灰色と逮捕
「セバ…セバスチャン」
「さあ、壁に手をついて。もっと力を抜いて下さい」
「これ以上…っムリだ!…ないっ苦…っ」
「もう少し我慢して下さい、すぐ慣れます」
「あっで……出る(内臓が)って言ってるだろうがッ!!!!」
―――ハッ!!!
お、主が起きたみたいだな。ずいぶんと呼吸が乱れてるみたいだけど…何か嫌な夢でも見てたのか?
「夢か…」
「目が覚めましたか?主」
「クロード…?お前、隣にいるのか?」
「いますよ。目隠しと何かで拘束されてるみたいで、動けないけど」
「ココは何処だ?」
「人の話し声が聞こえるけどね…」
『ご静粛に。お集まりの皆様、次はお待ちかね!目玉商品です』
「今の子爵の声か…何のことを言っているんだ?」
「恐らく、闇オークションだろうね」
今の"商品"っていうのは、もしかしなくても僕達のことなんだろうな。
間もなく競りが始まった。それと同時に目隠しが外され、自分達が檻の中にいれられてることを確認。まぁ、檻っていうか鳥籠って感じだけどな。どんなモノをやってるかどうかわかった所で、逃げ出すために動き出しましょうか。
「主、動きましょう。セバスを呼んで下さい」
「ああ。…セバスチャン、僕は此処だ」
主が悪魔の名を紡いですぐ。部屋の明かりが、消えた。そして人の叫び声と、殴っているような音が一帯に響く。僕はその間に主の拘束の縄を引きちぎって、逃げ道を確保。
まだ暗いままだから主には、全く僕の行動は見えていないだろう。…その方が都合がいい。
「やれやれ。本当に捕まるしか能がありませんね、貴方は。クロードも何をしていたんですか?」
「これでも頑張った方なんだけど…」
「…僕が契約書を持つ限り、僕が喚ばずともお前は何処にでも追って来るだろう?」
「……もちろん」
「契約書」は悪魔が契約人を見失わぬ様につける「痕」。「契約書」は目につく場所にあればある程、強い執行力を持つという。
その代わり―――――
「絶対に悪魔からは逃れられない…」
そう。悪魔は契約人を見失わない。それはすなわち、自分も悪魔から決して逃れられないことを意味している。
「何処へでもお供します、最期まで。例えこの身が滅びようとも、私は絶対に貴方のお傍を離れません。地獄の果てまでお供しましょう」
「セバスは嘘を言わないからね」
「それでいい。お前だけは僕に嘘をつくな、絶対に!クロードもだ」
「「御意、ご主人様(イエス、マイロード)」」
セバスがすでに警察(ヤード)に連絡をしておいたらしい。切り裂きジャックの真犯人と思われる、ドルイット子爵の確保だ。きっとすぐにでも到着すんだろ。
その前に、僕達は此処から出ないといけないな。あの人達…僕らがいるとあんまりいい顔をしないから。僕も嫌いだしね。それに主と僕のこの姿じゃあ、尚更だしね。
『警部、こちらです!』
「どうやら警察が到着した様ですね」
「早いトコ、退散するとしようか」
―――がばっ
「ふぁ?!」
「クロード、貴方も抱えて差し上げます。早くなさい」
「…不本意だけど、お願いします…」
そのままセバスに抱えられて、屋敷まで帰った。屈辱だ…セバスに抱え上げられるなんて…っ!女装させられたことも屈辱だけど!
まぁ、それは置いておいて。ドルイット子爵は逮捕された。これで切り裂きジャックの事件は解決したと、主は言っていたけど…本当に子爵が犯人だったんだろうか?確かに闇オークションはやっていたし、人身売買をしていたのは間違いないだろうけど。
あの事件は…本当に『人間』の仕業なのか…?
「なぁ、セバス。あの事件…本当に解決したと思う?」
「したのではないですか?坊ちゃんが解決したと仰っていましたしね」
「……人間じゃ、ないんだろ?犯人は」
「おや、何故そう思うんですか?」
「主は気づいていなかったけど、セバスは"条件を満たす『人間』は"って言った。僕達の頭の中に人間以外の犯人像はなかった…でもあんたはそれをあえて強調したよな」
「貴方は本当に…冴えた方ですね?坊ちゃんにも見習っていただきたいものだ」
「茶化すな!あんたは…嘘をついていたのか?」
「嘘ではありません。私はあくまで…命令に従っただけです」
ニヤリと冷たく笑う紅い瞳。妖しく歪んだ口元。その全てが五感を揺さぶって、背中に悪寒が走る。この男は、主の命令に忠実に従い…自分の意見などは言わない。それが―――この男の、執事としての美学だから。
「はあ…やっぱりセバスは最初からわかってたんだな」
「ご想像にお任せしますよ」
「主、怒ると思うぞ?そろそろ…真実に気づくだろう、あの方も」
「さぁ?どうでしょうね。…デザートの残り、食べますか?」
「残ってるならもらう…」
本当に食えない奴…頼りにはなる男だけど、感情が全く読めない。…ま、読めなくて当たり前か。人間じゃなくて、悪魔だもんなぁセバスって。
それにしてもこのガトーショコラうま。
「それにしても…よく気がつきましたね?」
「うん?何が」
「色々な細かいところにです。正直、驚きましたよ」
「それ。僕が鈍いとでも言いたいわけ?」
「ええ、簡単に言うと」
「難しい言い方がわかんないわ…何つーか…違和感があったんだよな。気配に。だからおかしいなーって」
「ほう?ますます興味深いですね…貴方という存在は」
「…ごちそーさん。戸締りの確認、してくる」
「お願いしますね」
犯人が人間じゃないとすれば、色々と説明がつく。
その予想通り、翌朝事件は一変する―――