灰色とお嬢様
「『医学・解剖学に精通する者』、『事件発覚前夜にアリバイのない者』そして『秘密結社や黒魔術に関わりがある者』…この条件を満たしている物は、ただ一人。ドルイット子爵アレイスト・チェンバー様だけです」
「ドルイット子爵…?」
「医大は卒業していますが、病院への勤務や開業はしていません。社交期(シーズン)には何度か自宅でパーティーを催しています…が、どうやら裏では彼と親しい者だけが参加できる、秘密パーティーが催されているという話です」
「マダムは知ってる?この人」
「ええ。黒魔術にハマってるって噂は聞いたことあるわね」
黒魔術、ね。何つーか…良いご趣味をお持ちのようで。僕には到底、理解できない趣味だけど。理解したいとも思わないけどさ。「裏パーティー」を開いてて、その子爵と親しい者しか入れないってことは…闇オークションの可能性が一番高いかなー。
「本日も19時よりドルイット子爵邸で、パーティーが行われます。もうすぐ社交期(シーズン)も終わりますし、潜り込めるチャンスは今夜が最後と思っていいでしょう」
「…だってさ、主?どーしましょうか」
「決まっている。…マダム・レッド、そういうわけだ。何とかなるか?」
「舐めないでくれるかしら?私結構モテるのよ。招待の一つや二つ、どうにでもしてあげるわ」
「決定だな。何としてもその『裏パーティー』に潜り込むんだ。ファントムハイヴの名は一切出さないこと、取り逃すことになりかねん。チャンスは一度きりだ!」
「割と盛大ねぇ。やっぱり今夜が今年の社交期(シーズン)最後なのかしら」
「楽しい夜になりそうじゃないか」
「一度警戒されれば終わりだ。いいか、遊びに来ているわけじゃない。気を抜くな!」
キリッとした瞳でマダム達に言葉を投げかける主。だけど―――――
「わかってるわよーーーう!んもーっかわいいわねっ」
「離せッ!!何で僕がこんな格好を…!」
そう、主が着ているのはかっこいいタキシードではなく、誰がどこからみてもお嬢様にしか見えない…フリフリのドレス。思っていた以上に違和感がないくらい、似合っちゃってます。マダムなんか着せた時から主にメロメロだから。ずーっとハートが飛びかってるから。
彼女が考えた設定はこう。
劉様がマダムの若い燕役。
(いつも着ているチャイナではなく、きちんとしたタキシード。似合ってます)
主は田舎から出てきた、マダムの姪っ子役。
(マダム曰く、主が着ているドレスは流行のモノらしいです)
そしてセバスは姪っ子(つまり主)の家庭教師役。
(普段と変わらない感じの服装だけど、いつものより少しだけ上質なものらしい)
グレルさんはいつも通りで、僕はと言うと―――
「伯爵も似合ってるけど、クロードも素敵じゃないか」
「何で僕まで女性の格好をしなければいけないんですか…」
「アンタにはずーっとこういうドレスを着せてみたかったのよ!やっぱり似合うわね〜」
マダム…着せてみたかったって、僕は男なんだけど。正真正銘の。僕が着せられているのは青い生地で、飾りは主のと同じもの。色違いがあったんだって。なので、僕の設定は主演じる姪っ子の姉役だそうで。…いいじゃんっ兄でも!!!
「何で僕が『姪っ子』役なんだ!」
「僕も同じことを質問したいでーす」
「私、女の子が欲しかったのよね!フワッフワなドレスの似合う可愛い子!」
「「そんな理由で…っ?!!」」
はあー…確かにさ、ファントムハイヴってバレたらマズイ。非常にマズイ。それプラス、身なりのいい2人の執事を連れた隻眼の少年。たったそれだけで、見る人が見ればシエル・ファントムハイヴだとわかってしまうらしい。
だからこれが一番いい変装なんだそうだ。マダム曰くね。あと…
「それにドルイット子爵って、守備範囲バリ広の女好きらしいから、そっちの方が都合がいいって!」
「なっ…?!」
「主、危ないんじゃないの?今の格好だと」
「貴方も今の容姿だと、十分狙われると思いますが。女性に見えますし」
「げっマジ?!」
「では参りましょうか、お嬢様方」
ああ、もう!早くも此処から逃げ出したいです。格好のことを言うのはもうやめるか…どう言ったって、着替えさせてはくれないんだろうから。それならとことん、女性になりきってみるしかない。成果が出れば万々歳だしね。
マダム達に似合うと言われたし、よっぽどのミスをしなければ…男だってことはバレない…ハズ。多分、きっと恐らく。そこは僕と主の、演技の見せ所だよねー。
「まずはドルイット子爵を見つけなきゃなんないんだよね」
「ええ。…クロード、勝手にうろついて迷子にならないで下さいよ?」
「子供じゃないんだから、大丈夫ですー」
「ドルイット子爵ってのは、イイ男なのかしら。それによってはヤル気に差が出るわぁ〜〜!」
「輝いてるね、マダム!」
「苦しい、重い(服が)、痛い(足が)、帰りたい」
「……(オロオロ)」
マダムと主のこの差は何なんだろう…やっぱり、経験なのかね?夜会の。踊りとかが苦手な主だから、こういうのにはほっとんど参加しないからねぇ。今回は特に女装してるし。
「こんな姿、絶対に婚約者(エリザベス)には見られたくないな」
「でしょうね」
「かわいーって言いながら、抱きつきに来るでしょうね……あ。」
「きゃーっそのドレスかわいーっ!」
「主、あのさ…」
「いかん…幻聴ま…で「そのヘッドドレスもステキーッ」」
「幻聴じゃ、ないんだけど」
そう告げてみると、主とセバスは思いっきり振り向いた。すげー驚いた顔で。振り向いた視線の先にいた方は、お察しの通りのエリザベス様でした。
これは予想外だよなぁ…こっちは仕事できている上に、見られたくない姿までしている。会ってしまったら、非常にマズイ。彼女は主を知っているから。
「セッセセセセバスチャンックロード!」
「坊っ…お嬢様、落ち着いてください。とりあえずあちらへ」
「まだ僕達に気がついてない、今のうちにそーっと…」
そう、まだエリザベス様は別の女性の衣装に夢中だ。こっちには気づいていない。今なら気づかれずに、目の届かない場所へ行くことができる。気づかれないうちに、そーーーっと……っ!
