03


ふわふわとしていた意識が、徐々にハッキリとしてきた。
周りの音も聞こえるようになってきて、誰かの声が耳に届く。


「黒鋼さん」
「あぁ?」


…あぁ、小狼くんと黒鋼くんの声だ。ファイくんと姫さんとモコはいないのかな?気配も、感じない。
2人の声音は固いように感じて、何か大事なことを話しているんだろうと察することが出来た。

きっと、僕と小狼くんが見てしまった―――黒鋼くんの過去のこと。
誰でも他人に知られたくない過去はあると思うし、それが勝手に見られたとあっては…良い気分にはならないよね。いくら何でもさ。


「…聞くべきじゃないってわかっています。けど、確かめたいことがあるんです」
「言ってみろ」
「黒鋼さんのお母さんは、祭壇のような所から突然現れた少女に、剣のようなもので刺し貫かれたように見えました」
「ああ」


黒鋼くんも、僕の姿を見ていたんだね…やっぱり。
だけど、それが今目の前にいるってことは―――気がついていない。
背も伸びてるし、髪の色も違うから…気付かないのも無理はないと思う。わからないと思うんだ。


「それが誰かわかったんでしょうか?」
「いいや。あの後、白鷺城の忍軍に迎え入れられてからも、あの時見た剣の持ち主を捜し続けたが、結局わからず仕舞いだった。母上の祷場に割り込んで来たってことは、相当の呪術使いなのは確かだが」
「あの剣の、蝙蝠のような飾りに見覚えがあるんです」
「何だと?」


小狼くんが知っていても、おかしくないよね。
だって、玖桜国で彼らを襲ったのも―――飛王様の手下なんだから。あの遺跡に眠ると言われている力を、手に入れる為に。

全ては、あの方の手の平の上だ。僕達のこの旅も、僕の命も、何もかも―――。
あの方の願いを叶える為だけに、この旅は計画され、実行に移されている。
皆の過去の辛い出来事だって、あの方の手の内。
…僕はそれを知っていて、気がついていて、わかっていながら…知らないフリを、しているんだよ。大好きなキミ達を、騙し続けているんだ。


「……っ」


深く布団を被り、ギュッと握り締めて…息を潜めた。
頭から布団をかぶっていても、黒鋼くん達の会話はどうしても耳に入ってくる。
聞きたくないなら耳を塞げばいいし、この部屋から出ていったっていいのに…それをしないで寝たフリをしているのは、きっと気になるからだ。

黒鋼くんが、一体どうするのかを。

それをきちんと知りたいんだと思う。自分でもよくわからない感覚だけど。
彼に復讐心があるのか、僕を殺したいのか…どうか。
知ったところでそうなるわけでもないのは、わかっているんだけれどね。


「玖楼国ってのは、お前と姫がいた国だな」
「はい。けど、玖楼国では見たことのない風体と武器でした。すぐ神官様に次元の魔女の下へ送って頂いたから、詳しくはわからないんですが。ひょっとしたら、異世界から来た者達だったのかもしれません。だから、黒鋼さんのお母さんの祷場に現れたのも…」
「…なるほど。他の世界から現れたのなら、日本国で探せるわけはねぇな。つまり、このまま世界を渡っていきゃあ、あの刀のヤツに会えるかもしれねぇってことか」


…やっぱり、そうだよね。大切なお母様の命を、理不尽に奪った奴を許せるわけないものね。
わかりきっていたことじゃないか、そんなことは。
家族を奪われて、全てを失ったのに…どうして僕は、微かに希望を抱いていたの?

