違法な手段
「うーーーーーんっ」
大きく伸びをして、カーテンを開ければ。視界に広がるのは雲一つない、綺麗な青空。
…沈んだ気持ちは、なかなか晴れないけれど…それでも昨日の小狼くんの言葉が胸を温かくしてくれる。少しだけ、救われたような気がしたんだ。彼の言葉で。
そして、姫さんの笑顔やファイくんの優しさとか…色々なものに僕は救われてる。
こうやって狂わずに立っていられるのは、彼らがいてくれるからだ。
1人でいたらきっと―――発狂してる。
それこそ感情を失って、またあの頃のワタシに戻ってしまうような気がする。
「罪は消えない、僕とワタシの望みも変わらない。この旅の終焉も…きっと変わらないだろうけど。それでも僕は―――――」
まだ、此処にいたいと思う
。全てを終わりにして、終わりを見届けて、あの子達が笑えるその瞬間まで。
―――コンコン
「あ、はーい。どうぞー」
「…おはよう、緋月ちゃん。気分はどう?」
「姫さん、おはよー。悪くないよ、大丈夫」
「良かった。昨日、元気がないように見えたから…少し心配だったの」
「心配してくれてありがとう。もう出発の時間?」
「ううん。その前に朝食を済ませようって、呼びに来たんだよ」
「そうなんだ、ありがとー」
姫さんと一緒にロビーに下りれば、もう黒鋼くんもファイくんも小狼くんもモコも揃っていて。
僕が一番最後だったから、姫さんが呼びに来てくれたんだな。まだ起きてないかもってことで。
「あ、来た来たー。おはよう、緋月ちゃん」
「おっはよー!」
「おはようございます」
「ようやく起きたか」
「おはよー。待たせちゃったみたいで、ごめんねぇ」
「大丈夫だよー。朝ご飯食べても、十分間に合う時間だし」
そっか、ならちょっと安心かも。今日向かう場所までの切符は、昨日のうちに買ってあるからね。時間も指定なんです。
何日もかかるわけではないけど、結構な移動時間らしいから、早めに此処を出ようって話になってたんだ。
ボーッと昨日の会話を思い出しながら歩いていたら、隣に誰かの気配。
この気配は…黒鋼くんだ。
「…眠れたのか」
「うん、大丈夫。ちゃんと眠ったよ」
「ならいいが…あまり無理はするなよ。昨日も変なことをずっと考えてただろ」
「…ほーんとキミってさ、見てほしくない所ばっかり見てるよね」
見ていないようで、この人が一番周りを見ていると思う。だからこそ、些細なことがバレてしまうんだと思うんだけどさ。
どんな小さな変化も、黒鋼くんは見逃したりしないだろう。気付くだろう。
僕は―――それが、一番怖いんだ。
願いはキミに殺してもらうことなのに、その事実を知られてしまうのが…たまらなく怖い。嫌われてしまうのが怖い。
…矛盾している想いが、胸の中でグルグルと渦巻いてる。
傍にいたいけれど、いる資格はない。好きになってもらいたいけれど、好きになってもらう資格なんてない。
そんなたくさんの矛盾が、あって…どうしたらいいかがわからないんだよ。
もっと単純に考えれば楽なんだろうけど、そんな簡単に解決できるものじゃないから。
「…どうしたら、いいんだろうね」
「?何の話だ」
「ううん。なーんでもない!ほらっ早くご飯食べに行こう!」
苦しい。
悲しい。
痛い。
―――誰か、助けて…溺れてしまいそうなの。
―――ガタン
―――ゴトン…
朝食を食べた後、僕達は乗り物に乗って移動中です。
列車という乗り物で、魔術で動いてるみたいで空を飛んでる。…これはすごいなぁ。
「座席も色々あるらしいんだけど、お金あんまりないからー」
「『ごめんねー、おとーさん甲斐性がなくて』」
「え?僕の声だー」
「そっくりだね」
「『その上、飲んだくれでー』」
「うわーオレの声とそっくりー」
「『お酒ばっかり飲んでて全然働かないけど、お父さんはいい人よ緋月かーさん、ファイにーさん!』」
「わたしの声…」
「てか、僕…お母さんなの?」
「『緋月かーさん!おれ父さんの分まで働くよ!黒鋼とーさんの分まで!!』」
…うん。すごくよく似てるし、素直に感動してしまったけど。そろそろやめておかないと、黒鋼くんが怒ると思うんだけどなぁ。
あ、思っていた通りだ。すっごい形相でモコのこと掴んでる。そのまま握り潰しそうな勢いだねぇ。止めてあげるべきなのかしら?
