02
side:ファイ
タイムリミットは20分。それを越えてしまったら―――緋月ちゃんの命は、消える。
それだけじゃない。彼女の意思を無視して、その体は凶器へと変わる。
誰彼構わず命を奪い、ただそれだけの"道具"になってしまう。
…とても、とても優しい彼女を殺戮兵器へと変えることは、絶対にしたくないから。
「思ってた以上に…マズイ展開になってるねぇ」
「…それでも、おれ達は勝たなきゃいけない」
「うん。そうだね」
「何としてでも、あのガキ共をとっ捕まえるぞ。小僧、魔術師」
「はい!」
「了解!」
とっ捕まえる、と言っても実体があるのかわからない。
もし実体がなかったら、黒るーの剣も、小狼くんの蹴り技も…何も効果がないことになってしまう。オレは…魔法を、使うわけにいかないし。
だけど、自分達を捕まえろって言ったのは向こうだよねぇ?ってことは、触ることが出来るってことだと思うんだー。推測するに。
…ま、まずは色々試してみることが必要かなー。あんまり悠長にはしていられないけど。
オレ達は固まって動かずに、それぞれ別の方向から2人を捕まえようと駆け出した。
それぞれ手を伸ばすけど、もう少しで…という所で、2人の姿がフッと消える。
瞬間移動、ってやつなのかなぁ?黒りんが剣を振るっても、小狼くんが鋭い蹴りを放っても、オレが即座に後ろに回りこんでも。
全くダメだった。捕まえる所か、触れることさえ出来ない。
これじゃあ、緋月ちゃんもサクラちゃんの羽根も取り戻せなくなってしまう。
「クスクス…どうしたの?」
「クスクス…この羽根と緋月お姉ちゃんを取り戻したいんじゃなかったの?」
「「もう5分…経っちゃったよ?」」
「だから何だ。…まだ、15分もある」
「ゲームは始まったばかり、だな」
「ふふっそうだよねぇ。諦めるにはまだまだ、早い……ま、諦めたりしないけどね。オレ達は」
小狼くんと黒様の言う通りだよね。まだ時間はある。諦めるには―――早すぎる。
どこまでも足掻いてやろうじゃないか。
「それこそ…醜いほどに」
足掻いて、足掻いて…その末に、全てを取り戻す。まだ負けが決まったわけじゃないんだから。
緋月ちゃんが諦めていないんだ…オレ達が弱気になってどうするんだーって話だもんね。
ツイ、とサクラちゃん達の方に視線を向けてみれば、苦しそうに呼吸をしている緋月ちゃんの姿が見えた。
まだ足には蔓の模様は広がっていないみたいだね。…ひとまず良かったかも。
…間に合う。絶対に間に合わせてみせる。
「小狼くん、ファイさん、黒鋼さん……緋月、ちゃんっ…」
「緋月、もう少し頑張ってね!きっと小狼達、勝ってくれるから」
「だい、じょぶ……信じてる…から、3人を…。僕、もそんな簡単にくたばら…ないから…さ…?」
あぁ、尚更負けられない。負けたくなど、ない。彼女達の為にも、絶対にね。
あんなに苦しんでいるのに、気丈に振舞う緋月ちゃん。話すのも、笑顔を作るのも辛いだろうに…真っ直ぐな気持ちでオレ達のことを信じてくれている。その気持ちに、応えたいから。
そんな決意を新たに胸に宿し、双子の悪魔に向き直る。
「面倒だ。…一気にかかるぞ」
「今回ばかりは君の無謀なやり方にさんせーい」
「いい加減、まどろっこしいですから」
一斉に駆け出し、ダンッと跳躍をすれば。思いもよらぬ行動だったのか、双子は消える素振りを見せない。
今度こそ、この手に捕まえることができる。捕まえてしまえば、あとは羽根を見つけるだけ。
そうすれば、オレ達の勝ちだから。
「捕まえ―――…っ?!」
「「…甘いね?お兄ちゃん」」
「っ小狼くん!!!」
あと一歩、だった。もう少しで本当に、捕まえられると思っていたのに…双子の姿は、蔓へと変化した。
意思を持っているかのように蠢く蔓は、オレ達3人の体を絡め取っていく。
―――ギシッ…
「何だ、こりゃあ…!」
体に絡みつく蔓は、もがけばもがく程に締め付ける。食い込んでいく。
それはやがて牙を向き、薄い皮膚を裂いていくのだ。
「ぐ…っ!ただ巻きついているだけなのに、すごい力で…っ」
抗う術のない人間は、ただ裂かれる熱さと痛みに叫び声を上げる。
余裕の表情はすぐに消え、絶望へと歪められ。
「ただの、蔓じゃないね…!棘のようなものが、食い込んでいく」
真っ白な皮膚は赤へと染め上げられ。徐々に、徐々に…動く力を失っていく。
突如、巻きついた棘のある蔓はギシギシと体を締め上げて。プツリ、プツリと皮膚を裂いていく。
止まることのない小さな痛みに、自然と眉間にシワが寄っていくのがわかる。唯一の救いは、心臓近くと首に巻きついていないことかなぁ。
その二点に巻きついていたら、間違いなく死んでただろうしね。オレ。
さっすがに死ぬのは勘弁だよ。…まだ死ねないから、こんな所で。
