02
新しい国に着いて、まだ気を失ったままの小狼くんを姫さんに託して…僕達3人と1匹は、探索へと出かけた。
この国の服も買わないと、かなり目立っちゃうからねぇ。今まで着ていた服だろうが、ピッフル国で着ていた服だろうが…どっちにしろね。
そんなわけで、色々見て回っているのだけれど…どんなことをしていても、頭に浮かぶのは―――あの日の光景。
―――大粒の涙を流し、泣き叫ぶ少年
―――必死に大切な者を護ろうとする、女性
―――それを簡単に殺した、冷たい瞳の赤い少女
―――部屋に広がった、真っ赤な血の海
―――ギュ…ッ
「(それを奪ったのは…他でもない、僕だ…っ)」
どれだけ謝っても、謝っても…償える罪じゃないのはわかってる。
そもそも僕が奪った命は、あの女性だけじゃない。それこそ、数え切れない程の―――命、だ。
今更罪悪感を感じているなんて、胸が痛いと思うなんて…馬鹿げているとは自分でもわかっているけど。
チラリ、と後ろに視線を向ければ…何やら話をしている黒鋼くんとファイくんの姿。
「やっぱり―――似てる。あの少年に」
あの過去を思い出したその時から、あの少年が彼であってほしくないと…何度思っただろうか。
だけど、見れば見るほど…黒鋼くんはあの少年にそっくりで。
あぁ、やっぱり―――彼本人なんだ、と思い知らされるんだよね。
それがわかったから…彼への想いを、断ち切ろうとした。好きになってはいけないから、好きになる資格などないから。
けど、けどね?ダメなの…一度芽生えてしまった気持ちは、そう簡単に消えてなどくれない。
むしろ、膨らんでいく一方だ。好きで、好きで、好きで……っ!本当に好きで、仕方ないんだ。
「おい、緋月」
「っ!は、はい…っ」
「1人で勝手に歩き回るな。…一応、病み上がりだろう」
―――グイッ
「あ、あの…手…っ!てか、一応って何さ!一応って?!」
「こうでもしねぇと、また勝手に行くだろうが」
「ちょっと僕のもう1つの質問は、綺麗に無視ですか?!!」
「ほーんと仲がいいよねぇ?黒様と緋月ちゃん」
「緋月と黒鋼はラブラブー!」
「モ、モコ…」
いつもだったら反論する黒鋼くんが、ファイくんとモコにからかわれても…何も言い返さなかった。
そして繋がれた手は、痛いくらいの力で握られている。何を言われようが…離さない、という意志が感じられるほどに。
…やめて。これ以上―――僕の心(ナカ)を、キミでいっぱいにしないで。
僕はキミのお母さんを殺した 仇 なんだよ?
それがわかれば…キミはきっと、僕のことを嫌いになっちゃうんだからさ。だから、優しくなんてしないで。必要以上に構ったりしないで。
今以上にキミを、好きにならせないで…?
「(彼らと一緒にいるのは楽しい。…けれど)」
笑おうとすれば、脳裏に浮かぶ戦慄の光景。
それがよぎる度に…僕は笑ってはいけないんだ、って思い知らされる。皆の傍を離れなきゃいけない日が、近づいているのかもしれないな。
…今考えてもどうにもならないことは、少し端に置いておこう。
まずやらなければいけないのは、自分のことじゃなくて…姫さんの羽根探しだもの。
どんなに胸が痛くても、脳裏をよぎる光景に吐き気がしても―――隠さなきゃいけない。この気持ちだけは、どうしても。どんなことをしてでも。
「緋月ちゃーん、どれにするか決めたー?」
「え?あ、ううん…何だか色々あって迷っちゃって。ファイくんは決まったの?」
「うん、オレはこれー」
バサリ、と見せられたのは白の長いジャケットに、白のパンツとベスト。そして帽子。
着た姿を見てみないと何とも言えないけど、彼に似合いそうな服。
黒鋼くんも決まったらしく、彼はファイくんと正反対の黒のジャケットと黒のパンツを選んだみたい。
モコも小さい帽子をかぶっている。…そのサイズの帽子って、あるんだ。
もう皆、決まったのかぁ…僕はどうしようかなぁ?
