悪化
ストールを巻いて隙間から紋様が見えないか、鏡の前で入念に確かめて。
大丈夫だと確信を持ってから部屋を出た。
…きっと、バレない。ちゃんと隠したし、角度を変えても見えないか確認もしたもの。
体調が良くないのは先に告げてしまうつもりだし。心配は…かけてしまうけど。
ずっと黙ったままにしておくより、まだいいよね?その方が。
上がる一方のこの熱も、もう少し休めば下がっていくだろうし。さすがに…これ以上、上がったりはしないでしょう。
―――ガチャッ
「おはよー…」
「あ、おはよう!緋月ちゃん…って、大丈夫?!」
「緋月、お顔が真っ赤だよー!」
「あはは…ちょっと体調崩しちゃったみたいでさ?熱があるみたいなんだよ」
「もー…それなら無理して起きてこなくて良かったんだよ?動くの辛いでしょー」
「昨日の様子がおかしかったのも、風邪の前兆だったのかもしれませんね。風邪が良くなるまで、ゆっくり休んでいて下さい。緋月さんに必要なのは、休息ですよ」
うん、ある程度は予想通りの反応かも…怒られはしなかったけど。
でも黒鋼くんは怒るかも。昨日、体調悪いのかって聞かれた時に大丈夫って言っちゃったもんね。…あの時はもう、すでに熱があって辛かった時だから。
何で言わなかったんだーとか、言われちゃうかもねぇ…けど、自業自得か。それは。
だけど…本当に皆、優しいよね。ただ風邪をひいてしまっただけなのに、こんなに心配してくれてるなんて。
赤の他人、なのに。関係のない人間なのに。ただの―――旅の同行者、なのに。
そこまでぼんやりと考えて、不意に自嘲的な笑みが零れた。やっぱり昨日見た夢を、いまだに引きずっているのだとわかったから。
黒鋼くんの言葉を聞いて、自分の気持ちを吐き出してスッキリしたのは事実だった。
でもふとした時に、今みたいに真っ黒な闇が這い上がってくるんだ。…風邪で不安定になってるのも、あるのかもね。
「…おい」
「ん…?どったの、黒鋼くん…眉間にもんのすごいシワが寄ってるよー?」
「きっと黒様、拗ねてるんだよー。緋月ちゃんが具合悪いの黙ってたから」
「ふえ?」
「…昨日から、でしょう?具合良くないの」
「!ファイくん…気がついてた、の?」
「なんとなーく、だけどね」
驚いた…やっぱり、黒鋼くんとファイくんの観察眼は侮れないや。昨日に関しては完璧に隠し通せたと思ってたのに。
…あ、そうだ。黒鋼くん何か言いかけてたよね。それを思い出して、続きを言うように促した。
だけど、彼はこっちをじっと睨みつけるような厳しい瞳で見つめたまま、何も言葉を発しない。
何を言いたいのかわからないから、僕も黙ったまま。
ファイくん達はこっちを気にしながらも、朝ご飯の準備をしている。…ただ、しんとした沈黙の空間が広がっているだけ。
「あ、の…?」
「そのストール、どうした」
「どうしたって…キミがくれたんじゃないか。ジェイド国で」
「んなことを聞いてるんじゃねぇよ。何で巻いてるのか聞いてんだ」
「ね、熱があるみたいで寒いから…それだけだよ」
答えながら…じり、と無意識に後退する。
一歩下がれば、黒鋼くんが一歩僕の方へと歩みを寄せてきて。
ダメだ、今彼に近づくのは キケン だ―――。
このまま近づくのを許したら、皆にバレてしまうから。
心臓がバクバクと、激しく鼓動を打ち鳴らす。息が出来ない程に。
やめて、来ないで…それ以上、踏み込んでこないで!お願いだから…っ!
「…何を、隠してやがる」
「隠して、なんか…っ」
―――ダンッ
「っう…!」
「俺達を誤魔化そうとしても…無駄だぞ」
「黒様!女の子相手に、しかも彼女は病人なのに何してるの?!!」
「黒鋼さんっ!」
「やめてっ黒鋼さん!!!」
「暴力はダメーッ」
黒鋼くんの手が、首元を覆うストールを奪い取った。
そこから見えるのは、茨の蔓。
目にした皆は、一瞬だけ固まったように動かなかった。
「…何だ、こりゃあ…」
「緋月ちゃんって、タトゥーなんか…してなかったよね?」
「今までに何度も首元が見える服を着てるのを見ましたが、そんな蔓のような紋様…見たことありません」
「ねぇ、緋月ちゃん…君は黒みーが言う通り、何か隠してるんだね?」
ファイくんの言葉に、黙って頷いた。
ハッキリと見られてしまった今、もう隠し通すことも、誤魔化すことも出来ない。こうなってしまったら、大人しく全てを話す以外には…ないよね?
