大切な記憶
「わぁ…綺麗で、とても素敵な国だねー!」
「緋月ちゃーん!まだ本調子じゃないんだから、あまり無理しないでよー?」
side:ファイ
ナイトメア王国を出て、次にやって来たのはレコルト国という所。
…あの国に比べれば、とても明るくて、柔らかい印象があるかなぁ。目立った争い事とかもないみたいだし…少しはのんびり出来るかもしれない。
あの塔で双子の悪魔を倒した後、緋月ちゃんはすぐに回復の兆しが見えた。熱も下がったし、蔓の模様も跡形もなく消えて。
だけど―――2日間、眠り込んだ後。彼女はしばらく部屋から出てこなかったんだ。
サクラちゃんが目を覚ましたことは教えてくれたけど、1人にしてほしいって言われたんだって。
それから、彼女の様子が―――変わった。
表面上は特に変わってないんだ。オレ達とも話すし、笑ってもくれる。いつもと…同じ。
けど、その笑顔がどこか…ぎこちない。出会った頃のように、全てを隠している笑顔だった。
ピッフル国で見ることが出来た、本当に嬉しそうな笑顔とは程遠い。
そして何より、黒様と…距離を取っているように感じる。
「ねえ、黒様ー…気付いてる?」
「…緋月のことか」
「そう。…彼女が目を覚ましたあの日から、変だよね?あの子の様子。何も変わってないように見えるけど、笑顔はぎこちないし、黒様とも距離取ってるみたいだしー。喧嘩とか、したわけじゃないんでしょ?」
「あぁ。記憶はねぇな」
「何かがあったのは確かだと思うんだけど…」
「今のアイツの状態じゃあ、誰にも話さねぇだろうな」
だよねぇ。黒様にも、サクラちゃんにですら…話さないと思う。
また1人で何か大切なことを隠してるんでしょう?自分自身のことだからって、自分だけでどうにかしようとしてるんでしょう?
…君のそういう所が心配なんだって、今までにも伝えてきた。伝わってるとも、思ってたのに。
それはオレの……ううん、オレ達の勘違いだったみたいだね。
「何1つ、伝わってなかったのかなぁ…オレ達の気持ち」
「そうは思わねぇが、今のアイツを見てると何とも言えねぇな」
そう言う黒たんの表情は、珍しく曇っていた。
…そりゃそうだよね?彼も緋月ちゃんのことを大切に思ってるんだもん。頼ってもらえないの、嫌だよね。
大好きな人なんだから。大切な人には辛い思いはしてほしくない。出来ることなら、ずっと笑っていてほしいと思うから。
それは誰にでもある感情だよ。オレだって彼女のことが大好きで、幸せになってほしくて、笑っていてほしい。
辛い思いはしてほしくないし、させたくないって思うんだ。
だから、今彼女を―――支えてあげたい。
「(自分の意志で黒たんと距離を取っている今なら、オレのことを見てもらえるかもなんて―――)」
オレは何て、卑怯なんだろうね?そんな風に彼女を手に入れたとしても、お互いに傷つくだけなのに。
いくら距離を取っていたって、緋月ちゃんの心は黒様にしか向いていない。いつだってそうだった。
「黒鋼くーん、ファイくーん!こっちに洋服屋さんあったよー」
「はいはーい。今、行くよー」
「考えても仕方ねぇ。…行くぞ」
「うん。服、調達して小狼くんとサクラちゃんの所に戻ろう」
必死にいつも通りに振舞おうとする、彼女の笑顔は痛々しい。
全ての悲しみを、痛みを…胸の内に抱え込んでしまっているかのように。