"彼なら、許してくれるかもしれない"

そんな都合の良いこと、あるわけない。あっていいはずがない。
クスリ、と自嘲的な笑みが零れた。


「気持ち悪いこと言うな、ガキ!」

―――コンコン

「はい」
「お話終わったー?」
「はい」
「緋月ちゃん、まだ眠ってるんですね」
「ああ」


いい加減、起きた方がいいんだろうけど…何だか起きるタイミングを逃しちゃった気がする。
さあ、どーすんべと思った時、誰かのお腹がきゅるるる〜となった。
ちょっと笑いそうになったのは、内緒。


「モコナおなかすいたー」

きゅるるる〜

「ご…ごめんなさい」
「そろそろ空く時間だもん、仕方ないよー。オレもお腹空いたしー話はさっき見つけてきた所でしよー」
「わーい!」
「で、でも緋月さんは…」
「…先に外に行ってろ。俺が担いでく」
「じゃあ、入り口で待ってるよー。小狼くん、サクラちゃん、モコナー行こっかー」
「「はい」」
「はーい」


―――パタン…

しん、と静まり返った部屋。響くのは黒鋼くんが鳴らす靴音だけ。
コツン、コツンと…こっちに近づいてくる音。何故か、自然と体が強張ってしまう。


「―――起きてるんだろう?緋月」
「気付いてたんだ、やっぱり…」


ゴロン、と寝返りを打って黒鋼くんがいる方へと顔を向けてみる。
きっと眉間にシワを寄せてるんだろうなぁ、なんて思いながら視線を上げれば…一瞬、ホッとしたような表情を浮かべていた。
思っていた表情とは違うし、それ以上に優しい顔をしていて驚いちゃったくらいだ。
寝たフリをしていたこと怒ってるかと思っていたのに…。

驚きつつも体を起こせば、ふわりと抱き締められた。


「?!っ黒―――…」
「また…死にたいとほざくのか、誰かに殺されてぇのか」
「え…?」



また…死にたいとほざくのか、誰かに殺されてぇのか



意識が飛ぶ直前、僕は"ワタシ"に戻っていた。
殺戮兵器として扱われていた頃の、あの方の剣となっていた頃の…自分。ただ人を殺すことに、悦びを感じていた。

…きっと彼の過去を見て、あの時と全てが繋がって、全てを…理解して。あの少年が本当に黒鋼くんだったと、確信したから。
だからこそ、最近まで心の奥深くに眠っていた"僕"と"ワタシ"の願いが、呼び覚まされたんだと思う。
それが口に出て、彼に聞かれた。大方、そんな所でしょうね。


「おい、何とか言いやがれ…!」


懇願する、声。前にも彼のこんな声を聞いたような気がする。

『あんまり驚かせんな…心臓に悪い』

ああ…そうだ。思い出した。
ピッフル国で僕のドラゴンフライが爆発した時、ホッとしたような…泣きそうになってるような、そんな声を聞いたんだったね。
心配、してくれたんだって嬉しくなったの。今のキミもそうなの?僕のことが心配?いつか命を絶ってしまうんじゃないかって思っているの?


「いつか―――殺す相手なのに?」
「…あ?今、何―――」


グッと彼の体を押せば、意外にも簡単に解放されて。
顔を上げて、にっこりと微笑んでみせる。何も言っていないよ、気にしないで―――そう告げるように。

ボソリと呟いた言葉は、彼の耳には届いていなかったようだ。
…それでいい。今はまだ、知らないままでいいの。いつかは知られる事実だけど、もう少しだけ…キミの傍に立っていたいから。


「…忘れたの?黒鋼くん。僕の願いは―――ソレ、なんだよ」
「っ!」
「ワタシの犯した罪は重いから、償わなきゃいけない。いつか…必ず」
「…それが…死、なのか?」
「そう。人を殺した対価は重いんだ…中途半端な対価では、払いきれない。僕も同じモノを差し出さなきゃ」
「お前の中に…生き続けるって選択肢はねぇのかよ」
「ない、んだろうね…きっと。もしあったとしても―――」