「まだ決まってねぇのか?」
「これだけの量があると、目移りしちゃってどうも…」
「黒りんはどれが彼女に似合うと思うー?せっかくだし、選んであげなよー」
突然のファイくんの爆弾発言。
黒鋼くんのことだ、ふざけんなーって断るだろうと思っていた。…だけど、彼は予想外の行動を取ってくれまして。
何と!…本当に、僕に合う服を探し始めちゃったんです。それもファイくんと一緒に。
何て言うか……たまーにとんでもない行動をしてくれるよね?黒鋼くんって。
それが嬉しいと思ってしまう辺り、僕はもう重症だ。この気持ちを断ち切ってしまいたいのに、彼の仕草の1つ1つに…また惹かれていく。
歯止めが効かなくなっていて―――困るんだ。
「緋月、緋月っ!コレ着てみてー!!」
―――バサッ
「わ…っ!びっくりした」
目の前に出されたのは、ピンクに近い赤…ピンクローズという色のホルダーネックタイプのワンピース。腰にリボンもついてて可愛いな。
あとその上に羽織る白の、裾にフリルがあしらわれたジャケット。ワンピースがノースリーブだから、一緒に選んできてくれたんだね。これも可愛い。
「黒鋼とファイが見つけたんだよ。きっと緋月に似合うよーって」
「そう、なの?…じゃあ、着てみようかな」
「オレ達も着替えてくるよー。お金はオレと黒様の服が換金できるみたいだから、それで大丈夫。緋月ちゃんの服は売るわけにいかないもん」
「…着替え終わったら、そこで待ってろ。勝手に動くなよ」
「はぁい」
ここで断ったら、怒られる気もするし…大人しく言うことを聞いておこう。特に見たいものがあるわけでもないし。
そんなことを考えながら、渡された服を持って試着室へ。
中に入って、ピッフル国で知世ちゃんに作ってもらった服を改めて鏡で眺めてみた。
…初めて見た時も思ったけど、細部まで綺麗に作られててすごいよなぁ。これは売るわけにいかないよね。てか、売りたくない。
「ジェイド国で着たドレスと似てるけど…アレよりも大分軽いな」
首と腰のリボンをキュッと結んで、くるっと一回転してみればフワリとスカートが揺れる。
…うん。これは軽くて動きやすい。
最後にジャケットを羽織って、髪もまとめて高い所で結ってみた。
カチューシャがあれば下ろしたままでもいいんだけど、今は何も持っていないから。髪飾りが何もないなら、結ってしまった方がいいかなって。
全身鏡で変な所がないかどうかチェックをして、閉じられているカーテンを開けた。
「あ、着替え終わったー?」
「うん。…待たせちゃったかな?」
「ううんー、大丈夫だよー。やっぱり、その服似合う」
「似合うー!緋月、かっわいー!」
ファイくんとモコがすっごい笑顔で褒めるから、何だか恥ずかしくなってきた。
「着替えが終わったんなら、さっさと行くぞ」
「あっうん!」
「この国についての情報も集めないとだしねー」
さっさと歩き出した黒鋼くんを追って、僕達はお店を後にした。
「あのね、この前のピッフル国の羽根で戻った記憶にあったの。
怖い夢を見た時はね、こうすれば良いって神官の雪兎さんが教えて下さったの。
怖い夢出てきて
小狼くんの中から出てきて
わたしの中の良い夢
小狼くんの中に入って
小狼くんに優しい夢を見せて」
2人を待たせている広場に戻ってみれば、何だか良い雰囲気の小狼くんと姫さん。
何があったのかはわからないけど、額同士をくっ付け、手をそっと握って…何かを呟いてるみたい。
その姿がとてもお似合いって感じて、声を掛けたらお邪魔になるかなぁって思った。…まぁ、すぐさまモコが叫びそうだけどねぇ。
「ラブラブだーーー!」
ほーら、ね?僕の予想通り。
よくわからないけど、モコはこういうのが好きらしいの。俗に言う恋愛モノ?今もファイくんの頭の上で「ラブだ、ラブだ」って踊ってるし。
ファイくんもにこやかに笑って、2人の姿を眺めてる。
「いや、あの!」
「小狼くんが怖い夢見たって、あの、あの、だから!」
「おまじないしてたの?」
―――こくこくこくっ
「ふふっ2人共、あんまり勢いつけると首が痛くなるよー?」
モコがラブラブだーって叫んでから、2人の顔はリンゴや茹蛸のように真っ赤。
それが初々しくて、とても可愛らしかった。…可愛らしいと思う反面、羨ましくもあるんだけれど。
微笑ましいとは思う。可愛いとも思う。
だけど、今まで以上にそんな2人が羨ましく感じてしまう。そんな風に思ったって、どうしようもないのはわかってるんだけどさ。
「でもラブかった!ラブはいいねぇ〜」
「もう少し、のんびりしてきた方が良かったかな?」
「緋月ちゃん…っ!」
「えっいや、あの、その!」
「2人共、更に赤くなっちゃってかーわいいー!」
「ど、どうでしたか?この国は」
「今まで行ったことのある国とは、また違ってたー」
「服はね、こんな感じになってるの」
小狼くんと姫さんの前でくるっと一回転。
「ジェイド国と少し似てますね」
「でも女のひと、ドレスじゃなかったよ。スカート長めだったけど」
「そうそう。生地も薄いから、結構動きやすいかな」
「とりあえず、小狼くんとサクラちゃんの分の服も調達してきましたー。オレ達の服売ってー」
「「ありがとうございます」」
うん。2人共、相変わらず礼儀正しいよねぇ。お礼を言うだけでも、きちんと頭を下げるんだもん。
深々と頭を下げた後に、小狼くんはこっちに視線を向けた。
「羽根の気配は?」
「何とも言えない、って感じかな?正直、よくわからないんだよねぇ」
「ていうかこの国、不思議パワーいっぱいなんだもん」
「「不思議パワー?」」
そう。モコが歩いていても、全く問題のない国なんだよね。
「でもってー、小狼くんにとってはすごく良い国かもー」
「おれですか?」
「ねー、緋月ちゃんに黒様ー」
「うん」
「ふん」
返事は素っ気ないんだけど、否定はしないんだよね。間違ってないから。
ま、今は意味がわからなくても見てみればすぐにわかることだ。
ひとまず2人を着替えさせて、街へと出てみましょーか!