「あっ」
―――ギクッ
「あそこにいる2人のドレス、すっごくかわいーーーっ!」
「!!!」
「(早速バレたーーーーっ!!)」
「いけません、お嬢様方。こちらへ!」
セバスに引っ張られて、大きなケーキがのっているテーブルの影に身を潜めることにした。上手くまけるといいんだけど…ごめんなー、エリザベス様。貴方に罪はないんだけど、ここで貴方に正体を叫ばれるわけにいかないんだ。
どうやらエリザベス様は、僕たちの姿を見失ってくれたみたいだ。キョロキョロと辺りを見回している。
「何であいつ(エリザベス)がこんな所にいるんだ!とにかくマダム達に…」
「多分、今は無理だと思うよ?」
「は?何で―――」
「オーホホホ 苦しゅうないわ〜〜〜」
完全にパーティー満喫してやがるからね!!!
「まずいですね。まさかエリザベス様がいらしてるとは」
「いくら変装してたって、顔を合わせれば…」
「バレるだろうねぇ」
「あいつにバレたら調査どころじゃなくなるぞ!!!」
「それどころか、此処にいる皆さんに『坊ちゃん』であることがバレるでしょうね」
「……当主がこんな格好してるなんてバレたら、ファントムハイヴ家末代までの恥だっ!!!女王陛下に顔向けできないっ」
「「そんな大げさな」」
「そんなことになるくらいなら、死んだ方がまだマシだ!とにかく絶対に…」
「ドルイット子爵は今日も美しくていらっしゃるわぁ。プラチナブロンドが金糸のよう!」
どこぞの女性の声の先に見える、金髪の優男。あれがドルイット子爵かー…何かキザでナルシストみたいな雰囲気。仕事でなければ、絶対に関わりたくない人間だな。うん。
「…あれが…ドルイット子爵…!!」
「結構お若いんですね…」
「挨拶するフリして近づくぞ」
「男がいては警戒されやすいでしょうから、私は此処で見ています。教えた通り、しっかり淑女(レディ)を演じて下さいね?2人とも」
「…わかってる」
「僕も出来る限り、フォローしますから」
んでは…行きますかね。まずは近づくとこから始めないと、スタート地点にも立てないから。主も僕も淑女(レディ)じゃないからね、なるべくボロを出さないように気をつけないと。
「こ…こんばんは、ドルイット子しゃ…「あーーーっいたーーーっ」」
―――ドッキーンッ
「また間の悪い…主、いったんあちらへ。エリザベス様は僕が引き受けます、また後で」
「え?ちょ…っ」
「大丈夫、セバスがいますから」
主のことはセバスが何とか上手くやってくれるはずだ。とりあえず今の最大の問題は、エリザベス様の目を主から逸らすこと。…僕の正体がバレなきゃいいんだけど。
エリザベス様の横をするりと抜けると、案の定食いついてきた。「待ってー!」と声を掛けられるけど、立ち止まったら確実に逃げられない気がするんだよね…。…でも足止めはしないとマズイかな。〜〜〜ああ、もう!何とかなるだろ!