共には いられない。

「……」
「さ、そろそろ行こっか!皆、外で待ってるんでしょう?」

―――ガチャ…ッ

「―――ねぇ、黒鋼くん」
「何だ」
「僕の願いは確かに"殺してもらうこと"だし、きっとそれが覆ることはないだろうけど…まだ僕は此処にいるよ。生きてるよ」


これはキミが望んでいる言葉ではないだろうけど、でも真実だよ。
まだ此処にいる。皆の傍に…キミの隣に。
全てを隠して、皆を騙して、最高に卑怯なことだろうけどね。


「…行くぞ」

―――グイッ

「うん」


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…大切な人を奪って、幸せを壊して…好きに、なってしまって―――
タイムリミットのその日までは、仲間として…隣に立たせていて。




「『記憶の本?』」
「って呼ばれてるんだってー」


外で待たせていた小狼くん達と合流して、皆で向かったのはオープンテラスのあるとても素敵なカフェ。
僕も小腹が空いてたし、サンドイッチと紅茶のセットを頼んだのだけれど。
何て言うかね…もう、驚きの連続?ポットに羽が生えていて、そこら辺を飛び回ってるの。これも魔法なんだろうなぁ。
カップの中の紅茶がなくなると、ツイと寄ってきて注いでくれる。
…便利、かも。慣れるまでは驚くだろうけど。うん。


「手にした者の記憶を写し取って、次に開いた者にそれを見せる本」
「…だから、記憶の本」


あの本に最初に触れたのは、黒鋼くん(かれ)。
そして、その次に触れたのは…小狼くんと僕。

何となく予想はついていたけれど、それが本当だったとはね。
黒鋼くん自身も、小狼くんから話を聞いて「自分の過去だ」、と認めてはいたんだけれど…改めて事実だと言われると、やっぱり驚く。
チラリ、と黒鋼くんを見ればモコとサンドイッチを取り合ってる。小狼くんも少し痛そうな顔で、彼のことをじっと見つめていた。
それに気がついた黒鋼くんが「何だ?」と問い掛けるけど、僕と小狼くんはゆるりと首を振った。


「(何だか…黒鋼くんらしい、のかもね。こういうの)」


きっと、彼は本当に気にしていないんだ。過去を見られたことを。そしてこの変わらない態度は、黒鋼くんなりの優しさ。
"俺は気にしていない。お前らも気にするな。"…こんな感じかしらね?真意は、わからないけれど。


「でねー、さっき小狼くんが持ってた本のマークが」

―――べろっ

「何か出た。…紙?」
「図書館で複写してもらったの」
「これって……!」
「姫さんの羽根のと…」
「似てるよね」
「でもモコナは…」
「うん!モコナ、『めきょっ!』ってならなかった」
「緋月さんも…」
「何も感じなかったね。アレ、本物じゃなさそうだし。魔力は感じたけど」
「あの図書館にあったのは複本なんだって」


なぁるほど。元の本を写した、複本ね。本物ではないけれど、元の本と同じモノではある。
ってことはー…原本が、何処かにあるはずってことになるよね?
疑問に思っていると、モコの口からさっき出された紙の下にもう1枚、別の紙があった。それをファイくんが皆に見えるように、スッと上に出してくれた。


―――ハッ

「サクラ姫の羽根!」
「これがさっきの原本か。何処にあるの?」
「ん。それも調べてきたよー」
「中央図書館だそうです」
「ちゅうおう…?」
「それはさっきの図書館とは…」
「違うの」


その中央図書館っていうのはこの国で一番大きな図書館らしい。だけど…ちょっと大変な感じ、なんだって。
此処から少し離れた場所にあって、乗り物に乗って移動するんだって。そんなに遠い、というわけではない。
何が大変なのかと言うと―――


