02


上手くいかないことなんて、この世には、この世界には山ほどある。きっと上手くいくことの方が稀で、感謝すべきことなのかもしれない。

「四葉くん、逢坂さん、寮に着きましたよ」
「あ…ごめん、縁さん。寝ちゃってたんだね…」
「お気になさらず。お疲れでしょう?」
「でもそれは縁さんも、…あ、いや、今はやめておこうか。環くん起きて、寮に着いたよ」
「う〜…そーちゃん、もー少し……」

疲れているのはわかっているので、もう少し寝させてあげたい気持ちもあるのですが…いかんせん、ここは車内なのでできればベッドでゆっくり眠って頂きたい。その方が疲れもとれるでしょうから。
逢坂さんが四葉さんの肩を揺さぶって声をかけるけれど、なかなか起きてくださらない。うーん…ここに万理さんがいらっしゃれば、寮の中へ運ぶこともできたのでしょうがいらっしゃらないので無理だ。かと言って、お休みになっているであろう皆さんを起こすようなこともしたくないのです。だから四葉さん自身に歩いて頂くのが一番、良い方法。
彼側のドアを開けて逢坂さんと同じように声をかけてみるが、固く閉じ誰ている目は一向に明きそうになくて苦笑してしまう。うーん、どうしよう…覚悟を決めて、二階堂さんと六弥さんにお願いするべきだろうか。そう真剣に悩み始めた頃、寮のドアがガチャリと開いた。

「車の停まる音がしたと思ったら…やっぱり壮五達か」
「おかえりなさい、ソウゴ、タマキ、ユカリ!」
「ただいま。すみません、起こしちゃいましたね」
「いや、まだ寝てなかったから大丈夫。もしかして環起きないのか?」
「かなりぐっすり眠っていらっしゃるみたいで…すみません、二階堂さんはもうお休みですか?」

四葉さんはかなりの長身だ。そしてぐっすり眠っている人間というのは、起きている時よりかなり重くなる。六弥さんひとりでは運ぶのは難しいだろうし、3人でというのはもっと難しい。だから、二階堂さんと六弥さんのペアにご協力頂くのが手っ取り早いのだ。
そう思ってお2人に聞いてみたのだが、まさかのお出かけ中との返答が返ってきてビックリしてしまった。まさかこの時間にいらっしゃらないとは思わなかったから。

「ナギ、壮五。2人で環運べる?荷物はオレが持っていくから」
「あ、はい!」
「お任せください!タマキ、中へ入りましょう」
「うう〜…」
「ほら、もう少し頑張ればゆっくり休めるから頑張って環くん」
「んんん…わかった…」

四葉くんの目が薄らと開いた。すぐにでも閉じてしまいそうではありますが、何とか立ち上がれたみたい。それを逢坂さんと六弥さんが支え、寮内へと消えていった。
それを見送り、お2人の荷物を三月さんにお渡ししたら少し困ったように笑っていて…首を傾げる羽目になりましたけど。一体、どうしたのでしょうか。

「三月さん?」
「いや、えーと…さっきので、姐さんに変な誤解とか心配させちゃったかなーって思ってさ」
「さっき?………あ、二階堂さんのことですか?」
「うん、そう」
「驚きはしましたが、誤解はしていませんよ。あの人はよく飲みに行かれているでしょう?」

ドラマの共演者やスタッフさんと飲みに行かれることも多いし、楽や龍さんと飲みに行かれることだっていまだ数多くあると聞いているから。
連日、ドラマの撮影で忙しくてお疲れだろうからゆっくり休んでほしい気持ちもありますが、お酒が好きな二階堂さんにとってそれがストレス発散になっているようなので、飲みすぎたりしないで頂ければそれでいい。明日はオフでもありますしね。