カツンと踵を鳴らし、エリザベス様の方を振り向いた。真っ直ぐこっちに向かってきてて、僕が立ち止まったのを見て嬉しそうに顔を綻ばせる。その笑顔に返すように、僕も薄い笑みを浮かべてみた。
「あ…そっそのドレス、とってもステキ!貴方に似合ってるものっ」
「どうもありがとう。貴方のドレスも可愛いですわ」
「ほっ本当?!ありがとう!貴方みたいな綺麗な人に言ってもらえると、とっても嬉しい」
そう言ってにっこりと笑ってくれたエリザベス様。
うん。やっぱりこの方は、とっても可愛らしい方だよね。ふんわりしてて、一途で…羨ましいくらいに純粋な方だから。
「…おや、こんなに美しい方がいらっしゃっていたとは」
「!」
「こんばんは、美しい方」
「…こんばんは、子爵」
「可愛いお嬢様、少しこの方とお話をしたいんですが…よろしいですか?」
「あっは、はい!」
しまった…子爵を捕まえられたのはラッキーだったけど、まだ主とセバスと合流できていないのに。広間はいつの間にかダンスホールになっていて、2人を探すことは難しくなっていた。かと言って、せっかく向こうから来てくれた子爵をみすみす逃すわけにもいかない…よね、やっぱり。ここはいっちょ頑張るとしますか。
「今日はお1人でいらっしゃったのですか?」
「いいえ、叔母様に連れて来て頂きましたの。可愛い自慢の妹も一緒なんですのよ?」
「妹さんがいるのですか。それはさぞかし美しいんでしょうね」
「まだ幼いんですが…子爵とお話したいと言っておりました。もちろん私も」
「それはまた嬉しいことを」
「…ああ、今あそこで私達の家庭教師と踊っていらっしゃいます。あとで私達とお話していただけませんか?」
「ええ、もちろんです!貴方のような方は大歓迎だ」
不意に手を取られ、甲にキスを1つ。…うん、挨拶。これが挨拶なのは重々承知なんだけど、一気に鳥肌が立った!ぞわって!うーわー…気持ち悪い。こいつが紡ぐ言葉も、歯が浮くような言葉ばかりで背筋が凍る。1人じゃ耐えられないよ…主〜、セバス〜!
心の中で半泣き状態だった時、ダンスをしながらこっちに向かっていた2人がようやく!辿り着いてくれた!…何か、めちゃくちゃ疲れきってるけど。
「お…お姉様、子爵とお話していたの?」
「ええ、貴方のことも話していたのよ」
「駒鳥のように可愛らしいダンスでしたよ、お嬢さん」
僕と同じように手の甲にキスを落とされて、鳥肌が一気に立ったらしい。おまけにこっそりドレスで拭いてます…さっすがにそこまではしなかったぞ?
「お嬢様方、私は何か飲み物を。(クロード、あとは任せましたよ?何かあったら呼びなさい)」
「ええ、ありがとう。(ん、わかってる。またあとでな)」
まずは第一関門クリア。そしてようやくスタートだ。主のゲームの、ね?
次の関門は…裏のパーティーに連れて行ってもらうこと。さて、どう動くかね?僕達も、向こうも。
「2人とも、パーティーは楽しんで頂けてるかな?」
「ええ。素敵なパーティーに感動しています。…でも」
「先程も申し上げましたけど、私達ずっと子爵とお話したかったの。ダンスも料理も飽き飽きなんですもの…」
僕の言葉に取って付けたような笑みを浮かべていた口が、ニヤリと歪んだ。どうやら…引っかかってくれたみたいだね?子爵さんは。腰を触られるのは、もんのすごーく!気持ち悪いけどっ!!!ここは我慢だ。我慢しないと、全てが無駄になってしまう。
チラリと主の方を向くと、彼も同じように引きつった笑顔を浮かべつつ耐えてました。よし。もう少し頑張ろうぜ、主!
「わがままなお姫様達だ…もっと楽しいことをご所望かい?」
「え…ええ。子爵はご存知?もっと楽しいこと」
「もちろん、君達になら教えてあげるよ」
顔がちーかーいーっ!!!全てが終わったら、すぐに始末してやるこんな男!主の命がなくともねっ…ちょっと問題かもだけど。
「楽しいことって?」
「知りたい?」
「とっても興味ありますわ」
「私も…ぜひ教えてくださいな」
「君には少し早いかもしれないよ、駒鳥」
「この子も一人前のレディですわ。…私もいますもの」
「わかったよ、私の駒鳥達。……奥へどうぞ」
飾られた綺麗な布をめくった先に見えるは、怪しい扉。恐らくあの先にあるのが子爵の言っていた「楽しい所」なんだろう。
さぁ、一体どんなものが飛び出してくるのか。どんなものが出てこようと、僕は主を護るのみ。…自分がどうなろうとも。それが護衛として、主の駒としての役目だから。
「これから行く所は、とっても楽しい…いい所だよ」
―――ふわん…
「甘い、香り…?(!コレ、まさか―――)」
眠り薬だと気づいた時にはもう遅かった。隣を歩いてた主は、もう気を失ってしまっていて…見上げたドルイット子爵の瞳は冷たく笑っていた。くそ…っ!こうなることを予測していなかったわけじゃないのに、何故もう少し早く気づけなかったんだ!
「さあ…君もお眠り?悪いようにはしないから…目が覚めた時に辿り着くのは、天国だ」
「貴様…っ!その子に手を出したら、一生許さな……」
僕の意識は、そこで完全に闇へと沈んでいった―――
「おやおや、美しいレディが"貴様"だなんて…そんな粗暴な言葉、使ってはいけないよ?」