狼くんと姫さんって。
心の底から心配してるんだなっていうのが、よくわかるもん。大切に思ってるんだなって。
でも同時にそれが申し訳ないな、とも…思ってしまうんだけどね。

全員の無事を確認して、姫さんは羽根の入ったトロフィーを大事そうにギュッと抱き締めた。
渡されてからずっとああやって抱えていて、決して開けようとはしない。それを問い掛けてみれば、知世ちゃんにお礼を言いたいんだって。
羽根が戻ったら眠ってしまう可能性が高いから。…だから、待ってるみたい。


「あとね、皆にも言いたい。本当に本当にありがと。モコちゃんと緋月ちゃんとファイさんと黒鋼さんと、小狼くんがいてくれてから勝てた」
「……姫」
「ふふっ嬉しいお言葉、ありがとー」

―――スッ

「おめでとうございます。そのトロフィーは美しい貴方にこそ、ふさわしい。…緋月さん、お怪我の具合はどうですか?痛みませんか?」
「大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」
「しかしすごいな。まさか、あそこで滝に突っ込むとは思わなかったぜ」


きっと―――誰も想像していなかったでしょうね?姫さんが滝に向かっていくなんて。
他の人達は皆、滝の前で止まってしまってたから。…ゴールが滝に突っ込んだ先にあるなんて、考えもしなかったけどさ。
だけど、不正を行ったものは誰か…まだわかっていないみたいね。笙悟さんが言葉を濁して、苦笑を浮かべているから。


……ィイン…ッ


うん?何だろ、何か…聞こえる、ような気がする。


「お耳がいたいー」
「どうしたの?」
「何か耳がキーンってする」
「―――――!!」


何かに共鳴するかのように、ガラスがビリビリと震えている。
その瞬間。窓ガラスが全て割れ、飛行船内に風が流れ込んできた。
突然の事態に、中は若干パニック状態ね。
…油断してたな。まだ何か仕掛けてくるかも、とは思っていたけど…まさか、この宴席で仕掛けてくるとは思ってなかった。


「割れちゃう!」


いまだに鳴り響く甲高い音は、羽根を包んでいるガラスにもひびを入れ始めた。このままじゃさっきの窓ガラスみたいに割れて、羽根が外に出てしまう。
そうしたら…アイツに今度こそ、羽根を奪われてしまう。どうにか、しないと!
焦っていると、不意に「社長!!」という声が耳に届いた。
…知世ちゃんが、銃を手に姫さん達の前に立っていた。守ろうとするかのように。


―――キィイイィン……パンッ!!!

「羽根が!」
「っ渡しちゃダメ!!!何としてでも、掴んでっ!」


咄嗟に黒鋼くんとファイくんが駆け出すけど、落ちてきた瓦礫に阻まれて届かなかった。
僕達5人の、誰の手にも掴めなかった羽根は―――ある人物の手の上で、フワフワと浮いている。
その姿に小狼くんが、黒鋼くんが、ファイくんが、姫さんが…驚愕の表情を浮かべていた。

それは此処にはいるはずのない人物。いたとしても…ただ、同じ顔をした別の人間だと思っていた。
―――だけど、この人は違う。


「貴方は!!」

―――ダァンッ!

「ぐっ!」
「え…っ」
「モコッ!羽根を吸い込んで、姫さんの中に!」
「うんっ!」


羽根をその手にして満足していたのか、僕の気配に気付かなかったみたいね。
ま、僕にしてみれば好都合だったけれど。こうやって簡単に拘束できて、尚且つ羽根を取り戻せたんだから。
モコの秘密技の超吸引力で、羽根は無事に姫さんの体の中へと吸い込まれた。

そのまま、眠りについた姫さん。…ごめんね?知世ちゃんにお礼を言いたい、と言ってたのに。
だけど、取られてからじゃ遅いんだ。その前に姫さんの体の中へ戻しておかなきゃいけなかったの。


「全く…ジェイド国といい、また邪魔をしてくれたな…アンタは」
「ジェイド国?!じゃあ、貴方はカイル先生?!」
「そう…何も次元を渡れるのは、僕達だけじゃない。異なる世界には同じ顔をした別の人間がいる…だけど、本当に別人かはわからないのよ。すいぶんと、ナメた真似をしてくれたものね?―――カイル」
「…確実に殺したと思っていたんだが、甘かったようだ」
「ええ、そうね。…僕はそう簡単に死なないよ?願いを叶える、その時まで」
「くくっ…粋がっていられるのも今のうちだ。アンタのその身体、心、魂…誰のモンか忘れてはいないだろう?」
「っ!!!」


