架空の世界


―――ザアァアアアア…

雨が、降っている。
さっきまでいたレコルト国にはなかった風景が、目の前には広がっていて。頭の中をぐっちゃぐちゃに混乱させるには、十分すぎる出来事。
隣に立っている小狼くんも同じだったようで、目を見開いて固まっているみたいね。


「……な、んだ…?姫!モコナ!黒鋼さん!ファイさん!」
「皆の気配はしない…僕達だけみたいだ」
「気付かないうちに別の世界に移動したんでしょうか?」
「それはないと思うよ?モコに変わった所なんて、なかったもの」


そう。次元移動をする前兆も、素振りも一切なかった。つまり、僕達は次元を移動したんじゃないってことだと思う。
じゃあ今のこの状況は何だ?と聞かれると、答えなんて出ないんだけどさ。何か変わったことといえば…と思い返してみるけど、何も思い浮かばない。
黒鋼くんから小狼くんが本を受け取った後にすぐ、僕達はこの場所に立っていたのよね。
……ん?本?


「!小狼くん、それ―――…」
「さっきまで何も書かれてなかったのに!」
「全部は読めないけど…夜魔ノ国で見た文字と、少し似てるかも」


小狼くんがおもむろにページを捲った。
その瞬間、あんなに降っていた雨が止んで陽の光が雲間から差し込む。
一体…どういう、こと?何がどうなって、今この状況を作り出しているわけ?


「とれた!」


木の上から突然聞こえた声。その声に驚いて、思わず大きな声を出してしまったけど、気付いた様子はない。
…もしかして、僕達の声は聞こえていないのかな。


「緋月さん、あの少年…」
「うん。そっくりだよね」


―――――黒鋼くん、に。

そして、少年が話している女性は…僕が、殺した女性にそっくりだ。
とても綺麗な黒髪で、優しそうな雰囲気で、意志の強そうな瞳。
…やっぱり、あの時の女性の容姿に…よく似ている。



「危ないからと言ったのに聞かないんだから」
「これくらいの木、もう登れる!!それにこれは母上の大事なものだ!」
「そうね。ありがとう」



女性に褒められてにっこりと笑う顔は、子供特有の無邪気な笑顔。
黒鋼くんにそっくりだけど、こういう笑い方は…見たことなかったな。

…やだな。ただ似ているだけなのに、彼本人だというわけじゃないのに…どうしても黒鋼くんの顔が浮かんでしまう。
思い出した所で、なんにもならないというのにね。



「俺が贈ったものだからな」



!え…黒、鋼くん……?!
女性の肩にふわり、と布を掛けた男性―――その人こそ、黒鋼くんそのものだった。
でも彼に奥さんはいなかったはずだし、彼よりも少し…歳が上のような気もするかなぁ。
黒鋼くんの方が、いくばくか若い感じ。…それでも本人ではないかってくらい、そっくりなんだけれど。


「父上!」


「「父上〜〜〜〜?!」」
「尚更、頭ん中が混乱してきた…」
「黒鋼さんって、子供は……」
「いないと思うよ。…そもそも、結婚すらしていなかったはず。あの人、黒鋼くんにそっくりだけど―――左手、見てみ?」
「左手、ですか?………あ…」
「傷が、ないの…あったはずの傷が」
「じゃあ、あの人は黒鋼さんじゃない…?」


「おかえりなさいまし」
「おかえり!父上!」
「相変わらず腕白坊主だな、我が息子は」



女性は微笑ましい光景を見ているように、柔らかく微笑んでいた。
男性は飛び込んでくる自分の子供を受け止め、嬉しそうにわしゃわしゃと頭を撫でている。とても、とても―――幸せそうな光景。

どうやら黒鋼くんにそっくりの男性は、この辺りの地を統べる人みたいね。
女性との会話や、側近と思われる男性の言葉から、何となく理解できた。領主様って呼ばれてるし。
…飲み屋で飲みつぶれる、っていう面白い話もしてくれてる。


「領地の境に出たという魔物は討伐出来たぞ」
「良う御座いました。あの境の近くには薬になる草が採れる原があります。これで安心して採りに行かれることでしょう」
「この日本国、諏訪には貴重な薬草が生える場所があるからな」
「それ故、他領土に狙われることも…」
「日本国には魔物っていう厄介なものもいるしな」
「だが、うちの奥方は素晴らしい巫女だ」
「奥様の作られる結界で、諏訪は守られております」
「けれど、私の力も万全ではありません。日本国、白鷺城の姫君のように大きな結界を張れるわけではありませんし…」


女性は憂いの表情を浮かべ、僅かに下を向いた。
少しだけ重苦しい空気が流れる中、男性の明るい声が響く。領主と呼ばれる、男性の。


「諏訪を守ってくれりゃ十分だ。それに万が一、誰かが領内に入って来た時は―――その為に領主(おれ)がいるんだ」


そう言って笑った顔は、まさに黒鋼くんで。
黒鋼くん本人ではないと、頭ではわかっているのに―――

どうしてこんなに胸が高鳴るの?どうしてこんなに胸が苦しいの?どうしてこんなに……彼に触れたいと、思ってしまうの?


「緋月さん…大丈夫、ですか?」
「だい、じょうぶ……大丈夫だよ、小狼くん」


溢れてしまいそうな涙を堪え、目の前の光景に視線を戻せば、するすると…まるで猿のように木を登っていく少年が見えた。
その様子を周りの家来の人達は、ハラハラとしながら見つめている。さっき領主の男性も言っていたけど、本当に腕白な子供なんだね。元気いっぱいだ。
…もう少しでてっぺん、という所で。少年はそれはもう見事に、枝から滑り落ちました。かろうじて枝にぶら下がっている状態だけど、皆は大慌てだねぇ。
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