蘇る記憶


―――ピチョ…ン


真っ暗、だ。何も見えないし、何も聞こえない。
まるで無の世界。人の気配もないし、僕以外には誰もいないのかな?



「ダレ も いなイ」



子供の、声?少しだけ高く、たどたどしい言葉。
女の子のように聞こえる―――声だ。

でも何だろう?この妙な違和感。僕はこの声を、知っているような気がする。聞いたことがあるような気がする。
何処で聞いた…誰の声だっただろうか?
…確かに知っているはずなのに、ハッキリと思い出せないのが気持ち悪い。



「ミんな 真ッ赤… きレイな イろ」



―――ゾクッ

思い、出した……知っていて、聞いたことがあって当然じゃないか。
だって、この声は他でもない―――



「幼い頃の、僕だ……」



全身を真っ赤に染めた鬼の子。バケモノ。
響く断末魔にんみんまりとした笑みを浮かべ、容赦なく、情けをかけることすらせず…命を刈り取る僕。
助けを乞う声も、この子の耳には決して届くことがないんだ。

それを悟った瞬間、真っ暗だった空間に色が戻った。
ザァッと一陣の風が吹き、周りの風景を一瞬にして変えていく。


僕は何処かの屋敷の中にいた。
そこには1人の綺麗な女性が1人、祈りを捧げている。長くて、とても綺麗にされた黒髪。
背中を向けているからどんな顔をしているのかはわからないけど、時折咳き込む姿は見ていて痛々しい。…すごく、苦しそうで。
それでもその人は祈ることを止めようとしない。
その時、頭の中で何かが弾けた気がしたんだ。ずっとモヤのようなものがかかっていた映像が、急にクリアになるような感覚。



「母上!」


―――そうだ…


「母上!!!」

―――ズル…



そこに佇む真っ赤な少女は、僕、だ。
あの方の僕で、道具で、殺戮兵器だった頃の―――僕。
僕が…この女性を殺したんだ。



「母上!母上!!」
「結界が…切れてしまう…」
「誰か!誰か早く!!」
「諏訪を…貴方を……」
「喋っちゃダメだ!血が!!血が………止まらない」
「守れな……」
「母上?!母上ぇええ!!!」



事切れた女性。傍らで"母上"と呼びながら、大粒の涙を流す少年。
その瞳は深紅。…彼と同じ色の、瞳。
幼いけれど、でもきっと―――僕の大好きなキミだ。

ずっと夢に見ていた"キミ"。
ずっと…探していた"キミ"。

そうか…僕がずっと、ずっと追い求めていたのは―――



「キミだったんだね…黒鋼くん」


スゥ、と目を開ければ…木目の天井が映った。
真っ暗な空間でもなく、凄惨な光景でもなく、あの―――部屋でもなく。

次第に意識がハッキリしてきて、此処がナイトメア王国にいる間ずっと使っている部屋だということを認識できた。まだ眠りの中にいるように、頭がボーッとしてる。
僕はどれくらい眠っていたんだろう?そもそも…いつの間に戻って来たんだろうか。
記憶がない。あの双子を倒して、姫さんの羽根を取り戻して……それからどうしたんだっけ?


―――ガチャッ

「あっ緋月ちゃん!目が覚めたのね!!!大丈夫?気分が悪いとか、どこか痛い所があるとか…そういうのない?!」
「平気だよ、姫さん。気分も悪くないし、痛い所もないから」
「良かった。2日間も眠ったままだったから、皆心配してたの」
「2日も?!…どーりで頭がボーッとすると思った…」
「一応、お医者様にも診てもらったけど体力が消耗されているだけでしょうって」


そうなんだ、と姫さんに返事をして…はたと気がついた。
何気なーく流してしまって、疑問にも感じなかったけれどよくよく考えてみれば、今…おかしくなかったか?

お 医 者 様 に 診 て も ら っ た ?

え?どうして医者が診てくれたの?だって、あんなに…余所者に関わることを、家の外に出ることを嫌がっていたはずなのに。


「わたし達もびっくりしたんだけど…あの塔を出て、森を抜けて街に戻ってきたら、人がたくさん出歩いてたの。まるで何事もなかったかのように、自然に。怯えた様子も全くなかったんだよ」
「あの双子が消えたから…?」
「小狼くんやファイさんはきっとそうだろうって。…不思議なこと、だけど」


あの双子の悪魔が消えたことによって、この国の人達の記憶が操作されたのか?…そうじゃなければ、すぐに外へ出ることなんて考えられない。
少し前までは扉を開けることすらしてくれなかったんだもの。いくら何でも不自然すぎるもんね。

これも―――飛王様の差し金、なのか?
あの双子は確かに僕のことを知っていた…あの方に関することも。僕のことを知っているのは…この世ではあの方、たった1人だけだもの。
あの方以外に知っている者はいないはず…だけど、あの双子は知っていた。
それなら考えられることは、ただ1つ。この国に起きていた全ての事柄が―――あの方の仕業だということ。
そして…突然思い出した、僕の罪の記憶も恐らくは。


「(全てがあの方の手の上で転がされているみたいだ……僕の命も、身体も、魂も―――心も)」



――― 忘レルコト ハ 決シテ 許サナイ 。
オ前ノ全テハ 我ノ物。
逃ガシハシナイ…永久ニ―――ソノ身ガ 壊レル 時マデ



「……っ」
「緋月ちゃん…?」
「ごめん、姫さん…しばらく、1人にしてもらえるかな」
「え、でも…っ」
「お願い。…あとでちゃんと、下に降りるから」
「……わかった。でも辛くなったり、苦しい時は絶対に呼んでね?!1人で耐えることだけは、許さないから」
「リョーカイ、姫さん」


パタリ、と…部屋の扉が閉まった。
階段を降りる音が遠ざかったのを確認してから、僕は詰めていた息を吐き出した。

一気に蘇ってきた、あの時の記憶。
どうして今まで忘れていたのかすらわからない程に…凄惨な光景で。

血に濡れた美しい女性。
その傍らで大粒の涙を流していた少年は、きっと黒鋼くんなのだろう。
今の彼からでは想像がつかないけれど、あの瞳の色も、瞳が持つ強き光も…変わっていなかったものね。面影も―――微かにあったし。
確信なんてモノはないけれど、でもきっとそう。僕の直感がそう言っているから。


「キミ自身が…僕が死にたい、と願う理由なんだ。それを知ったらキミは―――」


一体、どんな反応をするんだろうか?
馬鹿にする?烈火の如く、怒る?悲しげな顔をする?軽蔑…する?


「どうしてかなぁ…?どうしてっ…!」


初めて好きになった人なのに、本当に本当に大好きな人なのに…僕はその人の大切な人を奪ってしまった。
人生を狂わせて、めちゃめちゃにして…なのに、それなのに―――好きです、なんて。
そんな馬鹿なこと、言えない。言えるわけがないよ。
…最初からこの気持ちを告げるつもりもなかったし、そんな資格もないと思っていたけど、それだけじゃない。
やっぱり好きになる資格すらも…なかったんだね。

一番嫌われたくないキミだったのに、一番嫌われることをしてしまったのは―――僕だった。


「っふ……!ぅああああぁあああ!」


好きです。大好きでした。本当に、本当に…心から。
だけどもう、想うことすら許されないのです。
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