僕とコイツにしかわからない会話。でも、心を乱されるには十分すぎる言葉だった。
現に―――腕を拘束していた力が、緩んでしまった。

抜け出す機会を伺っていたんだろう。力が緩んだ瞬間、僕の腹を蹴飛ばして窓枠に飛び移ったんだ。
思いきり背中を打って、一瞬息が詰まった感覚。火傷を負っている背中は、じくじくと痛みと熱を訴えてくる。


「ゲホッ!…ゴホ…ッ」
「っ緋月!!!」
「緋月ちゃん?!」
「緋月ちゃんっ!!」
「緋月さん!」
「警備部!」
「―――緋月。1つだけ忠告しといてやろう。さっきも言った通り、お前の全てはあの方のもの…その事実からは未来永劫、逃れることは出来ない。あまり調子に乗っていると―――全てを失うぞ?」
「……っ貴様ぁ!!!」


フワリ、と窓枠から外へと身を投げたカイル。
此処は気球の中。高い、高い空の上…飛び降りたら、絶対に助からない。
それなのに、身を投げたあの男。…死なない自信があるから、飛び降りることが出来たんだ。

逃がしてたまるか!アンタには、ジェイド国で受けた痛みを返してやらなきゃならない―――!
外へと飛び出したカイルを捕まえようと、必死に手を伸ばす。限界まで、必死に。
捕まえることしか頭になくて、いつの間にか自分が窓から外へと身を乗り出していたことに、気がついていなかったんだ。


―――ガクンッ

「緋月!!こっの、バカ女…っ」
「く…黒鋼くん…?」
「黒みーナイスー!危機一髪、だねぇ」


どうやら、落ちる寸での所で僕の首根っこを掴んでくれたみたいで。体の半分は窓の外に出てる状態だけど、何とか助かった…のかな?うん。
頭もようやく冷えてきたのか、冷静になりつつあるし。詰めていた息を、深く吐き出した。
引き上げてもらった体は、また痛みを訴え始めて…ズルズルと座り込む。無茶、しちゃったかな?もう動くのきっついやー。


「黒鋼くん……ごめん、ちょっと寄り掛からせて」
「勝手に使え。無茶しやがって…」
「ん。自覚ある…無茶したって」
「レースは終わったしーもう事情を教えてもらってもいいかな?知世ちゃん」
「はい」


パーティーをしていた気球を広場におろして、それぞれの帰路へとついた。
僕達も知世ちゃんと一緒に、寝泊りしているトレーラーへと戻ることにして。そこで全ての真相を、聞くことになっていた。


「姫さんは部屋で寝かせる?」
「いえ、いつ目が覚めるかわかりませんし…ソファに。その方が姫も安心するでしょうし」
「それもそうだね。…お茶、淹れて来る」
「お前は大人しく座ってろ。動くのキツイんだろ?」

―――グイッ

「ぅわ?!」
「お茶ならオレが淹れて来るから」
「緋月ちゃん、本当に大丈夫ですの?!お休みになられていた方が…」
「動かなければ大丈夫。心配してくれてありがと」


姫さんをソファに寝かせて、僕は黒鋼くんにもたれる形で座らせられた。
あの…確かに楽だし、安心できるんですよ?黒鋼くんの隣。
でも、でもね?これから大切な話をするっていうのに、この恥ずかしい座り方はどうなのさ?!!
さっすがにそろそろ、心臓止まりますよ!ドキドキし過ぎて!

