異変
ナイトメア王国に滞在し始めて、早2週間。
黒鋼くんとファイくんが情報を仕入れてきてくれた日からですら、もう1週間以上経っていた。
あれ以降、新しい情報は仕入れられていない。
「近づくな、と言われている塔に行ってみようと思います」
「これ以上は町の人達も何も話してくれなさそうだもんね。…また、人の気配が減っている気もするし」
「さっさと姫の羽根を見つけねぇと、ずっとこの国にいるハメになりそうだしな」
「はい、行ってみましょう」
皆の話にボーッと耳を傾けている僕。生憎、相槌や意見を言う気力がなくて…朝からほとんど声を出していない。
話しかけられればもちろん、答えてはいる。だけど、自発的には言葉を発してないんだよね。
ここ最近、ずっと体の調子が優れない。ずっと熱があるような熱さと、気だるさが体を支配している。
いつもならこのくらい隠すのはどうってことないんだけど…それも出来ないほどに、参ってるみたいでね。
…まぁ、皆はまだ体調が悪いってことには気付いてないみたいだけど。
けど―――聡い黒鋼くんや、ファイくんに気付かれるのは…きっと時間の問題だ。
「…緋月ちゃん?」
「あ…どうしたの?姫さん」
「最近、ずっと元気がないように見えるけど…もしかして傷が痛むの?」
「ううん…あの時の怪我はもう大丈夫だよ。ちょっと疲れがとれなくてねー眠いんだ」
「夜はちゃんと眠れてますか?」
「寝てる、とは思うんだけど…夢見が悪くて…」
「嫌な夢でも、見るの?」
ファイくんの問い掛けに、へにゃりと曖昧な笑みを浮かべてみる。答えたくないんだ、その問い掛けには。…絶対に。
嫌な夢?そりゃーもう、嫌過ぎる夢だよ。
体の調子が悪いのに、眠れば―――過去の夢を見るんだ。
思い出したくないというのに。…この国に来てからは、ずっとその夢ばかりを繰り返し見る。
おびただしい程の血に塗れ、体全体を真っ赤に染めて、狂ったように笑いながら刀を振り回す幼い自分。
人を殺すことに、何の疑いも、罪悪感も…持っていなかった。
ただ、血を見ることが好きで。殺すことが好きで。
…思い出すと吐き気がする。それに呼応するかのように、頭痛がして「殺せ」という低い声が頭の中に響く。
脳髄に直接届くようなこの声は―――誰?
「緋月さん、顔色が良くないです…今日は休んでいて下さい」
「…そうだね。休んでいた方がいいよ」
「だけど―――…」
「貴方は無理をし過ぎなんですよ…心配、なんです」
「わたしも緋月ちゃんが心配だよ。お願いだから、休んでいて?」
「モコナも心配…」
そう言って、優しく手を握ってくれる小狼くんと姫さん。
手から伝わってくる体温が心地良くて、そっと目を閉じる。
「でも緋月ちゃんを1人残していくのは、少し心配だね…誰か残ろうか」
「少しの間なら1人でも大丈夫よ。…人自体いないようなものだし、ちゃんと鍵も閉めるから」
「ダメですよ!具合の悪い女性を1人で置いていくなんてこと、出来ません」
小狼くんの優しさと気遣いは嬉しいけれど、ただでさえ迷惑を掛けてるのにこれ以上、掛けたくなんてないんだよ。
皆が出かけている間くらい、眠っていればすぐだろうし…眠るだけなら1人でも出来るから。
心配してもらえるのは、やっぱり嬉しいと思うんだけど。その反面、申し訳なく思ってしまうんだ。
「…俺が残る。お前らは行ってこい」
「ちょっ…黒鋼くん?!!」
―――ガタッ
―――クラッ
「っ………?!」
「緋月ちゃん!!!」
「バカか。こんな状態の奴を1人残して、家空けれっかよ」
「黒様がいてくれるなら安心かなぁー。…すぐ戻るから、大人しく休んでて。ね?」
「……わかった」
素直に頷いてみせると、珍しくファイくんが心から安心したように笑った気が…したんだ。
そして僕の頭を優しく撫でて、小狼くん達と一緒に出かけていった。
家の中に残ったのは、当然ながら黒鋼くんと僕だけで。それを意識した途端、また急激に体温が上がったような気がします。
…いや、何かあるわけではないし!2人きりというのも、初めてではないんだけど…緊張はするさ。
黒鋼くんは知らないけどね。いつも通り、な気もするよね?彼だから。
「…じゃあ…僕は少し、休んでくるよ」
「あぁ、そうしろ。運んでやろうか?部屋まで」
「大丈夫だよ。ふらついてもいないから」
―――傍に、いてほしい。
…なんて。そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。
何より、傍にいてもらったらきっと…本当は体調が悪いことがバレてしまうから。
これだけ迷惑を掛けておきながら、とも思うけど―――それでもバレたくはないんだ。意地でもさ。
部屋に戻ってベッドに倒れこむように潜り込んだ。寝ても、寝ても疲れの取れていない体はすぐにまどろみ始める。
眠れば夢を見てしまう…だから、眠りたくなどないけれど…迫りくる眠気には抗えるわけもなく。
蘇る、思い出したくなどない過去の記憶達。過去の僕の罪。血に塗れた…穢れている、僕。
どんなに忘れようとしても、忘れられない。
逃げることなど出来ないんだ―――どんなに時が経っても。