「何かね、貴重な本ばっかりある図書館でー」
「盗もうとするのとかもいるんだって。だから、悪い人が悪いことしないようにすごい番犬さんがいるんだって」


オープンカフェで食事を済ませた僕達は、宿へと戻って来た。
今日は色々あったし、中央図書館に向かうのは明日にして休もうってことになったの。…正直、疲れてはいたし…有り難かった。
全てを一気に思い出して、まだ頭の中が混乱しているんだ。受け入れたくないと、嘘だと思いたいと。
けれど、瞼の裏に焼き付いた光景はリアルで、刃を突き立てたその感触も…覚えている。


「思い出した途端に…全てがリアルになるなんてなぁ」


今まで忘れていたことだったのに、思い出した途端…ザアッと鮮明に、頭の中に映像が蘇った。
感触も、感情も、臭いも―――あらゆるもの、全てが。本当に忘れていたのかと、疑問に思ってしまう程に。


「…緋月さん」
「そろそろ来る頃だと思ってたよ、小狼くん」


今日は5人と1匹の相部屋だったから、ロビーで考え事をしていたの。どうしても1人になりたかったからね。
そこにやって来た小狼くん。何かを、聞きたそうな表情で。聞きたいことなど、とうにわかっている。
彼なら―――聞きに来るだろうと、漠然と思っていたから。


「どうぞ?僕に…聞きたいことがあるんでしょう?」
「!わかって…いたんですか?」
「何となくねぇ。そういう勘だけは働くらしいから。…黒鋼くんの過去で見た、少女についてでしょ」


にっこりと問い掛ければ、僅かに眉間にシワを寄せてコクリと頷いた。
うん、やっぱり思っていた通りだ。小狼くんは気がついている。あの"真っ赤な少女"の正体に。
目の前でお母様を殺され、気が動転していた黒鋼くんにはわからなくても。
今の僕を知っている小狼くんが見れば、気がつくのは当然のこと。…黒鋼くんだって、いつかは気付くでしょうしね。
静かに続きを促せば、震えた声で言葉を紡ぎ出す。


「幼かったし、暗かったから…ハッキリと顔が見えたわけじゃありません。血で真っ赤に染まっていましたし」
「…うん」
「だけど…一瞬だけ、月の光に照らされたあの顔は―――貴女にそっくりだったんです。緋月さん。あの少女は、本当に緋月さんなんですか?それとも似ている誰か…なんですか?」
「―――――僕だよ」


驚きに、悲しみに…小狼くんの顔が歪んでいく。
きっと否定してほしかったんだろうけど、そうした所で何かが変わるわけでもない。
彼の疑念が晴れるわけでもないし、僕の罪が消えるわけじゃあない。何も変わらないし、逃れられるわけもないから。
この先、キミが僕のことを軽蔑したり、嫌ったりしても…それは仕方のないこと。
もうどうにもならないことだから、覚悟を決めるしかない。


「…あの少女は、間違いなく僕。彼のお母様を殺したのは、僕だ。彼の―――憎むべき仇、なんだよ」


自嘲的な笑みに、口角が上がる。
ああ…そうだ。僕は黒鋼くんの仇。憎まれる存在なんだ。思い出したあの日から、頭のどこかで理解していたはずだったのに。

改めて言葉にしてみれば、その事実が思っていた以上に重く僕に圧し掛かってきた。
囚われて、雁字搦めにされて、身動きが取れない。
どんなに近づきたくても、隣で笑いたくても―――もう二度と、叶うことはないんだ。
こんな僕が隣に立つことなんて出来ないから。資格が、ない。


「そんな悲しそうに…笑わないで下さい」
「え……」
「触れられたくない過去だったでしょうに…聞いてしまってすみません。だけど、緋月さんは緋月さんなんです。
おれが知っている緋月さんは、明るくて、強くて、とても優しい人だ。おれにとってそれが真実なんですよ。…きっと姫達にとっても。だから、どんな過去があったとしても―――今の緋月さんが、全てだと思ってます」
「あり、がとう……!」


嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ。
あの光景を見た上で…"今の僕"を信じてくれている、小狼くん。
過去は関係ない、と言ってくれているようで。
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