「オレが言っちゃうのはダメなのかもしれないけど、…大和さんさ、そっちに行ってるんだ」

そっち?そっちってどっち……?
私が首を傾げると、三月さんは辺りをキョロキョロと見回してから、手招きをした。

「あの人、姐さん家にいる。差し入れ持って」
「へっ…?!」
「でも怒らないでやって。これもあの人の愛情表現だから」

怒るも何も、まだ上手く現状を飲み込めていないのですが…?!
え、三月さんは何て言った?二階堂さんが、私の家にいるって…そう言ったの?!驚きすぎて口をあんぐり開けていたら、吹き出した三月さんに「そういうわけだから、早く帰ってあげてくれ」と言われてしまいました。
あ、はい、もう今日の業務は終わりましたし、さすがに疲れがピークなので事務所によらないで帰る予定ですが…!
呆然としたまま三月さんを見送り、とりあえず帰らなければと再び車へと乗り込んだ。いまだ頭の中はぐるぐると色んな言葉や想いが巡っていて、イマイチ上手く機能していない気がする。そして気がつけば私は、アパートの駐車場にいました。…いや、よく事故とか起こさなかったな私…!!

(本当に二階堂さんが、来ているのかな…)

車を降りて何気なく見上げた自分の部屋。そこは確かに明かりがともっていて、誰かがいることを表している。電気を消し忘れた覚えはないし、合鍵を持っているお父さんと紡くんから訪ねてくる旨の連絡は一切なかった。
仮に泥棒だとしても恐らく、電気をつけるようなことをしないだろうし…そもそも、三月さんが嘘を吐く理由もメリットもないのだから、電気をつけたのは二階堂さんに違いないのだろう。何だろう、自分の家のはずなのに違うような気がしてしまうのは。とはいえ、ずっと此処にいるわけにもいかないので意を決して階段を上り、ドアを開けた。

「た、ただいま戻りました…」

そっとドアを開け、小さな声で帰宅した旨を告げた。かなり遅い時間だから、もしかしたら寝ているかもしれない。寝ていなかったとしても、台本を読んだりしているかもしれない。その邪魔だけはどうしてもしたくなかったから。
鍵を閉めてチェーンをかけた所で、後ろからカチャリと何かが開く音がした。

「お、やっぱり縁だ。お疲れさん、あとおかえり」
「ただいま、です…」
「驚かないってことは、ミツにでも聞いた?俺がこっちにいること」
「あ、はい。寝入ってしまった四葉くんを運ぶのを手伝ってくださった時に…でも驚いてます、かなり」

だっているなんて、思ってもいなかったから。
合鍵を渡したのは私で、いつだって押しかけていいって言ったのも私なのに。いざそういう場面になると二階堂さんの少ない自由時間を私なんかの為に使わせてしまうのは申し訳ない気持ちになってしまうのです。

「驚いた、んです。本当に。三月さんから聞いて」
「…うん」
「何度も声をかけて頂いて、でも申し訳ない気持ちが勝って断っていたはずなのに…っ」

まだ玄関に立ち尽くしたままの私の頬に、二階堂さんの手が触れた。
そっと見上げた彼の顔に浮かんでいたのは、とても柔らかくて穏やかな笑み。

「でもそれ以上に、嬉しいって…思ってしまった」
「迷惑じゃないなら、それでいいよ。素直に喜んでおけって」
「っは、い…」
「とりあえず中入れ。腹は?減ってる?」
「え、あ、はい、食べる暇なくって」

それなら好都合だ。
二階堂さんはそう言ってにっこりと笑った。好都合、って…一体何が?二階堂さんが来てくれた理由とか、わからないことだらけだけどひとまず中に入ろう。ここで突っ立っていたって仕方がない。
私は慌ててパンプスを脱いで、リビングへと移動した二階堂さんを追いかけた。

「マネージャーにトラブってるって聞いてさ、いくつか作ってきたんだ」
「つくっ…?!」
「何時に帰ってくるかも、食うかもわかんなかったら米は炊けなかったんだけど」
「いえ、あのっ…すでに情報過多で何が何やら……?」

唯一わかったのは、冷蔵庫から取り出されたタッパーの全てが二階堂さんのお手製だということだけ。

「わ、美味しそう…!」
「味はミツとナギのお墨付きだから、問題ないと思うぞ。準備しておくから、シャワー浴びてきたら?」
「えっ手伝います!」
「いーからお兄さんに任せなさいって。ほらほら」
「えええ…」

食い下がろうとするも、二階堂さんに背中を押されてしまった。これ以上は何を言っても無駄そうだなぁ。ここはお任せするのが一番いいかもしれない。
お願いします、とだけ声をかけて、浴室へと足を向けた。

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