―――――レコルト国
この国には魔術があるらしくてさ。ちゃんと学校になってて、皆魔術の勉強をしてるみたいなの。数学とか国語と同じで、魔法の授業が存在してる。
そんな感じで、空を翔る馬の馬車とかもあるくらいで、モコもちゃんと外に出られるんだ。
んでもって、誰にも不思議がられたり、気味悪がられたり、咎められたりしないってわけなのです。
ジェイド国の時はずっと隠れてたものね。…今みたいに、黒鋼くんの服の中に。窮屈じゃないのかなぁ?
「小狼くんにとって良い国っていうのは……」
「あぁ、それはね…」
「こっち、こっちー」
目の前に建っているのは、すっごく大きな建物。何を隠そう、この建物こそが「小狼くんにとって良い国」と断言できる場所なんだ。
さっぱりわからない小狼くんと姫さんは、ただただ目を丸くしている。
だけど、大きな扉を開けて中に一歩足を踏み入れてみれば、一瞬にして小狼くんの瞳に喜びの色が浮かんだ。
中にあったのは数え切れない程に、たくさん並べられた本。
「わぁ」
「本がいっぱい」
「この国は魔術を色んな側面から研究してるらしくて、魔術に関する本がいっぱいあるんだって。もちろん歴史とかに関してもね」
「此処はこの国の図書館なんだって。近隣国でも一番大きいらしいよ」
「小狼くん、歴史好きでしょ」
「本も大好きだよね」
「はい!…あ、でも読めるでしょうか」
「ふふ…確かめてみたら?」
「はい!」
本当に歴史や、本が大好きなんだなぁ。瞳をキラキラさせて、すっごく嬉しそうにしてるもん。
一冊の本を手に取って、読めることがわかるともっとキラキラさせて、文字を追っていってる。それこそ一心不乱に、夢中になって本を読んでる。
楽しそうにしている小狼くんを見て、姫さんも嬉しそうに微笑んでいる。とても可愛くて、綺麗な笑顔だった。
「小狼、夢中ー」
「はー、出来れば買ってあげたいねぇ。お父さんにお母さん」
「いい加減、そのネタから離れろ!」
「?お母さんって誰のことを言ってるの?」
「でもお金ないもんねぇ。これ売っちゃダメだしねー」
モコの口からにゅっと出てきたのは、緋炎と蒼氷。これは小狼くんと黒鋼くんの大切な刀だから、売ることは出来ません。
小狼くんは蹴り技も使うからともかくとしても、黒鋼くんは丸腰になっちゃうもの。
まぁ、彼のことだからそれでも戦えるとは思うけどさ?だけど、何が起きるかわからないんだ。武器を持っておくことに越したことはないよ。
さーて…せっかくこれだけたくさんの本があるんだし、僕も何か読んでみようかなぁ。読めるかはわからないけど。
小狼くんの隣に立って、たくさん並べられている本棚を眺めてみる。
「?」
「…あれ?」
僕と小狼くんの視線の先になるのは、背表紙に何も書かれていない一冊の本。
どうしてだかわからないけど、妙にその本が気に掛かった。
「どうした?」
「あ、黒鋼くん」
「いえ、この本…背表紙に何も書いていなくて」
黒鋼くんがその本を手に取って、パラパラと捲ってみるけれど中も何も書いていなかった。
お前も見てみろ、という風に小狼くんに手渡そうとした時…本が光ったように見えて、魔力のような力を一瞬感じたような気がする。
え?と思った瞬間、グラリと視界が揺れて―――景色が変わった。
図書館にいたはずなのに、いつの間にか雨が降りしきる外へと。