…なんだけど。居心地が良いし、傍にいることが出来るのが嬉しいから…何も抵抗しないし、言わないんだけど。それでも葛藤はするさ。うん。
んー…でも寄りかかってると、彼の体温が伝わってきて暖かい。このままじっとしてたらよく眠れそうだなー…。


―――カチャッ

「どうぞ。…緋月ちゃん、眠い?大丈夫?」
「だいじょぶー…」
「ねみぃんならそのまま寝てろ。構わねぇから」
「…ん。よっぽど我慢出来なくなったら、そうさせてもらう。そんなわけで、知世ちゃん?本題をどーぞー」
「わかりました。…レースに仕掛けをしたのは私です」


…あぁ、やっぱりな。小狼くんは考えもしなかったんでしょう、すごく驚いてる。
だけど、黒鋼くんとファイくんと…そして僕は、冷静に話を聞いていた。
何となくだけど、そんな気がしてたから。どうしてそんなことをしたのか、理由まではわからないけど。


「予選と本選の途中まで?」
「気付いてらっしゃったんですね」
「主にこの人とー、緋月ちゃんが」
「……(へにゃん)」
「…予選が終わった後、此処に来た時言っただろう。誰がこんなことをしたのか、突き止めて必ず探し出すって」
「ええ」
「ありゃ本気で言ってる目じゃねぇ」


そっかぁ…あの時、知世ちゃんのことをじっと見ていたのってそういう理由だったんだね。
彼女自身の何かが気になってるって、ずっと思っていたけど…そうじゃなかった。

―――よくよく考えてみれば、そうだよな。
知世姫に仕えている彼なら、知世姫のことをよく知っている。だから、本気の瞳なんて…見たことがないわけがないんだ。
同じ顔をした別の人間でも、そういう根本的なものは変わらないはずだから。
そう考えてみれば、彼が知世ちゃんの違和感に気がついてもおかしくない。


「……聞いていた通りですね」
「誰にだ」
「知世姫です」
「あぁ?!」

―――がたーーーっ

「わっ?!」

―――パシッ

「っとー。大丈夫だったー?」
「う、うん…ありがと。ちょっとびっくりしただけ」


黒鋼くん、衝撃の事実に僕が寄りかかってたこと忘れたんだろうなー。思いっきり立ち上がったもんね。
ファイくんが支えてくれなきゃ、僕床に転げ落ちてたと思う。

さて、話は戻って。
まず遡るは1年前のこと。「ピッフル・プリンセス社」の発掘グループが、海底から持ち帰ったのが…姫さんの羽根だった。
それは当然、この国には存在しない素材で出来てるし、とてつもなく大きな力を持ったもの。この羽根が一体何なのか、知世ちゃんの会社の開発陣がどれだけ調べてもわからなかった。

それもそうだよね…だって、記憶が具現化したものなんだもの。
どんなに調べたとしても、そんな前例はないだろうし、ましてやそんな風に考える人もいないだろう。何も知らない人がアレを見ても、ただの羽根としか…思わない。


「そして、夢を見たんです。私にそっくりの女の子。その子のいる国は日本国といって、服装も全く違っていて…でも、名前は同じ知世で。知世姫が教えてくれたんです。あの羽根のこと、別の世界の存在、いつか来るはずの…羽根を探して旅をしている人達のことを。そして、貴方達がいらっしゃいました」


それが本当だとしても…どうして羽根を探しているのが僕達だって知って、この国に着いたことがわかったんだろう?
小狼くんも同じことを疑問に思ったみたいで、知世ちゃんに問い掛けた。…だけど、彼女はただ微笑むだけで。その時、聞き覚えのある声がした。


「お邪魔します」
「俺達も説明に参加すべきだと思ってな。この社長は下手すると、この国の大統領より偉いんだよ」
「だい、とーりょー?」
「一番えらいひと。王制だと王様とかになるの!」
「ふぅん…」
「でもどうして、そのままサクラちゃんに返さなかったのー?」
「知世嬢がその夢を見たのが、既にあの充電電池のことが発表された後だったんです」


なーるほど。ようやく合点がいったわ。
発表されてしまってるんじゃ、国中の人間が知ってるし、近隣諸国も注目するもんね。
なのに、誰かに渡して「はい、おしまい」ってわけにいかなくなってたんだ。


「知世姫からサクラちゃんの羽根を狙っている誰かがいることも、お聞きしました。それが色んな世界にいることも。発表したからには、きっとこの国の羽も我が物にしようとするでしょう」


そこで残さんが知世ちゃんに、羽根を『ドラゴンフライレース』の賞品にしたらどうか、と提案したんだって。
狙ってる人もそうなればちょっかい出してくるだろうし、うまくいけばレース中に捕まえられるものね。笙悟さん達もそう考えてたみたい。