「でもこれ、どうしよっか…動けば動くほどに食い込んでくるみたいだしー。黒りん、斬るのは無理ー?」
「斬るのは簡単だろうが、刀がそこに落ちてんだよ…っ」
「さっき落としてしまったんでしょうね……く…!」
「クスクス…痛い?」
「クスクス…痛いよね?」
「真っ赤な、綺麗な血の色…」
「流れ出ていく、命の雫…」
「「クスクス…もっと、もっと―――赤に染まって?」」
「ずいぶんといい趣味してやがるな、お前ら…」
悪態を吐く黒様は余裕そうに見えるけど、表情はいつもより歪んでるし…額にはたくさんの汗の粒が浮かんでいる。
さすがの彼もこの状態はきついらしい。
…それもそうだよね。腕も、足も―――血で真っ赤に染まってるんだから。
黒様の刀は床に落ちてしまってる…手に持ったままだとしても、身動きの取れない状態じゃどうしようもないか。
オレと小狼くんも同じ状態だしね。どうにも出来ない。
サクラちゃんにも無理だろうし、唯一何とかできるのは緋月ちゃんだろうけど…彼女は今、動くことすら出来ないから。
あー…マズイなぁ。万事休す、ってやつじゃない?オレ達。
「ハ…ッ黒鋼…く…ファイ、くん……しゃおら、く―――」
「…どうにか、しなきゃ…」
「ひ、め……さん…?」
―――チャキ…ッ
「姫…!」
小狼くんの驚いた声。金属の鳴る音。
視線を少しだけずらしてみれば、映ったのは刀を構えたサクラちゃんの姿。手に持っている刀は、さっき黒ぽんが落としたモノ。
腕の細いサクラちゃんには重いのか、柄を握っている手が微かに震えているのが見えた。
それもそうだ。刀を持った経験のない女性が持てば、そうなるのは目に見えている。
緋月ちゃんのように戦い慣れていれば、また別の話なんだろうけど。…彼女は一体、何をしようとしているんだ?
「これで蔓を斬ることが出来れば―――!」
「「せっかく面白い所なんだから…邪魔しないでよ」」
「え……?」
「っ避けろ!!!」
「サクラちゃんっ」
一瞬にして、サクラちゃんの目の前に移動した双子の片割れ。
今にも…サクラちゃんを殺しそうなほど、冷たい瞳で笑っていた。
「姫―――――――!!!」
―――ダァンッ…!
静かな空間に、銃声が1つ。
オレ達が想像していたのは、倒れゆくサクラちゃんの姿。
だけど―――彼女は生きていた。
「姫さんに…手ェ出すんじゃないよ」
「緋月、ちゃん…?」
そう。今にも殺されそうだったサクラちゃんを助けたのは、緋月ちゃんだった。
さっきまで動けなかったはずなのに、銃を構えた彼女は…確かにそこに立っていて、サクラちゃんを護るように抱き締めている。
どうして?何故?
そんな疑問ばかりが頭の中を駆け巡っていて。
彼女が動けるようになって嬉しいはずなのに、不安が何故か消えてくれない。
とてつもなく…嫌な予感がするんだ。
「どう、して…」
―――ザァ…ッ
「消えた…?」
双子の悪魔の片割れが、砕けて散った。
「アダムッ!…お前、よくもアダムを…!!!その体で、何故動けるんだっ」
「魔法っていうのは色々種類があるんだ。少しの間だけ、自分の痛覚を麻痺させる魔法くらい…存在するんだよ?」
彼女は自分自身に魔法をかけていた。
たった5分だけだけど、痛みを―――麻痺させる魔法。
それをかけたことによって、緋月ちゃんは今…動くことが出来ている、ということみたい。
…けれど、そういう類の魔法っていうのは、後の反動や副作用が恐ろしいもの。場合によっては、命を落とす事だってあるくらいだからね。
生憎、彼女が今かけている魔法をオレは知らないから、どんな反動や副作用があるのかはわからない。
せめて―――何もないことを祈りたい。無理な願いだとわかっていても、それでも。
―――バサッ…
「きゃっ緋月ちゃん?」
「…あんまり、見ていて気持ちの良いものじゃないから…僕の上着、被ってて?」
―――すぐに終わらせるから
「緋月ちゃん……小狼くん達を、助けて…っ」
「トーゼン」
くしゃり、とサクラちゃんの頭を撫でて、緋月ちゃんが大きく跳躍した。
その手には桜都国で手に入れたと言っていた刀が握られていて。綺麗に装飾された刀を手に、宙を舞う彼女は―――蝶のように綺麗に見えて。
横に一閃。本当に一瞬だった。
オレ達3人の体に巻きついていた蔓が、バラバラと床に落ちていく。
それでも彼女の攻撃の手は緩まない。刀を鞘に納めたかと思えば、反対の手で銃を構える。
銃口が向けられているのは、何もない空間だった。
「見つけたよ。…姫さんの大切な記憶のカケラ、返してもらう」
ガラスが割れるような甲高い音が響いて、サクラちゃんの羽根が姿を現した。
「!お前……っ」
「小狼くんっサクラちゃんの羽根を!!!」
「っはい!」