窓の外を見ながらそんなことを考えていたけど、結局行動に移すことはしなかった。
じゃれ合ってるの見てるの、意外と面白いしね。
―――カタタン
―――カタタン…
ん?少しずつスピードが落ちてきた、かな。きっともうすぐ、僕達が目指していた駅に着くんだろうな。
下りる準備をしておこうと、車内に視線を戻すと…姫さんが少しだけ心配そうな表情で、何か考え事をしているようだった。
…昨日の小狼くんのことが心配なのかな?泣いていたものね、彼も。僕達が何を見たのか、それを知っているのは黒鋼くんのみだ。
姫さんには何も話していないから、余計に気になるし、心配になっているんでしょう。辛い思いを抱えているんじゃないか、って。
―――カタン、カタン…
シュウウゥゥ―――…
「着いたみたいだよー」
「降りましょう」
「はい。緋月ちゃん、行こう」
「うん」
少し前を歩く小狼くんを、またどこか悲しそうな表情で見つめる姫さん。
その隣に、そっと歩みを進めた。
「傍に…いてあげて?」
「え?」
「彼のこと、心配なんでしょう?だから…傍にいて、笑顔を見せてあげて」
にっこりと微笑んでそう告げれば、コクリと頷いて小狼くんの元へ走っていく。
…お願い、姫さん。どうか彼の隣にいて。傍を離れないでいて。
貴方がいればきっと…彼は彼のままで、いられるはずだから。
「彼の心を……守って。あの子の為にも―――」
列車を下りてみれば、目の前には大きな建物がそびえ立っていた。
あれが中央図書館。この国で一番大きな図書館、か。
―――カツン…
「―――…ある。感じる」
「うん。微かだけど、サクラの羽根の感じ」
ファイくんと姫さんが掴んできてくれた情報の通り、記憶の羽根は此処にあるみたいだ。…それが確認出来たなら、中に行ってみるしかない。
階段に足を掛け、登り始めた時だった。突然、強い風が吹き始めた。飛ばされてしまいそうなくらいに。
「な、何…っ?」
「何か出てきやがった。…掴まってろ」
―――ギュ…ッ
「……っ!」
…レコルト国に着いてから、この人は平気な顔でこういうことをするようになった。手を繋いできたり、こんな風に抱き締めたり。
してはいけない期待をしてしまいそうで、嫌なのに…僕はどうしても振り払えないんだ。
何か気配を感じて視線を上げてみれば、巨大な生き物が…そこに鎮座していた。
鋭い目つきで、今にも襲ってきそう。
―――バサ…ッ
―――グルルルル…
「翼の生えた、犬―――?」
「さー、中入ろっかー」
「そう。本、借りなきゃねー」
緊迫した空気の中、ファイくんとモコの間延びした声が響いて、知らずうちに入ってしまっていたらしい肩の力がフッと抜けた。…何か、どっと疲れてきちゃった。
あの番犬が纏うオーラ、っていうのかな?すごいピリピリしてて、体が強張ってしまう。
恐怖感っていうのは、ほとんど感じないんだけどなぁ。何でだろう。
詰めていた息を吐き出せば、また少し楽になる。
「あれが番犬とやらか」
「やー、何か怖かったねぇ」
「うん。体に力入っちゃった…」
「何だか怒ってたような…」
「わかっちゃったんじゃないかな?」
「?!」
「え?」
「黒鋼が悪い人だってv顔だけで」
「顔かぁ」
え?!
小狼くんと姫さんがものすっごい驚いた顔してて、ファイくんは笑いながら同意してて、黒鋼くんはと言いますと―――…
ぅおおおおおぉお
…ドドドドドドドド…
…こんな感じで、跳ねて逃げ回るモコを追いかけて行きました。
そっちは図書館の入り口だから、あんまりうるさくするとつまみ出されると思うよー。
「はい、図書館では静かにねー」
「黒鋼くーん、モコー。入り口前でストップしてねー?怒られちゃうからー」
「緋月ちゃんとファイさんって、落ち着いてますね…」
落ち着いてるというか、焦ったってどうしようもないからねぇ。
黒鋼くんとモコのじゃれ合いの場合は。
「貸し出し禁止?!」
「『記憶の本』の原本は、レコルト国の国宝書に指定されていますので、この中央図書館から持ち出すことは出来ません」
せっかく此処まで来たのに、まさかの貸し出し禁止ときたか…。
確かに複本だったあの本の魔力はすごかった。最初に触れた者の記憶を読み取り、次に触れた者にその記憶を見せることが出来るんだしね。
それが原本となれば、その魔力の強さは比ではないでしょう。
…でもま、閲覧するくらいなら許可が―――
「それも出来ません」
「え?!」
「閲覧も出来ないんですか?」
「『記憶の本』は強い魔力があります。過去に国外へ持ち出そうとした者も何人もいました。入り口の番犬をはじめとする中央図書館の守衛機能が、全て捕らえましたが」
「ということで、レコルト記・三千四年より、『記憶の本』原本は閲覧禁止です。もちろん、複本はありますのでそちらをどうぞ」
「…ありがとうございました」
これ以上、この人達に食い下がってもどうしようもない。
どんなことを言っても…理由があって禁止にしていることを、僕達だけ例外で閲覧させてもらえるわけでもないしね。
僕達は仕方なく、一度図書館の外へ出ることにした。これからどうするか、話をする為に。
「見せてもらうことも出来ないなんて」
「これはちょーっと予想外だったねぇ。…もっとすんなりいくもんだと踏んでたんだけど」
「困ったねぇ」
「どうするの?小狼?」
「それでも取り戻します」
「どうやって?」
貸し出しどころか、見せてもらうことも出来ないんじゃ…本に触れることすら出来ないってことだ。
せめて閲覧さえさせてもらえれば、羽根だけを取り出してそのまま移動することも出来るけど…ね。
打つ手なし、って感じがするんだけど。それでも小狼くんの瞳は、諦めていなかった。
まぁ、せっかく此処まで来たんだもの。このまま手ぶらで次元移動なんてこと、僕もごめんだわ。
さぁ…小狼くん?貴方はどんな手段を思いついたのかしらね。
「盗みます」
「言い切った!」
「わーお!言ったねぇ、小狼くんっ」