「貴方達もきっとレースに参加なさるでしょうしと、知世姫もおっしゃっていましたし。特に黒鋼さんが」
「黒様、日本国でも負けず嫌いだったんだねぇ」
「うるせぇ」
「…ふふっ」
「お前も何笑ってやがる」
「んー?知世姫って黒鋼くんのこと、よーくわかってるんだなぁって」


少しだけ…羨ましいと思ったのは、僕だけの秘密だ。


「けれど、レース中に羽根を奪おうとしている者達が、どんなことを仕掛けてるかわかりません」
「だから、予選でちょっと細工をして他にも羽根を狙っているヤツらがいるって、そいつらをけん制するのと同時に、あんたらにも警戒してもらおうと思ってな」
「レースで何かしようと思ってるのがいるよーって?」
「あー…そっか。だから、妨害工作をしている人がいるって知らせてくれたんだ」
「おお。…もー、演技するの無茶苦茶大変だったぜ」
「女性に嘘をつくなんて、罪悪感で心臓が止まりそうでしたよ」


あやや…何だか2人共落ち込んじゃったよ。
笙悟さんはその日、プリメーラちゃんって子と遊ぶ約束してたんだって。だけど、そのことがあったから待ち合わせに送れちゃって、その子が怒って大変だったみたい。
デートだもん。女性は楽しみにしてるよね?きっと。
黒鋼くんに恋してる今の僕なら、少しだけわかるような気がする。その子が怒る気持ち。少し前の僕だったら、絶対に理解できなかっただろうけど。


「ね、知世ちゃん。予選の時に姫さんの傍をずっと飛んでたのって、その為?」
「あら…」
「撮影だったらあんなに近くにいる必要はないでしょー?」
「本選の時も、いつもお二人が傍を飛んでいましたね」


笙悟さんはカイルの傍を。残さんは姫さんの傍を。
いつ、どんなことが起きてもすぐに対処出来るように、かな?


「私がお願いしたんです。本選でも羽根を奪取しようとする者を、探し出す為の仕掛けを用意してありましたから。でも…結局、皆さんを危険な目に合わせてしまいましたわ」


知世ちゃんの視線が、黒鋼くんの左手と僕に向けられる。…僕達の怪我に責任を感じているみたい。
そんなこと、気にしないでいいのに…知世ちゃんのせいだなんて、僕達は思っていない。
全ては、僕達のことを…思ってしてくれたことでしょう?

それに仕掛けはしてたけど、誰かに危害を加えるようなものではなかったしね。
間欠泉や、ドラゴンフライの爆発は彼女が負う責ではないんじゃないかなぁ。


「…じゃあ、最後の間欠泉は」
「……カイル先生」
「僕のドラゴンフライの爆弾も、きっと彼だと思うよー」
「確かにそんなこと言ってやがったな」
「でも何故、緋月さんを狙ったんでしょう?」
「そんなの決まってるよ、小狼くん。アイツは僕を、」


―――――殺したいから。


表情も、声音も変えず淡々と告げる僕に皆は驚いてるみたい。どうしてそんな簡単に、口に出来るのか…とか思ってるのかなぁ?
でも僕にとっては、当然のことだから何も思わないし、何も感じないんだよ。
初めて会ったのはジェイド国だけど、そこでもアイツは僕を殺したがっていたし。アイツにとって、僕の存在は邪魔なだけだから。
…その理由はまだ、皆に話すことは出来ないけれど。
いつか話さなきゃいけないときが来るのは、わかってる。
全てを話した時、真実を知った時―――キミ達は、変わらずに笑いかけてくれるのかな。


「知世ちゃん……」

―――ハッ

「サクラちゃん!目が覚めましたか?ご気分は?」
「平気。聞いていい?」
「…はい」
「知世ちゃんは、わざとわたし達を勝たせようとしてくれたの?」
「いいえ。確かに仕掛けはしましたが、決してサクラちゃんや緋月ちゃん、皆様を有利にしようとしたからではわりませんわ。貴方達はきっと勝つと、信じていましたから」
「…知世ちゃん」
「…ありがと」


知世ちゃんの答えを聞いて安心したのか、姫さんはまた夢の世界へと旅立った。
今度は嬉しそうな、幸せそうな…穏やかな表情で。


「(ゆっくり休んで、姫さん―――)」


そしてまた、温かい笑顔を見せて?
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