熱が上がってきているのだろう…いやに頭がガンガンする。さっき黒鋼くんに壁に押し付けられちゃったしねぇ。…ほとんど痛みは、感じなかったけど。
彼なりに気を遣ってくれたのかもしれない。怒ってはいるけどね。
ファイくんに優しく手を引かれて、イスに座らせられた。
その両隣には当然のように、黒鋼くんとファイくんが座って。
姫さんと小狼くんは僕達の前に、腰を下ろした(モコは姫さんの頭の上)。
「…これね、僕も気がついたのは今日なんだ。服を着て、いつものクセで鏡の前に立ったら…何か違和感を感じてね?脱いでみたら、こんな紋様が浮き出てたってわけです」
「じゃあ、急に…ってことなのかな?」
「恐らくはそうでしょう。緋月さん自身が身に覚えがないようですし…でも何故なんでしょう?」
「全くの原因不明だよねぇ…」
「「蔓の模様が全身に描かれた、魂のない殺戮人形…」」
「黒鋼?緋月?」
「俺達が情報を仕入れて来た時に持って帰った本。あれにそんなようなことが書かれてた」
「黒鋼くんも読んでたんだ…?」
「何か気になってな。…それがコイツの体に浮き出た模様と似てんだよ」
彼の言う通りだった。本に書かれていた、悪魔に魂を喰われた人間の辿る末路。
それが―――ただ、人を殺すだけの殺戮人形。
殺戮人形の特徴として挙げられていたのが、この蔓の模様だったなぁ。
あとは…ファイくんが聞いたという、今流行している不可思議な病の症状にも蔓の模様が浮き出るとか言ってたよね。
小狼くん達もそのことに気がついたみたい…真っ青な顔して、僕を見つめてる。
「ファイさんが聞いたっていう、流行病…!」
「原因不明の高熱と、蔓の模様…って言ってたよね?!ファイ」
「あ、あぁ…今の緋月ちゃんと全く同じ症状だよ。オレ達が聞いたのは」
…あぁ、やっぱり僕の嫌な予感って当たるんだな。
この国に着いた時に感じた誰かの視線、不気味に響いた子供の声…その後に生じた体の異変。
考えたくはないし、結びつけたくもないけど…この模様が浮き出てしまった以上、それを疑わざるを得ないよね?風邪なんかじゃ、ないってことも。
恐らくは、この国に巣食う悪魔とやらに魅入られたってとこだろうなぁ。僕も。
いやに現実離れしてる気はするけど、僕達が知っていることだけが真実ではないんだから。
「体の異変に気がついたの、いつからだ?」
「おかしいなって思ったのは、この国に着いてから2〜3日経ったくらいから。徐々に悪くなっていって、昨日…限界がきた」
「じゃあ、ずっと体調悪いの黙ってたの?…辛かったのに」
「元気がなさそうなのは気がついてたけど、どうして言ってくれなかったの…」
「ごめん……羽根の情報が得られない状況で、迷惑や心配をかけたくなかったんだ…皆も疲れてるのに」
そんな中で、自分だけ休んでるなんてことしたくなかったから。
「心配するに決まってますよ!…でも黙っていられる方が、隠されていた方が辛いこともあるんです…」
「小狼、くん…?」
「そうだよ、緋月ちゃん!わたしピッフル国で言ったよね?辛いの隠さないでって、心配くらいはさせてって!」
ああ…言われたね。姫さんに。何も出来ないけど、心配くらいはさせてほしいって。
心配させてしまうと、みんなの表情が曇るから。だからなるべく、心配させないようにしようって思ってた。笑っていてほしいから。
でも―――それは逆だった。
小狼くんにも、姫さんにも、ファイくんにも、モコにも…そして黒鋼くんにも。悲しそうな表情をさせてしまっている。
きっと、黙っていられた方がダメージが大きいんだ。
「皆ね、緋月が辛い思いしてると心配なんだよ?同じように苦しいの」
「モコ…」
「ねぇ、緋月ちゃん。頑張ったりすることは良いことだと思うし、止めたりはしない。だけどね?頑張ることと、無理することは…根本的に違うんだよ」
「もっと…頼ってください。おれは貴方にたくさん助けられて、たくさん元気づけられました。
今度はおれが緋月さんに、何かしてあげたいんです。何も出来ないかもしれないけど…でも傍にいたり、心配することは出来る」
「わたし達…そんなに頼りないかなぁ?」
姫さんの悲しそうな声に、頭が揺れていることも、痛いことも忘れて思い切り横に振った。否定する為に、そんなことないんだよって伝える為に。
頼りにしていないわけでも、頼りにならないわけでもないんだ。絶対に。僕が…それをしようとしなかっただけだから。
皆と一緒にいたいと願いながら、かたくなに頼ることを拒んでいたの。…迷惑に、なると思っていたから。
心のどこかで、僕のことを好きになってくれるはずがないと思っていたから。
だから近づいていく反面、無意識に距離を取ろうとしていたんだろうね。…それがこの結果、になるのかな。
「…全員、お前が大切なんだよ。だから心配する。お前だって同じだろう」
「……うん。きっと、同じだと思う」
黒鋼くんの言葉が、皆の言葉が、すんなりと入ってきて…胸にじんわりと染み渡っていく。
ああ…こんなにも温かい。こんなにも言葉の一つ、一つが―――嬉しい。